第53話 トドメと祝賀と酔っ払い

 控え室でゆったりと談笑しているリライト勢だが、

 

「ごめん、ちょっとトイレ」

 

 優斗がそう言って立ち上がった。

 

「抜け出せるのか?」

 

 霊薬を飲んで完全回復しているレイナが疑問を呈した。

 大会の運営委員が寄せ集まろうとしている野次馬やその他諸々を抑えているのは、控え室の中でもよく分かる。

 そんなところに話題の中心人物が姿でも見せたら大騒動になりそうな気がするのだが。

 

「精霊に協力してもらえばチョロいよ」

 

 光を軽く屈折させてもらえば、あらま不思議とばかりに姿が見えなくなる。

 優斗はひらひら、と皆に手を振って控え室を出た。

 

「よし」

 

 光の精霊に手伝ってもらって姿を隠し、目的の場所へ。

 そして数分歩いて、たどり着いた。

 周りに人の気配はない。

 優斗は姿を現すと、ドアを開けた。

 意気消沈している三人の姿が見える。

 

「えっ?」

 

「あっ?」

 

「……?」

 

 急にドアが開いたことに驚くが、彼らは優斗の姿を認めると驚愕した。

 

「な、なんで!?」

 

 ナディアが狼狽する。

 まさか控え室に優斗が来るなど露にも思わない。

 

「あの程度で全て終わったとでも思ったか?」

 

 優斗は彼らに近付いた。

 それだけでナディアとジェガンが脅える。


「こっちは不安なんだ。負けた腹いせに不意打ちで仲間を殺されたら堪らないからな」

 

「……し、しないわよ。だって私たちは倒されたし、棄権したじゃない……」

 

「オ、オレなんて精霊術を使えなくさせられたんだぞ!」

 

 恐がりながら言い返す二人だが、何を甘いことを言っているんだとばかりに優斗は続ける。

 

「倒されたぐらいで、精霊術を使えなくさせられたぐらいで、棄権したぐらいで。たったそれだけで終わったと思うにはムシが良すぎるだろう?」

 

 自分たちの行いを思い返してみろ。

 

「まだお前らから謝罪の言葉を聞いていない」

 

 言いながら、周りには他に誰もいないからと優斗は殺気を放つ。

 ナディアの身体が震え始めた。

 ジェガンとラファエロも恐怖で金縛りにあったように動けない。

 

「クリスと和泉を傷つけたこと。クリスの婚約者を殺そうとしたこと。僕らの大切な人たちを殺すと言ったこと。レイナさんを謀ったこと。全て謝っていない」

 

「……どうすれば……いいの?」

 

 この恐怖から逃れたいためか、ナディアが訊いてくる。

 

「お前らが考え得る最大の謝罪をしてみろ」

 

「……さい……だい?」

 

「分からないなら、一つ案を出してやる」

 

 優斗は地面を指さす。

 

「土下座しろ」

 

「……貴……様っ!」

 

 一国の王女に対してあまりの言い草。

 ラファエロが恐怖を抱きながらも剣に手をしようとする。

 だが、

 

「や、やめなさい!」

 

 慌ててナディアが止めた。

 もし何かしてしまえば末路は分かりきっている。

 

「ああ、安心していい。別に変な気を起こしても構わない」

 

 優斗は平然と告げる。

 そうしてくれたところで、何の問題もない。

 ただし、

 

「三人で協力すればどうにかなるとでも思うならな」

 

 出来れば、の話だ。

 

「お前らの言葉を借りれば、目の前にいる男に雑魚がいくら集まったところで勝てるのか?」

 

 思うのならやればいい。

 

「神話魔法を使えてパラケルススも召喚できる男を殺せると思うならな」

 

 ナディアとジェガンの身体がビクリと跳ねた。

 自分たちが“いずれ”と思っていたことを両方とも体現している相手。

 “今”どころか未来永劫、そんな化け物を相手取ることができるわけもない。

 

「しっかりと考えろよ? 容赦はしないが僕はお前らと違って優しい。立ち向かえば殺すが、何もしないのなら圧倒的な恐怖を与えてトラウマになったぐらいで半殺しに済ませてやる。謝罪すれば無傷で終わらせてやる」

 

 優斗は言う。

 しかし、すでに現状がナディア達にとって半ばトラウマになるだろう。

 

「選択肢を与えてやるから、さっさと決めろ」

 

「……姫様を……王族を殺すというのか!?」

 

 唯一、優斗の行ったことを知らないラファエロが食い下がる。

 けれど、お前は何を言っているんだとばかりに優斗は白い目を向ける。

 

「お前もリライトの貴族を殺そうとしただろう? 目には目を。歯には歯を。脅しには脅しを返しているだけだ。それに僕の言葉に偽りがないことは、お姫様が一番分かってるな?」

 

「……はい」

 

 今でも思い出すだけで身体が凍る。

 さきほど相対していたときの、無感情な表情と自分の命を石ころと同じ程度だと見据えた眼光を。

 

「こっちも時間がない。手早く決めろ」

 

 優斗が急かす。

 するとナディアは、すぐに二人に命じた。

 

「……ラファエロ、ジェガン。膝を着きなさい」

 

「……姫様」

 

 ラファエロが驚いたような表情をさせる。

 だが、ナディアは構っていられない。

 

「……私はまだ……死にたくない」

 

 あれだけ殺す、殺す、殺すと言っていたナディアが、自分の命が大切だと宣いながら膝を着こうとする。

 

「今の発言にイラついたから、やっぱり殺そう」

 

「そんなっ!」

 

 助かると思ったのに翻った絶望をナディアは一瞬にして味わう。

 

「冗談だ」

 

 優斗が嘲るように笑った。

 

「でも、お前たちだって似たようなことをやっている。相手がどう思うのか知れて良かったな」

 

 白々しく言い放つ優斗。

 けれどナディアは怒りもせず、言い返すこともせず、安堵した。

 “殺すのが冗談”だということに安堵した。

 そして汚されることを疎んだ衣服を地に着け、土下座する。

 

「……申し訳ありません……でした」

 

「何に対してだ?」

 

「……貴方様の……御友人を傷つけたこと……殺そうとしたこと……罵詈雑言を口にしたこと……謀ったこと。……全て……謝ります」

 

「二言はないか?」

 

「……あ、ありません」

 

「次にやったら、この場があると思うか?」

 

「……思い……ません」

 

「違えた場合、どうなるかは理解しているか?」

 

「……しています」

 

「ならば二度としないと誓うか?」

 

「……誓います」

 

 未だに身体が震える。

 恐怖が止まらない。

 二度としないと誓うか、など。当然だ。

 目の前の化け物相手にやった結果が今の状況。

 身体を震わせるほどの殺気を放つ相手にもう一度やれ、と誰に言われても拒否する。

 優斗は彼らの姿を見届けると、殺気を放つのをやめた。

 強大な威圧が無くなって、ほっと一安心する三人。

 顔を上げると、先ほどとは違う悪戯気な笑みを浮かべた優斗がいる。

 

「だったら最後にもう一仕事。一筆、書いてもらおうかな?」

 

 

 


 部屋を出て20分ほどしてから、優斗は控え室に戻った。

 レイナが気付き声を掛ける。

 

「遅かったな」

 

「ちょっとね」

 

「そろそろパーティーが始まると言っていたぞ」

 

 優斗は頷きながら、わざとらしく手に持っていた紙を皆に見せた。

 

「あっ、そうそう。さっきこんなものを渡されたんだよ」

 

 優斗は和泉、クレア、クリスを招き寄せる。

 

「これは和泉で、こっちはレイナさんとクレアさん。あとはクリスにもあるよ」

 

 一枚ずつ配る。

 

「なんだこれは?」

 

 和泉が問う。

 

「ライカールからの謝罪文。ごめんなさい、二度としないので許してください……だってさ。いやあ、最後に解り合えてよかったよかった」

 

 あまりにも棒読みな優斗。

 和泉、レイナ、クリスは心底呆れた表情を浮かべた。

 

「えげつないにも程がある」

 

「絶対にユウトのこと、トラウマになっているな」

 

「あそこまで一方的に負けた相手に対してさらに追い打ちなど、鬼ですか貴方は」

 

「失礼な。ちゃんと会話で納得してもらったんだから」

 

 それは『会話』と書いて『脅し』と読むのだろう、と3人は思う。

 いくら自分たちを不要に不当に不用意に傷つけた相手とはいえ、震えている文字から彼らの心情が思い浮かぶ。

 つい先ほど己を蹂躙した化け物がトドメとばかりに脅してくるなど、さすがに少し同情した。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 それから10分後。

 

『学生の部――優勝、リライト』

 

 小さな横断幕を掲げながら、ささやかな祝賀パーティーが行われた。

 王様が今、スピーチを行っている。

 

「今回、一般の部は三位。学生の部は優勝となった結果には大いに満足している。あとから聞けば決勝の相手、ライカールとはいざこざがあったと聞いているが、よく怯えずに戦い抜いた。我に挑発するような講釈を垂れていたライカール王が呆けている顔はまさしく見物だった」

 

 怯えるどころか逆に最後は脅していたことに、和泉やレイナは笑いそうになる。

 

「さらにユウト。パラケルススを従え、独自詠唱の神話魔法クラス……いや、ここではっきりと認めよう。独自詠唱の神話魔法を放つ姿は大会の歴史に名が……残ってしまうかもしれない」

 

 王様が困った表情を浮かべる。

 

「あ~、できる限りは情報漏洩の阻止とお前に被害が行かないように全力を尽くす。だが、さすがにパラケルススは予想外だったぞ」

 

 いくら優斗でも伝説の存在を召喚するとは王様も思ってもいなかった。

 

「す、すみません」

 

 申し訳なさそうに謝る優斗に笑いが起こった。

 

「面倒な国がいくつかある。回避することが出来なかった場合は……すまんが頼む。悪いようにしないことだけは誓う」

 

「分かりました」

 

「とはいえ、この『セリアール』において、二人目の契約者がリライトの者であるということは、未来永劫誉れ高いことだ。お前がこの世界にいてくれることを、龍神に感謝しよう」

 

 と、王様が言うものの、内情を知っている者は優斗の娘が龍神なために苦笑する。

 

「この場ではリライトと戦った者達も賞賛したいと来ている。無論、どこぞの誰かのおかげで参加を申し出る者が殺到し、選別させてもらったのは言うまでもないが」

 

 その“誰か”がつい先ほどまで話題になっていた人物なのは当然のことなので、恥ずかしがる彼に対して続けて笑いが起こった。

 

「皆、リライトに戻るまでの僅かばかりではあるが、楽しもう!」

 

 王様が杯を掲げると同時に、その場にいる全員が同様に掲げる。

 

「乾杯!」

 

 

 

 

 和泉とレイナ、フィオナでカクテルを飲みながら談笑? をする。

 

「相手からしてみたら、ユウトは人外にしか思えなかっただろうな」

 

 レイナは今でもライカールの連中の引きつった顔に笑いを覚える。

 精霊の主を呼ぶわ、神話魔法でギガンテスを殺すわ、かといってさらなる神話魔法を突きつけるわ。

 

「自業自得です」

 

 フィオナが言いながら、カクテルのおかわりをする。

 

「優斗は基本的には自分を追い詰めるドMだが、キレると蹂躙するドSに変わる」

 

「よくあるパターンです。優斗さんはいつもあんな性格だから豹変するんです」

 

 また一気にカクテルを飲み干しておかわりする。

 

「……フィオナ。機嫌を直せ」

 

 なぜ彼女がハイペースでお酒を飲んでいるのか。

 理由が分かるため、和泉も強くは言えない。

 

「別に優斗さんが怪我したから心配したとか、一緒にいたいのに引っ張りだこで寂しいとか思っていません」

 

「いや、全力で思っているだろう」

 

 

 

 

 優斗から話を聞こうとする者が周囲に群がる。

 少々困った様子の優斗だったが、いつの間にか……というか、何故!? と問いたくなるような立場になっている副長が手際よく周りを纏め上げ、第一陣と第二陣に分断することができた。

 ただし、

 

 ――ユウト&フィオナファンクラブ会長ってなに?

 

 ファンだと言ってもらったことはある。

 しかしそんなものを認識した覚え、あるはずもない。

 

 ――ほんと、どういうことなんだ?

 

 首を傾げる優斗。

 でも、とりあえず怒濤の第一陣が終わり第二陣が来る前に副長やクリス、クレアと一緒に和やかに談笑する。

 

「副長。質問ですがユウト&フィオナファンクラブって何ですか?」

 

「ユウト様とフィオナ様のファンクラブです。ちなみに私は会員ナンバー1、会長です」

 

「いや、そうではなくて……」

 

 優斗は大会時の落ち着いた様子と真面目な態度の副長はどこいった!? と問いたくなる。

 いや、そこは今でも同じなのだが、どこかにネジが一本飛んでいったようなことになってる。

 するとクレアも微笑みながら、

 

「ちなみにわたくしは会員ナンバー2です」

 

「なんで!?」

 

 クレアの発言にツッコミを入れざるを得ない優斗。

 

「ユウト様とフィオナ様のような理想の夫婦になりたいのです」

 

 尊敬のまなざしを持って見てくるクレアに、優斗はツッコミを入れることを諦めて話題を変えた。

 

「クリス達はこれから、またどこか行くの?」

 

「最後はリステルに寄ります。それで婚前旅行は終了ですね」

 

「来週は結婚式か。楽しみにしてる」

 

「イズミとシュウの暴走、止めてくださいね」

 

 心の底から願う。

 

「特にイズミは終始、真面目でした。溜まりに溜まったものが結婚式で爆発してもおかしくありません」

 

「なるべく頑張る」

 

「お願いします」

 

 と、会話している優斗のところへ向かってくる人物たちがいる。

 

「第二陣が来たようですね。では、自分たちはフィオナさんたちと合流するとしましょう」

 

 



 一方で和泉とレイナはラスターを加え、頭を抱えていた。

 

「どうにかしろ、会長」

 

「わ、私が止められるわけないだろう!?」

 

「ラスター、お前は?」

 

「無理を言うな! 今のフィオナ先輩はオレにマジギレした時ほどの威圧感があるんだぞ!」

 

「……打つ手無し、ということか」

 

 明らかにハイペースで飲み過ぎている、ということでフィオナを止めようとした和泉とレイナ。

 けれど一向に止まらない。

 どうしたものかと考えていたところにラスターがやって来て、意気揚々と彼女に話しかけようとしたが、

 

「うふふふふふ。失せてください」

 

 彼が言葉を発する前から存在を否定する始末。

 結果、フィオナが飲んでいる姿を無残にも見ているだけとなった。

 

「うふふふふふふふふ。優斗さんってばモテモテなんですから」

 

 喋りながら、またコップを空にするフィオナ。

 だんだんとテーブルへの置き方が雑になっているのは気のせいだろうか。

 

「もう13……いや14杯目。怒濤のペースだな」

 

「イズミ、どうしました?」

 

 と、ここで優斗と別れたクリスとクレアが和泉達に合流する。

 

「クリス、止められるか?」

 

 くいっと和泉がフィオナを指す。

 

「……無理です」

 

 姿を見てから否定する。

 妙な威圧感があったので、できれば関わりたくない。

 

「けれどこれ、笑っているということは第一段階ですよね?」

 

「……? クリス、どういうことだ?」

 

 和泉が問い返す。

 

「フィオナさんは酔いが進むと、酔い方が変わるんです」

 

 

 

 

 第二陣もあらかた片付け、最後に優斗のところへ来たのは昨日、そして今日のトーナメント初戦で戦ったチームのリーダー。

 

「マイティーのリーダーさんと……マルチナさんでしたっけ?」

 

「あら、覚えててくれたの?」

 

「まさしくその通りだ! このダンディ・マイティー、戦友の快挙に喜びを以て来させて貰った!」

 

 服の上からでも動きの分かる胸筋に優斗が吹き出しそうになる。

 

 ――っていうかダンディ・マイティーって名前なの!?

 

 これがまた、よく似合っていて笑いがこみ上げる。

 だが、よく考えると国の名前を背負っているということは……お偉い人なのだろうか。

 

 ――あ~……いいや、訊く必要もないし。

 

 別にどうこうなるわけじゃない。

 

「レイナが言ってた手も足も出ない同年代って貴方のことだったのね」

 

「おそらくはそうだと思いますよ」

 

「ワシの仲間もお前にやられたことを誇りにしておったぞ!」

 

「僕も貴方の仲間と勝負したのは楽しかったですよ。ものすごく盛り上がりましたよね?」

 

「もちろんだ! あの時は血湧き、肉が踊ったぞ!」

 

 最後の決勝を除けば、一番の盛り上がりだったと言っても過言ではない。

 するとマルチナがまじまじと優斗を見て、

 

「それにしても決勝の時と様子が全然違うわね。纏ってる空気が優しいわ。空気もピリつかない」

 

「あれ? 殺気も放たなかったし威圧もしていなかったつもりなんですが……」

 

 もしかしたら漏れていたのだろうか。

 

「私ぐらいのレベルなら分かるわ。たぶん、感じられたのはあまりいないでしょうね」

 

「良かったです。当時の心境だと放ったが最後、会場中を無差別に怖がらせていたと思いますから」

 

「…………会場中ってどんだけよ。けど、普段からそうなるわけじゃないみたいね」

 

「あれは相手が僕達に喧嘩売ってきた腐ってる相手でしたからね。あんな厳つい空気、普段から出すことなんてそうそうありませんよ」

 

「それもそうね」

 

 まず問題として張り詰めるほどの空気、普通は出せるわけもないが。

 

「っていうか貴方の実力を見たらレイナが強くなるのも分かるわ」

 

「確かにレイナ殿は強かった」

 

 リーダーハゲがうんうん、と頷く。

 

「ライバルになりたいと言っていますから。Aランクの魔物を倒せずとも相対するところまで実力伸びてますし」

 

「……シャレになってないわね」

 

 自分は彼女をライバル認定しているだけに少々焦る。

 

「素晴らしいな、レイナ殿は! さすがワシを倒しただけのことはある!」

 

 リーダーハゲがさらに大きく頷いた――瞬間、突然に声が響いた。

 

「ゆうとさん!」

 

 舌っ足らずで可愛らしい声が優斗の耳に届く。

 ちょっとふらふらしながらフィオナが寄ってきた。

 

「あの子は?」

 

「妻です」

 

「奥さんなんだ? 凄く美人じゃない」

 

「なるほど。確かに美人だ」

 

「ありがとうございます。ですが飲まされたのか何なのか、相当に酔ってます」

 

 向かってくるフィオナの後ろでは友人達がごめん、と両手を合わせて優斗に向けていた。

 彼女を飲ませたのか、それとも飲んでいる姿を止められなかったのかのどっちかだろう。

 酔った彼女は優斗のすぐ隣まで来ると、唐突に耳を引っ張った。

 

「い、痛い痛い痛い痛たたたっ!!」

 

 急激に引っ張られて優斗が痛がる。

 周囲の注目が一気に優斗たちに集まった。

 優斗は慌ててフィオナの腕を掴む。

 

「僕が何かやった!?」

 

 思わず問い質すと、フィオナは一度マルチナに視線を送ってから優斗を見る。

 

「デレデレしてはだめです」

 

「してません」

 

「イチャイチャしてはだめです」

 

「やってません」

 

「うそです」

 

「嘘じゃありません」

 

 何故に浮気を調査するが如く問い詰められているのか。

 勘弁してほしかった。

 

「なら“しょーめい”してください」

 

「どうやって?」

 

「キスです」

 

「はい!?」

 

「キスしてくれたら“しょーめい”とみなします」

 

 がっしりと優斗の首に手を回すフィオナ。

 

「ひ、人前じゃ恥ずかしいから! みんなこっち見てるから! 別の方法にして!」

 

 そこまでチャレンジャーになれない。

 慌てて、どうにか別の方法にして貰おうとする優斗。

 

「ならわたしがします」

 

 だが残念。

 問答無用、優斗の頭を手で固定して動かせないようにすると、

 

 

「「「「「   おおっ!   」」」」」

 

 

 ギャラリーが歓声を上げるほど、思い切り口付けをした。

 

「…………」

 

「…………」

 

 きっかり五秒。

 キスをしてから口唇を離す。

 

「これで“しょーめい”できました」

 

 甘い笑顔を浮かべて、抱きついたままのフィオナ。

 拍手が沸き起こる周囲には、血涙を流しているラスターの姿もある。

 

「ずいぶん過激ね」

 

「愛情溢れているのだな」

 

 間近で見た二人が感想を言う。

 優斗は真っ赤になりそうな顔をどうにか押し止めると、大きく深呼吸をして自らを落ち着かせる。

 

 ――これは酔っ払いがやったこと、これは酔っ払いがやったこと。

 

 念じるように呟く。

 

「……よし」

 

 上辺だけだが、どうにか落ち着いた。

 

「これで証明できたから離れようね?」

 

「だめです! “しょーめい”できましたが『ゆうとさん分』が足りません!」

 

 なんか前も酔ったときに同じことを言ってたな、と優斗は思い返す。

 

「……はぁ」

 

 こうなったら絶対にフィオナは離してくれない。

 周囲の目など気にせずに優斗は自分のものだと見せつける。

 まさしく甘えたい放題だ。

 しかも性質が悪いことに、甘えん坊モードに入ると優斗から離れることはなく、当時の状況を覚えていることもない。

 仲間内ならまだしも、これだけの人前では優斗にとって拷問でしかない。

 唯一の救いはパーティーがあと少しで終わること。

 

 ――お願いだから、早く終わってくれ……っ!

 

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