第52話 伝説の再来

 ナディアは不機嫌になる。

 

「あの程度の雑魚に負けるなんて、恥を知りなさい!」

 

 遠方で倒れているラファエロに、トドメとばかりに地の魔法で追撃を加える。

 あまりの酷さに観客から大ブーイングが起こった。

 

「うるさいわよ!! 会場の雑魚共も文句があるのならかかってきなさい!」

 

 結界魔法で守られている観客席に火の上級魔法をぶち当てる。

 一瞬にして観客のブーイングが止まった。

 

「出来ないわよね。神話魔法に一番近いと言われている私に敵うわけないんだから」

 

 そしてあざ笑う。

 だが、すぐに矛先は優斗達に向かった。

 

「リライトの雑魚共。せっかく無傷で勝ち進んできた私達に傷をつけてくれちゃって……。しかも雑魚ごときが私の魔法を防ぐし。ミヤガワとアクライト、私の気分を害した罪は重いわ。前にも言ったとおり貴女たちの大切な者も全て殺してあげるわ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

「ライカール王。我が国の民を平然と殺そうとする。それが貴国のやり方か?」

 

 一方で、リライト王は賓室で大会を眺めているライカール王に食って掛かっていた。

 

「勝負事に正々堂々も卑怯もない。勝つ以外には何の価値もない」

 

「彼女の言葉は偽りなく、事実として彼らの親しい者すら殺そうとしているのだろう?」

 

「問題があるのか?」

 

 事も無げに告げるライカール王。

 

「力こそが正義であり、全てだ。別に他国に攻め入ろうというわけではない。私は力が無ければ何の意味も無い、ただの悪だと教えてきただけのこと。故に彼らの大切な者が殺されるというのは、その者たちの力がないだけ。守れない己を恨め」

 

 この教えに何の異論があるというのだ。

 

「力で覇を唱えれば、いずれ力で全てを失う」

 

「口だけでは何とでも言える。ならば力に対して力で対抗してみせよ」

 

 挑発するようなライカール王に、リライト王は眉根を揉みほぐすと……言い放った。

 

「……いいだろう。我が国を嘗めるなよ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 ナディアの物騒な物言いを無視しながら、優斗はレイナを抱えてラスターのところへと向かう。

 途中、優斗は遠方の一室にいる王様を見る。

 遠目からでもはっきりと分かるほどに頷かれた。

 

「本当に久々に……力を使い果たした気がする」

 

 リングの端でレイナは腰を落とす。

 

「……悪いが私はここまでだ。魔力もほとんど無い」

 

 あの刹那の一撃に全てを使ってしまった。

 

「本当は正々堂々と……戦って……」

 

 楽しんで。

 

「最後まで、お前と共に立っていたかった。もっと高らかにイズミが託してくれた武器を掲げ……勝ち名乗りを上げたかった」

 

 今になれば、それを出来ないのが悔しい。

 

「……けれど…………」

 

 願った未来を無くしてでも。

 

「許せなかったんだ」

 

 騎士の名を汚したことも、仲間を傷つけたことも。

 彼らの行為を許してはならないと胸の内が叫んだ。

 正義ではなく、理念でもなく。

 自らの心が否定しろと訴えていたから。

 

「大丈夫。ちゃんと分かってる」

 

 優斗がレイナの肩をポン、と叩く。

 

「良い啖呵の切り方だったよ。おかげで僕も覚悟が決まった」

 

「お前に任せるのは、申し訳ないとしか言えない……」

 

 自分は三年で責任を全うする立場だというのに。

 

「でも、無理になってしまったから……」

 

 全て使い切ってしまったから。

 

「後は……頼んでいいか?」

 

 済まなそうに告げるレイナに、優斗は笑みを一つ。

 

「任せて」

 

「……あんな奴らに負けないでくれ」

 

「“今の僕”が負けると思う?」

 

「……ふふっ。それもそうだな。なら、私達を優勝させてくれ」

 

「終わったらパーティーだから、霊薬でも飲んで治さないとね」

 

 軽く告げる優斗。

 

「ゆっくり休んで」

 

「ああ」

 

「そして見てて。リライトが優勝する瞬間を」

 

「……ああっ!」

 

 最後にハイタッチを交わす。

 バトンタッチは、これで完璧だ。

 

「ラスター。レイナさんを守りながら治療できる?」

 

 普段と違い、すでにラスターを呼ぶときに“さん”は抜けている。

 

「貴様……一人で相手取るつもりか?」

 

「もちろん」

 

 当然のごとく頷いた優斗にラスターが怒鳴る。

 

「バカを言うな! 学生最強の精霊術士と魔法士だぞ! 貴様一人で何が出来るものか! 先ほどは偶然防げたとしても二度目はない! 無駄に死ぬだけだ!!」

 

「……突然どうしたの?」

 

 いつもと似たような言い草だが、何か違う。

 違和感があった。

 

「言いたくはないが……貴様がこれ以上傷つけばフィオナ先輩が悲しむ。分かりきっている結論をわざわざ証明する必要はない」

 

 優斗の焦げた右腕。

 煤けて所々に焦げた地肌が見える右袖を見ながら。

 悔しそうに、心底悔しそうにラスターが言う。

 けれど優斗は嬉しそうに笑みを携えた。

 

「ラスター、ありがとう」

 

 まさか心配されるとは思ってもいなかった。

 

「でも……ここは引かない」

 

 決めたから。

 化け物と称された圧倒的な力と。

 悪魔と見紛うべき自らの本質を以て。

 魔王の如く蹂躙すると。

 

「あのふざけた連中を逃すことはしない」

 

「貴様を殺すと言われたからか?」

 

「違う。僕のことなんてどうでもいい。でも僕の仲間に対して、あいつらはやっちゃいけないことをした」

 

 そうだ。

 一度ならず何度もやった。

 

「親友達を傷つけ、親友の婚約者を殺そうとし、皆を殺すと嘲り、裏切りを持ってレイナさんを倒そうとした連中を……許すことなんてしない」

 

「だったらオレも一緒に――ッ」

 

「大丈夫。“あの程度”の連中、ラスターと二人がかりでやるまでもない」

 

 余裕を浮かべて優斗はリング中央へと歩んでいく。

 そこにはすでに、ジェガンがいた。

 

 

 

 

「……ラスター、悪いが治療してくれるとありがたい」

 

 身体をぐったりとさせているレイナが言う。

 

「しかしレイナ先輩!」

 

「安心しろ。ユウトがあいつらに負けるはずがない」

 

「けれど一番弱いやつですら、押されていたとはいえレイナ先輩とやり合えるんですよ!!」

 

 ならばラファエロよりも強い二人を相手するとなれば。

 

「あいつごとき、やられるに決まってます!!」

 

「……少し変わったと思えば、そういうところは変わらないんだな」

 

 レイナは大きくため息をつく。

 

「信じないかもしれないが、私たちの中で一番強いのはユウトだ。だから私は送り出せる」

 

 平然とレイナから言われたことにラスターは信じられない。

 

「冗談……ですよね?」

 

 学院最強よりも強いとは。

 ラスターは信じることができない。

 けれど、

 

「悪いが、この状況と状態で冗談を言えるほど愉快な性格はしていない」

 

 一歩間違えれば殺される事態だというのに、自分より弱い者を送り出せるものか。

 

「で、でもあいつは多少なりとも精霊術は使えるとしても、上級魔法なんて風を一つ使えるぐらいじゃないですか! 勝つために動いたところで高が知れてる! それを成績が物語ってる!」

 

「……ラスター。前から言っているだろう。学院の成績なんて物の役にも立たん」

 

 何度も言ってきたはずだが、こういう場だからこそもう一度言おう。

 

「今までの試合ですら、あいつの実力からすれば氷山の一角」

 

 手抜きと思われても仕方ない。

 

「これからお前が見るのは、この世界で遙か高みにいる人物の実力だ」

 

 それこそ、強さを求めるものが見逃してはいけない。

 

「色眼鏡をかけず、しっかりと見定めろ。ユウトの強さを」

 

 

       ◇      ◇

 

 

「どうした? 二人して来ないのか? 別にいいんだぜ、約束破ったのはこっちだし、二人で来ても」

 

「お前達こそどうした? 井の中の蛙ごときが調子に乗って、僕と一人で勝負しようだなんて正気か?」

 

 優斗が挑発を返す。

 すると、だ。

 いつも彼らがやっているのに、なぜかカチンと来たようだった。

 

「バカじゃねーの? さっき精霊術を同じ精霊術で相殺できたからって何いっちゃってんだよ。お前みたいな雑魚に二人も三人も集まったらすぐに殺しちまうだろうが。オレはいずれ大精霊すら召喚し、パラケルススと契約する男だぞ! 魔法も半端、精霊術も半端のテメエがオレに勝てる道理はねえんだよ!!」

 

 と、ここでジェガンはあることを思い付く。

 振り向いてナディアに言った。

 

「おい、ナディア! 見せてやれよ、力の違いってやつをよ」

 

 ジェガンの望んでいることが理解できて、ナディアが面倒そうな表情を浮かべる。

 だが、自分の魔法を防いだことと今の言葉にはイラっときたのも確かなので、

 

「仕方ないわね」

 

 ナディアは遙か後方へ何かを投げる。

 すると、投げたものから巨大な六芒星が広がった。

 

「召喚か」

 

 前に一度、見たことがある。

 あの時はカルマという魔物だった。

 今回は、

 

「ギガンテス。私の国が所有する魔物よ」

 

 遠く、遠く。何もない野原に。

 30メートルはあろうかという巨人が、圧倒的な存在がそこにそびえ立っていた。

 

「わずか二日で小都市を滅ぼすと言われているSランクの魔物。倒すには手練れの戦士が20人、二日掛かりになるわ」

 

 当然、Sランクの中でも上位に位置する魔物だ。

 

「まあ、どっちにしても貴方はジェガンに殺されるんだし、関係ないわよね」

 

「どうだ、ビビッたか? けど棄権なんかさせねぇぞ。あんだけ大事言って逃げるわけねぇよな」

 

 これで優斗が恐れると思ったのだろうか。

 強気な態度をさらに前面に示す。

 しかし、甘い。

 

「今更、魔物ごときで驚くこともない。それよりもずっと気になってたんだがお前、学生最強の精霊術士とか言われてるらしいが、お前程度の精霊術で学生最強と言われて……恥ずかしくないのか?」

 

 まるで後ろの存在を無視する優斗。

 彼にとって、ギガンテスすらどうでもいい。

 

「本当の精霊術を教えてやるよ」

 

 三流が調子に乗るな。

 雑魚が粋がるなと明確に示した言葉。

 

「……殺す!」

 

 優斗の挑発にキレたジェガンが幾数もの魔法陣を展開する。

 火、水、地、風。

 いくつもの精霊術をぶつけてくるが、優斗はいざこざの時と同じように、全て同じ威力と同じもので相殺する。

 

「ヤロウ!」

 

 今度は同時に八つ、色とりどりの攻撃が広がる。

 

「地水火風。その全てが二つずつ、しかも上級魔法と呼べるに値する威力だ。防げるもんなら……防いでみろ!!」

 

 飛んでくるは八つの精霊術。

 全てを喰らってしまえば、さしもの優斗とて無事では済まない。

 だが、優斗は避けることもせず……告げる。

 

「来い」

 

 瞬間だった。

 優斗を守るように四体――地水火風の大精霊が眼前に現れた。

 薄く紅き猛々しい男性の姿を模した、薄く青き凛とした女性の姿を模した、薄く緑の清廉の女性を模した、薄く可愛らしい土竜の姿を模した大精霊が。

 彼らは一つとして優斗に届かせることなく、全てを無きものとした。

 そして優斗の背後に控える。

 

「……だい……せい……れい?」

 

 ジェガンの前に掲げていた腕が……予想外の光景にがくんと下に落ちる。

 観客席のざわついた声がリングにも届く。

 ジェガンも心中は同様だった。

 目の前の状況を信じられない。

 信じたくもない。

 けれど、現実として見える。

 そこにいる。

 感じ取れる。

 

「見て分からないか? 感じられないか? ここにいるのが大精霊だと」

 

「ふ、ふざけんな! オレですら召喚できないのに、お前みたいな雑魚がどうして召喚できる!?」

 

 しかも詠唱無し。

 さらに名を呼ぶこともせず、一括りに纏めて召喚するなど。

 常識外れにもほどがある。

 

「言っただろう? 本当の精霊術の使い方を教えてやると」

 

 常々彼らが優斗達に向けていた視線を、優斗は同じように向ける。

 

「何がいずれ大精霊を召喚する男だ。お前は精霊に命令と強制しかしていない。そんな奴が大精霊を召喚できるわけがない」

 

「ば、馬鹿いってんじゃねぇ! 精霊ってのは道具なんだよ! 道具をどう扱おうが所有者であるオレの勝手だ!」

 

 同時、後ろにいる大精霊からの意思が優斗に伝わってきた。

 深く強い、憤りの感情。

 優斗は彼らの気持ちを代弁する。

 

「調子に乗るなよ、三下」

 

 ほざくな。

 

「お前には二度と精霊術を使わせない」

 

 

       ◇      ◇

 

 

「まさか……」

 

 優斗がやろうとしていること。

 そして、それが出来るであろう精霊の可能性をフィオナは思い付く。

 和泉も同じ考えに達したらしい。

 フィオナに頷いた。

 

「呼ぶつもりだろう」

 

「けれど神話魔法ならまだしも……あれは……」

 

 過去、一人しか呼ぶことを証明できたものはいない伝説の存在。

 

「前にフィオナが傷ついたときよりはマシだがな。俺、クリス、クレアが傷ついたことに加えて度重なる俺達への悪態とレイナへの裏切り。さらには精霊への侮辱。優斗がキレる中でも最上級に値する。ブチギレていないだけマシだ」

 

 だが、それでも。

 

「しかし最上級にキレているからこそ、頭が回っていない。相手の土俵で完全無欠、慈悲無く叩き潰すつもりだ」

 

 力、格の違いを見せつけるつもりなのだろう。

 

「それに王様がどうにでもしてくれる、と言ったのを信じているだけだ」

 

「だとしても……」

 

 いくらなんでも、この観衆の中で呼んでしまえば言い逃れも情報統制も不可能では無いか。

 そうなると優斗が側からいなくなってしまうのでは、とフィオナは不安になる。

 けれど和泉は安心させるように言った。

 

「何も変わりはしない。例え王様がどうにもできなくて、何と呼ばれることになろうとも優斗は変わらずフィオナの側にいる。それが優斗の願いだ」

 

 だからどんな手を使ってでも優斗はフィオナの側に居続ける。

 

「違うか?」

 

 確信を持った和泉の問い掛け。

 当然のように落ち着いている姿に、少し嫉妬が浮かび上がる。

 

 ――羨ましいですね。

 

 親友とはいえ、確固たる証拠がなくとも信じ切れているのは。

 優斗への理解度として卓也にも和泉にも修にも自分は劣っている。

 まだまだなのだな、と実感した。

 

 ――私も……信じないと。

 

 今、優斗の親友である和泉が優斗を信じているように。

 自分も。

 彼と同じように。

 彼以上に優斗を信じよう。

 

「はい」

 

 フィオナが頷く。

 

「二人とも、どうしたのですか?」

 

 彼らの様子を不思議がったクリスが訊いてきた。

 副長もクレアも怪訝な表情をしている。

 

「三人ともしっかりと見ていろ」

 

 これから優斗がやることを。

 

「蘇るぞ。過去一人しか使うことの出来なかった詠唱が」

 

 次いでフィオナが続けた。

 

「そして見逃さないでください」

 

 彼らが証人。

 

「優斗さんが……」

 

 嘘偽りなく。

 冗談でもなく。

 

「伝説の大魔法士と肩を並べる瞬間を」

 

 それは新たなる一ページ。

 

「リライトだけでなく、この世界――『セリアール』の歴史が変わる瞬間を」

 

 

       ◇      ◇

 

 

「ハッ! やってみせろよ!」

 

 できるわけがないといきがるジェガン。

 けれど優斗は無視して後ろを向いた。

 

「少し防御を任せてもいい?」

 

 尋ねる優斗に四大精霊は頷いた。

 ありがとうと告げて、優斗はゆっくりと息を吸う。

 そして、

 

『この指輪は彼の全てとなる』

 

 凛とした声が会場に響く。

 優斗の足下に魔法陣が広がる。

 

『我が名は優斗。彼の者と契約を交わした者』

 

 魔法陣から極光が溢れ、会場に四散していく。

 

『我が呼び声、我が呼びかけ、我が声音。全ては祖への通り道となる』

 

 聞いたことのない詠唱。されども集まってくる精霊の気配。

 異変に気付いたジェガンが何かしら攻撃をしているが、優斗に届くことはない。

 そしてジェガンの行動を誰もが気付いてすらいない。

 会場全ての観客が目の前で行われていることに惹き込まれていた。

 

『願い求めるは根源を定めし者。精霊王と呼ばれし者。全ての父よ』

 

 優斗はさらに集中する。

 龍神の指輪が輝きを放つ。

 

『今こそ顕現せよ』

 

 左手を大きく振り払うように広げた。

 

『来い』

 

 統括する者。

 

 

『パラケルスス』

 

 

 告げた瞬間、眼前に広がる魔法陣。

 そして現れたのは――人の形をした大精霊。

 まるで老いた賢者の様相を呈している老人は、召喚した者――優斗の姿を認める。

 

『久しぶりじゃの、契約者殿』

 

「悪いが冗談を言い合う精神状態じゃない」

 

『そうみたいじゃの』

 

 パラケルススが穏やかな表情を一変させる。

 

『して、用件は?』

 

「目の前の男、どう見る?」

 

 問われてパラケルススはジェガンへと視線を向ける。

 蛇に睨まれた蛙のように動きが止まった。

 

『精霊たちが泣いておるわ。無理矢理使役され、朽ちていったものも数多くいる』

 

 パラケルススは蓄えたあごひげに触れる。

 

『とはいえ世界から見れば朽ちたのは少数。世界の均衡が崩れるわけでもなし、儂は特に何かをしようとは思わんが……契約者殿に見られたのが運の尽きよのう』

 

 馬鹿だとしか言いようがない。

 

「パラケルスス。お前に願うことは一つ」

 

 先ほど、口にした台詞。

 

「あいつに二度と精霊術を使わせるな」

 

『おやすいご用じゃ』

 

 優斗の願いにパラケルススが両手をパン、と叩く。

 合わせた場所から光の輪が広がった。

 

『――――――ふむ』

 

 たったそれだけ。

 けれどパラケルススは満足げに優斗に言った。

 

『これであの小僧に精霊が近付くことはない。無論、死ぬまでの』

 

 

       ◇      ◇

 

 

「……なっ……あっ……」

 

 目の前で起こっていることに処理しきれないラスター。

 ジェガンが精霊術を使おうとしても使えずに動揺している姿が、事実として使えさせなくしたのだと知らしめる。

 

「何を驚いている?」

 

 平然としているレイナ。

 けれどラスターは目の前の光景が信じられない。

 当然だ。

 

「驚くにきまってるじゃないですか! オレだって知ってる! パラケルススは過去に一人、伝説の大魔法士だけしか契約できなかった!」

 

「二人目がユウトというだけだろう?」

 

「……な、何でそんな落ち着いてるんですか!?」

 

「言っただろう? 世界の高みにいると。あいつが私達の中で一番だと」

 

「あんなもん想定外ですよ!!」

 

 騒いでいるラスターの近く。

 観客席でも同様に戸惑いが生じていた。

「本物?」や「偽物だろう?」など、ありとあらゆる声がリングにも届いてくる。

 だが、一人の精霊術士が驚愕しながらも口にした。

 

「本物の……パラケルスス様」

 

 ジェガンが本当に精霊術を使えていない。

 本当に精霊が彼の周辺だけ存在していない。

 

「あのようなこと人間にはできない……。四大様でも二極様でも出来ない。精霊の主、パラケルスス様でなければ……」

 

 精霊術士は自らの手をぎゅっと握ると、深々と頭を優斗とパラケルススに下げた。

 

「貴方様は伝説の大魔法士――マティス様の再来」

 

 どこの国の、どういう精霊術士なのかは分からない。

 しかし彼女は紛れもなく頭を下げた。

 ラスターが会場を見れば、事態に気付いた幾人かが同様に頭を下げている。

 そのほとんどが精霊術士。

 観客は彼らの行動を見て、パラケルススが本物だということを信じる。

 

「……何で頭を下げて……?」

 

 彼らの行動をラスターがいぶかしむ。

 

「ユウトの呼び出したのが本物のパラケルススだと気付いたのだろう。パラケルススは伝説の存在。そして『セリアール』の歴史上、二人目の召喚者が目の前にいる。彼らの姿を自分の眼で見た伝統的な精霊術士は、頭を下げるだろうな」

 

「レイナ先輩は気付いてたんですか? あいつがパラケルススを呼べることに」

 

「まあ、来るときの馬車でな。ユウトの説明が詳しかったので予想は付いた」

 

「いや、普通は付きません」

 

 珍しくラスターがツッコミに回るとレイナが笑った。

 

「それが付いてしまうのだ。ユウトの化け物っぷりを実際に見てしまったらな」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 呆然としているのは副長、クリス、クレア。

 

「どうした?」

 

 久々に呆けた様子のクリスに和泉が訊く。

 

「いや、ユウトとシュウが常識の枠外にいることは慣れているつもりでしたが、前情報なしのパラケルススはさすがに少し驚かされました」

 

「確かにそうだろうな。俺も直接は言われていないが、軽く話を聞いて予想を付けていなければ少しは驚いただろう」

 

 と、クリスの隣に和泉は視線を向ける。

 

「クレアはどうした?」

 

 驚いた表情のまま、止まっている。

 

「……情報処理が追いつかなくて、固まってしまったようです」

 

 クリスが苦笑した。

 副長も隣にいるフィオナに尋ねていた。

 

「本物……なのですか?」

 

「本物です。紛うこと無く精霊の主――パラケルススです」

 

 フィオナが断言する。

 その一言が副長の様子を一変させた。

 

「すごい……」

 

 ぽつり、と一言だけ口にしたと思ったら、

 

「すごい、すごいすごい!! さすがユウト様!! 過去一人しか召喚できていないパラケルススを召喚するなど! ああ、やはりユウト様&フィオナ様のファンをやっていてよかった!! 妻のフィオナ様でさえ素晴らしき使い手なのに、夫のユウト様は輪にかけて素晴らしい!! 夫婦揃ってこのような……。もう私、ファンクラブを作ります! 当然、私は会長にして会員ナンバーは一番です!」

 

「……はあ」

 

 ぎゅっとフィオナの手を握るが、フィオナは若干引き気味。

 

「どうした、あれは?」

 

「感動のあまり、メーターが振り切れてしまったようですね」

 

 変なものを見るような和泉と、困った様子を示すクリス。

 と、ようやく副長も自分の失態に気付いたのだろう。

 

「……こほん」

 

 一つ、咳払いをした。

 

「さて、ユウト様がパラケルススを呼び出したのは驚きましたが……」

 

「驚きってレベルじゃなかったが」

 

「こほん!」

 

 和泉のツッコミに再度、副長は咳払い。

 

「しかしユウト様が本気を出したということは、これで我々の勝ちは揺るぎないものとなったでしょう」

 

 

       ◇      ◇

 

 

「さあ、何してる? パラケルススも契約者もここにいるんだ。お前が精霊の主と契約したいなら、すべきことは僕を殺すことだろう?」

 

 一歩ずつ、ジェガンに近付いていく。

 

「……くそっ! くそ、くそ、くそ!!」

 

 何度も精霊を扱おうとするが、一向に使えない。

 しかも大精霊を五体も引き連れて歩いてくる優斗に身が凍るほどの恐怖を感じる。

 

「喧嘩を売る相手、間違えたな」

 

 告げながら、足が竦んで動けないジェガンの胸元へと手を当てる。

 瞬間、

 

「――あがッ!」

 

 何の前触れもなく吹き飛んだ。

 優斗はジェガンが飛んでいった先を見ることもなく、ナディアへと視線を向ける。

 

「次はお前だ」

 

「……ふん。パラケルススと契約したぐらいで調子に乗らないでほしいわね。精霊術士って、要は精霊がいないと何もできないんでしょう?」

 

 彼女の暴言に観客から、さらなるブーイングが起こる。

 

「ジェガンは先の見えない妄言を吐いていたけど、私は違うわ。私自身の力でギガンテスを従えさせているし、魔法だってそう。あと一歩で神話魔法に手が届くのよ」

 

 誇るように言うが優斗は表情一つ変えない。

 

「七人目の神話魔法の使い手に。しかも私ほどの若さで到達できそうなものは過去、存在しない。圧倒的な私自身の力を見せてあげるわ」

 

 ギガンテスがいることに余裕を持っているのだろうか。

 高飛車な態度は崩さない。

 

『どうするんじゃ? 契約者殿が望むのであれば、小娘も小娘の魔物も分解するか、もしくは星でも落として消滅させてやろうかの?』

 

「パラケルススが認めた契約者は、あんな小娘や魔物に対して精霊術を使わないぐらいで負ける人物だと思っているのか?」

 

 勝つことなど当たり前だと告げる優斗。

 パラケルススが笑った。

 

『ほっほっほっ。それでこそ契約者殿じゃ』

 

 精霊の主の姿がゆっくりと消える。

 

「四大もありがとう」

 

 優斗の言葉に、四大精霊はそれぞれ笑みを浮かべながら消えていく。

 

「パラケルススが怖かったようだから、これで満足か?」

 

 まるで喧嘩を売るような言い方。

 というよりも完全に喧嘩を吹っ掛けたことで、まるで出来レースみたいにナディアが言い返した。

 

「誰が怖い!? 誰が小娘ですって!?」

 

「お前以外に誰がいる」

 

 他にいない。

 目の前にいる人物は優斗にとって小娘で、取るに足らない相手だ。

 

「お前如きの魔法士が調子乗り過ぎだ」

 

 ジェガンもナディアもそうだ。

 いずれ大精霊を使う。

 いずれ神話魔法を使う。

 どちらも“今”、使えていない。

 

「僕にとってはあの男もお前も何も変わらない、ただの雑魚だ。小娘と呼んで何が悪い」

 

 優斗の圧倒的な挑発に、ナディアが吠える。

 

「ふ、ふざけないで! やりなさい、ギガンテス!!」

 

 ナディアの命令に後ろの巨人がゆったりと動き出す。

 優斗は動きを見ながら、

 

 ――遅いな。

 

 ただ、それだけを思う。

 神話魔法は言霊が必要だ。

 これだけ動きが遅いのなら、詠唱だって余裕を持って詠める。

 ナディアはギガンテスに絶対的な自信を持っており、精霊術を使わない優斗がギガンテスを倒せるわけがないと高を括っているからこそ、優斗同様に相手を嘲る。

 

「泣いて謝るなら今のうちよ。まあ、泣いたって許さないけど」

 

「そっちこそ大丈夫か? あの魔物を殺すが」

 

「やってみなさいよ!」

 

 挑発に次ぐ挑発。

 優斗はその言葉を引き出すと、

 

「後悔はするなよ」

 

 冷徹に告げた。

 

 ――ぐうの音も出ないくらいに殺してやる。

 

 小都市を二日も掛けないと壊せない程度の魔物なら、自分は一撃で破壊する神話魔法を使って消し飛ばす。

 優斗は身体を半身にし、右手を前に突きだした。

 そして紡ぐ。

 今の世で、優斗して詠むことができない言霊を。

 

『世界の終わりを見せる在り方』

 

 足下には魔法陣。

 巨大に、誰の目から見ても普通のものではないと分かるほどのものを。

 だというのにナディアは余裕を持っているのか、優斗を攻撃してこない。

 

『深く、深く、全てを染める在り方』

 

 もちろん、魔法陣の外枠には結界とも呼べる防御がなされているのだが、彼女は間違った余裕を持っているが故にそのことを知らない。

 

『今はすでに名も無き者。されど存在する貴方に求めよう』

 

 しかし次の瞬間、驚くべき魔力の奔流が優斗の手に集っていることに気付く。

 

『何事をも破壊すべき力を』

 

 しかし、何をやろうとしても遅い。

 

『全てを滅する一撃を』

 

 次なる名で言霊は完成する。

 

 

『紅光の一撃』

 

 

 優斗は両手を前へと差し出す。

 収束された紅光が解き放たれた。

 紅光は一直線にギガンテスへと向かい、ぶつかる。

 直後、観客席すらも揺らすほどの巨大な爆発が起こった。

 全てを粉砕したと思わせるほどの威力。

 煙が晴れるところを見る必要もないくらいに、圧倒的な神話魔法の力。

 誰もが今の一撃でギガンテスが死んだと理解するのは当然だ。

 

「さて、と」

 

 パンパン、と両手をはたく。

 ナディアに視線を固定する。

 

「うそ……」

 

 今、起こったことが信じられていないナディア。

 けれども優斗は構わずに言った。

 

「二日で小都市を滅ぼす……だったか」

 

 逆に言うなら、二日掛けないと滅ぼすことができない。

 

「こっちは一撃。だったらどっちが勝つか、答えは明白だ」

 

 軍配は優斗に上がる。

 

「残るはお前だけだな」

 

「で、でも! そんなものを私に向けたら私は死ぬわ!」

 

 さすがに優斗の神話魔法の威力を目の当たりにして、ナディアが恐怖に顔を強ばらせた。

 

「だからどうした? 平然と殺そうとしているんだから、平然と殺されるぐらい覚悟しておけよ」

 

 何を馬鹿なことを言っているのだろう。

 気に食わなくて殺すというのなら、同じように『気に食わないから殺す』と思われたところで、否定する権利はない。

 

「私は王族なのよ!!」

 

「関係ない。元はと言えばお前が原因だ」

 

「観客すらも巻き込むつもり!?」

 

「なら、巻き込まない神話魔法を使うだけだ」

 

「……えっ……?」

 

 さらに続いて、言霊を紡いでいく。

 何も出来ないのか、何もしないのか。

 神話魔法を二つも使えるわけがないと信じたいのか。

 優斗には分からないがナディアは動かない。

 全てが紡ぎ終わり、優斗は光の矢を構える。

 黒竜を殺した一筋の閃光。

『虚月』をナディアへと向ける。

 

「先に言っておこう。この魔法は事実、黒竜ですら無に帰す」

 

 ということは、だ。

 人の身ならば。

 

「防げなかった場合」

 

 絶対的に。

 紛うことなく。

 

「死ぬ」

 

 淡々と。

 事実だけを優斗は述べる。

 

「神話魔法まであと一歩らしいが、この瞬間に届くのか? そして届いたとしても、ただの神話魔法じゃ届かない。神話魔法の中でもそれなりの威力が必要だ」

 

 優斗はさらに右手を引き絞る。

 怪我をしている部分から刺すほどの痛みはあるが、無視できる。

 故にどうでもいい痛みだ。

 

「吠えるならやってみせろ」

 

 厳かに告げる優斗に対し、一向にナディアは動かない。

『学生最強の魔法士』だけあって、優斗の魔法が恐ろしいことだけは分かるのだろう。

 とはいっても、このままダラダラと時間を掛けるつもりもない。

 

「仕方ない。五秒だけ時間をやる」

 

 別に温情ではない。

 

「選べ。立ち向かうか、棄権するか、何もしないか」

 

 告げた言葉がナディアに届いたと同時、優斗はカウントを始める。

 

「5」

 

 威圧とばかりに、さらに魔力を込める。

 

「4」

 

 優斗の表情は無表情。

 蹂躙しているのに楽しそうな表情もせず、人を殺すのを怖がる表情もせず。

 ただ、無感情。

 それがナディアにさらなる恐怖をもたらす。

 もし立ち向かい、勝てなければ殺される。

 何もせずとも殺される。

 けれども今、この状況で神話魔法を使えるようになるわけもない。

 結論として彼の提案の一つ目と三つ目を選んだ場合、自分は死ぬことを当たり前のように理解させられた。

 

「3」

 

「…………します」

 

 ナディアが何かしら呟く。

 しかし声が小さくて優斗には届かない。

 

「2」

 

「……棄権します」

 

 それでも、優斗に届くだけだ。

 カウントを続行する。

 

「1」

 

「棄権します!!」

 

 今度は大きな声で、会場に響く声でナディアが宣言した。

 

「…………」

 

 優斗はナディアの棄権を聞き届けると、魔法を霧散させた。

 目の前の恐怖が無くなったことにぐったりとへたり込むナディア。

 優斗は彼女を一瞥すると、魔法を解除し踵を返す。

 そしてこの瞬間、リライトの優勝が決まった。

 優斗はレイナたちのところへ戻ると、ようやく無表情を解いて普段の表情になる。

 

「見てた?」

 

「当然」

 

 観客の怒号のごとき歓声が優勝を実感させる。

 ある程度、動けるようになったレイナと優斗がハイタッチを交わす。

 次いでラスターとハイタッチをしようとした二人だが、

 

「えー……あーっ……」

 

 何を言うべきか迷っているようだった。

 だが、頭を振って迷いを振り切ると、

 

「これで勝ったと思うなよ!」

 

 愛すべき悪役キャラみたいなことを言った。

 

「いや、試合には勝ったんだけど」

 

「ぬぐっ!」

 

 呻くラスター。

 

「あははっ、最後の最後までこうなんて」

 

「……お前という奴は、まったく」

 

 まさかの台詞とやり取りに優斗が吹き出し、レイナが呆れた。

 ちゃんと纏まらなかったリライトチームだが、自分たちはこれで良かったな、と。

 優勝が決まったからこそ思えた。

 

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