第280話 Call my name:立場の違い





 翌日。

 ネスレ家の失態を手にしたリライトは、意気揚々と王城の中にある謁見の間に乗り込んだ。

 もちろん王太子共が学院に登校したしたのを確認してからだ。

 普通は門前払いだろうが、相手はアリシア王女代理のクリスに大魔法士の優斗。

 払えるわけもなく、事の次第を聞いたレンフィ王は慌ててネスレ侯爵とシルヴィを呼び出す。

 そこからの展開が本当に絵に描いたように、シルヴィの予想通りだった。


「我が王よ、リライトの皆様に対しての不手際は全て我が娘にあります」


 それを聞いた瞬間、レンリとケインは内心で唖然としていた。

 少しは謝罪するかと思えば、全ての責任を本当にシルヴィに押しつけたからだ。

 一方でクリスは無表情のままで、優斗は密かにほくそ笑んだ。


「せっかく来て頂いたリライトの皆様に無礼を働くとは、貴様はやはり王妃となる器ではなかったようだな」


 まるで演説するかのようにネスレ侯爵は語ると、シルヴィを指差した。


「貴様をネスレ侯爵家から除籍し、サンドラを新たに王太子殿下の婚約者とする」


 そう言ってネスレ侯爵は三枚の書類をレンフィ王に突き出した。

 一枚は王太子とシルヴィの婚約を解消するもの。

 もう一枚は王太子とサンドラを婚約させるもの。

 最後は――シルヴィを除籍するものだろう。


「我が王よ、どうか承認を」


 展開としてはあまりにも横暴すぎる。

 友人を連れ帰ったと言ったシルヴィに対して、まともな対応をしなかったのはネスレ侯爵家……つまり責任はネスレ侯爵だ。

 だというのに彼は連れてきたシルヴィのせいにして、責任を押しつけ、挙げ句に除籍処分とした。

 普通であれば事情をしっかりと確認するなり何なりすべきなのだろうが……ここは日和見と言われたレンフィ王国。

 レンフィ王はネスレ侯爵との余計なトラブルを避けるためか、素直に提案を受け入れてしまった。

 ただ流されるままに自分の意思を持たない王は三流と言っても差し支えない。

 だけどクリス達にとっては願ったり叶ったりの展開。

 意気揚々と書類に署名をするネスレ侯爵と、仕方なさそうに署名をするレンフィ王を見ながらシルヴィとクリスは小声で会話をする。


「わたしが除籍されている最中なのに、何一つ感情が揺らぎません。本当に紙切れの関係でしかなかったことを実感しています」


「……そうですか。ですが今の感情を持つこと、これからは許されません。レグル家では書類上の関係を実体験しなければなりませんから」


「はい、お兄様」


 小声でのやり取りをしていると、どうやら署名をし終えたようだ。

 除籍のための書類を手に持ちながら、ネスレ侯爵が堂々と吠える。


「これで貴様は貴族でも何でもない! どこへとなり行くがいい!」


 しかし吠えた後、嫌らしくニヤリと笑う。


「行けるものなら、だがな」


 それが意味するものは二通りあるだろう。

 一つは侯爵令嬢であるシルヴィが一人で生きていけるわけがない、という意味。

 もう一つは生かすつもりがない、という意味。

 王太子の宣言からして後者であることは分かっているし、そうなると国として処刑ではなく狼藉者を雇うつもりか……もしくはすでに雇っているのだろう。

 そしてそれを言うことは、王太子やサンドラだけでなく実の父であるネスレ侯爵もシルヴィの命を奪うのに一枚噛んでいるということ。

 クリスはなるほど、と納得しながら一歩前に出る。


「残念ですがネスレ侯爵、そちらの思い通りにはいきませんよ」


「……どういうことですかな? そちらに対しての非礼は、そこの女を除籍したことで手打ちにしていただいたと思っているのですが?」


「いいえ、そうではありません。彼女の身柄は除籍された時点でリライトが預かり、同時にレグル家が養子として迎え入れました」


 そう言ってクリスもネスレ侯爵と同じように書類を見せつける。

 そこにはシルヴィアとクリスの署名が書かれてあり、除籍された時点でと注釈されながらも確かにリライトが身柄を預かること、レグル公爵家が養子とすることを明記されていた。


「……はっ?」


 思わず零れたネスレ侯爵の言葉と同時、謁見の間が騒がしくなる。

 けれど衝撃はそれだけで終わらない。


「さらに、もう一つ。こちらのほうが立場的には重要でしょう」


 クリスが紹介するように右手を広げると、一人の少年が前に出る。

 彼が誰なのかレンフィ王は分かっていた。

 分かっているからこそ、蔑むような視線で見られていることに恐怖を覚える。

 何かよからぬことを言われるのではないかと思ったからだ。

 そしてそれは、遠からず当たっている。


「現時点において彼女を大魔法士の家臣として、外交を担当する右腕にした」


 優斗もそれを認める書類を見せる。

 瞬間、レンフィ王には凄まじい動揺が走った。


「ネ、ネスレ侯爵令嬢、一体どういう――」


「レンフィ王。申し訳ありませんが、名前を間違われては困ります」


 慌てて問い質そうとしたレンフィ王だったが、シルヴィは毅然とした態度で言葉を遮った。

 堂々とした彼女の声が謁見の間に響き渡る。


「シルヴィア=ヴィラ=ネスレという存在は、たった今――レンフィ王とネスレ侯爵が捨てたのです」


 それが不敬ではないということは、ほんの数秒前の大魔法士が証明している。

 何より彼女が『シルヴィア=ヴィラ=ネスレ』ではないことを、他の誰でもないレンフィ王が承認している。

 そしてだからこそ、誰も彼女の言葉を遮れない。


「わたしの名は『シルヴィア=ファー=レグル』。よろしくするつもりは全くありませんが、どうかご理解のほどを」


 自己紹介したところで、再びクリスがシルヴィと優斗の前に出る。

 だが、だからといって名乗っただけで納得出来るわけもない。


「どういう……ことでしょうか?」


「どういう、とは? もしやネスレ侯爵令嬢の世迷い言を、自分達が信じるとでも?」


 クリスがそう問うと、何故かレンフィ王とネスレ侯爵はシルヴィの方を見た。


「どうして自分の妹を見るのでしょう? この世にネスレ侯爵令嬢は一人だけと存じています」


 そう、今の世にネスレ侯爵令嬢は一人しかいない。

 シルヴィを見ることは間違っている。


「ク、クリスト様、サンドラの世迷い言とは一体、どういうことでしょうか!?」


 レンフィ王が再度、問い掛ける。

 どうして悪女と呼ばれるシルヴィではなく、サンドラのほうが世迷い言と言われているのか分からなかったからだ。

 するとクリス……ではなくシルヴィが、問い掛けたレンフィ王だけではなく今まで父親だった者にも視線を向けて言葉を放った。


「ネスレ侯爵。貴方はご自身の娘が仰っていることを、精査したことはありますか?」


 何一つ感情を込めることなく問われたこと。

 けれど何かを答える前にシルヴィは首を振った。


「いえ、問うたところで意味はありません。ネスレ侯爵もレンフィ王も答えは分かっているでしょう。ネスレ侯爵令嬢がわたしに対してご実家で放った流言も、学院での浮評も、誰も精査したことはない」


 何故ならサンドラの言っていることが間違っているわけがないと思っている。

 元妹のことを愛しているからこそ、嘘を言うわけがないと信じている。


「全ての人間がネスレ侯爵令嬢を信じ、わたしを悪とした。そもそも親であったネスレ侯爵もそうだったのですから、本当に救いようがありません」


「な、何を言う! サンドラが嘘を言うなど――」


「わたしがネスレ侯爵令嬢を虐めている場面を見たこともないのに?」


 思わず、くすりと笑ってしまう。

 自分がサンドラを叩いたところも虐めたところも見たことがないのに、愛しい娘が言っていることだからと信じていた。

 だとしたらネスレ侯爵にとって自分は何なのかと言いたいが、そんなことはどうでもいい。

 自分がサンドラとは違う、といった事実だけ理解していれば問題ない。


「それにお二方はわたしのスケジュールがどうなっているのか、知らないわけがないでしょう? どうしたって無理なことを語っているというのに、それを信じるほど愚かしいことはありません」


 サンドラが語ることには、時折無理が生じている。

 どうしたってシルヴィに出来ないことも、シルヴィがやったことにされている。


「必ず矛盾は存在します。それにネスレ侯爵令嬢がどれほど悪意に満ちて計算を巡らせ証拠を捏造したとしても、どこかに改竄した証拠はあるでしょう。ああ、そういえばわたしが受けている淑女教育の先生は、お花摘みすら許さない厳しい御方でしたが、その教育を受けている最中にどうやってサンドラを罵り悪し様に言うことが出来るのでしょうか?」


 一気に話したところで、シルヴィはふっと頬を緩ませる。

 彼らに何を語り何を話して何を言ったところで、シルヴィア=ヴィラ=ネスレではない今の自分にはどうでもいいことだ。


「けれどお二方に信じてもらう必要はないのです」


 そう言って、シルヴィはまず優斗を見た。


「我が主が理解を示してくれました」


 声にすれば優斗は軽く手を挙げて応える。


「リライトが分かってくれました」


 話し掛けるようにレンリとケインを見れば、大きく頷いてくれた。


「そしてお兄様が信じてくれたのですから、レンフィ王国に信じてもらう必要は一切ありません」


 最後、兄となったクリスに言えば、表情だけで信じていることを教えてくれた。

 そしてきっと、過保護なのだろう。

 全部伝えきったシルヴィを下がらせ、クリスは真っ直ぐにレンフィ王を見据える。


「さて、ここからはシルヴィア=ヴィラ=ネスレが王妃ではなくなったことによる結果をお伝えしましょう」


「……結果?」


「ええ、その通り。レンフィ王国へ施していたリライト王国の援助について、即刻打ち切りもしくは三年を目処にして段階的に減らし無くします。少なくとも援助を無くすことは決定事項です」


「……なっ!? ど、どういうことでしょうか!? そもそもクリスト様にそれを決める権限は――」


「――いいえ、代理であるからこそ決められます。なにより自分はアリシア王女の意思を継いでいるからこそ伝えたのですよ」


 戦争をする権限も断交する権限も与えられている。

 当然、援助の有無など当然のようにクリスが決められる。


「まず最初に理解していただきたいのは、本来であれば二年前に援助は打ち切る予定でした」


「……二年……前?」


「自分の妹から聞きませんでしたか? このままでは援助が打ち切られる、と」


 ちゃんと伝えたのですよね? とクリスが妹に尋ねれば、素直に肯定される。


「わたしがお伝えしたところ、皆様は鼻で一笑されました」


 シルヴィがそう言うと、レンフィ王は不意に思い出す。

 二年前、彼女が必死に訴えていたことを。


『このままではリライトからの援助が無くなるからこそ、国力を上げるべきだ』


 そう騒いでいたのを、どうしてか思い出してしまう。

 確か当時、たかが侯爵令嬢が何を馬鹿なことを、と誰かが言っていた覚えがある。


「自分の妹がレンフィ王国の生命線であると判断し、未来の王妃になるのであればと援助の続行を決定したのがアリシア王女です」


 それが無くなればどうなるかなど子供ですら分かること。


「ですが除籍し、生きていた証すら消し去った。であれば、誰であれ理解出来ることでしょう」


 クリスが語っている最中、レンフィ王は自分の右手を見た。

 この手がつい先ほど、行ったことを後悔するかのように。


「生命線は他でもないレンフィ王国が断ち切りました。これ以上、援助の意味はありません」


 だからといって後悔したから何だと言うのだろうか。

 そもそもがおかしいことにレンフィ王は気付いていない。

 たった一人の少女の双肩に、国の未来がのし掛かっていた事実。

 それが意味する恐ろしさを未だ分かっていない。


「またレンフィ王国が自分の妹に狼藉を働いた場合、リライト王国に対する敵対行為と見做します。レグル公爵令嬢に狼藉を働いて戦争にならないと思うこともないでしょうが、念のためお伝えしておきます」


 これはネスレ侯爵に伝える。

 悔しそうな表情を浮かべているのは、どういった理由かクリスには分からない。

 けれど実の娘を殺そうとして、悔しそうな表情を浮かべるのは何事かと思ってしまう。


「どうしてそのような表情をされているのかは分かりかねますが、自分達がここまで言ってネスレ侯爵は気付くことがないのですか?」


「気付く……こと?」


「自分達が昨日、そちらの邸宅に伺った理由に気付いていないのかと問うたのです」


 とはいえ、彼程度では何を言っているか分からないことだろう。

 だからクリスはあえて説明する。

 シルヴィを軽んじたことが、どれほど愚かしいことかを身に刻ませるために。


「自分の妹は確信していました。友人を連れてきたと言ったところで、まともな歓待などされない。そして自分達がそれに抗議すれば、ネスレ侯爵は必ずや自分の妹に責任を擦り付けると」


 ここまで言えば分かるはずだ。


「わ、我々を嵌めたのか!?」


「嵌めたとは人聞きの悪い。真っ当でないのは、一体どちらでしょう?」


 普通に歓待していれば、この状況に至ることは不可能。

 シルヴィのことをまともに扱っていれば、どうしたってクリスの妹になっていない。


「それにレンフィ王、貴方の御子息の不手際もまた自分の妹を信じるに足る要素となりました」


「……レイノルド……が?」


「はい。ネスレ侯爵令嬢を守るためでしょうが王太子殿下は公務と称し、あからさまな嘘を通して我々の案内をしていません。それとも王女代理である自分や大魔法士が来ているというのに、わざわざ公務を入れたのですか?」


「そんな、まさか……っ!」


「ええ、ですから嘘だと分かったわけです。さらに言えば、何故か格上であるはずの自分を格下に見ています。側近候補と思わしき者達も同様の考えを持っているようですね」


 クリスから語られる事実にレンフィ王は頭が痛くなってくる。

 けれど固まって日和ることをクリスは許さない。


「小さな箱庭では、確かに王太子殿下より上はレンフィ王しかいません。しかし自分達は箱庭の外側から来た者であり相応に扱う必要があります」


 一切臆することなく言葉を並べるクリス。

 その姿はまさしくリライト王族に次ぐ者として相応しく、アリシア=フォン=リライトが代理たる存在であると認めた者だからこその覇気を纏っている。


「ですから問いましょう、レンフィ王。レンフィ王家はレグル公爵家を蔑ろに出来るほどの立場なのですか?」


 それは答えを間違えれば、戦争の引き金となるであろう問い。

 若者だからと侮れるわけもなく、若輩だからと軽んじることは許されない。


「連綿と紡がれたレグルの血を、家格を、レンフィは超えると言いたいのですか?」


 弱小国の分際で、大国の公爵家を超えるのか。

 それが許されるとでも思っているのか。

 その強い意志が込められた問いにレンフィ王は声にならず、慌てて首を横に振る。


「であるならば、御子息の教育はしっかりされたほうが良かったですね。この状況でなければ、第二王子にすげ替えることを薦めていたかもしれません」


 クリスはそう言うと、息を吐いた。

 そして右後ろにいる自分より上の立場を持つ人間に訊く。


「ユウトは何かありますか?」


「……そうだな。僕は『大魔法士』として、さっきから気になってることがある」


 瞬間、緩み掛けた空気が一気に引き締まった。

 いや、先ほどよりも緊張感に満ちた空気に変わった。


「シルヴィア=ファー=レグルが僕の右腕ということは、そこにいるクリスト=ファー=レグルより上の立場だ。この場では大魔法士に次ぐ二番目になる」


 だから、と言いながらレンフィ王を優斗は見る。

 謁見の間である以上、見上げる形にはなるが……だからこそ許さない。


「小国の王程度であれば地に伏せて見上げるべきで、侯爵家であれば論外だ」


 それはレンフィ王とネスレ侯爵に言っているようで実は違う。

 その場にいる全ての人間――レンフィ王の側近や護衛のために佇んでいる衛兵にすら告げている。


「言っている意味が分かるか?」


 今までどれだけ蔑んでいようと軽んじていようと今は違う。

 明確な違いを優斗は教えたはずだ。


「立場を弁えろ。三流以下の国王に唾棄すべき侯爵家が、いつまで大魔法士の『右腕』を見下げている」


 優斗が言い放ったと同時、レンフィ側の行動は早かった。

 レンフィ王は即座に玉座から立ち上がり、階段を駆け下り、すぐさまシルヴィの前で土下座する。

 王が即座に行動したことで、他の面々も追従するようにシルヴィの前で次々と頭を伏せる。

 けれど一人だけ、俯いただけで動かない男がいた。

 そして、そんなことを優斗が許すわけもない。


「こちらを見上げろと言ったのが分からなかったのか?」


 優斗が右手を翳すと、地の派生である重力操作を用いてネスレ侯爵を押し潰す。

 押し潰した後、ゆっくりと近付いて見下しながら再度、問い掛ける。


「分かったのか、分からなかったのか。どっちだ?」


「……っ!」


 抵抗するようにネスレ侯爵は僅かに顔を上げて睨み付けるが、その頭を優斗は踏み付けた。


「あが……っ!」


「睨み付けろとは言っていない。どちらなのかを訊いている」


 優斗は頭を踏みつけたまま、その場にいる全員にも分かるように告げる。


「それと、くれぐれも言葉遣いには気を付けたほうがいい。僕は〝身内〟を貶されると、すこぶる不機嫌になる」


 踏み付けていた足をどけて、優斗はしゃがむとネスレ侯爵の顎を持って上げる。


「だから、もう一度だけ訊くぞ?」


 ゆっくりと、恐怖が染み渡るような声音で。

 優斗は再度、ネスレ侯爵に問い掛ける。


「立場を弁えろ。分かったか?」


「……わ、分かり……ました」


「それでいい」


 顎から手を外して立ち上がり振り返ると、急にレンフィ王の隣から召喚陣が光り出した。

 そして猛った純白の獅子――レオウガが現れる。

 何事かと思ったが、すぐに思い当たった。


「レンフィ王の恐怖が引き金で召喚されたんだな」


 無意識だろうが、優斗の所業に恐怖したレンフィ王がレオウガを召喚した。

 さすがにこのことについて文句を言うことは出来ない。


『――――――――ッ!』


 と、その時だ。

 城内だというのに強風が巻き起こった。

 優斗は少しだけ目を細めて、なるほどと相づちを打つ。


「昨日とは違って、精霊術を扱えるのか」


 とりあえずレンフィ王は王太子よりもレオウガと繋がりがあるらしい。

 優斗が感心したようにレオウガを見ていると、突然の強風に身体を強張らせたケインとレンリの姿が見えた。


「ケイン、レンリ。僕が誰か今一度、二つ名と共に唯一無二の意を言葉にしてみろ」


 だから声を掛ける。

 先ほどとは違い、絶対の安心感を持たせるように。

 声にすることで、彼らの先輩が何者なのか改めて理解させるように。

 すると二人は優秀だからこそ気付いた。

 優斗が自分達に何をさせようとして、どうしようとしているのかを。


「ユウト先輩の二つ名は……大魔法士です」


「その意は――〝最強〟と呼ばれています」


「その通りだ、二人とも。だから怖がる必要も恐れる必要もない」


 優斗は左手を前に出すと、親指と中指を合わせる。

 そしてパチンと指を鳴らした瞬間、強風は唐突に消えた。

 いきなりのことに困惑したのは優斗以外の全員。

 レオウガですら例外ではない。

 だがすぐに体勢を前傾に持っていき、突撃するような仕草を見せる。

 その際、レオウガの視線が大魔法士から一瞬でも移ろいだことに、優斗が気付かないはずもない。


「お前はまだシルヴィを試すように見ているのか」


 優斗は溜め息を吐くと、突然レオウガの真横に現れた。

 さらに掌底と同時に風の精霊術を叩き込む。


「僕の言葉を頭に刻め、レオウガ」


 何度も何度もシルヴィのことを見ている。

 けれど、もうその行動には何の意味もない。


「今のお前は〝相応しくない〟」


 告げて振り抜いた掌底が、レオウガを謁見の間の壁に叩き付けた。

 多少、地面が揺れるように轟いてから無音になる。

 クリスはレオウガを無力化したところを見てから、レンフィ王に語り掛けた。


「そちらの不手際も何もかも、ここで手打ちとしましょう」


 込められているのは、シルヴィに対することもだ。

 悪女と罵っていたことも、手打ちにして問わない。

 どうせ意味がないと思っているからだ。


「だからこれ以上、自分の妹にレンフィ王国が不要に関わることを良しとしません。よろしいですね?」


 レンフィ王に問えば、土下座したまま何度も頷きが返ってくる。


「ありがとうございます。それでは自分達は短期交流……といっても自分の妹はリライトの人間になってしまったので交流とは言い難いですが、学業をしっかりとやってきます。これで失礼致しますね」





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