第281話 Call my name:束の間の休息





 全員で謁見の間を出て、王城を退いて、近くにあるカフェに入る。

 そして飲み物を飲んで一息吐いたところで、ケインは睨め付けるように優斗を見た。


「……ミヤガワ先輩」


「さっきごめんって謝ったでしょ?」


 王城を出てから歩いている途中、大魔法士モードに入ったことで怖がらせたであろうことを謝った。


「謝っただけで済む問題ではないでしょう!? ネスレ侯爵に対するあれは何ですか!? 怖すぎて胃に穴が空くどころか心臓止まるかと思いましたよ!」


 平然と相手に魔法を使って地面に落ち着けた後、言うことを聞かないからと頭を踏み付けた。

 どこの世界にあんな光景が存在するのかと言いたい。


「正直、今はミヤガワ先輩がやったことでスッキリはしていますが、あの場にいた時は怖すぎて震えました」


「本当にユウト先輩、怖かったですよ。でもあれが大魔法士なんだなって知ることが出来て嬉しくもなりました」


 世界に名立たる大魔法士の本領を知ることが出来たのは嬉しい限りだ。

 暢気なことをレンリにクリスはくすりと笑う。


「さて、今日は城下町の紹介と散策が主な行事ではありますが、シルヴィはどこを案内しようと考えていましたか?」


「図書館や商業施設、後は公民館などを考えていました」


「なるほど、固いですね」


 さすがはシルヴィとも言える。

 遊び心が一切ない。


「も、申し訳ありません、お兄様」


「怒っているわけではありませんよ。ですがせっかくの機会ですから、例えば武器屋や防具屋、後は……八百屋にも顔を出してみるとしましょうか」


 身近なところにある店を出す。

 何故、そんな所を選んだのかとも思うが、ケインはすぐに察する。


「確かにどれだけこの国の産業が遅れているか、俺達が確認するにはちょうどいい場所だと思います。輸入品であっても有名なものであれば俺でも分かります」


 戦闘関連の授業のあることから、そういったものに馴染みがある。

 だからどれぐらいの武器がリライトに置いてあることも理解している。

 判断するにはちょうどいいだろう。


「だったら本屋さんに行くのもいいと思います、何が置いてあるのか気になりますし。それとちょっと面白いことを思い付いたので、服屋さんにも行きましょう」


「レンリさんの案も採用しましょう。ユウトはどこかありますか?」


「う~ん、そうだね。僕はギルドでも行ってみたいかな」


 良いことを思い付いたとばかりの優斗にクリスは一抹の不安を覚える。


「……ユウト、何かよからぬことを考えていませんか?」


「この国のギルドなら僕の期待に応えてくれる。そんな気がするんだよ」





 まず午前中は武器屋と防具屋に行ってみたのだが、ある意味では期待通りの物しか置いてなかった。


「名剣の類いが一切ないというのは、ちょっと……どうかと思います」


「ケインの言う通り、武器や防具がこの程度だと戦いを生業にする人は大変そう」


 魔法具を用いた武器が全く存在していない。

 どれもこれも既製の大量生産品ばかりだ。

 おそらく輸入しているものだろう。


「シルヴィ先輩は戦いの実力があったりします?」


「わたしは最低限、といったところです。自身の身を守るために、細剣の使い方は一通り覚えているつもりです」


 レンリの質問にシルヴィが答えると、クリスは嬉しそうに声を掛けた。


「細剣であれば自分の領分でもあります。ユウトの家臣となった以上は身を守る術は多いほうがいいですから、機会があれば自分が教えましょう」


「本当ですか!?」


「ええ。愛弟子と呼ぶべき妹分は実の兄であるユウトを慕って、ショートソードを使っていますからね。シルヴィが細剣を用いて自分の裁き方を覚えてくれるなら嬉しい限りです」




 次に向かったのは八百屋兼料理処の店。

 昼食もついでに取るのだが、そこでも顔は浮かない。


「悪くはないんですけど……こういう場所って、もう少し食材の味が良かったりしません?」


「たまたま入った場所だから断定してはいけないが、どうだろうか。シルヴィ、どこも似たような感じなのか?」


「レンフィ王国の食材としては上等なものを使っていると思います。この国の食材に対する生育方法は二十年ほど遅れていますので」


「そうでしたか。自分の考えとして、土地自体は農業国家とするのに向いてそうな気もするのですが……」


「お兄様もやはり、そのように思われますか? わたしが考えた国力向上のための一手目が農業だったのです」


 クリスの意見がよほど自分と一緒で嬉しかったのだろう。

 シルヴィは美味しそうに昼食を摂る。





 そして午後になって、最初に行ったのは服屋。

 けれど男性陣は店の前で待たされることになり、レンリとシルヴィだけが中に入って店員と色々話している。

 途中、ふらふらっと優斗がいなくなったりもしながら三十分ほどして、二人は店から出てくる。

 レンリは制服のまま変わらないが、シルヴィの服装が大きく変わっていた。

 今まではレンフィ王国の制服を身に纏っていたが、今はレンリと一緒でリライト魔法学院の制服を着ている。


「どうです? あたしとシルヴィ先輩、体型が似通ってるからイケると思ったんですよ! 多少、採寸を弄って貰えばこの通りです!」


 同年代からすれば多少、背の小さなシルヴィと平均的身長のレンリ。

 胸のサイズは同程度だが、腰の細さはシルヴィのほうが細い。

 だから多少腰回りを絞って着させてみれば、この通り綺麗に制服を着ることが出来た。


「もうリライトの一員ですし、クリス先輩のことですからシルヴィ先輩をリライト魔法学院に編入させるでしょう? だから先んじて着させてみました!」


 レンリはシルヴィの背後に立って、両肩を持つとクリスの前に立たせる。


「どうです、クリス先輩? 可愛いと思いません?」


「そうですね。妹の制服姿を可愛いと思わない兄はいないでしょう。実に似合っていると思います」


 感心したように何度も頷くクリス。

 ケインも同意なのか、同じように納得していた。


「リライトの制服は白を基調としたものだが、随分と似合っている。レンフィ魔法学院の制服より似合っているだろう。レグル先輩と並んで立てば、さぞ兄妹として見合っているはずだ」


「あ、ありがとうございます、お兄様にケインさん」


「ユウトの感想はどうでしょう?」


「フィオナには負けるけど、似合ってるよ」


 白い制服というのは黒髪も金髪もよく映えて似合う。

 フィオナは赤いネクタイだが、リボンもやはり悪くない。

 けれどシルヴィは比較対象にされた相手が、フィオナだということに大いに照れてしまう。


「アリシア様と対を成すと言われている奥様と比べられるのは、さすがに恥ずかしいです」





 服屋から出た五人は、書店へと向かう。

 読書が趣味の優斗は色々と期待して店内を見て回ったのだが、十分ほどして絶望的な表情になっていた。


「……ここ、何なの? どれも古い上に産業関連は手に取って流し読みしただけで論外だし、小説だってマジで古いのばっかりなんだけど。一応、著者が全く分からない悪役令嬢ものの小説は見つけたけどね」


 おそらく他国で流通している作品をたまたま呼んだこの国の作家が、真似て作ったのだろう。

 だから優斗でさえ著者の名前を全く知らなかった。


「というか『瑠璃色の君へ』さえ無いってどういうこと?」


 世界一の純愛と呼ばれる世界的人気作品。

 それが流通していないとなると、この国のヤバさがよく分かる。


「あの、ユウト先輩。『瑠璃色の君へ』というと、リル様とタクヤ様の恋愛譚が描かれた小説のことですよね?」


「そうだよ、シルヴィ」


「小耳に挟んだことはあるのですが、わたしも読んだことはなくて……」


「だったらリライトで読んでみたらいいよ。僕もだけどクリスの格好良いシーンも載ってるから」


「お兄様が登場しているのですか?」


「その通り。ちなみに演劇も流行ってて、ついこの間なんて本人が演劇やってたんだよ」


「……もう少し早く皆様と出会いたかったです。そうすればお兄様やユウト先輩の格好良い演劇姿を見ることが出来たのですね」


「クリスに実演してもらったら? 可愛い妹の頼み事だったら、聞くと思うし」


 優斗が何気なしに言うと、ちょうど店内散策から戻ってきたクリスが慌てて否定する。


「ちょ、ちょっと待って下さいユウト! 妹の頼みといえど、劇場ではなく実演するのは自分も恥ずかしいですから!」





 そして最後、夕方頃に優斗が希望していたギルドへ行くことになる。

 リライトよりも小汚い建物に優斗の期待がどんどん上がっていく。

 中に入れば併設されている居酒屋は盛り上がっており、すでに依頼を終えた人達が飲み始めている。

 それを尻目に優斗達はどんな依頼があるのか眺めていた……と、その時だ。


「おいおい、貧弱そうな坊ちゃん達が来るような場所じゃねえぞ」


 お酒を飲んでいた三十代の男が優斗達に近付いて、そう言った。

 瞬間、優斗の目の輝きが最高潮になる。


「クリス、これだよ。僕が知ってるギルドっていうのは、こういう場所を言うんだよ」


 嬉しそうに隣に立っていたクリスの肩を何度もバンバンと叩く優斗。

 いきなり豹変した少年に男が少々、面を食らう。


「喜ばないで下さい、ユウト。せっかく話し掛けてくれた方が困惑しています」


「だってリライトのギルドってどうにも小綺麗でしょ? こうやって見た目だけで侮るような人はいないし、きっとギルドライセンスを見せても嘘だとか言って、突っ掛かってきてくれるはず!」


 珍しく少年のような期待の眼差しで男を見つめる優斗。

 けれど男は優斗のテンションの上がり方に若干引いていた。


「そんな期待を持った目で見られると……萎えるんだが、まあいいか。お前のギルドランクはどれくらいなんだ?」


「よくぞ聞いてくれた。これが僕のギルドランクだよ」


 ギルドライセンスを意気揚々と男に見せる。

 けれど反応は優斗が考えているものとは真逆だった。


「なっ!? こりゃ凄えな坊主!」


「……えっ? 嘘だと思わないの?」


「いや、ギルドランクは嘘を吐かねえだろ」


「……そうだけど」


「これ見よがしに落ち込むな! なんか悪いことしている気分になるだろうが!」


「全体的にヤバめなレンフィ王国のギルドにいるんだから、もっと能なしだと思ってたんだよ!」


「逆ギレすんじゃねえ!」


 まるでコントのようなやり取りに周囲の人間が爆笑する。

 レンリ達も優斗の珍しい姿に声を上げて笑ってしまった。

 その中でクリスが一人だけ、冷静に対処する。


「連れが大変、申し訳ありません。ちょっと頭のおかしな友人でして、ギルドは粗野で雑だという期待をリライトで裏切られたものですから、レンフィ王国ならばと思ったようです」


 クリスの説明に周囲の人間から「間違っちゃいねえよ」と大笑いされながら同意される。


「ご安心を。連れの期待を裏切って、皆様はとても素敵な方々ですよ」


 にっこりと爽やかな笑顔を浮かべるクリスは、まさしく王子然としている。

 だから男はクリスの表情を見てうっかり言ってしまう。


「……どこかの王子か、お前?」


「リライトのギルドで王子というあだ名は付けられてますよ」


「おっ、お前もギルドライセンス持ってるのか? だったらお前もAランクだったりするのか?」


「残念ながらそこまで依頼をこなせず、先日やっとBランクに上がったところです」


「……おいおい、それでもお前らみたいな坊主じゃ高すぎるだろ。俺なんかまだDランクだぞ」


 同時、AランクとBランクが揃ってリライトから来た……ということで居酒屋が大いに盛り上がる。

 こうなるともう、後々の展開は決まったようなものだろう。

 ケインやレンリ、シルヴィすらも巻き込んで大宴会が始まった。





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