第54話 感じれば遠く、聞けばさらに遠く

 優斗の願い通りに祝賀パーティーも早々に終わり、クリス達と別れて馬車でリライトへと戻る。

 大層酔ってしまったフィオナは優斗の太ももを枕にしてぐっすりと眠っている。

 ラスターが「何と羨ましいことを!」などと大声で叫びそうになったところを、レイナが脳天から一撃で黙らせた。

 そして、

 

「ようやく帰ってきたね」

 

「長い道のりだった」

 

「確かにな」

 

 優斗、フィオナと共に和泉、レイナがトラスティ家で馬車を降りた。

 もしかしたら修達がいるかもしれないと考えたからだ。

 優斗はフィオナを背負いながら門を抜け、家へと入る。

 

「バルトさんの話だと修達はいるみたいだから、先に広間に行ってて。僕はフィオナを部屋に運んでから行くよ」

 

「分かった」

 

 和泉が頷く。

 優斗に言われた通り先に広間に向かうと、軽く開いているドアから声が聞こえてきた。

 

「いやー、たすけてーっ!」

 

 アリーが叫び、

 

「無駄だ。誰も来てくれない」

 

 卓也が意地悪そうな笑みを浮かべ、

 

「そうです! そうです!」

 

 ココも同じように意地悪そうな笑みで頷いていた。

 

「…………」

 

 ……何かやってた。

 和泉とレイナはそのまま、ドアの隙間から広間を観察することに決める。

 

「そんなことありませんわ。こんな時、絶対にあの方が来てくれます!」

 

「無駄です! このまま捕らわれててください!」

 

 どうやら劇? みたいなことをやっているらしい。

 アリーが捕まっており、捕まえたのは卓也、ココの二人。

 修とマリカの姿はまだない。

 すると、

 

「待てぇい!」

 

「そ、その声は!」

 

 卓也が驚きの声と共に、颯爽と修とマリカが登場した。

 ……なぜか修は四つん這い。背にはマリカが乗っている。

 ここで優斗も和泉たちに合流した。

 小声で「なに、これ?」と聞いてくる優斗に和泉が「おそらくはごっご遊びだろう」と答える。

 その間も劇は進む。

 

「ふはははははっ! マリカンジャー推参!!」

 

 なんだそれ!? と覗いている三人がツッコミを入れる。

 

「人を欺き、精霊を欺こうとも……この龍神を欺けると思ったか!?」

 

「あいっ!」

 

 マリカが細長い棒? のようなものを持ちながら大仰に頷いた。

 さすがの優斗たちも呆れを通り越す。

 

「何が凄いかといえば、実際に龍神がやっているのが凄い」

 

 和泉は感心し、

 

「今の世に、リライトの勇者であるシュウを馬代わりにできる奴などマリカぐらいじゃないか?」

 

 レイナも感心し、

 

「最強すぎる馬だよね」

 

 優斗も感心した。

 ぼそぼそと三人が話していると、マリカは構えのようなものを取った。

 

「ゆくぞ!」

 

「たーいっ!」

 

 馬になった修がカサカサと動き、マリカが細い棒をペチペチと卓也、ココに当てる。

 それだけでバタバタと倒れ始めた。

 

「み、見事だマリカンジャー……」

 

「敗北しました」

 

 動きが止まって、倒されたことをアピールする。

 

「この世に悪がある限り、マリカンジャーはどこにでも現れる!」

 

「あいっ!」

 

 マリカが高らかに棒を掲げる。

 

「ありがとう、マリカンジャー。助かりましたわ!」

 

 アリーが捕らわれから脱出したのか、マリカに駆け寄る。

 

「それが使命なのだからな。では、助けが必要な時は呼んでくれ、必ずマリカンジャーが駆けつける!」

 

「あうっ!」

 

「では、さらばだ!」

 

 またカサカサ動きながら修とマリカがフェードアウトした。

 無事に終わったところを見計らって、優斗達は広間のドアを開ける。

 倒れているままの卓也と優斗たちの視線が合った。

 

「帰ったのか」

 

「何やってるの?」

 

「龍神戦隊マリカンジャー第三話。囚われの姫を救え」

 

「……三回目なんだね」

 

「……そうなんだよ」

 

 なぜか哀愁を感じさせた。

 

 

 

 

「というわけで、ただいま戻りました」

 

 優斗が帰宅報告をする。

 彼らと共に広間で劇を鑑賞していたエリスが「お帰り」と出迎える。

 

「ぱ~ぱっ!」

 

 マリカが我先にとばかりに飛び込んできた。

 優斗はマリカを抱き上げる。

 

「ただいま、マリカ」

 

「あうっ」

 

「修達に遊んでもらってたんだね。楽しかった?」

 

「あいっ!」

 

「よかったね」

 

 ぎゅうっと抱きつくマリカの頭を良い子良い子する。

 

「そっちはどうだった? 何か面白いことあったんか?」

 

 ソファーに座っている修が訊いてきた。

 優斗も向かいのソファーに座る。

 続々と他の面々も集まりはじめた。

 

「色々とありすぎて疲れたよ。相手がうざかったからパラケルススとか召喚したし。そっちは?」

 

「この家にSランクの魔物が来て、ワンパンでぶっ飛ばしたぐらいだわ」

 

「へぇ、そうなんだ。あっ、駄目だよマリカ。もう夕飯なんだから、クッキーは食べたら駄目」

 

「いいじゃん。さっきまで遊んでたんだし」

 

「そうやって甘く考えて、前に夕飯をたくさん残しちゃったんだから」

 

「別に残してもよくね?」

 

「よくない。こういうのはきっちりと教え込まないと」

 

「ふ~ん。俺は軽く面倒みたくらいだから楽しかったけど、本当の育児は大変だな」

 

「修もいずれ分かるようになるよ」

 

「そういうもんかね……って、フィオナはどうした?」

 

「酔っ払って寝ちゃった」

 

「酔ったんか」

 

 会話を続ける優斗と修。

 けどおかしい。

 色々とおかしい。

 明らかに物騒な単語をお互い使っていた。

 

 

「「「「「    ちょっと待て!!    」」」」」

 

 

 卓也、和泉、アリー、ココ、レイナが同時にツッコミを入れた。

 

 

 

 

 修側の話。

 どうやらマリカのことを狙った魔物がいた。

 そいつは龍神を喰らえば不老不死になれるなどと言っており、さらに魔物でも稀な人間の形になることができた。

 そして、いざトラスティ家に着いてマリカを喰らおうとした。

 

「元の姿になろうとし、変化している最中に鬼ごっこをしていて逃げていたマリカが横を通り過ぎ」

 

「鬼として追いかけていたシュウが『鬼ごっこの邪魔だ!』とすれ違い様に」

 

「ワンパンでぶっ飛ばしたんだ」

 

 あらましは大体そんなものだった。

 

「まあ、仮にもSランク区分の魔物が鬼ごっこの邪魔で倒されるなんて、あれほど哀れな魔物を見ることは二度とないだろうな」

 

「とっても綺麗に飛んでいきました」

 

「本当に驚きましたわ」

 

 各々が感想の述べる。

 話を聞いた闘技大会組はといえば、

 

「…………なんだそれは」

 

「…………こればかりは俺も驚かされた」

 

 レイナと和泉は驚きを表す。

 

「ユウト、お前はできるか?」

 

 訊いてくるレイナに優斗は軽く手を横に振った。

 

「ムリムリ。和泉がレイナさんの武器に施したような魔法を使ったら出来るかもしれないけど、通りがかり様にワンパンでぶっ飛ばすとか僕には絶対に無理。そんなキモいこと不可能だって」

 

「お前が言うなっつーの。パラケルススとか召喚してんのによ」

 

「残念ながら僕のは昔、召喚した人いるし。修のは今まで誰もやったことないだろうから、お前のほうが酷い」

 

「どっちもどっちだろう」

 

 和泉が互いの主張を一刀両断する。

 神話魔法どころかワンパン撃破の修も、過去一人しか契約させていないパラケルススと契約した優斗も、同じくらいに馬鹿げたことをやっていると気付いてほしい。

 というかこの二人、相手の実力に対する信頼度が高すぎる。

 珍しく優斗までもが修と一緒にボケたと錯覚させられた。

 

 

 

 

 続いて優斗達の話をする。

 優勝したことも騒動があったことも。

 そして優斗がパラケルススを召喚したということも。

 理由を聞けばアリー達も少し驚くぐらいで納得する。

 

「……父様、これから大変ですわね」

 

「そうなんか?」

 

「独自詠唱の神話魔法でもギリギリ、どうにかできるのかっていうレベルですわ。なのに加えて精霊の主、パラケルススまで召喚されたら……」

 

 いくら三大国の王の一人とはいえ、無理すぎる。

 おそらくは四,五日ほど不眠不休で対応に当たらないといけないのではないだろうか。

 それでも結果がどうなるかは厳しいものがありそうだが。

 

「前々からちょっとは疑問だったんだけどよ、やっぱ優斗の詠唱ってやばいのか?」

 

 アリーに卓也が疑問を投げかける。

 

「やばいも何も、独自詠唱を使っているなんてお伽噺ぐらいでしかお目にかかれませんわ。まあ、伝説の大魔法士も独自詠唱を使ったという文献はありますので、事実として分かっている範囲では世界で二人目になりますわね」

 

 だから全く以て伝説の大魔法士の再来と言っていい。

 

「元々、『セリアール』にある神話魔法の詠唱は全て『求め――』から始まります。リライトで把握している神話魔法は八つありますが、全て同様です。他国が把握している詠唱もそうでしょう」

 

 古来の魔法書や言い伝えやらに分散しているので、一国が把握している神話魔法の詠唱の数は少ない。

 

「けれどユウトさんのは最初から『降り落ちろ――』などと全く違います」

 

 最初から違えば、さすがに独自の詠唱だと分かる。

 

「これだけならばユウトさんの魔法が神話魔法かどうか怪しいものにはなりますが、実際の威力を見てしまえば神話魔法だと実感できますし、何より……」

 

 アリーは手を前に翳した。

 

「これは実際に見てもらったほうが分かりやすいですわね。これからユウトさんの魔法の詠唱を使う気で詠みますわ」

 

 大きく深呼吸してから、紡ぐ。

 

『ふ………………』

 

 だが、最初の一文字を発した後、続かない。

 声も何も出せなくなる。

 これ以上は続けられないと、アリーはすぐに詠むのをやめた。

 

「……ふぅ。このように使う気で詠むと声を発せなくなります。一文字でも声を発せられたのは僥倖ですわね」

 

 アリーが詠唱を詠めなかったというのは、制約を外すことができなかった、という意味合いに他ならない。

 

「つまりは世界からユウトさんの詠唱は『言霊』であると認識されているわけなので、紛れもなく神話魔法であると言えるのですわ」

 

 今のが証明になる。

 

「そこで最初の疑問に返ります。ユウトさんの詠唱はセリアールの魔法史に存在せず、さらに神話魔法として世界から認識されるというとてつもないことですので、本当にやばい方である……というわけですわ」

 

「……知らなかった」

 

 優斗が唸る。

 自分はゲームやアニメの詠唱をしているだけだったので、ここまで大層なことをやっているという自覚は全くといっていいほどなかった。

 

「とはいっても、独自詠唱の神話魔法などほとんど100%の確率で本人以外は使えず、魔法の研究機関以外にはただの神話魔法としか認識されないので、つまるところ神話魔法が使える凄い人物まで格下げされるわけなのですが」

 

 それでも、この歳で神話魔法を使うなど化け物としか言いようがない。

 

「ただ、ユウトさんは神話魔法を二つ見せつけ、さらにはパラケルススの召喚。こぞって他国の研究機関や王族が婚姻やら歓待やらを望むでしょうが、父様がユウトさんの実力を読みきれなかったせいでもありますので、ユウトさんに非はありませんわ」

 

 だから大変なことは全て王様に全て任せればいい。

 

「慣れてたけど、あらためて常識で考えると化け物だな」

 

「や~い、化け物! 化け物!」

 

 卓也の発言に修が調子に乗って子供みたいなことを言う。

 だが、

 

「シュウ様だって変わりません! 前にひょんなことから伺いましたが神話魔法を何十何百と使えるなんて、ユウトさんと違って過去に存在しませんわ! 大体、詠唱を手に入れるだけでも苦労するのに、あらかじめ知ってるってどういうことです!?」

 

 自分は違いますよ、みたいな修をアリーが叱った。

 神話魔法なんて一個使えるだけで充分にえげつない人物になり得る。

 生涯を掛ける魔法士だっている。

 けれども、実力が見合わなかったり自分に合った神話魔法ではないということで使えないものが多々いる。

 なのに一人でありとあらゆる神話魔法を使えるなど、もはや意味が分からない。

 

「……いや、だって『勇者の刻印』が使えるって教えてくれんだもんよ」

 

 アリーに怒られて珍しくしゅん、となる修。

 和泉が途方もなく呆れた。

 

「……チートにもほどがある」

 

 詳しい話なんて面倒だから聞くこともないが実際に聞いてしまうと、ほとほと呆れる。

 

「リライトにいた歴代の勇者でも最高は二つを使えたのが限界だというのに、彼らの何十、何百倍もの数を使えるのですから……」

 

 強いと言われているリライトの勇者ではあるが、彼らのことがまさしく霞む。

 今代のリライトの勇者は、それほどに強く……ある意味、優斗同様にえぐい。

 

「……なんというか、こいつらに近付けてるのか不安になる会話だ」

 

 目指すべき頂は……果てしなく遠い。

 少なくともSランクの魔物をワンパンで倒したこと、パラケルススを召喚したことを話題にしたところで、予備知識なくとも平然とスルーできるぐらいじゃないと駄目なのだろう。

 彼らの実力を言葉にして聞いてみれば、そうできるのも無理はないが。

 ただ、レイナは無茶を言うなと叫びたくなる。

 

「……会長」

 

 哀れむように和泉たちはレイナの肩を叩いた。

 

「……頑張れとしか俺は言えない」

 

「……なんといえばいいか分かりませんが、頑張ってください。応援してますわ」

 

「わたしも応援してます」

 

「ファイトだ、レイナ」

 

 彼らの優しさが身に染みた。

 

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