第163話 first brave:救われる者
自分は“勇者”だ。
他を救う者であり、世界を救う者。
他の何者でもない。
『ちゃんとミヤガワに伝えたよ。だから来てくれた』
もう数え切れないほど、魔物を倒した。
数え切れないぐらい、剣を振るった。
腕は痛い。
身体全体は軋む。
息をするのも億劫だ。
けれど、囁くような何かが聞こえてくる。
“勇者で在れ”と。
だから勇者で在る必要がある。
勇者で在ることを求められている。
『マサキのおかげだろうけど、私も頑張ったと思う。リライト王の前で色々と言ったんだぞ、私』
何かが聞こえてくる。
だが今は、どうでもいい。
魔物を倒す為には必要ない。
音も、視界も、思考も、必要最低限以外は削ぎ落とし、意識を途切れさせないことに全力を向ける。
自分が倒れればレアルードの住人が殺される。
救われるべき“他”が救えない。
彼らを救わずして倒れるのは“勇者”じゃない。
『だからもう、一人で頑張らなくていい』
けれど、顎に何かが触れたかと思ったら、顔を上げられた。
視界はぼんやりとした光景しか映さない。
何かが目の前にいる。
それは分かった。
『私がここにいる』
今、自分の瞳に何かが捉えられるということは、おそらく魔物だろうとは思う。
けれど身体は動かなかった。
『私が一緒にいるから……』
勇者で在るのならば、動けと何かが言う。
だが“違う”と本能が示していた。
絶対に違うと何かが理解していた。
『目を……覚ましてくれ』
そして口唇に何か感触があった。
堅い地面ではなく、魔物の血でもない柔らかなもの。
この状況下では理解不能の感触。
大きく吸っていたはずの息が止まった。
「…………」
視界がクリアになっていく。
何事なのかと判断する為に、削ぎ落としていた部分が正常に戻った。
すると、眼前に広がっているのはいつも見てきた少女の顔。
「…………ニ……ア……?」
口唇の感触があるまま、呟く。
すると、ぱっとニアの顔が離れた。
「マサキ!? 戻ったのか!?」
ぼろぼろと泣いているニアが、どうしてか正樹の前にいる。
「えっと……魔物は?」
「もう大丈夫だ」
ニアはゆっくりと正樹を座らせて、後ろを向く。
「まあ、こんな状況で唇に違和感あればさすがに意識も戻るか」
「修センパイ、夢がないよ。こんなドラマチックな展開なのに」
「これぞ王道って感じだね」
すると修、春香、優斗が笑みを零してやって来た。
正樹は驚きの表情で彼らを迎える。
「優斗くん……?」
「はい、まずはこれ。ぐいっと飲んで」
ボロボロの正樹に霊薬を渡した。
言われた通り、彼は素直に飲み干す。
少しして、荒れていた息が整ってきた。
「10分くらいで復活できるでしょ」
「あ、ありがとう優斗くん」
「どういたしまして」
軽く手をひらひら、と振る優斗。
「頭に何か違和感はある?」
「ん~……ちょっと、ぼぅっとするかも」
正樹がトントン、と頭を軽く叩く。
何か違和感があるような気がするが、今のところ引っかかるぐらいで問題はない。
「だったら意識をしっかり保つこと。余計な“モノ”に流されないように」
「……? うん」
理由はよく分からないが、優斗が言うのならばそうなのだろう。
正樹は頷く。
そして彼の近くにいる男女に視線を向け、
「えっと……そっちの二人は?」
優斗と同じ服装をした少年と、大剣を背負った少女。
誰なのだろうか。
「リライトの勇者とクラインドールの勇者だ」
ニアが説明する。
修と春香は頷いて、自己紹介した。
「リライトの勇者、内田修。よく話は聞くけど、会うのは初めてだな」
「ぼくはクラインドールの勇者、鈴木春香だよ。よろしくね」
二人とも、にこっと笑って正樹の手を問答無用で取ると握手する。
「あ、どうも」
正樹も二人に会釈をした。
けれど、少し落ち着いたからこそ気になることがある。
「というか魔物は? なんかニアが大丈夫だって言ったから、安心しちゃったんだけど……」
どうして大丈夫なのか、まではしっかりと聞いていない。
ちゃんと現状を知っておきたかった。
「俺と優斗、それにリライトの近衛騎士が来て全滅させたから安心して問題ねーよ」
「そうなんだ……。よかったよ」
さらっと言われて安堵する正樹。
「優斗くんが余裕を持ってるから大丈夫だとは思うんだけど、死んだ人達は……いる?」
「一時的に死んでたって人達ならいたよ。でも霊薬で助かってるから、そこも安心していいよ」
今度は優斗が答える。
彼の予想通り、誰かが死んでいればこれほどの余裕は生まれない。
正樹は少しだけ俯くと、笑みを浮かべた。
「ありがとう。君達のおかげだ」
「正樹さんのおかげだよ。正樹さんが守ったから、僕達の持ってきた霊薬の量が足りた」
こんな無茶苦茶の状況で。
本当によく頑張ってくれた。
「ボクが頑張らないと、レアルードの人達が死ぬ。そんなのは嫌だったんだ」
ぐっと握り拳を作る正樹。
本当に苦しそうな表情を浮かべていた。
けれど、
「それは……正樹さんの意思で嫌だと思ったの?」
優斗が尋ねる。
まるで誰かに感情を植え付けられたのではないか。
そういう問いだった。
「……優斗くんは本当に凄いなぁ」
ハッとしたような表情を正樹は浮かべる。
僅かながらにでも覚えていた。
“勇者で在らねばならない”と。
だからこそ“助けなければならない”と。
どうしてか思ってしまったことを。
だが、
「ボクの意思でもあるよ」
結局、どうあっても自分は今の感情を持っていただろう。
しょうがない。
甘っちょろいと言われても、生温いと言われても、どうしたって思ってしまうのだから。
しかし優斗は安心したようで、
「だったら誇りなよ。正樹さんが為したことは、本当に凄いことだから」
誰も彼もが出来ることじゃない。
一握りの人間しか出来ないこと。
そして優斗は真面目な表情に戻る。
「本当なら、もう少しゆっくりさせてあげたいところだけど……」
怪我は次第に治っていくとはいえ、疲れているだろう。
休ませてやりたいのは山々だが、どうもそうはいかないらしい。
「修、春香。構えて」
ある方向へと視線を向ける。
僅かばかりではあるが、足音が響いてくる。
全員に緊張を張り巡らせた。
「黒幕の登場だね」
ヒールの音を打ち鳴らしながら、優雅に登場するは正樹の仲間だった少女。
「全てが早いこと、この上ないですわ」
正樹が二番目に仲間にしたクリスタニアの公爵令嬢。
「わたくしの想定が全て覆されましたわね。万を超える魔物を一瞬で退けられたかと思えば、まさか戦いの準備をしている間にマサキ様まで助けられるとは思ってもみませんでしたわ」
優斗達が正樹とニアを庇うように前へ立った。
「まあ、いいでしょう。歴史のターニングポイントになるには良い舞台ですわ」
狂気を孕んだ言い草。
都市一つを壊滅させられるほどのことをして尚、当然だと思っているかのような言葉。
いや、事実当然なのだろう。
少女にとっては。
「役者が良ければ舞台は映える。異世界の三勇者に大魔法士、これ以上ないほどの役者が揃いました。過去、このようなことは二度か三度、あるかないかでしょう」
まるで演劇の舞台挨拶をするかのように、少女は漆黒のドレスを身に纏いながら丁寧に腰を折る。
「演目は『失い続けた“幻”を得る物語』」
そう、彼女は今回の一件の中心。
騒動の原因。
レアルードを襲った魔物を集めた者。
竹内正樹の王道を狂わせた者。
「どうぞ、我が一族――ノーレアルの描いた脚本、ご堪能のほどを」
ジュリア=ウィグ=ノーレアルは妖艶に笑んだ。
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