第164話 first brave:その二つ名の意は
ジュリアは漆黒のドレスを身に纏い、視線は優斗に定まっていた。
優斗も同じように視線を返しながら問いかける。
「“これ”は何だ? 普通の魔法じゃないだろう?」
爪先で足下の魔法陣を叩く。
どう考えても通常の魔法とは言い難い。
正樹に何の影響を及ぼしているのか、はっきりさせておきたかった。
「独自の魔法は大魔法士だけの専売特許ではありませんわ」
ジュリアは優斗の問い掛けに対して、誇るかのように言葉を告げる。
「執念と狂気が――魔法を創る時もある」
まるで愛おしみながら、ジュリアは魔法陣に手を触れた。
「皆を盲信させる魅力を得て、時には強敵を呼ぶ。さらには才能の上限を高みへと持って行く。己は“勇者で在らねばならない”と――強く認識させる」
柔らかく陣を撫で、再び優斗と視線を交わす。
「人が変えることなど出来ないもの。それは生まれ持つカリスマであり、運命であり、才能。つまりは――“存在”ですわ」
視線を受けながら、尚ジュリアは笑みを浮かべて語る。
「この魔法陣は“存在”そのものを改変させる」
惹かれるのではなく、盲信させる。
記憶に残る王道的な展開ではなく、記憶に焼き付く劇的な展開を。
飛び抜けた才能ではなく、圧倒的な才能を持つ。
「されど、さすがは王道でしたわ。改変の途中とはいえ、強敵を呼び込むほど生温い存在ではない」
語られることに対し、優斗はふと思い出す。
彼が敵わぬ敵と相対したことを。
「……フォルトレスの一件は、お前の手引きか」
優斗の言葉にジュリアは頷くことも否定することもなかった。
ただ、笑みを携えるだけ。
「力の向上が目的の一つだろうが、正樹が死んだらどうするつもりだ?」
「死ぬのならば、その程度だった。それだけですわ」
あまりにも冷たい言葉。
まるで道具としか捉えていない言葉に、正樹とニアの表情が凍った。
優斗は僅かに舌打ちしながらも、さらに問う。
「なぜ正樹を選んだ?」
「フィンドの勇者――タケウチ・マサキ。勇者としては王道と呼ぶべき存在ではありますが、確かに我々が願った存在とは違う」
求め続けた相手ではない。
「“幻”を得るほどの存在が天然で生まれるというのが、天文学的な確率だというのは我々も理解していましたわ」
故に今まで現れなかった。
現れることなど、なかった。
「だから作る」
いないのならば、生まれないのならば作ればいい。
「だからこそ……耐えられ“そうな”存在を選んだ」
過去、数多の実験を行ってきた。
時には発狂し、時には死に、時には役立たずとなった。
故に得られた結論としては、自分達が望む者へと辿り着かせるにも“格”が必要だということ。
「彼ならば耐えられるかもしれなかった。“存在の改変”に」
妄信的に敬われても発狂することなく。
才能の上限を上げられても尚、届く。
「……ミ、ミヤガワ。ジュ、ジュリアは……何を言ってるんだ?」
ニアの身体が僅かに震えていた。
仲間だと思っていた少女が、何を言っているのだろうか。
意味が分からない。
分かりたくもなかった。
優斗もどう言うべきか言葉に詰まる。
けれど、
「……優斗くん、大丈夫だよ。覚悟は出来てるから」
ニアの手に触れながら、正樹は真摯な視線を優斗に向けた。
受け止めるべきことがある。
受け止めないと進めないことがある。
ならば、しっかりと聞こう。
そう覚悟した声だった。
優斗も彼の決意を受け、告げる。
「最初の出会い。領地問題……だったか? そこから仕組まれていた」
偶然、出会ったのではない。
偶然、問題が起こったのではない。
必然として出会い、必然の問題を起こした。
「正樹の資質を確かめ、使えるかどうかを判断する為に」
結果、彼は見事に問題を解決した。
当たり前のように事を為した。
「ここに一度、来ただろう?」
訊かれたことに対し、正樹は一度頷く。
「その時に、この魔法陣を発動させた。そして効力は段々に発揮されていく。だから……ジュリア=ウィグ=ノーレアル、お前は正樹のパーティの一員となった。そうだな?」
「よくおわかりで」
何一つ間違いない。
まるで共にいて、見ているかのようだった。
「マサキ様は想像以上でしたわ。勇者と呼ぶに最も相応しい魂。そして――勇者となるに十分なほどの才能。過去、我々の一族が出会ってきた勇者の中でも最優秀の類に入りますわ」
その他の雑多な勇者とは違う。
まさしく勇者と名乗れるべき男。
「リライトの勇者のように“勇者の刻印”が存在せずとも、いずれは神話魔法を使えるほどに」
だから選んだ。
彼ならば届くと思えたから。
「……なるほど、な」
そして優斗も確信した。
今までの会話の中で、予想が事実だと。
「問いたいことがある」
「何をでしょうか?」
ずっと笑みを浮かべているジュリアに対して、訊くべきことは大元。
彼女が話していることのすべては、たった一つの二つ名に集約されている。
「“なぜ”知っていた。お前達が望んでいる存在は、歴史において消え去ったはずだろう?」
誰が、とも何を、とも言っていない。
それでも伝わる。
優斗が“何を指しているのか”を、ジュリアだけは理解できた。
「――っ!?」
驚きの表情が広がった。
ずっと妖艶な笑みを続けていた少女の表情が崩れる。
「…………」
されど、それも一瞬。
「……さすがは大魔法士」
ジュリアは再び笑みを浮かべる。
「そこまで辿り着いていましたか」
知っている者など、数少ない。
一握りしかいない。
けれど彼は知っていて、尚且つ『自分達が望む存在』すらも認識していた。
驚嘆と言うべきほかない。
「消えたのではなく、伝承が残っていないだけですわ」
故にジュリアは楽しむかのように、優斗とのやり取りを再開する。
「なぜ大魔法士には多くの書物が残って、勇者には無いのか。理由は何かおわかりで?」
「偶像と実像の違い、だろうな」
「それも一つ、ですわ」
大魔法士はいなくなり、過去となってしまったからこそ人は書物を残し、物語を残す。
勇者は今現在もいるからこそ、何かを残す必要はない。
「少し、昔話をしましょう」
これは彼らにとっての始まり。
“彼らのような存在”が生まれた始まり。
「一番最初、セリアールに現れた異世界人は……クリスタニアで召喚された」
物語を読むかのように、ジュリアは話す。
「当時、諸国を巡っていた大魔法士マティスの手によって」
されど告げられたことに、修も正樹も春香も驚きで口を開けた。
「……はっ?」
「えっ?」
「…………へっ? どういうこと?」
突然のことに三人は理解ができない。
優斗だけが目を細めた。
「大魔法士マティス=キリル=ミラージュの夫。彼がそうですわ」
そう言いながら、ジュリアは四人の反応を伺う。
やはりと言えばいいのか、優斗だけが違う反応だった。
「先程の言葉を以て薄々と予想していましたが、驚いていないところを見るに大魔法士は勘付いておられたのですか?」
マティスが女性であるということも。
そして、一番最初に異世界人を召喚したのが彼女であるということも。
「共に歩いてくれる者がいなければ、辛いということを知っている」
優斗はほんの僅かに、修を視線に入れた。
彼がそうだった。
天恵と呼ぶべき圧倒的な才能を持つ故に、常に寂しさに付きまとわれる。
尊敬や夢を持たれようとも、共に歩いてくれる者がいないと孤独感に苛まわれる。
歴史上で散見して見られた何人かも、おそらくはそうだっただろう。
それがたまたま、マティスも同じだったというだけだ。
「そして異世界人を召喚できる召喚陣を創れる可能性を持った奴らを考えれば、そう多くはない」
片手で事足りる。
「パラケルススのような並外れた存在を召喚できるほどの技量を持ち、尚且つ異世界という途方もない場所は――通常詠唱のものではどうにもならない」
それこそ想像したものをそのまま現すことの出来る、独自詠唱ぐらいしか。
「創れる存在として、分かり易い可能性としてあげられるのは……龍神かマティスか。それぐらいだろう」
結果として二択のうち、片方がやっていた。
それだけだ。
ジュリアは返答を聞き終えると、さらに言葉を続ける。
「異世界人は大魔法士と共に諸国を巡った。そして数ある出来事のうち、最大の出来事――世界を救った」
そして、それがターニングポイント。
「大魔法士と共に世界を救った“始まりの異世界人にして勇なる者”。その功績を称え『始まりの勇者』という二つ名を与えられた」
届いた言葉に修と正樹が反応した。
修が気になった二つ名が。
正樹に向けられた二つ名が。
今、この瞬間に出てきたから。
「そして彼が死んだとき、召喚陣は四つに分割し飛散した」
理由は分からない。
彼が何かをした故に分割したのかもしれないし、その陣があまりにも異質すぎた故に壊れたのかもしれない。
けれど確かに召喚陣は分割し、飛散した。
「リライト、フィンド、クラインドール、タングス。最初はこの四国に召喚陣が届いた。少しして各地にも異世界人の召喚陣が生まれましたわ」
生み出された最初の召喚陣。
それが割れて、届いた四つの召喚陣。
しかし、それ以外の召喚陣は“発生した”。
「我々が調べたところによると、セリアールにある異世界人の召喚陣は20個。されどそのうち、16個は派生にしか過ぎない」
優斗達が呼ぶチート。
それを得られるにしても、あまりにも違いがありすぎる。
「最古にして最も能力を得られる召喚陣。それが――勇者と呼ばれる者達を呼ぶ」
だから異世界人の勇者は四人しかいない。
彼らだけが勇者と呼ぶに値する存在だから。
「ちょ、ちょっと待ってよ! ぼくはセンパイ達ほど能力を得てない!」
春香が否定した。
自分は凡人だ。
修や正樹と比べて、絶対的に劣る。
けれどジュリアは溜息をついた。
「……はぁ、何を仰るのやら。才能の何も無いというのに“それほどの力”を得ているではありませんか」
基準値が違う。
元々、持っていた才能という点であまりにも違いすぎる。
「貴女程度の凡人が普通の召喚陣で呼ばれた場合、その能力は僅かほどしか上がらない」
例で言えば、和泉などがそうだろう。
おまけで付いてきたからこそ、勇者レベルのチートを得られなかった和泉。
戦うべき才能が皆無故に上級魔法すら使えない。
「けれど貴女はおそらく、平然と上級魔法を使えるでしょう? さらにはセリアールの世界の人間を圧倒する魔力を持つからこそ、最上級の魔物を従えられる」
これが他の異世界人と隔絶すべきことだと、どうして思わないのだろうか。
「……と、話がずれてしまいましたわ」
彼女のことなどどうでもいい。
ジュリアは話を本筋へと戻す。
「そして“勇者”という名は各国へと引き継がれた。最古の召喚陣を得られた国と、勇者に憧れを持った国に」
だからこそ異世界人の勇者と、リステルのように異世界人でもないのに勇者である者が存在する。
「けれど、昔は昔」
1000年前の出来事。
「伝聞となった者達は曖昧になる」
曲げられ、創られ、確かな姿など存在しなくなる。
「偶像となった大魔法士はお伽噺となり、正しく伝わりはしていない。そして実像を持つ勇者は――“何を意味するのか”までは時が経つと共に薄れていき、まったくもって別の意味になってしまった」
過ぎ去る日々が、最初に持っていた意味を変える。
「リライト。特に貴方達の国はそうですわ。勇者に『国を守る』という意味はない」
その国にいる勇者だからこそ、勝手に付け加えた意味に過ぎない。
「本来、勇者とは“勇なる心にて世界を救った者”の名」
他に意味などない。
他者を助けるのも問題を片付けるのも、その残滓にしかすぎない。
「そして意味を変えてしまった国があるからこそ……伝わらなくなった」
忘れられるかのように。
消え去るかのように。
継がれなくなった。
「されど、勇者という名は残っている。故に勇者となる者は『勇者』の二つ名によって、護られているものがありますわ」
基本的に他よりも優れた能力。
強さを持つ者の称号。
故に、護られる。
「“異常なる力”」
どれほどの強さを持っていたとしても。
畏怖も恐怖も与えない。
安心と安堵を与える。
「大魔法士という偶像が御伽噺に護られているというのなら、勇者という実像は現実に引き継がれ護られている」
同じように、同じことを。
二つの二つ名は護られている。
「ここまで言えば分かりますわね」
気付いて然るべき答えだ。
「『始まりの勇者』が何の意を示すのか」
ジュリアは手を広げ、紡ぐ。
「そう、彼の二つ名の意は『無敵』。『最強』と相並ぶ唯一の二つ名」
大魔法士に対して、同等でいられるたった一つの名。
「現実に引き継がれ、そして――伝えられなくなった幻の二つ名ですわ」
そしてジュリアは笑みを濃くした。
「だからわたくしは再び、この名を世に轟かせる」
かつて、1000年前に轟いたように。
今、この世にかつての栄光を。
「……ジュリア=ウィグ=ノーレアル。お前は……」
優斗が珍しく、非難するかのような視線を向けた。
けれど彼女にとっては、それこそ非難されるようなことではない。
「わたくしはマサキ様を『始まりの勇者』にする」
正樹を『無敵』へと導いてみせる。
「何を犠牲にしてでも」
人間が何人死のうが、知ったことではない。
都市が破壊されようがどうでもいい。
全てが些細だ。
「わたくしは無敵となったマサキ様の妻として、祖父と父と共に世界に覇を唱える」
出来ないなどと、問うことはない。
「無敵の勇者は正しいからこそ、否定する者は存在しない。例え……傀儡となった身だとしても、相手を盲信させる存在感が確かにあるのだから」
誰も否定できない。
誰もが頷くしかできない。
盲信させるだけの魅力を持ち、何があろうと力で屈服させることが出来るのだから。
けれど、ジュリアはそこで優斗を見据えた。
「それだけの……ものだったはずなのに。貴方が――大魔法士がいる」
唯一、相並ぶ存在が再び世に現れた。
「大魔法士という名は絶大。しかし話を聞けば、来年までは公表をしないということ」
まだ若いから。
学生だから。
そんな馬鹿な理由で宮川優斗が大魔法士であることをリライトは公表しない。
「ならば、それまでに大魔法士という名が及ばないほどに『始まりの勇者』の強さと名を広めるまで」
最強が蔓延っているこの世界で無敵を知らしめる。
「そして打ち崩せばいい」
時と場合によっては、戦うことを以て。
「伝説を」
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