第278話 Call my name:クリスの妹





 ただそれだけを伝えて、優斗は再び椅子に座った。

 呆然とした様子のシルヴィにリライト勢がくすくすと笑うと、彼女はようやく実感が沸いたのか嬉しそうに笑みを浮かべた。


「さて、それで二日後のパーティーで罪を詳らかにしてやろうとか言ってたけど……」


 優斗が切り替えるように明るい声で言うと、レンリが食い付いた。


「ユウト先輩、やっぱりそういう意味だったりします?」


「僕も疑いたいのは山々なんだけど……やっぱり悪役令嬢ものと展開が似通ってるんだよね」


「まあ、確かにそうですけど……」


 むしろ違いがあるのかと言いたい。

 ケインは悪役令嬢ものが分からないので、確認するように問い掛ける。


「ナルグルにミヤガワ先輩、前にも言っていたが悪役令嬢の小説とは一体?」


「簡単に言うなら悪役に虐められてたヒロインが、ヒーローとくっ付く小説だよ。山場としてはパーティー会場で悪役を断罪する。それでヒロインと結ばれてハッピーエンドっていうのが基本なんだけど……」


「実際にやろうとしているのではないか、とミヤガワ先輩とナルグルは思っているのですね?」


 というか聞く限りだと、ケインも同じように思ってしまった。


「それじゃ、彼らがやろうとしていることを事実として纏めてみよう」


 優斗が全員を見回して情報を共有するために話し始める。


「二日後の断罪は確定。あの馬鹿王太子が言った通り、よほどのアホでもなければ証拠は捏造されているだろうから、今から動いたところでシルヴィの冤罪を完璧に晴らすのは難しいね」


「だったらユウト先輩でも冤罪は覆せないってことですか?」


「そもそも覆すつもりがないんだよ、レンリ」


 優斗がそう言うと、レンリとケインが首を捻る。

 どういうことなのかと疑問を持っていると、その答えを優斗は告げた。


「大切なのは勝ちを確定させること。現状、シルヴィの勝ちとは一体何かを理解することが重要だよ」


「勝ちを確定というと……身の安全が保証されていることでしょうか?」


「正解だよ、ケイン。シルヴィの安全が保証された状態で、パーティーに臨むことが勝利だと言える。本当は参加したくないんだけど、そこは仕方ない」


 短期交流で来ているリライトのためのパーティーだ。

 ここまで王太子が蔑ろにしておいてパーティーを開くことがそもそもお笑いだが、一旦置いておく。


「つまりは断罪よりも先に、わたしが侯爵家から縁を切られることこそ勝利条件となりましょう。お父様もすでにそのための書類は準備していると思われます」


「シルヴィの言う通り、突発でも不意打ちでもないのなら除籍も含めた書類はすでに準備してあるはず。だから明日、それにサインをさせる」


 内容はかなり重い上に、彼女にとっては自身の除籍についてだ。

 だというのに優斗もシルヴィも軽い調子で話す。


「シルヴィが除籍されると明後日に行われるパーティーでの劇的な断罪劇は一転、滑稽な喜劇に早変わりする」


 何故ならシルヴィを除籍することにより、色々なことが動くからだ。


「まあ、実際は断罪劇をやらせるつもりはないんだけどね。とはいえレンフィ王国が『今回の件』で求める結果は変わらない。王太子の婚約者はシルヴィから妹に代わり、シルヴィは排除される」


 王太子達の目論見通りに事は動く。


「だけど――シルヴィの結果は向こうの思惑から大きく外れることになる」


「何故ならパーティーの時点でわたしはレンフィ王国の侯爵令嬢ではなく、王太子殿下の婚約者でもなく、ユウト先輩の家臣であるということ」


「さらに言えばシルヴィの保護をリライトがしているので、リライトの民でもありますね」


 クリスが付け加えると、シルヴィは嬉しそうに頷く。


「あの言い方からして妹や王太子殿下はわたしを亡き者とするために処刑……もしくは狼藉者を雇うつもりでしょうが、リライトに襲い掛かるほど無知蒙昧ではないでしょう」


 王太子は許されるかもしれないと考えるかもしれないが妹は違う。

 そこのリスク管理は出来ているはずだ。


「しかしリライトの民、というだけでは少々弱いかもしれませんね」


 ふとクリスが呟くとレンリが反応した。


「平民だったら襲いそうってことですか?」


「いいえ、そうではなくてユウトの『家臣』という部分に対してです」


 先日、平民を家臣にしたので何が問題なのかと優斗の頭がこてん、と傾く。

 けれどすぐに気付いた。


「外交を担当するなら箔は必要ってこと?」


「はい。ですから今のところは、自分の妹にしようかと考えています」


「レグル家で引き取るの?」


「一番穏便に済みそうですから。それにクレアも彼女が義妹になれば喜ぶでしょう」


 流れるような会話ではあるが、中々に衝撃的な内容が散りばめられている。

 けれど話している人達が人達なので、レンリはそこに平然とツッコミを入れた。


「クリス先輩の妹にするのは大丈夫なんですね」


「大魔法士の右腕となる存在です。そこに損得関係があってはいけません」


「まあ、親友の妹が僕の家臣になったところで、レグル家に何の得もないもんね」


「多国籍軍のフィグナ家でもいいかと思いましたが、これ以上ごちゃごちゃさせるのも可哀想なので」


「リライト、リステル、ミラージュ、異世界人、これにレンフィまで巻き込むと確かにごちゃごちゃしてるね」


「それとココさんの妹にシルヴィがなるのは……ココさんが嘆きそうですし」


 シルヴィは平均より少し身長は低いが、ココはミニマムだ。

 自分よりも背の高い妹が出来るのは可哀想でしかない。


「ということですから、シルヴィを自分の妹としましょう」


 リライトにとって最上の位を持つ貴族の会話とは思えないほど、簡単に決められたこと。

 その内容が決まる早さに追いつけなかったシルヴィは、信じられないといった様子でクリスが決めたことを繰り返す。


「わ、わたしがクリス先輩の妹……ですか?」


「ええ、何か問題でもありますか?」


「お、大ありです! レグル家といえばリライト王国を最初期から支えた重鎮であり、クリス先輩はアリシア様の婚約者に最有力と目されていた方! そのような家にわたしを迎え入れるなど……っ!」


 正直に言えばあり得ない。

 優斗の右腕となるためにどこかの貴族へ養子になるのは分かるが、それでもレグル家はそんな簡単に受け入れていい家ではない。

 だというのにリライト勢は全く別の方向の話題で盛り上がっていた。


「アリシア様とクリス先輩って、そんな話があったんですか?」


「急にアリーと仲良くなってクレアの両親が焦ったくらいだから、そんな話が昔からあったなんて僕も初耳だよ」


「幼い頃、国外がそのように見ていただけですよ。事実、国内で自分がアリーさんの婚約者になる話題はなかったですよ。ケインさんも覚えはないですよね?」


「はい。そもそもアリシア様に婚約者の話題が出たことはなかったかと」


「アリーさんが平凡な王族であれば可能性は無きにしも非ずですが、彼女の才覚は幼い頃から政略結婚など不必要だと言わんばかりに輝いています。王族や貴族に政略結婚が多いのは確かですが、必要あってのことでアリーさんには当て嵌まりません」


 一応はクリスも政略結婚をしている。

 それは国内産業において頭角を現したミスト家との縁を繋ぐためだ。

 しかしアリーにそれは必要ない。

 誰が相手であろうと構わないことを、彼女自身の才覚が証明しているからだ。


「そういえば、最も大事なことを尋ねていませんでした」


 クリスはそこまで話しておいて、うっかりしていたとばかりにシルヴィを見る。


「貴女は自分の妹になりたいですか?」


 気兼ねなく正直に言って構わないとばかりに柔らかい声音のクリス。

 シルヴィは優しげに自分を見るクリスを見つめてから、少しだけ恥ずかしそうに視線を逸らした。


「……なりたくない、と。嘘偽りを述べることは出来ません」


 何故なら午前中から、ずっとクリスは優しかった。

 自分の立場も何もかも分かった上で、優しく接してくれた。


「ほんの少し一緒にいただけでも、皆さんがクリス先輩のことが大好きだということが伝わってきますから」


 レンリもケインもクリスのことをとても尊敬している。

 優斗に至っては、親友が言ったというだけで自分を家臣にしてくれた。


「クリス先輩みたいな方が兄になってくれるのなら……これほど嬉しいことはない。そう思います」


 きっと大魔法士の家臣の箔のためだけに受け入れる、ということはしないだろう。

 しっかり妹として扱ってくれる。

 そう思えて仕方ない。


「シルヴィ。貴女の頑張りは大魔法士の家臣になれるほど素晴らしいものです」


 そして思った通り、クリスは優しい言葉を掛ける。

 期待通り、期待を裏切らない言葉を。


「努力の過程において自分の妻と出会いアリーさんの目に留まりました。些細な出会いだとしても、シルヴィのことを二人は覚えていました」


 ほとんど偶然で、決して必然や運命とは言えない。

 けれど何もかも全てが偶然というわけではない。


「貴女が頑張ったことによって細い糸は繋がり、今日は自分が貴女と会いました」


 クレアの夫であり、アリーの仲間であるクリスがシルヴィと出会った。


「ですから貴女の努力が大魔法士の家臣となる以外に、もう一つ意味があると伝えましょう」


 たった一人で国を救うために足掻いていた少女。

 幸せが欲しくて頑張ってきた少女に与える言葉があるのなら、きっと一つだろう。


「シルヴィは自分の妹となるために頑張ってきたんですよ」


 誰も彼も受け入れることをクリスはしない。

 それが許されている立場ではない。


「貴女の名を、これからは親愛を以て紡ぎましょう。そして証明してあげましょう」


 けれど彼女とクリスの繋がりは、きっとそうなのだろうと思ってしまったから。

 クリスはシルヴィのことを妹にしようと決めた。

 そして、だからこそ言ってあげられることがある。


「自分こそがシルヴィの兄――クリスト=ファー=レグルなのだと」


 こんなことは人生で一度、あるかないかだと思う。

 だけどクリスの親友だって似たようなことがあったのだから、自分にだって似たようなことがあってもいい。

 と、そこで似たようなことをやった親友が面白そうに訊いてきた。


「それでクリスはシルヴィにどう呼ばれたいの?」


「弟か妹がいれば、お兄様と呼ばれたかったのは確かです」


「和泉にお兄様って呼ばせたら?」


「心の底から嫌です」


 可愛らしい妹から呼ばれるからこそ嬉しいのであって、あの弟に呼ばれたら鳥肌が立つ。

 優斗も同感なのか、顔を見合わせて笑い合った。


「とはいえ、ユウトに一つ確認しておきたいことがあります」


「どうしたの?」


「ユウトであればシルヴィの冤罪を晴らす方法はありますね?」


「もちろんあるよ」


「それを聞いて安心しました」


 大魔法士という無茶苦茶な存在であれば、可能だとは思っていた。

 実際に頷いてくれたのだから、最終防衛ラインとしては十分だろう。

 けれど優斗は急に真剣な表情になって、


「ただしクリスが兄になるというのなら、解決出来ない問題が一つあるよ。この僕ですら同じ状況になれば、抗うことが出来ない問題がね」


「……何でしょうか?」


「シルヴィは必ずブラコンになる」


 真面目にすっとぼけたことを言った優斗に、ケインもレンリも……そしてシルヴィもおかしそうに笑ってしまう。

 クリスは肩を竦めると、仕方なさそうに彼らと一緒に笑う。


「妹に慕われて困る兄はいないでしょう」





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