第285話 Call my name:レグル家





 レンフィ王国からの帰り道。

 来た時よりも一人多い車内で、クリスはふと優斗に訊きたいことが出来た。


「ユウト、念のための確認なのですが……本当に魔法の類いはなかったのですよね?」


「魔法とかが使われた形跡は見られなかった。だからこそとんでもない国っていうか、何て言えばいいんだろうね……」


 ノーレアルのような魔法が使われた形跡は見つけられなかった。

 ということは、あの国は素であんな状態だったわけだ。


「でも、まあ……考えとしては二つあるんだよね」


 だからといって自身に手落ちが絶対にないと問われると、優斗もそこまで真剣だったわけではないから断言はしない。


「一つ目は、あのジャラジャラした装飾品の中に変な魔法具があった場合かな。フィンドの勇者レベルだったら分かりやすいんだけどね。トラストの勇者程度なら僕も集中して見ないと気付けない。で、その中に僕ですら気付けない物騒なものがあったのかもしれない。可能性は薄いけどね」


 だが可能性という点では否定できないことでもある。


「二つ目は人を惹き付ける魅力……ようはアリーが分かりやすいかな。あれの弱体化したバージョンだったら、あの惨事になるのも分からないではない」


 もう一つは持ち前の存在感によるもの。

 人を惹き付ける性質を持つ人間は確かに存在しているし、サンドラがそれに近い可能性はある。

 するとシルヴィは納得するように頷いた。


「確かにレンフィ王国内において人を惹き付ける容姿と天真爛漫さ……に見せかけた狡猾さは持っていると思われます」


 シルヴィはそう言って妹のことを細かく解説する。


「サンドラは自身が愛されて当然だと思っています。そしてまた、気に入った物は何が何でも手に入れないと気が済まない狡猾な性質です。彼女の性格を形成した根幹はネスレ侯爵が欲しがるだけ与えた結果だとわたしは思っています」


「それに加えてあの女、妙に人心掌握が上手いんだろうね。上手い具合に男共が転がされて、だからこそ国中がシルヴィの敵に回った」


「ユウト、どういうことですか?」


「あの女に幸運があったとすれば、父親が侯爵で姉が王太子の婚約者だったってことだよ。ついでに言えば両親がアホで、シルヴィがまともだったっていうのも状況に拍車を掛けた」


 状況は全て、悪い方に上手く合致してしまった。

 だからこそシルヴィにとって最悪な展開となっていた。


「とりあえず簡単に説明するけど、まず馬鹿女が王太子と王妃の座を狙ったとするよね?」


「そうなるとシルヴィが邪魔になりますね」


「その通り。生まれながらに決まっていたシルヴィとの婚約を解消させるなら、それこそ単純明快でシルヴィが王妃に相応しくないことにすればいい」


「……ああ、そういうことでしたか」


「クリスの思い至ったことで合ってるよ。そこで馬鹿女はシルヴィを悪女とする考えに至った。日和見の王が、婚約を解消しサンドラに代えたほうが無難だと思わせるぐらいの悪女とすれば、自分が成り代われると思った」


 クリスは優斗の最初の説明で後々のことまで理解したが、後輩はそうではない。

 レンリは頭を悩ませたが分からず優斗に尋ねる。


「……でも、どうやってですか?」


「嘘ででっち上げた。事実、そうだったでしょ?」


「普通、信じるでしょうか?」


「逆に訊きたいんだけど、侯爵家の両親と王族が貶して真実だと思わない奴っていると思う?」


 そこで最初に言った、幸運に繋がる。

 父親が侯爵で狙った相手が王太子。

 そしてその二人がサンドラに転がり落ちたらどうなるだろうか。

 嘘を信じ、それを人目がある中で糾弾した場合、どのように周囲は判断するだろうか。


「僕達のようにアリシア=フォン=リライトみたいな絶対的観察眼の持ち主が身近にいない限り、平凡な人間は信じるものだよ」


「ですが国外からは理解されていましたよね?」


「言い方は悪いけど男の沽券に関わることを平然とやるシルヴィを、レンフィ王国の男共が穿って見ないと思う?」


「……思いません」


「そういうこと。女性も同じことで、生まれながらに国の女性の頂点に立つことが決まっていたシルヴィに悪意を向けたくなる。だから他国の男性と話している姿を見て、男漁りしてるなんて噂になった」


 元々の悪評に加えて、シルヴィの行動も悪手だった。

 だからこそ国内に誰も味方はいない。


「今回のような事例だと、僕がシルヴィと同じ立場だった場合でも対処するのは難しい。どうしても時間の猶予がないことがネックになるから」


 国内は敵しかいない。

 しかも教育を詰め込まれて自由な時間すらない。

 これでは優斗でも対処のしようがない。


「心が折れなかっただけ凄いことだと思うよ」


「そうですね。さすがは自分の妹です」


「シルヴィ先輩、凄いです!」


「俺では耐え切れたかどうか分からない。素直に賞賛しよう」


 各々がシルヴィのことを褒め称える。

 そのことに車内で一人恥ずかしそうにしている少女を、四人は生暖かい目で見守っていた。





 高速馬車はその後、特に何の問題もなく夜にはリライトに戻ってこれた。

 優斗達とはリライト魔法学院の前で別れて、クリスとシルヴィは家へと戻る。

 家族は全員揃っていたので、そこでシルヴィを妹にしたことと経緯を説明した。

 同時に自分が作った書類も机の上に置く。


「これは代理執行権を用いて決めたことです。父上にも母上にも覆させません」


 堂々と胸を張って悪いことはしていないと言うクリスだったが、レグル公爵は眉根を揉みほぐしてクリスに問う。


「そうではなく、どうして先に手紙で連絡を入れなかった」


「シルヴィを守るために注力していたので」


「……忘れていたな?」


 睨み付けるように言えば、クリスは乾いた笑いを浮かべながらそっぽを向いた。

 レグル公爵は大げさに息を吐くと、シルヴィに視線を向ける。


「まずは彼女にも話を聞こう。明朝、方針を決めなければな」


 そう言うと、何故か彼女がビクリを身体を震わせた。

 何か怖いことがあるのかと困惑するレグル公爵だったが、クリスは苦笑してしまう。


「自分達はそれで理解出来ますが、シルヴィは完全に勘違いしていますよ。新しくできた娘に対して、早々に誤解を解くようお勧めします」


「誤解とはなんだ? シルヴィの好みを聞かなければ、部屋の改装もままならない」


「父上の意味はそうでしょうが、シルヴィからすれば自身の扱いを考え直すとも取れてしまいますよ」


 そう、そこが勘違いだったことにレグル公爵は気付いていない。

 シルヴィは自分の扱いを再度、考え直す意味だと取ってしまったから身体を震わせた。

 けれどレグル公爵は彼女好みの部屋にするには、話を聞かなければ方針を決められない。

 どちらにせよ、主語を入れなかったからこそ起きたすれ違いだ。


「そ、それは済まなかった。我が息子が受け入れた以上、シルヴィのことを娘として受け入れるのは当然だと考えていた」


 レグル公爵は礼儀正しく、娘に頭を下げると僅かに頬を緩ませる。


「だからまずは色々な話をしよう。シルヴィの好みを両親として知らなければならない」


 突然出来た娘だからといって遠慮する必要はない。

 家族として受け入れると言ってくれたレグル公爵に、シルヴィは思わず泣きそうになる。


「どうした? 望みがあるのなら言ってくれていい」


 柔らかい声音のレグル公爵に、シルヴィは恐る恐るではあるが自身がしたかった望みを言う。


「お、お話をするのなら……」


 羨ましかったことがある。

 いつも自分だけが見ていて、一度も参加したことがないことを。


「い、一緒に……お茶を…………。か、家族で、お茶とお話と……っ」


 そう言って、シルヴィはちらりとクレアを見た。

 彼女がいるからこそ叶った望みを、もう一度だけ。


「ケーキを食べても……よいでしょうか?」


 ある意味では大それた願いだ。

 家族になってくれたばかりの人達に願うことではない。

 シルヴィは、そう思ってしまう。

 けれどクレアはパタパタと嬉しそうに駆け寄ると、シルヴィの手を取った。


「シルヴィ様……じゃなくて、もう義妹ですから呼び捨てですね」


 クレアは天然だ。

 けれど天然が故に、相手がしてくれて最も嬉しいことを分かっている。


「シルヴィ。一緒にモンブラン、食べましょう?」


 嬉しそうに微笑んで、新しくできた義妹が彼女で喜ばしくて、クレアはシルヴィの手をぎゅっと手を握る。

 与えられた温もりに、微笑みに、シルヴィの目からは図らずも涙が溢れ出した。


「さ、支えだったのです。クレア様と――お義姉様と一緒に食べたケーキが美味しくて、嬉しくて、初めてのことで……っ!」


 一旦溢れた涙は絶えず零れていく。

 クレアはその姿を見て、抱きしめようとする。


「待ちなさい、クレア」


 けれどそこで止めた女性がいる。

 クリスの母――オリヴィアだ。

 彼女はクレアを下がらせると、自身がシルヴィの前に立つ。


「娘の涙を止めるのは母であると役割が決まっております」


 オリヴィアは新たな娘の肩を掴むと、優しく抱き寄せる。


「そもそも貴女はレグル家の養女――シルヴィア=ファー=レグルです。レグル家の人間が今後、このようなことで泣くことは許しません」


「……はいっ」


「ですから当たり前となるように、何度もお茶会をしましょう」


 胸の中で何度も頷きを返すシルヴィの頭を、オリヴィアは何度も撫でる。


「我が家に来たからには愛を知らぬと申すことも、温もりを知らぬと申すことも今後一切許しません」


 自分が母となったからには、一切合切知らないことを許さない。


「貴女は――シルヴィはわたくしの娘となったのですから」


 今度は強く強く抱きしめる。

 零れる涙さえ引っ込んでしまえるように、親としての温もりを与える。


「そういえば最近はお茶会だけではなく、夜を共にする女子会なるものが一部の若い婦女子に流行っているそうです」


「何ですか、それは? 自分は聞いたことがありませんけど」


「クリスは男子故に知らぬも当然でしょうが、エリス様が何度も自慢をしてきたのです。『ねえ、オリヴィア、私は愛しの娘達と女子会をしたのよ』と、腹が立つぐらいに満面の笑みで」


 その光景が目に浮かばない人はいないだろう。

 レグル公爵でさえ、エリスがどんなテンションや言い方をしたのか分かる。


「わたくしにもクレアという自慢の義娘はいますが、やはり嫁姑の関係は崩せません。それを見越しての……自慢をされたのですよ」


 言い方がずるいだろう。

 愛しの愛娘という単語は実の娘がないと出来ないのだから。


「ですが娘と仲良くなるには、優れた手段だということも理解しています。クレアも一緒に、今日はわたくしと寝ましょう」


 けれど今日からは違う。

 これから愛しの愛娘となるであろう少女が、オリヴィアの胸の中にいる。


「そして一つだけ、おそらく勘違いしているであろうシルヴィの考えを正さねばなりません」


 抱きしめていた腕を緩めて、肩を掴み、大いに真剣な表情でオリヴィアは伝える。


「シルヴィアの名は、オリヴィアであるわたくしの娘となるために付けられたものです」


 最初に名を聞いたときから思っていた。

 でなければこれほど娘として、相応しい名になるわけがない。


「今後二度と、勘違いすることは許しません。分かりましたか、シルヴィ?」


「はい、お母様」


 微笑みあう親娘にクリスもレグル公爵も嬉しそうに見ている。

 と、そこでやり取りを見ていた和泉が、不意に言葉を漏らした。


「やはり似ているな、トラスティ家と」


 漏らした言葉にレグル家の人間が全員、和泉のことを見る。

 それはあの家と似ている部分があることに驚いているからだ。

 魔窟というか、変人集団のトラスティ家とレグル家のどこが似ているというのだろうか。


「トラスティ家は異端で、レグル家は正統だ。色々と違いのある二つの公爵家だが、心底似通った部分があると個人的には思ってる」


 和泉はそう言って、自分とシルヴィのことを指差す。


「度量が広い」


 正統派だというのに、担当する異世界人は四人の中でもっと奇人。

 だというのに構いたがって今では家にまで連れ込んでいる。

 シルヴィにしたって突然出来た家族なのに、すでに受け入れる気満々だ。

 その点において、優斗や愛奈を受け入れたトラスティ家ととても似ていると和泉は思っている。


「そしてクリス、すまなかった」


 次いで和泉はクリスに頭を下げた。

 何事かと思うが、碌でもないことで頭を下げたような気がしてならない。


「クリスの隠れた欲望に気付けなかった、情けない俺を許してくれ」


「……イズミ? 一体、何を――」


「お兄様と呼ばれたかったのだろう?」


 瞬間、クリスは辟易したように大きく息を吐いた。

 自分の予想が当たってしまったからだ。


「……違いますから」


「違う? ということは、もしかして妹萌えだったのか? 確かに愛奈の師匠でもあるし、半ばシスコンのように可愛がっているが……まさか自前で用意するほど拗らせているとは思わなかった」


 和泉はそう言うとクリスに近付いて、先ほどオリヴィアがシルヴィにやったように両肩を掴む。

 そして、


「すまない、お兄様。俺は性転換までは出来ない」


「怒りますよ、イズミ」


 クリスはにっこりと笑って、和泉の頭を鷲掴みする。

 同時、一気に力を込めた。


「もう怒っているだろう」


「だから怒りますと宣言したでしょう!」


「確かにそうだ」


 頭をメキメキさせながら、まるで効いていないかのような和泉。

 というより、やられすぎて慣れたのだろう。


「あ、あの、お兄様? そちらの方は一体……?」


 ずっと優しかったクリスの突然の横暴にシルヴィが話し掛けると、クリスはまるで自分がやっていることを気付いていないかのように爽やかな笑顔を妹に向けた。


「何とも説明し辛いのですが、リライトの異世界人であり自分の仲間であり、我が家で預かっていることから弟と言ってもいい間柄なのです。先日、説明したでしょう?」


「ああ、こちらの殿方がそうなのですね」


 そういえば説明はされた。

 会うまでの楽しみと言われていたが、この出会い方は中々に衝撃的だ。

 だがシルヴィもシルヴィで鍛えられているので、納得して受け入れてしまう。


「それではイズミお兄様……ということでしょうか?」


「……ほう。クリスの……いや、お兄様の気持ちがよく分かった。シルヴィにお兄様と呼ばれるのはありだな」


 頭をメキメキされながらも、和泉が納得の様相を呈した。

 いつものようなじゃれ合いではあるが、今日はやることがあるのでオリヴィアがストップを掛けた。


「クリス、それにイズミさんも冗談はそこまでに。これから家族でお茶とお話、それにケーキを食べるのですから皆で庭園に行きますよ」



       ◇      ◇



「今日のところは礼儀作法を問いません」


 家族全員がテーブルに着いたことで、オリヴィアが宣言する。

 新しくできた娘の言い分からして、お茶に慣れていないと分かったからだ。


「シルヴィはわたくし自ら、今後指導していきます。ついでにイズミさんも時間が合えば指導しましょう」


「礼儀作法はしっかり習ったつもりだが」


「わたくしから見れば、まだまだです」


「淑女の鑑と呼ばれるレグル夫人からすれば、そうだろうが……」


 和泉は珍しく綺麗に紅茶を飲みながら、確認するかのように問い掛ける。


「逃げ道はあるのか?」


「新たに娘もできたので、ちょうどよい頃合いです。逃がすことはありません」


 オリヴィアがにっこりと笑いながら言うと、和泉はぐったりと項垂れながらも頷いた。


「……了解した。少しは手加減してくれ」


 彼女が逃がさないと言った以上、逃げられるわけはない。

 なので和泉も覚悟しなければならない。


「今でこそ驚きはなくなりましたが、イズミが母上に弱いことは意外です」


「最近、もっと弱くなった」


「何かやらかしたのですか?」


「つい先日、レグル夫人とのお茶を実験に夢中で忘れたことがあってな。その時、テーブルで黄昏れていた姿を見て、二度と忘れないと土下座して謝罪したことがある」


 和泉はあの時、心底焦った。

 夕焼けを見ながら黄昏れているオリヴィアを見た瞬間、スライディング土下座をかました。


「あのイズミさんが焦っている姿は、中々に可愛らしかったですよ」


「レグル公爵もレグル夫人も、俺にとって父や母と呼べる人じゃないが、最も信頼している大人であり家族と呼べる人達だ。だからやらかせば俺とて焦る」


「母上ほどでなければ、イズミを『可愛い』とは……ああ、いえ、クレアもいましたか」


 以前、女装した和泉も可愛らしいとクレアは言ったことがあったとクリスは思い出す。


「どちらにせよレグル家の女性陣はイズミのことを数少ない可愛いと呼べるのですから、中々に凄いことだと思います」


 となると、シルヴィもそうなってしまうのだろうか。

 クリスはそう思いながら、是非とも自分と同じように動揺してくれる立場になってくれることを祈った。





 そして家族で話とお茶とケーキを食べて話している途中、クリスは疑問となったことを母に尋ねた。


「しかしながら母上はシルヴィを連れ帰ってきたというのに、随分と落ち着いていますね。少々、驚きました」


 トラスティ家のエリスならまだしも、自分の母も同じく動揺しない人物だというのは驚きだ。


「貴方はあのユウトさん方の親友です。それにエリス様が仰っていました」


「仰っていたとは、どのように?」


「義息子の親友だから、クリスもアイナさんみたいな家族を連れてくるかもしれない……と、そのように。ですから心構え自体は出来ていました」


 事実、オリヴィアは息子が似たようなことをやるかもしれないと思っていた。

 見た目に違わず、優しい子に育ってくれたのだから。


「それに自分の息子が連れてきたのですから、家族に思うことなど造作もありません。わたくしであれ旦那様であれ、先に出会っていれば迎え入れるために動いたことでしょう。ただ、それだけのことなのです」


 出会ったのがクリスなだけであって、レグル家の誰かが出会えば同じように動いただろう。

 つまりオリヴィアの考えとしては、レグル家の誰かがこのタイミングでシルヴィと出会えば迎え入れるということだ。


「しかし大魔法士の右腕となれば、護衛は強化せねばなるまい」


 レグル公爵がそう言うと、問題ないとばかりにクリスは首を振った。


「そこに関しては安心して下さい。大魔法士公認の守護獣がシルヴィにはいますから」


「……守護獣だと?」


「シルヴィ、呼べますか?」


「問題ありません、お兄様」


 軽い調子で頷いてシルヴィは右手を軽く広げる。

 すると彼女の背後に召喚陣が輝いて、純白の獅子が現れた。


「獅子王レオウガ。この度、レグル家の番獅子としても迎え入れて頂きたく思います」


 シルヴィが頭を下げるのに倣って、レオウガも座りながら頭を下げる。

 その光景に若干、目を見開いたのはレグル公爵だったがオリヴィアは納得した様子を見せた。


「これほど美しい魔物であれば、家臣が怖がることもないでしょう。シルヴィにも似合いの守護獣です」


 オリヴィアがレオウガを招き寄せると、柔らかく頭を撫でる。

 そしてレオウガもされるがままに撫でられていた。


「こちらは私の両親と義姉ともう一人の兄です。よく理解しておくように」


 シルヴィの説明に、レオウガは一度だけ鳴いて了承の意を示す。

 和泉は純白の獅子の姿を見て、ふと創作意欲がわいたようだ。


「クリス、レオウガはどれくらい強い?」


「ユウトが御伽噺クラスに認定するぐらいには」


「……そうか。魔物用の魔法具作りも一興かと思ったが、必要なさそうだ」


 一瞬にしてつまらなそうな表情を浮かべる和泉。

 一方でレグル公爵はレオウガの姿を見て思うところがあるようだ。


「獅子王レオウガはレンフィ王国の守護獣ではなかったか?」


「レオウガやレンフィ王国の件については、明日王城へ報告に登城します」


「分かった、しっかりと説明してこい。私は私でシルヴィを伴い新たな娘を紹介してこよう」


「よろしくお願いします、父上。ただし前置きだけはしておきますが、全ては片付け終わっています。レグル家が出る幕ではありませんので、どうか自重するように願います」


「……自重せねばならない事態だったのだな?」


「シルヴィを娘として受け入れた我が家としては、ですけどね」


 なのでやる気を出さないで欲しい。

 レグル公爵が本気を出せばあの程度の小国、フルボッコに出来るのだから。

 するとオリヴィアがレオウガを撫でるのに満足したのか、再びシルヴィを構い始めた。


「シルヴィ、こちらを向きなさい。わたくしが手ずから、モンブランを食べさせてあげましょう」


「は、はい、お母様!」


 素直に口を開けて、あーんをするシルヴィ。

 一緒にお茶とお話、そしてケーキを食べたいと言っただけなのにこんなことまでされて、すでにシルヴィは一杯一杯だ。

 嬉しさが限界突破をしていて、顔が真っ赤になっている。


「クレア、今度は貴女がやってあげなさい」


「もちろんです、お義母様」


 今度は義姉となったクレアがロールケーキをシルヴィの口元に運ぶ。

 新たに出来た家族による怒濤の攻勢に、新たに出来た娘はもうタジタジだ。


「我が家の新たな娘はトラスティ家の娘達にもひけを取らないほど、愛らしいと万人が認めるでしょう」


 完全に身内の欲目で言い切ったオリヴィアに、レグル公爵は額に手を当てる。


「少々、手加減してやりなさい。慣れていないのだから、顔が真っ赤になっている」


「我が子が十七年、離れ離れだったのです。与えていたはずの愛を詰め込んだところで問題はありません」


 しかし旦那の言葉に対して、淑女の鑑と呼ばれるオリヴィアが聞こうとしない。

 それがどういう状況なのか、息子であるクリスはよく分かる。


「……父上、無駄です。母上の構いたがりスイッチが入りました」


「そうらしいな。こうなると数日はこのままか」


「イズミと同じくらいでしょうから、数日でしょう。ですから父上も構いたがりスイッチを入れるのは後日にして下さいね」


「……私もそこまで酷いか?」


「父上の場合は本人ではなく部屋の改装であったりイベントであったり、そっち方面で構い倒しますからね。父上が気合いを入れて実験室を作ってから、未だにイズミの一番お気に入りは実験室ですよ」


「そ、それは改装した甲斐があるというものだろう!?」


「イズミと父上の場合、これが相乗効果となって魔法具開発が捗るから迂闊に止めづらいんですよ。そこに今では母上まで乗っかかっているので、完全に止め処が分かりません」


 しかもアクセサリーの場合、オリヴィアは意気揚々と付けてしまう。

 物としては公爵夫人であるオリヴィアを守れるように、と和泉も妥協していない試作品なので魔法具としては破格な防御性能を有している。

 そして厄介なことに最近の和泉はデザインセンスも向上しているので、どこで買ったのかとよく聞かれるらしい。

 それがまた和泉を評価されているようでオリヴィアは嬉しいらしい。

 我が家の家族が作ってくれたと触れ回りながら、最近では和泉の作品を取り扱った商会を作るかどうか真剣に悩んでいるようだ。





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