第284話 Call my name:シルヴィとレオウガ
優斗が話し終わってリライト勢のところに戻った時、壇上から輝きが生まれた。
それが意味することは誰もが分かっている。
おそらく王太子の恐怖に反応して召喚されてしまったのだろう。
けれど優斗は振り返って召喚された純白の獅子――レオウガを見て、一言呟く。
「……あまりにも弱すぎるな」
強さは学院で戦った時と変わらない。
王太子に召喚されたレオウガは精霊術を扱えないほどに弱い。
そしてやはり、ちらりとシルヴィのことをレオウガは見る。
「どうやら〝まだ〟自分に相応しいかを見ているようだ」
大げさに息を吐いて、優斗はシルヴィに話し掛ける。
「シルヴィ、お前はどう思う?」
「わたしが……でしょうか?」
「ああ、その通りだ。未だ見定めようとしているレオウガのことに対して、大魔法士の右腕であるお前はどのように応える?」
優斗の言葉にシルヴィは少しだけ考える仕草を取った。
けれどすぐに顔を上げると、真剣な表情で一言告げた。
「随分と嘗めた真似をしてくれるのですね、獅子王レオウガ」
今までは分かる。
未来の王妃として王族に連なるシルヴィを見定めたかったのだろう。
けれど今は違う。
シルヴィはレンフィ王国の王妃になるのではなく、大魔法士の右腕となった。
「わたしを見定めようとして、相応しいかどうか上から目線であることがそもそもの勘違い」
見定めようとする状況は変わり、今はもうシルヴィとレオウガの間には縁がない。
けれど、それでもシルヴィとの縁を望むというのなら、見定めるべきは誰になるのか。
それはシルヴィア=ファー=レグルに他ならない。
「貴方は所詮、小国の小さな舞台にしか立っていないのです。故にわたしが貴方に……ではなく、貴方がわたしに相応しいかどうかなのですよ」
何故ならシルヴィはすでに立ち位置が違う。
三流の国の三流の舞台上にいるわけではない。
「わたしがこれから立つ舞台は御伽噺。この国との契約に縛られている貴方では、到底届かぬ場所です」
そう告げると、レオウガが苦しそうに吠えた。
それは何を意味したのか、今のシルヴィには分からない。
けれど届かないと言われたことに、レオウガは間違いなく反応した。
「腹立たしいのですか? それとも不甲斐ないのですか?」
問い掛ければ、レオウガは強い瞳でシルヴィを見つめ返した。
だが、そうしたところで意味はない。
「どちらにせよ、今の貴方はわたしに相応しくありません」
レンフィ王国に縛られるだけの魔物。
レンフィ王国の守護獣と呼ばれているレオウガは、最上の舞台に立つシルヴィには相応しくない。
「だけど、それでも……一度だけ伝えましょう、獅子王レオウガ」
もし本当にシルヴィとの縁を望むというのなら。
リライトの人達が与えてくれたように、自分もやってみようと思う。
救われた自分だからこそ、他の何かに手を伸ばしたいと思った。
「自身が御伽噺に相応しいと思うのであれば、わたしは貴方に言いましょう」
だって、きっと……。
彼もひとりぼっちなのだと、そう思ったから。
初代国王との縁で王族と契約し、レオウガはずっとこの国を守護してきた。
「貴方がわたしと共に立つと吠えるのならば、わたしは命令しましょう!」
獅子王と呼ばれ、レンフィ王国の守護獣となってから、彼の力を十全に扱える者は初代以外に存在しなかった。
だからこそシルヴィを望んでいたのだ。
見定めるように何度も何度も見ていたのは、彼女であれば自身の力を十全に発揮してくれると信じたかったから。
だからこそ未だ彼女と縁を求めている純白の獅子に、シルヴィは大きな声で叫ぶ。
「――獅子王レオウガ!! 軟弱な契約など、今すぐ壊してしまいなさい!!」
繋がりなど何もないシルヴィからの命令。
けれど込められた意思に、己が想いに応えるようにレオウガの足下には召喚陣が浮かび上がった。
『――――――――ッッ!!』
瞬間、レオウガの叫びと共に、ひび割れるように幾つもの亀裂が召喚陣に入っていく。
魔力過多による契約の破壊。
今の弱いレオウガでは難しいだろうに、それでもシルヴィの命令を是としてレオウガはひたすらに召喚陣へ魔力を通して壊しに掛かる。
『――――――――っ』
けれど唐突に、レオウガの身体がぐらりと揺れて倒れた。
魔力の欠乏による体調の悪化だ。
しかし魔法陣は完全に破壊出来てはいない。
幾筋も、幾十にもひびは入っているけれど、壊すまでには至っていない。
だがレオウガは倒れても尚、自身の命を燃やしてでも魔力を生み出し召喚陣を破壊しようとする。
その行動に動き出してしまいそうだったのがシルヴィだ。
けれど優斗は彼女の腕を取って止める。
「信じるのもまた、主となる者としての務めだ。レオウガに命令したのなら、出来ると思ったのならそれを信じろ」
優斗の言葉に心配そうなシルヴィは……こくり、と頷いた。
その姿を見たのだろうレオウガは、心配は無用とばかりに声を張り上げる。
五秒、十秒と命を燃やしながら魔力を生成し、召喚陣に叩き込んでいく。
そして、
『――――――――ッ!』
最後、込めた渾身の叫びと同時に足下にあった召喚陣は軋み、ひびから裂けるように壊れた。
純白の獅子は今までの契約が無くなったことを確認すると、よろける身体に鞭を打って立ち上がり、シルヴィに向かってゆっくりと歩いて行く。
少ししてシルヴィに辿り着くと、鼻先を彼女の身体に擦り付けた。
レオウガの行動が意味することに気付いたシルヴィは、ぎゅっと優しく彼の顔を抱きしめる。
「わたしが貴方に望むのは守護。御伽噺の世界で生きるための術です」
大魔法士の右腕として動く以上、危険なことは多いだろう。
だから守ってくれる相手が必要となる。
「貴方なら、それを叶えてくれると信じています」
獅子王という名に相応しい実力があると、そう思っているから。
そうであると願っているから。
「だから契約をしましょう、レオウガ」
二人の足下には召喚陣が広がっている。
それが意味することは――約束を契ること。
主従の関係を結ぶと決めた主と魔物にとって、大切な絆の証となるべきもの。
同時に魔力を通して、互いが願うことは一つだけ。
世界最高の舞台上で、相応しい役者となる。
「御伽噺を共に歩むために」
そして契約が成った瞬間、レオウガの雰囲気と気配の乖離がなくなった。
同時、風が会場に吹き荒び六体の大精霊が会場に現れる。
地水火風、さらに光と闇の大精霊の召喚。
獅子王と呼ばれる本当の力が示されたことに、壇上にいる王太子達だけではなくリライト側――優斗でさえも唖然としてしまった。
「……これほどの精霊術を扱えるとは気付けなかったな」
魔物が六体もの大精霊を同時召喚出来るなど、誰が想像できるだろうか。
けれど、これが『獅子王』と呼ばれた魔物の実力なのだろう。
御伽噺クラスの魔物であり、これこそレンフィ王国の守護獣と呼ばれた存在。
「シルヴィ、お前の魔力は大丈夫か?」
「レオウガの魔力不足を解消するために半分くらいは渡しましたが、特に問題ありません。わたしの魔力量はそこまで多くないので、この大精霊達をどうやって召喚したのかわたしでは分かりかねていて……」
「精霊術は精霊と懇意にしているほど魔力の消費量が下がっていく。そこから察するにレオウガは精霊と仲が良いから魔力の消費が大したことないわけだ」
おそらく運用効率としてはフィオナに近いレベルだ。
龍神の母ということもあり、世界で最も精霊に好かれている相手と近いレベルとは優斗も恐れ入る。
するとシルヴィは優斗の前で片膝を着き、レオウガも大精霊を還して伏せの姿勢を取った。
「我が主――ユウト様。レオウガ共々、我々は忠誠を誓います」
これからシルヴィは御伽噺を歩む。
そのための術――レオウガとの契約も成った。
だからこその言葉に、優斗は一つ頷いた。
「その忠誠、確かに受け取った」
優斗はシルヴィとレオウガをポン、と叩くと笑みを浮かべる。
「さて、帰るとしよう。この国でこれ以上、やるべきことはない」
「かしこまりました」
主が踵を返したことに付き従うようシルヴィは頷き、レオウガを伴って歩く。
けれど最後、壇上にいる王太子が声を掛けてきた。
「シルヴィア、お前は――」
「レグナルト王太子殿下」
どうして彼が今、声を掛けたのか。
呼び止めるためか、それともレオウガの件があるからか。
だが今となってはどうだっていいだろう。
呼び止められたところで止まる必要はないし、レオウガは自らの意思で契約を破棄した。
さらにシルヴィと王太子の間に恋はなく、愛はない。
信用もなければ信頼もない。
だけど、一つだけ思うことはある。
いいや、願ったことがあった。
それが最後の最後に叶ってしまったことで、シルヴィはうっかり笑ってしまう。
「出来れば婚約していた時に、名を呼んで欲しかったと思います」
義務であったとしても、それさえあれば何かが違ったのだと。
そう言うように告げて、けれどシルヴィは一切振り返らずに会場を出て行った。
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