第282話 Call my name:突然の三ヶ国会議
翌日の三日目、短期交流の最終日。
はっきり言えばシルヴィがリライトの人間になった以上、全く交流していないことになるが致し方ないことだろう。
午前中は本来であればレンフィ魔法学院に向かう予定だったが、優斗が呼び出した人達の相手をするために変更することになった。
昨日は散々、騒いでいたことが嘘のように優斗は平静としている。
「初日にどこかへ手紙を書いていたり、昨日もふらふらといなくなった瞬間がありましたが、そういうことですか」
「まあね。信じるかどうか分からなかったけど、僕がここにいるのは知っているだろうし確かめるぐらいはしてくれると思ってたんだよ」
クリスがちらりと同じテーブルに着いている三人に視線を向ける。
誰も彼もレンフィ王とは違い、しっかりと自分という者を持っていると分かった。
シルヴィは顔馴染みなのか軽く頭を下げて優斗の背後に立つ。
ケインは今までで一番胃を痛そうに顔を顰め、レンリでさえ緊張の面持ち。
それも当然といえば当然のことだろう。
何故なら周辺三国の王が宿屋の一室に集まっているのだから。
「大魔法士様。我々のことをお呼びとのことで馳せ参じた次第です」
「わざわざ来て貰って申し訳ない。これから話すことの規模を考えたら、周辺諸国の王に話を通しておいたほうがいいと思った次第だ」
「というと?」
「単刀直入に伝えるが、レンフィ王国は滅ぶ。だから難民の問題を解決するために呼び寄せた」
突然のことに、表情が一瞬だけ変わる。
けれどすぐに真顔へ戻したのはさすがと言えた。
優斗は三人の反応に満足しながら言葉を続ける。
「リライトはシルヴィア=ヴィラ=ネスレが王妃となる以外、援助を取りやめることになっていた。そして今、シルヴィアはネスレ侯爵家を除籍されてリライトのレグル家が保護している」
そう言えば三人とも納得した表情になる。
優斗が何を言うかも察する。
「要するにリライトは援助を取りやめることになったわけだ。リライトが手を引くとなると、お前達も手を引くだろう?」
「仰る通りです。一応、遠方のリライトが援助しているので隣国の我々も義理立てしていましたが、手を引くとなれば我々も同じく手を引きます」
三人が顔を見合わせて同時に頷く。
援助したところで国力を上げるわけでもなく、利点も何もない。
意味を見出せないからだ。
「別に手を引いて終わりならいいんだが、周辺諸国には難民という退っ引きならない事情が訪れる。だから身近で見ていた大魔法士として一応、気を遣って伝えているわけだ」
何も知らないよりは知っておいたほうがいい。
それぐらいの気持ちで優斗は告げる。
実際、優斗は大魔法士としてリライトが援助を打ち切るのを眺めているだけなので、ほとんど関係ない。
それでもこうやって話しているのは、自身が持つ二つ名故だ。
「昨日、クリスは三年を目処に段階に援助を減らす案を出したが、ある観点から見れば愚策となってしまう。おそらくは溜めるだけ溜めて逃げるだけだろうからな」
「別の観点から見れば良策だと?」
「余裕を持って金を貯めている最中に爵位諸共、奪えばいいから悪くはない。時間的余裕も生まれるし、そういった意味合いでは良策だろう?」
優斗の言い分は中々にあくどいが、確かに奪うつもりであれば良策と言える。
「どちらにせよ、この国の貴族から王族に至るまで全て叩き落とす。難民を出さないためには、そうする以外に道はない」
「それは何故、と問うてもいいでしょうか?」
「レンフィ王国は貴族だけをすげ替えるにしても、替えるだけの真っ当な貴族がいない。そうなると一国に併合させるか、領地を割って周辺諸国に併合させる必要がある」
どこかにいれば助かるが、それはない。
シルヴィを誰も助けない状況が、ないことを証明している。
「もちろんお前達の国に有能な人材がいなければ問題だが、そこはシルヴィアから聞いて確認は取っている」
ちらりと背後に控えているシルヴィに話を振れば、彼女は優斗の家臣として頷きを入れる。
「皆様の国にはまだまだ有能な方々がいらっしゃいます。三国分となれば、レンフィの領地を賄うには十分かと愚考します」
「というわけで現実的な考えとして、領地を割って各々の国に併合するのが一番だろうな。援助分を差し引いても多少の負担はあるだろうが、難民が出る可能性は限りなく少ない」
それに、と優斗は付け加えてる。
「僕が絡めば、領地の割り振り云々でごたごた言うこともないだろう?」
本来、領地問題というのは中々にシビアな問題だ。
一つの国を滅ぼして振り分けるとしても、スムーズに話が進むことはほとんどない。
だというのに問題ないとして許されるのは、話している相手が一重に大魔法士だからだ。
「もちろん税収が多少増えたところで最初の苦労が絶えないのは分かっている。というわけで少しばかり僕も手伝っておこう」
メリットがあればデメリットもある。
後々を考えれば恩恵は大きいが、大魔法士はさらにメリットを引き立たせることで三国の気力を奮い立たせるつもりだ。
「農地としてレンフィ王国を領地を利用する場合、地の精霊を活性化させて農業の充実化を図る。無理をさせなければ、向こう五十年は良作になるだろうな」
軽い調子で提案されたこと。
けれど規模としては破格であることを、三国の王は理解すると同時に驚いてしまう。
精霊王の契約者たる大魔法士が、レンフィ王国の平民を救うために動く規模がこれほどとは思わなかったからだ。
けれど、だからこそ確認しなければならない。
「……取引においてリライトを優遇しろ、という話はあるのですか?」
「あるわけないだろう。この僕が許すと思っているのか?」
「いえ、無用な心配でした。大変、申し訳ございません」
リライトに住んでいるとはいえ、優斗はそういったことに大変厳しい。
レンフィ王国の難民問題に対して無関係なリライトがしゃしゃり出てくれば、逆に潰す勢いで優斗は糾弾するだろう。
「だからといって、正当な取引であれば何か言うつもりもない。リライトもそれでいいな?」
「美味しい食物であれば、是が非でも買わせて頂きたいものです」
クリスに話を振ると、心得ているとばかりに言葉を返した。
優斗は彼の返答に満足すると、再度三国の王を見回す。
「さて、と。これで世界から見れば、レンフィ王国を滅ぼしたほうが利点は大きい。もちろんお前達が嘗めた真似をすれば僕自ら制裁を下すが……、そもそも集まってくれた段階で有能な王だと思っているからな。領地分割について大きな問題は起こらないはずだ」
大魔法士が手放しで褒め称えると、さすがに嬉しかったのか一人の王が照れたように頭を掻いた。
けれど一国の王はレンフィ王国をよく理解しているからこそ、優斗に問い掛ける。
「レンフィ王は素直に国を滅ぶことを是とすると思いますか?」
「別に素直だろうとそうじゃなかろうと、どちらでもいい。レンフィ王に残された選択は僕に国を丸ごと更地にされるのがいいか、それとも民のために家を残すのかの二択だ」
難民問題が生じる以上、時間的な猶予は与えるとしても結末は変えない。
レンフィ王国が滅びるのは絶対だ。
「王族の矜持があるのなら、後者を選ぶだろうな」
「矜持が無かった場合は?」
「後者を選択させるだけだ」
問答無用の言い分に、問い掛けていた王は納得したように頭を下げた。
大魔法士がここまで動いてくれるのに感謝はすれど、文句を言うなどあり得ないからだ。
「詳細を詰める際にもしもトラブルが起こった場合、僕の右腕であるシルヴィアを使っていい。レンフィ王国の事情も周辺諸国のこともよく理解しているからな」
「かしこまりました」
三国の王は了承してからシルヴィを見る。
三人とも、彼女のことはよく知っていた。
パーティーであれほど社交に相応しくない会話を――農業や産業の話をしていれば悪目立ちするからだ。
けれど理由を知っているからこそ見逃していた。
「我々は貴女が頑張っていたことを知っていましたよ」
「……えっ?」
「大魔法士様の右腕とは、随分と出世されましたね」
小国の王妃ではなく大魔法士の右腕になったのならば、間違いなく出世だろう。
三人とも喜ばしいものを見るような温かな視線をシルヴィに送る。
シルヴィは少しだけ呆然としたあと、勢いよく頭を下げた。
「……あ、ありがとうございます。皆様の国で事業をやってらっしゃる方々に色々な話を聞けたおかげで当時、未来の王妃となるべきわたしは助かっていました」
彼らの国には本当に助けられていた。
右も左も分からない自分は、彼らの国の者達に話を聞かなければ将来の指針さえ見出せなかった。
「色々と話を聞きたいところではありますが、他国の宿屋で大魔法士様と三つの国の王がゆったりするのも問題でしょう」
「それもそうだな」
一人の王が茶目っ気を出して言われたことに優斗が頷くと、空気がふっと和らいだ。
「是非とも彼女には我が国の者と婚約してもらいたいものですが、大魔法士様やレグル家は許して下さいますかな?」
帰る準備をしながらの冗談に、クリスも同じく冗談で言葉を返す。
「我が家は政略結婚でも問題ありませんが、大魔法士の家臣は幸せにならないと主が怒り狂ってしまいます。ですから幸せな政略結婚が出来るのなら是非とも話は伺いましょう」
「それはそれは……。触らぬ大魔法士様に祟りなし、といったところでしょうか」
「……おーい。シルヴィを幸せにするのなら僕だって怒り狂わないんだけど。というか厄介者扱いは勘弁してくれない?」
コミカルなツッコミを入れた大魔法士に、護衛も含めてくすくすと笑ってしまう。
「まあ、でも仕方ないか。そういうわけでレグル家も含めてだけど、政略結婚させるなら覚悟しておきなよ」
優斗は肩を竦めながら言うと、三国の王をしっかりと見据えて伝えた。
「今日は助かった。大魔法士が来年の四月に公表されたら、なるべく早い段階で三国には伺うようにしよう。非常に良い印象を持ったからな」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、もちろんだ。やっぱり王というのは、こうじゃないといけないと実感させてもらった」
「それでは我が国に来た際には、是非とも一日指導を――」
「おっと、そういう話は僕とじゃない」
優斗はそう言うと背後に立っているシルヴィを指差す。
「今の僕にはこういうことを担当する右腕がいる。だから日程の相談も内容も彼女と決めてくれ」
ウインクをしながらの言葉に、参ったとばかりに三国の王は頷いた。
そしてリライト勢と力強く握手しながら帰って行く。
窓から豪勢な馬車が三台、消えていったのも見届けてからケインとレンリは大きく息を吐く。
「……胃が痛いです」
「疲れました~」
「お疲れ様。二人ともよく頑張ったね」
優斗が労うと、ケインは昨日したように今日も睨め付けるような視線を優斗に送る。
「……ミヤガワ先輩。一体いつ、会談の約束を取り付けたのですか?」
「初日だよ。シルヴィを大魔法士の家臣にするとかレグル家の養子にする書類を作成してる時、ついでに手紙を書いて送っていたんだよ。三国の王城宛てにね」
「えっ? でも、それだと普通に疑わしくないですか?」
「それはもちろん。だけど隣国にいることを把握していれば、僕の名前で出されたからには疑わしくとも万が一を考えて確認はすると思った。で、服屋で待たされてる時にそれらしき人達がいたから……」
「ああっ! だからミヤガワ先輩はふらふらと消えたんですね!?」
「そういうことだよ、ケイン。というかふらふら消えたわけじゃないんだけど」
ちゃんと自分が大魔法士であることを証明して、翌日に会談したいことを伝えただけ。
だから今日、三国の王がここに集まったわけだ。
「でもユウト先輩、朝食の最中に言うのは駄目じゃないですか? しかもちょっと予定変えるねって言って、やって来たのが隣国の王様達なんですもん」
「僕的にはちょっとしたことだからね。会話の内容も怖くないし、僕も別に怖くなかったでしょ?」
「他国の王を平然と呼びつけたことが怖かったですよ、ミヤガワ先輩」
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