第279話 Call my name:嵌めに行く





「さて、それでは話を戻しましょう。シルヴィを守るためには、明日ネスレ侯爵家との関係を断たねばなりません」


 一頻り笑ったあと、クリスは再び軽い調子で話を戻す。


「ユウト、どうするつもりですか?」


「どうすると言われると、今日中に罠に嵌めておきたいところだね」


「……ユウト先輩? 悪役令嬢の逆断罪ものもありますけど、そんなポジティブに動きましたっけ?」


「もちろん僕が関わってるからね。率先して相手を貶めるに決まってるよ」


「……うわぁ。なんかユウト先輩がシルヴィ先輩を家臣にした途端、悪役令嬢ものから一気に外れましたね」


 大抵は証拠を集めてパーティーで論破するのが基本だ。

 だというのに優斗はその前に片付けるために罠を仕掛けると言っている。

 クリスは少し思案した様子を見せると、新しく妹となった少女に声を掛けた。


「シルヴィは何か良い案がありますか?」


「……そうですね。今日、我が家に招待するのはどうでしょう?」


 シルヴィも同じように思案した様子を見せると、ある提案を出した。


「説明をお願いします」


「はい、クリス先輩」


「違いますよ、シルヴィ。先ほど自分はどのように言いましたか?」


 優しい声音で、けれど返事が間違っていると告げるクリス。

 そのことに気付いたシルヴィは、少々顔を赤らめながらも……どうにかクリスの希望通りに頑張って言った。


「……お、お兄様」


「よろしい。それでは説明の続きを」


 満足した様子のクリスを見て、改めて自分に兄が出来たのだと実感したシルヴィは嬉しそうに解説を始める。


「幸いにも今日、両親と妹は観劇に出かけていますから余計な茶々が入ることはありません。わたしが友人を連れてきた、と言ったところでわたしの扱いは変わりませんので我が家は必ず、ぞんざいな料理を出してきます。リライトから来た皆様に対して、それはあまりにも非常識かつ礼を失しています」


 会話の内容があまりにも不穏過ぎて、普段の彼女がどのように扱われているか全員分かってしまう。

 けれどシルヴィにとってはすでにどうでもいいことなので、全く気にする様子を見せずリライト勢に問い掛けた。


「そのことについて皆様が抗議された場合、どうなるか分かりますか?」


「……まさかなんですけど、シルヴィ先輩の所為にされるとか?」


「レンリさんの仰る通りです。歓待の不手際をわたしに擦り付け、除籍することで責任を取ったと言い出すでしょう」


 開いた口が塞がらないとは、このことを言うのだろう。

 こんなにも分かりやすく悪役にするとは誰だって思わない。


「そのまま除籍処分、あとは……追放となるかどうかは分かりませんが、少なくとも最初に言った除籍は免れません。同時に王太子殿下の婚約者に妹を据えるでしょう」


「ちなみに可能性としてはどれくらい?」


 優斗が確認を取ると、シルヴィはある意味で清々しい表情を浮かべた。


「十中八九……どころか確定だとわたしは思っています」


「だったらそれでいこうか。今日はネスレ家に行って残念晩餐会と洒落込もう」


 ある程度の筋道を描いたところで、優斗はふと思案する。

 シルヴィが優斗の家臣になり、クリスの妹になるとして、その後のレンフィ王国をどうするべきか。


「ミヤガワ先輩、どうされたのですか?」


「いや、ね。レンフィ王国はシルヴィを斬り捨てたことで滅ぶんだけどさ。一応、こっちも最低限は動いておかないと後々が面倒かな、と思ったんだよ」


 何もしなければ大魔法士の名が廃る……かもしれない。

 であれば現段階で周辺諸国に声を掛けるくらいはしたほうがいい。


「リライトが援助から手を引くとなると、周辺諸国がどう動くかシルヴィなら分かるよね?」


「周辺諸国も手を引く可能性は高いかと思います」


「そうなると援助がなくなる。レンフィ王国の性質を考えれば、最初に被害を受けそうなのは平民なんだけど、それで合ってるかな?」


「援助がなくなったからといって、自分達が貯め込んだ財を平民のために出すような貴族はおりません。まず間違いなく領主となっている貴族は平民への支出を減らすでしょう」


「つまりは被害は平民が受けることになって、難民の問題が出てくるよね?」


「その通りです」


「だから先んじて難民問題を潰しておいたほうが大魔法士的には無難かな、と思ったんだよ」


 一応は関わっているわけだし、と優斗は付け足す。

 けれど急いで考える必要がないのも確かなこと。


「まあ、いいや。それは明後日にでも決めておこう」


 投げやりに思考を放棄する優斗に対して、ケインはお腹を抑えながら信じられないような感じで優斗を見る。


「ケイン、どうしたの?」


「……会話の規模が大きすぎて胃が痛いです。しかもその内容をミヤガワ先輩が平然と放り投げたことでもっと痛くなりました」


「ごめんごめん。だけど残念なことに、ケインも今はその一員だよ」


「……一生に一度でしょうから、頑張って耐えます」


「どうだろうね? 規模的には年に何度かあるレベルのことだから、僕と関わりがある以上は二度目がないとは言えないかも。ここ一年くらいで都市どころか国の一つや二つ救ってるし」


「……勘弁して下さい」


 うぐっ、と言いたそうなケインに全員で笑う。





       ◇      ◇





 その後は今後の展開の予想を詰めながら、そのための書類やら何やらを用意し署名してからネスレ邸へと向かう。

 リライトの人間だと気付かれないよう、念のために制服から私服に着替えて歓待を受けることにしたが、シルヴィが言っていた通りに酷かった。


「これはまた凄いね。このレベルは久々に見たよ」


「シルヴィ先輩は鋭い読みですけど、ご実家がこれとか最悪ですね」


「全く度し難い」


 食堂にも広間にも通されず、シルヴィの部屋に通された。

 まずこの段階で酷かったのだが、通されたシルヴィの部屋もまた凄かった。

 狭い上にドレスは既製品のみ。

 アクセサリーは最低限で、個人として所有しているのは書物のみ。

 他には趣味らしきものも全く存在していない。

 しかも出された食事は残飯処理のような代物だ。

 一応、五人分は用意されているもののシルヴィの友人ということで虚仮にされているのが丸わかり。

 とはいえ、これだからこそ嵌めた甲斐があるというもの。


「この家での最後の晩餐になりますが、シルヴィとしては何か感想はありますか?」


「これがわたしの家であったと忘れずに済みますし、お兄様の家ではいつでも幸せを感じられると思います」


「この家と比較されて幸せを感じられても困るのですが……まあ、最初はそれでも良いでしょう」


 苦笑して五人は食事を食べ始める。

 こういう経験は全くなかったケインとレンリは顔を顰めるが、


「普段の食事がどれほど贅沢してるか分かるから、噛み締めるように食べたほうがいいよ」


 優斗がある意味で余計なことを言う。

 確かにこういった食事を知ると、普段の食事がとても美味しいと感じる。

 そのために料理を作る人が自分達のことを大切に思ってくれていることも分かる。

 だからといって、ニタニタと笑いながら言うことではないはずだ。

 パンはぼそぼそとしていて飲み込み辛いし、そもそもスープが薄味過ぎて具がほとんどない。

 サラダは残った部分をぶっ込んだだけのもので、苦かったり固かったりしている。


「……シルヴィ先輩。これ、毎日ですか?」


「王城で食卓のマナーを習うので、毎日ではありません」


「だからって、ただの残飯処理じゃないですか。というか家臣のほうが良いもの食べてますよね、きっと」


 レンリは気合いで全て食べ終えると、先に食べ終えていたシルヴィに抱きつく。


「ど、どうされました?」


「今すぐネスレ邸全てを怒鳴り回りたいのを、シルヴィ先輩に抱きついてどうにか抑えています」


「……ありがとうございます、レンリさん」


「でもでも、今日までですからね! 明日はそうじゃありませんから!」


 そう、明日からシルヴィはクリス達が止まっている宿に一緒に泊まる。

 すでに一人追加することを宿側には伝えてあった。


「とはいえ、ここまで狙い通りだと笑えてくるよね」


「狙い通り過ぎて逆に俺は笑えません」


 未来の国母に対する扱いではない。

 優斗はそれが狙い通りだからこそ嵌めることが出来たと笑い、ケインは扱いそのものに怒りを見出す。

 どちらも正しい反応だ。


「それでは食事もしたことですから、明日の準備をしましょう。シルヴィは持ち出したい荷物があるのなら、今日中に纏めるようにして下さい。こちらで用意した書類については自分が保管します」


「分かりました、お兄様」


 素直に頷いたシルヴィに、クリスは優しく頭を撫でる。


「お、お兄様!? 突然、どうされたのですか!?」


「素直な妹が出来るとは嬉しいものです。うちには大好きで大切ですが、中々にやんちゃで破天荒な弟がいますから」


「……弟、ですか? 確かお兄様はお一人では?」


「そのことについてはリライトに到着してからの楽しみにしましょう」


「……? はい、お兄様がそのように仰るのなら」


 クリスの行っている『弟』が誰のことを指しているのか、他の三人は分かっているからこそ苦笑してしまう。

 あれもあれでシルヴィの兄のようになるとはいえ、どういう関係を築くのか全く予想出来ない。

 一つだけ分かるのは、クリスが連れてきた妹であれば大切にしてくれる、ということだけだ。





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