第51話 紅き曼珠沙華

『さあ、決勝の上がったのはこの2チーム!』

 

 リング上にてリライトとライカールの代表が向かい合う。

 

『ライカール! 悪夢と言わんばかりの勝ち上がり方に誰しもが恐怖している! 今度も相手を同様にしてしまうのか!?』

 

 アナウンスが大きく煽る。

 

『対するは前評判を覆し、圧倒的な実力を持って決勝まで勝ち進んできたリライト。正当な闘いは観客の心を鷲掴みし、会場の8割以上はリライトの応援だ!』

 

 レイナやラスターが睨み付ける中、ナディアが軽やかに言った。

 

「提案をしてあげるわ」

 

「……なんだと?」

 

「決勝なのだし、少しは観客を楽しませなければならないでしょう?」

 

 だから、と。

 

「一対一。他は手出ししてはいけない。どうかしら?」

 

「信じられるものか!!」

 

 ラスターが反抗するけれど、ナディアはゴミを見るような目つきをするだけだ。

 

「雑魚は口を開かないで。あくまで情けで言われていることを知りなさい」

 

 そう言いながら、すでにリライトが提案に乗ったような言いぶりをする。

 

「こっちの一番手は私の側仕え、騎士ラファエロを出すわ」

 

「ならばオレが――!」

 

 ラスターが先ほどの反抗も忘れて名乗り出ようとする。

 が、レイナが手で制した。

 

「私が出よう」

 

 すっと一歩前へ出る。

 

「相手が騎士だというのなら、私が出なければなるまい」

 

 将来、騎士を目指す者だからこそ。

 

「……そうか。貴公が出てくるか」

 

 ラファエロが剣を抜く。

 対してレイナも剣を抜いた。

 審判が慌てて開始を宣言する。

 

「貴公が出てくるならば騎士同士の闘いだ。正々堂々――」

 

 互いに構える。

 レイナもラファエロも同様の口上を。

 

「我が願いを賭け」

 

「我が使命を賭け」

 

 ぐっと手に力を込める。

 

「リライト、騎士習い――レイナ=ヴァイ=アクライト」

 

「ライカール第2王女側仕え筆頭騎士、ラファエロ・アクサス」

 

「「  参る!!  」」

 

 

       ◇      ◇

 

 

「なぜレイナさんが?」

 

 観客席でクレアの肩を抱きながら、クリスが疑問を呈した。

 

「純粋に太刀打ちできるのがレイナだけだからこそ相対したのでしょう」

 

 副長が手に力を込めながら答える。

 

「ラスターさんは?」

 

「ラスター・オルグランスでは殺されます。おそらくはレイナやユウト様が助ける間もなく。剣技で相手の騎士に対応できるのはレイナと、制限を外した時のユウト様だけでしょう。ラスター・オルグランスでは荷が重すぎる」

 

「そうですか……」

 

 それほどの相手なのか、と。

 クリスが唸る。

 

「ならば純粋な剣の勝負になるということか?」

 

 次いで和泉が問いかける。

 

「……おそらくは。相手の騎士の全力を見たわけではありませんが、彼は魔法を主とした闘い方をしないはずです」

 

 だからこそレイナが出たとも言える。

 

「……しかし、あいつらは一体どういう考えを持って提案をした?」

 

「なぶり殺しを見せしめようとしているのか、それとも別の考えを持っているのか……判断がつきませんね」

 

 副長でも予想はつかない。

 真っ当な連中じゃないということは分かっているのだが。

 

「あれほどの騒動を起こしたんだ。まともに終わるとは考えられないのだが……」

 

 と、和泉はリングを見渡すと不意に違和感を覚えた。

 

「ん?」

 

「どうかしましたか? イズミ」

 

「優斗が……見ているだけだ」

 

 リングの端で、ラスターと共に戦況を見ている。

 

「何か問題が?」

 

 クリスが首を捻る。

 疑問に思う必要性はない。

 現に今、戦っているのは二人だけだ。

 

「言い方が悪かった。ただの見学になっている」

 

 そこそこ気は張っているだろうが、優斗にしては警戒心が薄すぎる。

 

 ――なぜだ?

 

 この状況下で優斗がどうしてあのような様子になる?

 和泉は少し考える。

 

「…………」

 

「あの、どこがいけないのでしょうか?」

 

 難しい顔をする和泉にクレアが問いかけた。

 

「どういう意味だ?」

 

「騎士同士の闘いに手出しは無用と思っているのではないでしょうか。ですからユウト様は見ることに徹しているのだと思います」

 

 何気なく、当たり前のように言ったクレア。

 

「――っ!」

 

 けれど和泉は、まさしくクレアの言葉から納得させられる答えを得た。

 

「……そういうことか」

 

「イズミ?」

 

 理由が分かった。

 優斗が警戒心を薄めてしまった理由。

 確かに言っていた、と和泉は納得する。

 

「優斗は『騎士同士の闘い』という言葉に、無意識の信頼を置いている」

 

 ああ、そうだ。

 誰だって思うだろう。

 どれだけ自身が怒っていても、どれだけ相手が汚くても、騎士同士の闘いとなれば“誰も手出しをしない”という不文律が昔から出来上がっている。

 気高く、尊い闘い。

 過去、現在、未来、異世界を通じて共通概念。

 闘いの場にいればこそ、余計に“不文律を犯してはならない”と無意識に思っていることだろう。

 

「だから今、あいつは普段と同じくらい警戒心が薄くなっているのだろうな」

 

 相手にとって有利となり得る予想外の副産物だ。

 

「……変な言い方になってしまうが、何か起こるなら優斗が事前に危機を感じ取れるぐらいの大事であってくれ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 互いに隙を窺い続けながらの攻防。

 薙いでは受け、振り抜いては避ける。

 すでに打ち合い続けて五分。

 

「さすがだな」

 

「貴公こそ」

 

 現状、二人は同等のせめぎ合いをしていた。

 

「しかし、このままではラチがあかないな」

 

 レイナはふっ、と笑う。

 

「ギアを一つ上げよう」

 

「なに?」

 

 問いかけるラファエロをよそに、レイナは先程よりも少しだけ膝を深く曲げた。

 

「行くぞ!」

 

 一手前の攻撃よりもスピードの増した横薙ぎ。

 

「――っ!?」

 

 本当に速度が上がったことに驚くラファエロだが、すぐに修正をして相対しようとする。

 しかし、遅い。

 横薙ぎから始まったレイナの怒濤の攻めに防御を余儀なくされ、攻撃する隙を与えられずにだんだんと後退させられていく。

 そしてリングの端、ライカールのナディアとジェガンがいる場所に近付いていく。

 ちらりとジェガンがよそ見をした。

 瞬間、

 

「はぁっ!」

 

 レイナが上向きに振り抜いた剣が衝撃を与え、ラファエロの体制を崩す。

 

 ――崩した!

 

 僅かな隙を見逃すレイナでもない。

 上段から振りかぶる。

 

 ――もらった!

 

 必勝の一閃。

 一対一であるからこそ、不用意な反撃もない。

 だから。

 ……だから。

 あと一歩で勝利という瞬間。

 

「――なっ!?」

 

 全く意図していない、別の場所からの完全なる不意打ちに。

 レイナは対応できなかった。

 

「――ッッ!」

 

 豪風が彼女の身体を切り刻む。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 優斗が異変に気付いた瞬間には遅かった。

 巧妙に動きを隠し、ここ一番というタイミングで瞬時に魔法と精霊術を発動させた。

 

「――なっ!?」

 

 レイナの驚きの声が響き、四大属性最速の風が彼女に襲いかかる。

 背後を見れば炎球も浮かんでいた。

 しかもこれだけでは終わらず、さらにナディアが何かしら詠唱を唱えているのが見える。

 おそらくは上級でも高威力の魔法。

 反撃させる間もなく殺すつもりだ。

 

「……くそっ!」

 

 優斗は吐き捨てる。

 図ったかのようなタイミング。

 距離が離れすぎていた。

 レイナが押していたのもあるし、優斗が『騎士同士』という言葉に憧れとも言うべき納得をしてしまったことで、気を抜いたのもある。

 明らかに向こうが仕掛けるにはベストのタイミングだった。

 いくら優斗でも追いつける距離ではない。

 

『欲するは残酷なる英知』

 

 優斗は唱えながら駆け出す。

 

『戒されることなき、虚ろなる刃』

 

 全速力で走る。

 二撃目となる炎球には間に合った。

 だが、完璧に防げるほどの魔法は使えない。

 軽くしか風の魔法を纏わせることのできなかった右手を犠牲にして、炎球を弾く。

 

『力を求め、糧とし、滅ぼすべき道を記す』

 

 激痛が右手に走るが、右手一本の犠牲ならば容易いものだ。

 視界の端にはナディアが今にも魔法を放とうとしている。

 

『数多の存在を屠るべき』

 

 できる限り速く。

 最速で紡ぐ。

 そしてナディアの魔法が放たれると同時に、言霊は完成した。

 

『神殺の剣』

 

 左手に生まれ出る漆黒のバスターソード。

 それを優斗は地面に突き刺した。

 瞬間、閃光が優斗たちに放たれる。

 けれど、優斗の眼前にある漆黒の剣を前に裂ける。

 僅か五秒ほどの一撃。

 されど高威力の魔法を防ぎきる。

 目が眩むような光が収まっていく。

 

「ぎりぎりセーフ、か」

 

 優斗は魔法を解く。

 正直な話、反射的に思い付いたのがこれだけだった。

 なので今回『神殺の剣』を防御として選んだ。

 ただ、良い判断だと思っている。

 相手は己がやっていることに集中して優斗の詠唱を聞いてもいないし、光が収まる前に魔法を解いたことで姿形も見ていない。

 つまりは優斗がどうにかこうにか防いだとしか思っていない。

 基本的に派手な神話魔法に置いて、剣という形を取る『神殺の剣』の利点だ。

 

 ――でも、和泉に正解の詠唱を教えて貰っててよかった。

 

 間違った詠唱で剣の形を成していなかった神殺の剣。

 けれど後日、和泉から形状も図で解説してもらいながら詠唱を教えて貰った。

 本当にありがたい。

 優斗が後ろを見れば、レイナはかなりのダメージを喰らってはいるものの意識ははっきりとしている。

 さらに後方ではラスターも健在だ。

 

「ごめん、完璧に失策だった。騎士同士が正々堂々って言葉に油断してた」

 

「……いや、ありがとう。言っておくが断じてお前のせいではない。誰が『騎士同士の闘い』に手を加えると思うものか。むしろ私に一撃だけしか与えさせなかったユウトを皆が賞賛するよ」

 

「そう言ってくれると僕も助かるけど……怪我は大丈夫?」

 

「問題ない」

 

 とは言っているが、全身ズタボロだ。

 全身至る所に傷を負っており、衣服が赤く染まっている。

 けれどレイナはあらん限りの気力を持って吠える。

 

「どういうつもりだ!!」

 

 騎士同士の闘いだったはずだ。

 誰も手出しをしないという約束だったはずだ。

 怒りで手が、指が震える。

 しかしナディアたちはレイナの怒りを嘲笑う。

 

「貴女達があまりにもつまらないからやったのよ」

 

「ほんと、見てるほうがかったるいんだよ」

 

 ナディアはさぞかしつまらなそうな表情をしている。

 

「いいじゃない。どうせ私に勝てないんだから」

 

「なんだと!?」

 

「なんて、嘘よ嘘」

 

 怒鳴るレイナに対して、ナディアはイタズラが成功したような笑みを浮かべる。

 

「アクライトは唯一、私達に一矢ぐらいは傷つけるかもしれないから真っ先に潰そうとしただけ」

 

 ネタばらしを楽しそうに告げてくる。

 

「最初から予定していたことだし」

 

「最初から、だと?」

 

 レイナの眉がつり上がった。

 ラファエロを睨み付ける。

 

「貴様に騎士としての誇りはないのか!?」

 

「戦場に美学など存在しない。騎士の矜持など持っているだけ邪魔なものだ」

 

 事も無げにラファエロが言う。

 

「違う! 貴様の言うとおりならば騎士が存在することもない!」

 

 自分が目指していることもない。

 

「騎士とは時に敵からも表敬を受ける素晴らしき武人だ! 義を尊び、誇りを重んじているからこそ尊敬と憧れを受けるのであろう!?」

 

「笑わせる。主君の望みを叶えることが俺の義であり、何を賭しても遂行することこそが誇りだ」

 

 否定するラファエロ。

 

「…………っ!」

 

 レイナが思わず言葉を失った。

 怒りが増して震える場所が右手どころか右腕全体になる。

 

「そんなものが……そんなものが騎士であってたまるかっ!」

 

「見解の相違だな。貴公と俺との騎士道の違いであろう?」

 

 再び、ラファエロは構える。

 

「俺が間違っているというのなら勝ってみせろ、アクライト」

 

 続いて後ろの二人が嘲笑。

 

「もっとも、その様子じゃ無理だろうがな」

 

「諦めてラファエロに殺されたら?」

 

 裏切った張本人たちのくせに、何も悪いことはしていないと言わんばかりだ。

 彼らの姿にレイナは怒りがさらに増す。

 増して、増して、増して、増し続けた末に、

 

「……いいだろう」

 

 覚悟を決めた。

 レイナは再び、構える。

 

「だが残念だな。もう余計な茶々など入れさせはしない」

 

 鋭くギラついた眼光がラファエロを貫く。

 

「一瞬だ」

 

 右手を引き、半身にし、軽く左手で刀身に触れる。

 

「刹那に私の全てを賭けよう」

 

 腰を落とし、力を貯める。

 

「だから諦めろ、ライカールの外道共」

 

 宝珠が紅く輝き始める。

 

「呻いても遅い。嘆いても遅い。懺悔しても遅い」

 

 宝珠の紅は刀身を徐々に染めていく。

 

「お前達の行いは完璧なる勝利への道ではなく、地獄へ通ずる道と知れ」

 

 刀身から炎が溢れ出る。

 過去最大の熱量が周囲に吹き荒れた。

 

「……馬鹿なことを」

 

 ラファエロが一笑する。

 

「貴女如きができるわけないでしょう?」

 

「アホか、お前は」

 

 ナディアとジェガンが続いて嘲笑する。

 だが、レイナは鼻で笑った。

 

「馬鹿なこと? できるわけがない? アホか? いや、違う。これは予言だ」

 

 勘違いをしている。

 彼らにとっての“地獄”を体現するのは自分じゃない。

 自分など優しすぎる。

 あまりにも生温い。

 

「何故、正々堂々と戦わなかったのかと。何故、謀ってしまったのだと。何故、傷つけてしまったのかと。貴様らは後悔を胸に、恐怖を携えながら自問自答することになる」

 

 彼らは決して怒らせてはいけない化け物の尾を踏みにじった。

 しかも救えないことに、踏みにじることを当たり前の権利だと思っている。

 化け物が激怒するのも必然。

 

「まずは貴様からだ」

 

 しかし、この男だけは自分が仕留めよう。

 彼に任せきりになることだけはしない。

 この憤りを全て、叩き込むことを誓う。

 

 ――主のために問答無用で人を切りつけることが、主のために謀ることが騎士だというのなら。

 

 その在り方を否定してやる。

 

 ――決意は胸に。

 

 やるべきことも定めた。

 レイナは相対している人物に向かって、殺気を込める。

 

「立ち向かうか? 偽りの騎士よ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

「あの……馬鹿」

 

 レイナのしようとしていることが読めて、和泉は額に手を当てた。

 

「どうしましたか? イズミ」

 

「会長のやつ、全て使う気だ」

 

 彼の言葉を理解できたのは……クリスだけ。

 他は全員が疑問のまま。

 

「何をですか?」

 

 代表して副長が訊いてきた。

 

「俺が施した改造の全てを、だ」

 

「イズミさんの改造というと、あの魔力を炸裂させるやつですよね?」

 

「それもだが、もう一つある」

 

 和泉が施した改造は二つ。

 一つはフィオナが言ったもの。

 もう一つは、全く別だ。

 

「使い方としては優斗の神話魔法に近いものがある。言葉によって枷を外し、使う魔法だ」

 

 ただ、似ているというだけで神話魔法には到底及ぶものでもない。

 

「四段構造になっていて、一つの言葉を紡ぐたびに順に枷を外すように作ったんだが……」

 

 つまり制限をつけているものなのだが。

 

「全部外す気だ、会長は」

 

「何か問題が?」

 

「反動が強すぎる」

 

 だからこそ制限をさせた。

 

「魔力を体内に循環させ、肉体の強化――と共に脳にある身体のリミッターを外させる魔法だ。この世界にある肉体強化の魔法は脳のリミッターを外すだけだから、火事場の馬鹿力と変わらない。そして数秒で限界が来るからこそ、使う者はほとんど存在しない」

 

 ほとんど失われた魔法に近い。

 

「だが、属性付与の応用で宝珠に送った魔力を身体に還元させられるように上手いこと改造できた」

 

 和泉は指を順に立てていく。

 

「第一段階は力の強化。第二段階は速度の強化。第三段階から第四段階は脳のリミッター解除だ」

 

 その中で問題点となるのは、二つだけ。

 

「まだ、第一と第二だけならいい。特に問題はない。けれど、加えて脳のリミッターまで外したら……今までの肉体強化の魔法と同じだ。すぐに限界が来る」

 

 リミッターというのは、脳が身体を傷つけないために制限してものだ。

 それを魔法で外すのだから、当然反動は来る。

 しかも今は全身に傷を負っている。

 ダメージは健常時の比類ではない。

 

「けれどレイナは決めたのです」

 

 副長は彼女の心境を慮る。

 レイナは自分のために、だけではなく。

 己と和泉たちの為に。

 

「……しっかりと見てあげてください。レイナの勇姿を」

 

「ああ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 膨れあがる相手の殺気は肯定の証。

 だからレイナは錚々と。

 

「求めるは朱華、闘いの歌」

 

 蕩々と。

 

「希うは閃光の狭間」

 

 詠唱を口にする。

 続く言葉に和泉は怒るかもしれない、と小さな笑いを零す。

 

「願うるは刹那の理」

 

 けれど、紡ぐのを止めはしない。

 魔力が体中を巡る。

 体外にまで吹き出るほどの魔力が相手を威圧する。

 

「遍くを携え、蒼穹を紅蓮に染め上げるは我が一剣──」

 

 見据え、呟くは最後の枷を外しきる言葉。

 深紅に染まる愛剣の名。

 

 

「――曼珠沙華ッ!!」

 

 

 瞬間、レイナの身体が霞む。

 相手が知覚するのに間に合わないほどの速度で飛び込み、右手の剣で相手を穿つ。

 さらに剣に炎の属性付与と魔力の炸裂。加えて捻りを加える。

 空気が捻れ渦が生まれるほどの回転。

 

 ――なんだったか。『穿突』とは別の名前だったな、この穿ち方は。

 

 単純に穿突二号でいいじゃないかと言うレイナに。

 和泉はまた、よく分からない話をしながら「別物なんだ」と言っていた。

 捻るから、さらに威力が加わるのだと。

 そして穿突にこんな技はない、と。

 

 ――確か名前は。

 

 技自体が赤々しいので鮮血の何とか……だったか。

 格好悪い名前だし意味が良く分からなかったが、和泉が満足そうにしていたのだから、別にその名でいいかとも思う。

 

「はぁぁぁッッ!!」

 

 だからレイナは放った。

『フォローすることしかできない』と告げた和泉が。

 こちらが呆れるほど懸命に教えてくれたこの技を。

 

「――ッ!」

 

 悲鳴すらも許さない、刹那の瞬撃。

 突きのあり得ない速度、捻られたことによって増す貫通力、そして炎と炸裂を携えることによって生まれた破壊力。

 全てを重ね合わせた、まさしく『一撃必倒』というべき威力の一撃が、ラファエロを大きく広がったリングの後方へと、呻くことすらも許さずに吹き飛ばした。

 

「…………はぁっ…………はぁっ…………」

 

 レイナは肩で大きく息をする。

 ラファエロはリング外で倒れている。

 歓声が大きく沸き上がった。

 誰もが彼女の勝ちを見た瞬間だ。

 観客がレイナの名前をコールする。

 本来ならば、歓声に応えることが何よりも勝った証になるだろう。

 けれどレイナには出来なかった。

 

「……う……くっ……」

 

 立つのが精一杯だった。

 全力を使い切った。

 持てる力以上を使い、反動で身体がギシリと軋む。

 身体が崩れ落ちそうになるが、懸命に堪える。

 まだ、しなければならないことがあった。

 

 ――見ていてくれ。

 

 自分はこれが大会最後の闘いだ。

 ならば最後の最後。

 勝ち名乗りまで、しっかりと名乗れ。

 

 ――見ていてくれ。

 

 ゆったりと震える手を上に持ち上げ、剣を天高く指した。

 沸き上がり、誰もがレイナの名前を叫ぶ中、彼女の視線は……一人の男を捕らえる。

 

「……私の……勝ちだっ!!」

 

 遠く、姿は分かれども視線がどこを向いているかは分からない。

 しかし、きっと自分の姿を見てくれているはずだ。

 なればこそ、相棒に対して無様な勝ち名乗りは許されない。

 堂々と。

 勝利を宣言する。

 

 ――最後の私の見せ場を、しっかりと見ていてくれ……イズミ。

 

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