第165話 first brave:王道の勇者
話を聞いても、春香は納得できなかった。
「だ、だからって、どうして勇者を操ろうだなんてするんだよ!!」
傀儡とする、ということは正樹の意思を剥奪するということだ。
その為に何かをするのかもしれない。
絶対におかしかった。
「元々は我々の“モノ”である勇者を、どう扱おうと我々の勝手では?」
けれどジュリアは相手にしない。
鼻で笑った。
「それに、この都市の人達だって……っ!」
「我々の領民ですわ。これもどう扱おうとしても領主たる我々の勝手ですわ」
本当に傲慢と呼べる態度。
そして、事実と言わんばかりの物言い。
春香は自分が言っていることがおかしくないと思うのに、どうして彼女と話が通じないのかと叫びたくなった。
「……なんなんだよっ!!」
どうして人を物扱いできる。
道具として扱えるのだろうか。
理解したくもなかった。
「春香、落ち着け」
優斗が肩を叩いて下がらせる。
彼女の言い分を平然と受け流せるのは、おそらく優斗だけだろう。
考えとしては理解してやれないこともないから。
「……ジュリア=ウィグ=ノーレアル。お前らの先祖の考えでは、無敵の勇者がいれば覇を唱えられる。けれど“大魔法士が連れ去った”。違うか?」
優斗の疑問は半ば、確信だった。
道具扱いする理由でさえ、分かりたくはないが分かる。
「この国……いや、レアルードで召喚されたという、たったそれだけの理由で所有物と暴言を宣った」
馬鹿馬鹿しく、本当に最悪だ。
「当時から奴隷制度ぐらいはあっただろうが……異世界人とはいえ、人間に対して“所有”という言葉で横暴を働いたノーレアル。世界を救った『始まりの勇者』に対する、人として扱わない態度」
この世界が異世界人に優しい理由。
その一端すら担っているかもしれない。
「実に狂っていて分かり易い」
一般的にはおかしくて意味不明でも、一つ踏み込めば単純すぎる考えに反吐が出る。
「優斗。つまり、こいつら何が言いたいんだ?」
修が軽い調子で訊いてくる。
なので解説した。
「要約すれば『昔、覇を唱えられる始まりの勇者を召喚した場所を提供したのだから、今現在でも勇者は自分達のものだから無茶苦茶に扱うし、世界征服したって構わない』という、自己中極まりない考えだ」
自分達の一族以外は全て物同然。
人間だろうと異世界人だろうと変わらない。
優斗だから理解できたことだ。
同じように他の人間の命など石ころだと思っているから。
「凡俗には分からなくて当然ですわ」
「悪いが狂人だからこそ、理解できる考えだ」
だからといって優斗も、こんな奴らとは一緒にしてもらいたくもない。
倫理を投げ捨てられるとしても、実際に投げ捨ててはいないのだから。
それに、ジュリアの言葉には完全におかしなところがある。
「だが幾つか、間違っているな」
「何がでしょうか?」
「覇を唱えると言ったが、無理だ」
出来るできないではなく不可能。
「お前達が望むほどの存在は、お前達程度の愚かな考えで操れるような存在じゃない」
自身が言っていたことだろう。
勇者とは“世界を救う者”だと。
「我々が世界に覇を唱えることで世界が救われる。そう考えることは出来ないのですか? 何よりも勇者自身が己の行動を『勇者として正しい』と認識していれば、問題ないと思われますが」
「お前ら独自の理論を展開されたところで、戯れ言でしかないな」
ジュリア達にとって正しい、ではない。
世界にとって正しいかどうか、だ。
「そして次。存在を変えようとした時点で、辿り着けない」
知っているからこそ言える。
「無敵っていうのは、そうじゃない」
先程から物知り顔で色々と言っているジュリア。
だが、彼女とて所詮は“伝聞”だ。
本当の『無敵』がどういうものか、想像上のものでしかない。
「最後、お前が言ったことと矛盾しているだろう?」
伝説を打ち崩す。
そんなことは不可能。
「最強と無敵は“相並ぶ”からこそ同等だ」
決して敵対はしない。
「ふふっ。随分とまあ、自信があるのですね」
ジュリアが笑い声を漏らした。
「ならば、証明を」
彼女の背後に召喚陣が現れた。
身構える優斗達にジュリアは悠然と告げる。
「これも研究の結果といえば結果。始まりの勇者を作るにあたって、使えるものがないか調べたが故の残骸」
陣から黒い物体が出てくる。
魔物なんかよりも、ずっとおぞましい何かが現出する。
「“呪い”という言葉をご存じで?」
問い掛けに対して、優斗は右手の平と肩にある傷を思い出す。
昨年の八月、パーティ会場にて傷つかれた痕だ。
「そういうものがあるとは知っている」
「でしたら話は早いですわ。魔法は効かず、自然治癒でしか治せない“呪い”」
呪いを与えることの出来る武器などは、この世にある。
では、単純に言って呪いとは何なのだろうか。
その答えにジュリア達は到達していた。
「これは“呪い”の発生源」
後ろを見て、嗤う。
世界の理から外れた存在。
「龍神と対なす存在――“堕神”。その欠片ですわ」
故に与える影響は魔法という“普通”ではどうにもならない。
ジュリアは身体を翻しながら告げた。
「では、まずは彼らと遊んでいただきましょうか」
笑い声を響かせながら、彼女はこの場から去って行く。
「それでは失礼致します」
◇ ◇
ジュリアの去り際を追いかけることはしない。
彼女が舞台と言ったからには、相応しい“舞台”があるだろうから。
だから優斗は先程、思った疑問を解決していた。
「龍神崇拝が最大の宗教ということは、別にもあるとは思っていたが……こういうことか」
あくまで最大なだけであって、唯一というわけではない。
「そして、この神殿は“堕神”を祀る為にある」
怪我した当時は呪いだのと言われても『そういうものがある』ぐらいで済ませていた。
ただ、今ここで解決できるとは思ってもいなかった。
「今日は疑問解決のバーゲンセールだな」
異世界人のことにしても、始まりの勇者にしても、呪いにしても。
大体は解決してしまった。
すると修がやってきて、
「お前、一つ言わなかったことあるだろ?」
したり顔で訊いてきた。
「どうにも勘違いしてそうだったからな。まあ、だからこそあいつらも正樹を『始まりの勇者』にすると言ったんだろう」
向こうが重要視していないこと。
それが実際には“一番重要である”ということだ。
「こっちが仕掛けない限りは動かない、みたいだね」
春香が構えていた大剣を下げる。
どうやら向こうから仕掛けるつもりはないらしい。
「当然、行こうとすれば襲いかかってくるんだろうけどな」
「さらにはどこかで彼女の父と祖父が出てくるとは思うがな」
修と優斗が呆れ顔になる。
一族と言って、我らと言って、父と祖父と告げていた。
ならばどこかにはいるだろう。
「正樹。どう動く?」
優斗が訊いた。
すでに体力は霊薬によって回復しているだろう。
正樹は大きく息を吐き、覚悟したかのように言った。
「……ジュリアとはボクが決着を付ける」
他の誰かに任せてはいけない。
「これは……ボクの物語だ」
竹内正樹が歩いていく道。
ならば、自分がやらなければならない。
「……できるのか?」
優斗が僅かに心配げな声音になった。
彼女は正樹の仲間だった。
なのに刃を向けることが出来るのだろうか、と。
「……分からないよ」
けれど正樹は儚げに笑った。
「最初は、ずっと分からなかった。ただ、ニアと一緒にいて、勇者っぽい行動をして、それで人を助けてきた」
それは正樹ならではの疑問だった。
優斗達のように色々と知っているからこそ、どんな勇者がいてもいい……じゃない。
「だってさ、ボクの知ってる勇者っていうのは色々な場所でトラブルを解決して、最後に魔王を倒す。それ以外の勇者なんて知らないんだ」
本当に基本的なRPG。
一番普通な、当たり前のようなことしか知らない。
「最近は勇者だから問題を解決するのは当たり前だって思ってたけど、それはこの魔法陣のせいなんだよね」
植え付けられた“勇者としての概念”。
でも、それは正樹が思っているものではない。
「こんなボクでも勇者でいいと思う?」
勇者なんてほとんど知らない自分が、勇者でいいのだろうか。
「こんなボクが……勇者としてこの状況を終わらせられるかな?」
間違ってる状況を、解決できるだろうか。
「それは……」
優斗は何かを言おうとした。
けれど、頭を振って口を閉じる。
陳腐な言葉しか出そうになかった。
どこにでもあるような言葉しか思い浮かばなかった。
「その問いに答えることは……僕には出来ない」
だけど、自分が言わなくていい。
自分が言う必要などない。
だから改めて、優斗は正樹に伝える。
「答えられるのは彼女だけだ」
優斗はニアを促す。
彼女は頷くと、正樹の手を握る。
「覚えてるか? マサキは……必死になって私を助けてくれた」
「……忘れようがないよ」
「見ず知らずの私を、だぞ。今の私じゃない」
普通は出来ない。
シルドラゴンの前に立つなど。
けれど彼はニアを護るように立ちふさがった。
「私は他の勇者なんて知らない。始まりの勇者なんて知らない」
リライトの勇者もクラインドールの勇者も、今日一緒に動いただけ。
始まりの勇者なんて、さらにどうでもいい。
「だから」
昔も今も、心の中心にいる勇者は一人だけ。
「私が『勇者』だって思うのは――“正樹”だよ」
赤の他人の為に頑張ってくれたフィンドの勇者。
彼だけは心の底から勇者だと思える。
「これじゃ……駄目かな?」
届いただろうか。
正樹の心に。
伝わっただろうか。
自分の心が。
「ううん、駄目じゃない」
すると正樹は満面の笑みを浮かべて、頷いた。
「頑張れる」
ぎゅっとニアを抱きしめて、正樹は立ち上がる。
迷いはもう、無くなった。
優斗は優しげな表情を浮かべて、他に声を掛ける。
「修」
「ああ。分かってんよ」
「春香。手伝ってあげてくれ」
「うんっ。任せて」
二人共、大きく頷いた。
「ニアも一緒に行ってこい」
ここは自分一人で十分だと告げる。
けれど、
「いや、私は…………行かない」
ニアは首を横に振った。
「待ってる。正樹が帰ってくるのを」
ちょうどいい、と思った。
ずっと引っかかっていたものを取り除く為に。
「ミヤガワ、覚えてるか? 6将魔法士の時、私が拒否したことを」
「ああ」
「正樹と一緒にいたい。正樹と離れたくない。何よりも……正樹を拒否できる存在でありたい。だから私は拒否をした」
否定しただけで、それでいいと思った。
「でも……そうじゃない。私は大切な時に間違えないよう、正せる存在になりたい」
優斗達が言っていた人になりたい。
正樹が願う存在になりたい。
「だからここにいる。今、ここで正樹を待っていることが、正樹と私にとって正しいことだと思うから」
いつまでも一緒にいる。
だけど、それだけじゃない。
「私は共に歩むべき存在でありながらも、正樹が帰ってくる場所でありたいと思うから」
「……ニア」
正樹は柔らかい表情を浮かべる。
「ありがとう。待ってて」
「うん」
ニアも同じように、柔らかな表情を浮かべた。
「話、まとまったか?」
修が正樹の肩を叩く。
「決着つけろよ、正樹。リライトの勇者とクラインドールの勇者が手助けすんぜ」
そのために、今この場所をぶち抜いてジュリアの下へと向かう。
“堕神”の欠片など、よく分からないものに邪魔などさせない。
「……あんなのを見て、こう言うのはどうかと思うけど」
正樹が“堕神”の欠片を見据える。
どうしたって、強そうだ。
未知な相手すぎる。
どう倒せるのか分からない。
でも、優斗にだからこそ言えた。
「雑魚はお願いできる?」
問い掛けに対して、修が笑い優斗は肩をすくめた。
「それでいいんだよ、主人公! これはお前が主人公の物語なんだから、雑魚は優斗に任せとけ!」
「そういうことだ」
ここから先、優斗は主役じゃない。
だからこそ彼らが進むための道を創る。
「……優斗くん」
くしゃり、と正樹の表情が崩れた。
本当に、当たり前のように頷いた優斗。
いつもいつも、当然のように助けてくれる。
「…………本当に…………ごめんね」
こんなにもたくさん、余計なことに巻き込んだ。
何度も何度も、面倒を持ってきてしまった。
「ごめん。いつも迷惑を掛けて……」
ずっと正樹だけが迫っていた。
同じ日本人だから嬉しくて、付いて回った。
呆れたような表情や、面倒そうな表情を何度もされた。
けれど優斗はいつも助けてくれる。
今だって、ここにいてくれる。
それが正樹は心苦しい。
「……はぁ」
だが優斗は大きく溜息をつくと、正樹の額をデコピンした。
「いたっ!?」
「いまさら何を言ってるの?」
口調も戻る。
本当に何を言っているのだろうか、この人は。
あれだけ懐いてきて、しかも本気で仲良くなろうとしてきた。
だったら自分がどうして来たかなんて、明白。
「言っておくけど、僕は勇者じゃないから他人なんて助けない」
どうでもいい。
遮二無二に手を伸ばそうだなんて思わない。
「まったく、本当に鈍感なんだから」
言わないと分からないのだろうか。
「いい? 僕は“友達”を助けに来たんだ。だから謝罪なんて必要ない。『いつもありがとう』って、そう言ってくれたほうが嬉しい」
さらっと一言、告げる。
ただ、地味に恥ずかしい。
どうして今、友達宣言しなければならないのだろうか。
「……友……達?」
こてん、と首を傾けられる。
なんか微妙に腹が立った。
「あれ、僕だけだった? 友達だと思ってるのは」
「ち、違うよ! ボクだって優斗くんのこと、友達だと思ってる!」
ブンブンと首を振る正樹。
あまりにも必死すぎて、笑えた。
「だから助けるんだよ。何度でも……何度だって、友達のことを」
彼の背中を手の平で張る。
「頑張れ、正樹」
普段の優斗が、普段の口調で。
初めて呼び捨てにした。
「正樹なら大丈夫だから」
期待して、信頼している言葉。
正樹は驚きの表情を浮かべたあと、力強く頷く。
「うんっ!」
「じゃあ、行ってきなよフィンドの勇者」
そして優斗はふわり、と。
柔らかな笑みを浮かべる。
「君には『勇者』が本当によく似合う」
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