第283話 Call my name:断罪





 優斗が変更した用事も終わり、リライト勢は早めの昼食を摂ってからレンフィ魔法学院に向かう。


「昨日、あそこまでやったから断罪はないと思うんだけど、どうだろう?」


 優斗的には王太子達は除外され、微妙な空気のパーティーが行われると思ってる。

 けれどシルヴィは思案したあと、優斗の考えを肯定出来なかった。


「そもそも王太子殿下達はレンフィ王の呼びつけを無視、もしくは気付いていない可能性もありますので、まだ断罪とやらをやる可能性はあるかと思います」


「……マジで?」


「はい、本当です」


 王太子に騎士団長の子息、宰相の子息、魔法士長の子息、そしてサンドラ。

 五人でシルヴィを断罪するための最終追い切りをしているかもしれない。

 そうなると余計な情報が漏れてシルヴィに逃げられては敵わないと、五人で一日を過ごしたかもしれない。

 予想ではあるが、あまり外れていなさそうな気がするのはどうしてだろうか。


「今朝の段階で大抵片付けちゃってるから、もし本当に断罪しようとしたら誰か笑いそうな気がする」


「一番最初に耐えきれなくなるのは絶対にユウトですよ」


 意外と笑いに対する耐性がないのは優斗だ。

 だから実際に断罪が起こったら、間違いなく彼が一番早く笑い出すだろう。

 五人は校門を抜け、パーティー会場に到着する。

 中に入ると周囲の注目を一斉に浴びた。

 何故かシルヴィがリライトの制服を着ていることに困惑するような視線を一瞬見せたものの、それでも彼らはリライト勢を認めても近付こうとしなかった。

 いや、どちらかといえばシルヴィに近付くつもりがないのだろう。

 だから、これ幸いとばかりにクリス達は飲み物を手に取って会話に華を咲かせた。

 本来であればシルヴィがいなくなった途端に近付こうとする生徒もいるだろうが、楽しそうにしている雰囲気がそれを許さない。

 むしろ悪女と仲良くしているリライト勢を不気味に見ている生徒さえいる。

 と、その時だ。

 急に周囲がざわつき始めた。

 壇上を見れば、いつの間にか王太子とサンドラ、その取り巻き三人が立っている。

 まさか、とリライト勢が思うと同時に王太子の大声が響き渡った。


「シルヴィア=ヴィラ=ネスレ! 貴様がサンドラにやったことは許しがたく、また王妃の器ではないことは明白だ! よって私は『悪女』との婚約を破棄し、新たにサンドラとの婚約を結ぶ!」


 彼の宣言によって、周囲の生徒が諸手を挙げて喜びの声を上げる。

 ある種、怒号のように響き渡る騒ぎが起こるが、


「……ふっ」


 どこからか、耐えきれないように息が漏れた。

 表情もピクピクと筋肉が引き攣り、少しして決壊するように緩む。

 同時、大きな笑い声が響いた。

 場にそぐわない行動を取ったのは……優斗。

 クリスはやっぱりと額に手を当て、レンリやケイン、シルヴィは苦笑いを浮かべている。

 一人の笑い声によって怒号は消えていき、広がるのは困惑だ。

 けれど優斗は周囲の状況を無視して面白そうにクリスへ話し掛けた。


「あはははっ! うわっ、本当に断罪をやっちゃったよ!」


「ほら、だから言ったじゃないですか。一番最初に耐えられないのはユウトだと」


「ごめんって。本当に断罪のテンプレ台詞を言うと思わなかったんだから仕方ないでしょ」


 耐えようと思ったけれど無理だった。

 あんなに堂々と馬鹿馬鹿しいことをやられて耐えられるわけがない。


「な、何がそんなにおかしいというのだ!!」


 優斗の様子があまりにも意味深で、王太子は困惑する。

 なので未だに笑いが込み上げて息が整わない優斗に代わり、シルヴィが前に出た。


「ユウト先輩が笑うのも当然というものです。何故ならわたしは王太子殿下の婚約者ではなく、その話は昨日の時点で全て終わっておりますから」


 悪女と罵られたシルヴィがさらっと事実を述べる。

 けれど驚愕の面持ちで動揺したのは王太子達だ。


「……な、何だと?」


「レンフィ王にネスレ侯爵を交えて、話し終えたことだと言ったのです。王太子殿下の婚約者はすでにサンドラ=ヴィラ=ネスレ侯爵令嬢です」


「ど、どういうことだ! 説明しろ!」


 相も変わらず上から目線の王太子に、シルヴィはやはりと思いながら仕方なしに伝える。


「昨日、レンフィ王の決定によりシルヴィア=ヴィラ=ネスレはネスレ侯爵家を除籍され、生きた証を抹消されました」


「除籍されたのなら、どうして貴様はここにいる!? この学院は平民が踏み入れていい場所ではない!」


「除籍されたのは確かですが、平民ではありません。わたしは未だ歴とした貴族に名を連ねています」


 シルヴィがはっきり答えると、不意に背中をポンと叩かれた。

 そこには兄となってくれた人が、安心させるような眼差しで彼女を見ている。


「堂々と名乗って下さい。そして、その『名』を誇りとして胸を張りなさい」


「はい、お兄様」


 頷きと一緒にクリスへ使われた呼び名。

 それだけで大抵の人間は気付く。

 彼女がどの家に連なったのかを。


「今現在、わたしはリライト王国公爵家――レグル家の養子となっております。だからこそ皆様には、わたしにとって誇らしい大切な名をお伝えしましょう」


 真っ直ぐに、どこまでも真っ直ぐに。

 胸を張って、声を張って、自分の名を会場中に響くように告げる。



「シルヴィア=ファー=レグル」



 今までのように名乗ったところで無意味というわけではない。

 名乗ったところで、呼んで貰えない名ではない。

 誰にでも伝えることが出来て、誰にでも伝えたくて――そして誰にでも呼んでほしい名前。


「それがわたしの名です。お間違えなきようお願いします」


 周囲を見回し、壇上を見据え、シルヴィは堂々と言った。


「そして先ほどお伝えした通り、レンフィ王国におけるわたしの全ては終わったことであり、今のわたしはレンフィ王国と何の関係もありません」


 ここに立っているのはレグル公爵令嬢。

 彼らが糾弾しようとしていた女性はすでに存在しない。


「そ、それで貴様の罪が無くなるとでも思っているのか!?」


 王太子が言葉を返すと、壇上も周囲も同調するように騒ぎ立てる。

 けれどシルヴィは悲しむでも怖がるでもなく、可哀想なものを見るような面持ちで息を吐く。

 ただ、それだけで騒音のような騒ぎが止んだ。


「他国の……それも大国リライトの公爵令嬢を貴様呼ばわりする。それがどれほど愚かしいことか、王太子殿下は理解していないことでしょう。皆様もこの状況でわたしを侮辱するなど浅はかでしかありません」


 はっきりと教えたはずだ。

 すでにレンフィ王と話し終えたことだ、と。

 ここにいるのはシルヴィア=ヴィラ=ネスレではない、と。


「シルヴィ、この状況で発言した者達を把握しましたか?」


「もちろんです、お兄様」


「今となっては意味があるかどうか分かりませんが、リライトから正式に抗議しますので後ほど名前を教えて下さい」


 クリスはそう言うと、力強い瞳でレンフィ王国の生徒達を見る。


「ですが抗議で終わらせるのは、ここまでですよ。この先は宣戦布告と見做します」


 彼が発した言葉の重さに、静かになった会場はさらに息を呑む。


「レンフィ王と手打ちにしたことを反故するというのなら、相応の覚悟をすることです。大国と戦争し、破れ、命を失われる覚悟を」


 出来るのならば言って構わない。

 決して脅しではないクリスの言葉に、周囲の生徒は身動きすら止めた。

 けれどその中で一人だけ、サンドラだけが訴えるように声を張り上げる。


「お姉様、どうしてこのようなことをするのですか!?」


「……ネスレ侯爵令嬢。お姉様とは一体、誰のことを指しているのですか?」


「それはもちろんお姉様のことで――」


「わたし、ですか? それはおかしいでしょう」


 周囲を扇動するかのような台詞を吐こうとする前に、シルヴィは不思議そうに首を捻った。


「わたしには敬愛する兄と義姉はいますが、妹は存在しておりません。お兄様も妹はわたしだけだと存じていますが、違うのでしょうか?」


「まさかですよ。自分も妹はシルヴィだけしかいません」


 サンドラのような妹などいないと明確に伝えるために。

 シルヴィとクリスは兄妹としてのやり取りをするからこそ、サンドラの言葉は無意味なものになる。


「わたしは先ほど名乗りましたが、ネスレ侯爵令嬢は忘れてしまいましたか?」


「で、ですが私とお姉様は――」


「わたしと貴女が姉妹である証は一つたりともありません。シルヴィア=ヴィラ=ネスレは生きた証を抹消されたと言ったはずです」


 それが除籍だ。

 捨てられたのなら生きた証はあっただろう。

 けれど籍が除かれたのなら、シルヴィア=ヴィラ=ネスレという少女は存在すらしていない。

 それを産みの親であるネスレ侯爵が求め、レンフィ王が承認した。


「というよりネスレ侯爵令嬢は何が言いたいのですか? 目論見通りわたしは除籍され、貴女は王太子殿下の婚約者となりました。貴女達にとっては最善で、わたしにとっても最善の結果となったことに問題でもあるのでしょうか?」


 結果はすでに出ている。

 しかも王太子達にとっては最善の結果が。

 だとしたら、これ以上の問答は必要ないはずだ。


「問題って……。ただ、私はお姉様が謝ってくれるなら、それで――」


「謝れと言うのは、ネスレ侯爵令嬢の嘘を事実として扱った上で謝れということでしょうか?」


「貴様、まだそんなことを――っ!」


 王太子が猛って反論しようとするが、絶対零度の視線をシルヴィが向けると怯む。


「今のわたしはレグル公爵令嬢です。謝罪すべき事実が存在しないというのに、不用意に頭を下げることは致しません。そして先ほどもお伝えした通り、他国の公爵令嬢に『貴様』という言葉は不適切です。こちらこそ謝罪するよう申し出てもいいのですよ?」


 いつもは必死に否定しているだけだったが今は違う。

 信じてくれる人達がいるからこそシルヴィは堂々と反論し、さらに追撃の言葉を重ねられる。

 けれどそれを良しとしないのがサンドラだ。


「リライトの皆さん、お姉様は皆さんのことを騙しています! どうか、私の言葉を聞いて目を覚まして下さい!」


 両手を合わせて可愛らしく、そしてか弱い令嬢のように見せるシルヴィの元妹。

 だがクリスや優斗……どころかケインやレンリさえも彼女の姿に笑ってしまった。


「周囲を騙している張本人が言うと、どうにも胡散臭く見えてしまいますね。ユウトはどう思います?」


「あれで騙される馬鹿が多いんだから、この国は本当に残念なことだね」


「きっと女性に耐性がないから騙されるんですよ。ケイン先輩だったら騙されそうですけど」


「馬鹿を言うな、ナルグル。あのような女に騙されるほど俺は愚かではない」


 サンドラの言うことを誰もが信じてしまうのは、幾つかの要因がある。

 一つ目は両親がサンドラのことを溺愛し、何もかも信じてしまっていたから。

 そして彼女の嘘すら信じ、シルヴィのことを貶していたこと。

 二つ目は可愛らしい容姿に、愛らしい姿に目が眩むからだ。

 王太子や側近候補はそれに当たる。

 結果として愛らしいサンドラが言うことを信じ、周囲にも伝播して、シルヴィはひとりぼっちになった。

 そして最後の要因だが、サンドラの性格だ。

 愛されることが当然で、与えられることが当然。

 何より実の姉を貶して当然という歪んだ性格がシルヴィを今まで追い込んでいた。


 だがリライトはサンドラについて騙されることはない。

 そもそも容姿にしてもリライトの宝石と呼ばれるアリーやフィオナからは当然劣るとして、可愛らしさでもココより劣る。

 噂についてもそうだ。

 アリーによる真贋を見定めを超えるほどの事実が目の前で行われない以上、リライト勢が信じるのはアリシア=フォン=リライト。

 そこら辺にいるような侯爵令嬢の戯れ言を信じることはない。

 だからこそクリスは訴えかけるようなサンドラに言い返す。


「何故、我々が貴女の嘘に付き合わなければならないのか、その理由を教えていただけませんか?」


「そ、そんな、どうしてそんなこと言うんですか!? 酷――」


「ネスレ侯爵令嬢。自分は『貴女の嘘に付き合う理由』を教えろと言いました。その答えがまだですよ。『酷い』や『どうして』という感想は求めていません」


 王太子よりもよほど王子らしい容姿のクリスから出る強い言葉に、サンドラも押し黙ってしまう。


「それにしても皆さんは随分と楽天家ですね」


 と、そこでクリスは不敵な表情で周囲を見回す。


「リライトとレンフィの友好も今日までです。レンフィ王国に対するリライトの援助はこれから打ち切りとなります。だというのに、暢気にパーティーを開いてくれるとは思ってもいませんでした」


 言った瞬間、周囲がざわついた。

 ざわつくのは当然だろうが、国の内情を知っている宰相の子息――側近候補の一人が叫んだ。


「ど、どうしてそのようなことを!?」


「我々は援助をしているのであって、養っているのではありません。シルヴィア=ヴィラ=ネスレ以外に援助の意味を分かっていなかった国に与える物はない。そういうことです」


 だから、と言いながらクリスはもう一度周囲を見回す。


「ここから先の会話は国の存亡に関わる話です」


 何が言いたいのか分かりやすく。

 どうして欲しいのかを理解し易いように、クリスは言葉を紡ぐ。


「国の存亡に関することを聞きながら、何もしなかったと責任を取らされてもいいのですか? それを逃れたいのなら、退出することをお勧めします」


 貴族といえど、ここにいるのは少年少女だ。

 国の存亡と聞かされて、しかも残れば責任を取らされるかもしれないと言われてしまえば、出来ることなど一つだけだろう。

 慌てた様子で会場から何十人もの令息令嬢が逃げていく。

 クリスは壇上以外の少年少女が一人残らずいなくなってから、


「これで貴方が動いても大丈夫ですよ、大魔法士」


「正直、何もしなくてもよかったが……まあ、別にいいか」


 クリスとシルヴィが十分過ぎるほどだったが、やっぱり最後は彼が出張るのは一番締まる。

 だからこその言葉に優斗は納得すると一歩、二歩と壇上に歩み寄った。


「王太子、僕のことは分かっているか?」


 問い掛けに対して王太子は一瞬で頷いた。


「だ、大魔法士……様……」


 この国に来てから知っていたのか、それともクリスとのやり取りでようやく気付いたのかは分からないし、どちらでもいい。

 今、この瞬間に状況を理解しているのなら重畳だ。


「そこに立っている馬鹿女。知っているか? お前は僕でさえやったことがないことを成した」


 あまりにも酷い暴言に反応したサンドラだが、言葉が出ることはなかった。

 言い返そうと優斗を見た瞬間、あまりの恐怖に声が出なかったからだ。

 優斗はそれが分かっているからこそ、悠々と言葉を続ける。


「僕は国を救ったことはあるが、滅ぼしたことはない」


 あまりにも平然と、けれどレンフィ王国が終わる未来を語った優斗。

 だというのに誰も口を挟めないのは、彼の威圧感が口を挟むことを許していないからだ。


「馬鹿王太子が少しでも元婚約者を信じていれば国は滅びなかっただろう」


 サンドラに惚れ込むのではなく、シルヴィに対して誠実に向き合っていれば滅びることはなかった。


「そこの三馬鹿が誰か一人でも間違いを正すことが出来たなら、諫言出来ていたのなら、おかしいと実感していたのなら、この結末が訪れることはなかっただろう」


 何のための側近候補なのだろうか。

 時によって間違えることもあるから、正せる側近が必要なのではないか。


「この国の誰かがシルヴィアに同意していれば、何かが違っていたはずだ」


 必死に頑張っている一人の令嬢に対して、この国の仕打ちは最悪だった。

 誰も彼もが日和見で、問題を問題として気付いてすらいなかった。


「けれど未来を示す唯一の灯火は消えた」


 道を残すための導となった人間を、何度も救える可能性があった。

 何度だって救えるはずだった。

 だけど彼女は救われず、たった一人で戦うことになった。

 そして――生命線は他のどこでもないレンフィ王国によって断たれた。


「その元凶。国を滅ぼす直接の起因――始まりは誰に辿り着くのか」


 優斗は一歩ずつ近付いて、近付いて、彼らの前に立つ。

 いや、正確には彼女の前に立って嘲笑うような表情を浮かべる。


「お前だよ。奪うことしか出来ない愚かな侯爵令嬢――サンドラ=ヴィラ=ネスレ」


 あまりにも侮蔑していることが分かる表情で。

 あまりにも軽蔑していることが分かる態度で。

 優斗はサンドラに対して言い放つ。


「レンフィ王国の生命線はシルヴィアだった。つまり彼女が王妃にならない時点で先ほどクリストが言った通り、リライトは援助を打ち切り友好関係を外す。周辺諸国も義務感で行っていた援助を取りやめる」


 くつくつを笑いながら、優斗はサンドラから視線を離さない。


「援助で生き長らえていた国から、援助が無くなればどうなるか。それは馬鹿でも分かる」


 と、そこで優斗は喋れる程度まで威圧感を抑える。

 するとサンドラは慌てて反論しようとした。


「そ、それはお姉様が私のことを――っ!」


「どれだけ嘘を吐こうが証拠を捏造しようが意味はない」


 だけど、それすら優斗は予定調和と言わんばかりに話を叩き切った。


「僕は事実であれば黒を白と言うことはない。そんな僕がシルヴィアを白だと言っているのなら、世界はどんな風に判断するか分かるか?」


 分からないから……いや、分からないからこそ敢えて説明をしてやる優斗。


「お前如きの言葉を世界の誰も信じない。一緒になって騒ぎ立ててくれるのは、小さな鳥の巣で同じように囀る三下の馬鹿共だけだ」


「そ、そんなことは――」


「お前の囀りが世界を、そして大魔法士を欺けるのならやってみせろ」


 どうせ無理だ。

 世界からの信頼度が違う。

 優斗が認めたことを、小国の侯爵令嬢如きが覆せるはずがない。

 次いで優斗は王太子に視線を向ける。

 恐怖で腕に抱きついているサンドラの手をぎゅっと握りしめている王太子は顔色が悪い。

 だが、だからといって優斗が言葉を止めるわけがない。


「お前はどうしてシルヴィアが生命線だとアリシア王女が判断したか、理解していないだろう? だから国が滅びることを理解しろ」


「だ、だが……いや、ですが援助が無くなったぐらいで我が国が滅びるなど――」


「滅びるんだよ。援助に支えられていた国なのだから当然のことだ」


「だ、だとしたら私が滅ぼさせずに――」


「今の今までシルヴィアに救われていた事実すら知らなかった間抜けが、どうやって滅び行く国を救える?」


 何が駄目なのか、どうすればいいのかすら分かっていない。

 だというのに滅ぶ国を救えるわけがない。


「絶対に不可能だ。お前程度の知能で国は救えない」


 何年も必死に頑張っていたシルヴィを見なかった時点で。

 そのことに向き合わなかったことが王太子の罪だ。


「シルヴィアを切った時点で、この国に残されているのは『いつ滅ぶのか』。ただ、それだけだ」


「だ、だとしたらあいつを再び王妃にすれば――っ!」


「レグル家がレンフィ王家と繋がりを持って、政略的な意味があると思いますか?」


 王太子の言葉に反応したのはクリスだ。

 彼は眉を寄せて、今の言葉は聞き捨てならないとばかりに問い掛け、同時に自身で答えを伝えた。


「ありませんよ、そんなもの。レンフィ王国の王妃など、我が国の子爵家との縁にすら圧倒的に劣るものです」


 だから取り戻そうとしても無理だ。

 一度断った生命線を結び直すことは不可能。

 クリスの断言に王太子は目を見開くと、力を無くしたかのようにへたり込んだ。

 彼の腕にくっ付いていたサンドラも一緒に地べたに座り込むが、それを許さないかのように優斗は彼女の父親へやったように、顎に手を触れると顔を上に持ち上げた。


「サンドラ=ヴィラ=ネスレ。何もかもを奪い、婚約者すらも奪い取って満足か?」


 優斗の嗤い顔にサンドラは話せるはずなのに戦慄した。

 あまりにも面白そうで、あまりにも侮辱しているのが分かったからだ。


「シルヴィアを『悪女』と罵り、蔑むのは楽しかったか?」


 どうなんだ? と軽々しく訊く。

 答えられないことが分かっていても、それすら愉快そうに。


「ああ、でも、もしかしたら自己紹介でもしていたのかもしれないな。国を滅ぼした女にこそ『悪女』という言葉は相応しいのだから」


 くつくつと喉を鳴らしながら、まるで褒め称えるような優斗。

 いや、事実としてある種では褒め称えているのだろう。


「おめでとう、『悪女』たるサンドラ=ヴィラ=ネスレ」


 心からの賞賛と、心からの侮蔑。

 その全てを込めて、優斗は嗤いながら言い放った。





「お前のせいで――国は滅びるぞ」





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