第161話 first brave:役者の登場

 

 

 最上部。

 やはり魔物が一体通り抜けられるだけの穴があった。

 そこを白竜が無理矢理に飛び込み、突き抜ける。

 修と卓也が悲鳴と魔物の姿を見て目を細めた。

 

「やっぱ入り込んでたな!」

 

「けど、わんさかって程の量じゃないだろ!」

 

 なぜ少ないのか、大体の予想はつく。

 ニアがぐっと右手を握りしめた。

 

「副長、口上は任せます」

 

「了解致しました」

 

 優斗の確認に対し、副長が頷く。

 

「降りるぞ!」

 

「着地、注意しないと!」

 

 一際大きい建物の横に広場が見えた。

 地面が近付き、レイナと春香が声を張る。

 場所は中央広場。

 魔物の姿が幾数も視認でき、逃げ惑う人々の姿も分かった。

 

「全員、飛べ!」

 

 地面に白竜が降り立った瞬間、修の号令で優斗達は背から飛び降りる。

 レイナが一人、閃光のように駆け出した。

 さらには馬車も着地し、続々と近衛騎士が飛び出していく。

 恐怖の惨事に見舞われていたレアルードの住民の注意が、一瞬だけ向いた。

 

「抗いの声をあげなさい!!」

 

 同時、副長が声を張り上げた。

 声は風の精霊の力を得て、どこまでも遠くへと届いていく。

 

「リライト近衛騎士団副長――エル=サイプ=グルコントが助けに来ました!!」

 

 安心できるように。

 凛とした響きがレアルードに届く。

 

「さらには、リライトの勇者が――ッ!」

 

 修が剣を抜いては空へと光を放ち、

 

「クラインドールの勇者が――ッ!」

 

 春香が大剣を手に取っては、上半身が女性にして下半身が蛇の守護獣ニヴルムを召喚する。

 

「そして伝説の『大魔法士』が、ここにいます!!」

 

 優斗は左手を挙げた。

 大精霊九体が上空で、皆の目に映るように輝いている。

 

「死にたくないと願う者よ! 助かりたいと思う者よ! 少しでも生きる意思があるのならば、声を轟かせなさい!!」

 

 白竜が美麗な翼を大きく広げ、副長は剣を抜くと前方を指し示すように構えた。

 

「我々が――助けに行きますから!!」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 ある意味で、優斗の目論見通りとなった。

 悲鳴が大きくなる。

 自分は“ここにいる”と。

 まだ“生きている”と自己主張するかのように、叫ぶ声がどこからともなく優斗達に届いてくる。

 

「修、10分以内!!」

 

「はいよ!」

 

 二人が弾け飛ぶように左右へ広がった。

 優斗はさらに大精霊へと指示を出す。

 八方向へと色々な光が飛び去っていった。

 

「パラケルスス、統括は頼んだよ。端には行ってないと思うけど、確信はない。一匹たりとも逃さないように。制限時間は10分」

 

『了解した』

 

「あと、“もし僕の推論の一つが当たっていた”としたら、お前ら全員説教するから」

 

 そう言って、優斗はパラケルススから離れていく。

 少しして魔物の集団を見つけた。

 瞬時に魔法を放ち、殲滅を始める。

 

 

       ◇      ◇

 

 

「次、連れてきて下さい!」

 

 卓也は続々と運び込まれる住人達に治療魔法を掛け続ける。

 老若男女問わず、軽傷から重傷まで。

 

「もう、心配いらないの?」

 

 その時だった。

 膝小僧をすりむいた少女が卓也に訊いてきた。

 期待と恐怖がない交ぜとなった表情。

 卓也は安心させる為に笑みを浮かべる。

 

「さっきからドカンドカン音が鳴ってるだろ? あれ、うちの勇者達のやってることなんだ。あれだけの威力の魔法やら何やらをバカスカ使って、魔物をどんどん倒してる。安心していいよ」

 

 右手を膝に翳して、魔法を掛けた。

 みるみるうちに擦り傷が治っていく。

 

「これでもう大丈夫だ」

 

 ぽん、と少女の頭を軽く撫でる。

 

「あとは向こうのお姉ちゃんのところに行って、皆で待ってな」

 

 卓也が示した場所では、近衛騎士が円形となった守っている場所があった。

 その中に住民の姿がたくさん見える。

 

「クラインドールの勇者、鈴木春香がここを守ってるよ! だから安心していいんだ!」

 

 春香が大声で名乗る。

 勇者たる自分がいるのだから、もう安心していい、と。

 卓也は少女を春香の下へと見送りながら、考え事をする。

 

 ――想像以上に怪我をしている人数が少ないな。

 

 骨が折れている人だっているし、命の危機に瀕している人だっている。

 未だに治療すべき人達は多いが、それでも想像よりは少ない。

 ニアが飛び出したのは夜中。

 時間帯は検討がつかないが、最低でも結界が張られてから5時間以上は経っていると考えていい。

 時間的に考えれば、もっと魔物の数も怪我人の数も多くてもいいだろう。

 

 ――正樹さんか?

 

 彼が頑張ったのだろうか。

 色々と考えようと思ったが……卓也は頭を振ってやめた。

 

 ――考えても無駄だな。

 

 どうせ、すぐに結末は分かる。

 だから今は不幸中の幸いだと思って、為すべきことを為そう。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 近衛騎士達が強敵と相対している時、彼らは凄まじい勢いでやって来た。

 

「ユウト……っ!」

「シュウ……っ!」

 

 まったく別の場所。

 されど同じように魔物と戦っていた近衛騎士の彼らの名を叫んだ。

 二人は呼ぶ声に反応すると、別の魔物を殺しながら詠む。

 

『滅するべきは邪悪なる存在よ』

『求め消失するは汚れの存在』

 

 リライトの紋章を背に、真白き服を纏った二人は皆に安心を与える。

 それは住民だけではなく、同じように戦っている近衛騎士にも。

 

『滅する光は浄化なるもの』

『光の御業は全てを清浄へと導く』

 

 皆の耳に届くは神話魔法。

 独自の詠唱による、大魔法士の言霊。

 世界に存在する、リライトの勇者の言霊。

 

『消えろ。光の中に』

『昇れ。清廉なる光』

 

 光が立ち上がるように上空へと貫いた。

 その中にいる魔物は例外なく、全てが消滅する。

 いとも簡単に消え去ってしまった。

 だから二人は叫ぶ。

 

「大魔法士はここにいる!」

「リライトの勇者はここにいる!」

 

 多少、わざとらしくてもいい。

 目一杯、演技っぽくてもいい。

 それでも彼らの実力を見た人々には、安心を与えるのだから。

 

「僕らが来た以上、もう大丈夫だ!」

「俺らが来た以上、もう大丈夫だ!」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 誰よりも早く悲鳴が上がっている場所へ行き、魔物を斬る。

 窮地の場所を、すぐさま安堵の場所へと変えていく。

『閃光烈華』の二つ名を持つ女性が、その名に違わぬ速さで人々を助けていた。

 

 ――大精霊との距離も狭まってきたな。

 

 おそらく、魔物が集中していた場所は結界の穴が空いていた場所の真下。

 だからこそ修と優斗は、そこから重点的に魔物を潰していっている。

 逆に都市の端には魔物もあまり存在していない、と読んだ。

 でなければ“結界の一ヶ所に穴が空いている意図”が分からなくなる、と。

 けれども、いないとも限らないから大精霊を都市の端から巡回させて確認する。

 人間ではないからこそ出来る人外の芸当だ。

 実際、人間である自分達の担当範囲は大精霊の百分の一以下だろう。

 人間だけで都市を全て回るとすれば、それだけで膨大な時間が掛かる。

 故に、優斗という『大魔法士』はそれだけで裏技みたいな存在だ。

 

 ――声の数も激減したな。

 

 未だ、ちらほらと聞こえはするが、それも加速度的に収まっていく。

 どこまで救えたかは分からない。

 けれども、あの状況から住民を救えたというのは価値あることだと思う。

 

 ――それに、魔物の数と怪我人の数が圧倒的に合わない。

 

 あれだけの魔物がいたのならば、もっと怪我人……もしくは死人も多いはず。

 なのにも関わらず、少なすぎる。

 

 ――フィンドの勇者、か。

 

 あの優斗が評価していた異世界の勇者。

 聞いていた話よりも、ずっと凄い人物らしい。

 

「そしてあいつらが助けたいと言うのなら……」

 

 フォローしていこう。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 10分後、

 

「副長っ!」

 

 修が建物の上から飛び降りるようにやって来た。

 

「そっちはどうだ?」

 

「どうにか霊薬で対処できそうです。重傷により死んでいた方もいましたが、蘇生できる範囲でした」

 

「そりゃ朗報だ」

 

 来た甲斐があったというもの。

 

「修、副長!」

 

 今度は優斗が戻ってきた。

 

「状況は?」

 

「俺が向かった場所は全部潰した。お前は?」

 

「都市の端から端まで問題なし。レイナさんには僕らの担当区分も含めて最終確認に入ってもらってる」

 

 修と優斗は揃って頷いた。

 

「んじゃ、本命を助けに行くか」

 

「そうだね」

 

 そして離れた場所で住民の護衛をしていた二人に声を掛ける。

 

「ニア、春香! こっちに来い!」

 

 修が手招きして呼び寄せた。

 気付いた二人は駆け足で寄ってくる。

 

「もう終わったの?」

 

「こっちは全部終わった。あとは近衛騎士達に任せんぞ」

 

 修の言葉に副長が首肯する。

 

「ニアは正樹さんの居場所、分かるね?」

 

 優斗の問い掛けにニアは頷き、

 

「……ああ。あそこだ」

 

 ある建物を指差した。

 それは結界の穴がある場所から、ほぼ直下にあり、他の建物よりも大きい。

 

「ジュリアは“神殿”って呼んでいた」

 

 そう言われて、修と春香は納得する。

 

「確かに神殿っぽいな」

 

 元いた世界の歴史の教科書に載っているような感じだ。

 

「うわ~、ゲームにもありそう」

 

 見ただけで感じるのは壮大で荘厳。

 確かに納得する。

 

「……神殿……ねぇ」

 

 ただ、優斗が首を捻った。

 

「副長、確認なんですが……副長は竜神崇拝の宗教が“神殿”を構えているところを見たことがありますか?」

 

「いえ、ありません」

 

 すぐに返答する副長。

 彼女は立場上、色々な国へと行っている。

 なのにも関わらず、見たことがない。

 

「……この建物に何の意味があるのやら」

 

 見た感じ、色々とありそうな感じはする。

 だが、ここが何だろうとやることに差異はない。

 

「副長、ここから500メートル先に同じような広場があります。そこへ移動をお願いします。やりようによっては、この神殿ごと吹き飛ばすことになりそうですから」

 

「畏まりました」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 神殿の中に入った瞬間、魔物がぞろっと列を成していた。

 けれど一瞬で優斗が風の大精霊を使役して蹴散らし、奥へと走りながら進んでいく四人。

 けれど四人が横に並んで歩いても、あまりに広すぎて違和感がある。

 

「ねえ、優斗センパイ。さっきの魔物達って……」

 

「この先に用があったってことだろうね」

 

 春香の疑問に優斗が答える。

 ニアの心配そうな表情が、さらに深刻なものになった。

 

「マサキ、か?」

 

「ほぼ間違いないよ。正樹さんと戦うためにここにいた、って考えるのが一番可能性が高い」

 

 彼と戦う為に魔物は誘われていたと考えるべきだ。

 

「……っ!」

 

 ニアがぎゅっと手を握りしめる。

 

「あまり焦らない。正樹さんは生きてるから。ただでさえニアと春香は限界ギリギリの速度で走ってるんだし、急いで向かって変なトラップにでも引っかかって遅れるほうが厄介だよ」

 

 走る速度を全開にしようとしたニアを優斗は窘める。

 

「な、何でそんなことが分かる!! 魔物が列を成していたんだから、もしかしたらマサキは……っ!」

 

「死んでたら、魔物のいる意味がなくなる」

 

 だから死んでいない。

 

「根拠は何かあるの? フィンドの勇者以外にも何か、狙いがあるかもしれないよ? レアルードの人達を皆殺しにする、とか」

 

 今度は春香が訊いた。

 もしかしたら、狙いは正樹をどうこうするわけじゃないかもしれない。

 

「皆殺しなら結界を張った意味が見出せない。正樹さんが死んでいるのなら、僕らが到着した時点での魔物の数と怪我人の数の違和感は無視できない」

 

 魔物は住民を襲っていた。

 けれど、だ。

 もし住民を皆殺しにしようとするのならば、どうしたって違和感が出る。


「魔物の数と怪我人の違和感って?」

 

「レアルードの住民が助かっていることが証拠だよ、春香。こんな状況で現状、どうにもならないほどに死んでいた人がいなかった。死んだとしても『霊薬でどうにかなる程度』にしか死んでない。これを偶然だとか、奇跡だとか、そんなもので僕はどうにかなると思っていない」

 

 確かに修達、勇者はご都合主義の塊だ。

 だからといって、どれだけの都合が働こうとも素人の住民が助かるとは思えない。

 

「単純に考えれば、僕達が到着する直前に正樹さんの魔物を倒す速度が遅くなった。そして、一定のタイミングで都市内部に入ってくる魔物の数が膨れあがった。それだけだよ」

 

 だから魔物の数と怪我人の数が合わない。

 

「まあ、勇者が三人も集まれば、偶然という偶然を引き寄せる……と言えばそれまでだけどね。だとしても、その偶然を引き寄せるまで頑張ったのは正樹さんだよ」

 

 ご都合主義を発動させるまで、頑張ったからこそ誰も死んでいない。

 

「……なあ。それ、正樹が不味くねぇか?」

 

 修が思わず唸った。

 倒す速度が遅くなったということは、大怪我を負っている可能性が高いということだろう。

 

「だから万全の状態で正樹さんを助けられるようにしてるんだよ」

 

 ただ単純に向かうだけなら、もっと早く到着できる。

 けれど持ってきている霊薬が何かの拍子に割れたりでもしたら厄介だ。

 

「それに修、あの人を誰だと思ってるの?」

 

 ただ単純に優斗達の助けを待つだけの一般人か?

 いいや、違う。

 

「フィンドの勇者――竹内正樹だ。この僕に“強い”と認めさせるほどの実力者だよ」

 

 大魔法士が納得する強者。

 自分のような奴ですら認めた、本当の強さを持つ勇者。

 

「だから大丈夫なんだ」

 

 まるで自らに言い聞かせるように、優斗は言った。

 

「……地味にお前も焦ってるんだな」

 

「内心はね」

 

 だけど、焦ったからといって正樹を助けられない。

 慌てたからといって正樹を救えるわけでもない。

 考えることが苦手な直情型三人と一緒にいるからこそ、自分は冷静でいないといけない。

 

「前、何か光ってるよ!」

 

 すると春香が叫んだ。

 優斗達の視界にも入っている。

 

「あそこだっ!」

 

 ニアも叫び、

 

「着いたね」

 

「全員、覚悟は決めておけよ」

 

 輝かしい白い光が見える場所。

 優斗達は飛び込むように辿り着いた。

 

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