第160話 first brave:変わらぬもの

 

 

 謁見の間を出て王城外の広間へと向かう途中、見知った顔が出てくる。

 

「卓也とクリス、春香も起きたんだ」

 

 比較的、周囲の気配に聡い三人だった。

 

「少々、騒がしかったものですから」

 

「さすがにな」

 

「なんか大変そうな感じがしたからね」

 

 優斗達と並ぶように小走りをして、多少の事情を伺う。

 

「ぼくも一緒に行くよ」

 

 大体を聞き終わると、春香も動くことを示唆した。

 

「おいおい、危ねーぞ?」

 

 修が思わず止める。

 話の規模は今まで春香が出会ったこともないようなレベル。

 さすがに危険だ。

 

「ぼくだって勇者なんだよ。だから修センパイと同じ気持ちなんだ」

 

 同じ勇者なのだから。

 義理人情で動く理由は同意する。

 

「やべえ光景になってる可能性もあんぞ」

 

「……覚悟の上だよ」

 

 でなければ一緒に行くだなんて言わない。

 しょうがない、とばかりに修は息を吐き、

 

「わりぃ。あと卓也だけは来てくれるか?」

 

「オレも?」

 

「ああ。怪我人がいたら、癒せるだけ癒してくれ」

 

 卓也の治療魔法はリライトでも高位だ。

 念のためを考えれば、居てくれたほうがいい。

 一方、優斗もクリスにお願いをしていた。

 

「マリカのことお願い。団長とフェイルさんがいるし問題ないけど、最終防衛ラインって感じで」

 

「了解しました」

 

「あとはまだ、眠ってるのにも説明を頼むね」

 

「はい」

 

 頷き、クリスは一人集団から離れる。

 城内を抜けて、外へと出た。

 

「お前達、武器はいいのか?」

 

 レイナが優斗と修、春香に尋ねる。

 彼らはまだ丸腰。

 武器は持っていない。

 卓也は治療役として連れて行くからいいとしても、この三人が武器を持っていないというのはどうだろうか。

 

「大丈夫」

 

「安心しろって」

 

「問題ないよっ!」

 

 すると彼らは返事と同時、

 

「来い、九曜」

 

「ザックス」

 

「おいで、ニヴルム!」

 

 己が使う武器の名を紡いだ。

 瞬間、優斗の手には桜色に輝くショートソードが突然と出現し、修は魔法陣が折りたたまれていき一振りの剣と為す。

 さらに春香の場合は、どこからともなく大剣が飛んできて背に収まった。

 

「……何でもありのオンパレードだな」

 

 思わずレイナが呟く。

 優斗と修の場合はいいが、それでも三者三様、特殊性がありすぎる。

 そして武器を携えて広場へと辿り着けば、そこにはすでに高速馬車が数十台と並んでいた。

 代表して副長が優斗に告げる。

 

「ユウト様、準備は全て整っています」

 

 乗り込む近衛騎士も揃っている。

 

「今から高速馬車で――」

 

「いや、もっと良い方法があるぜ」

 

 副長の言葉に被せるように修が言った。

 どういうことかと訝しむ副長だが、修は次の瞬間――指笛を吹いた。

 甲高い音が静かな空へと響く。

 すると、だ。

 段々と風切り音が聞こえてくる。

 音が届いてくる方向を皆が見れば、そこには一つの美麗な存在。

 

『久しいな、シュウよ』

 

 修の友人である白竜。

 それが翼をはためかせて現れた。

 

「ちょっと面倒事を頼んでいいか?」

 

 修は馬車をくいっと指差す。

 

「全部運ぶの出来るか?」

 

『もちろんだ。友の頼み、聞かない訳にはいかないだろう』

 

「サンキュ。助かるわ」

 

 軽いやり取りをして、修は唖然としている近衛騎士達に言う。

 

「行こうぜ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 白竜は風の魔法を使い、計二十台の馬車を浮かせ引き連れながら空中を裂くように進んでいた。

 背には修、優斗、卓也、レイナ、春香、副長、ニアが乗っている。

 

「ユウトが大概だと思っていたが……この白竜も似たような存在だな」

 

「そうだろ? 俺も凄えと思う」

 

 レイナにとっても修にとっても、本当に想像以上の存在だ。

 速度も高速馬車よりも速い。

 想定していた時間よりも、ずっと早くレアルードに辿り着くことが出来る。

 

「……………………」

 

 けれど優斗は先程から、何か考えているのか無言だ。

 

「何の考え事だ?」

 

 卓也が声を掛ける。

 優斗はちらりと卓也を見ると、

 

「今までの予想が全部、覆される可能性があると思ってね」

 

 突然、そんなことを口にした。

 全員の視線が優斗に集まる。

 

「幾つか、気になってることがあるんだ」

 

 そして確認するかのように疑問を呈した。

 

「……修。本当に“僕らのような存在”は散見しているだけなのか? 一度は“同じ時代”に生きたことがあるんじゃないのか?」

 

 三月の終わりに優斗と修が思っていたこと。

 同時期に自分達のような存在はいない。

 だからこそ一緒にいることに何かしらの意味がある、ということ。

 

「あん? どういうことだよ?」

 

 修が首を捻る。

 その時の話を突然出して、どうしたのだろうか。

 

「まだ、推論の段階だから何とも言えない。けれど……」

 

 ありとあらゆる可能性を考えれば、導き出される答えが増える。

 

「僕らは勘違いをしていたのかもしれない」

 

 自分達のような人間は歴史上、散見して存在している。

 同時期にいる、というのは残っていない。

 けれど、だ。

 今回、それを覆すような存在がいる。

 歴史の残らなかった二つ名――『始まりの勇者』。

 だからこそ生まれ出た疑問だった。

 

「まあ、いいや。これに関しては推論の一つとして頭の隅に置いておけばいい」

 

 今、考える必要性もない。

 尋ねられる存在も喚び出せるだろうが、それもいい。

 おそらくは“今回”、解決するはずだ。

 優斗は改めて皆に問い掛ける。

 

「どう動こうか?」

 

 見回すと、ニアが決意するように声を発した。

 

「マサキだったら絶対、こう言う。『ボクのことはいいから、先に皆を助けて』って」

 

 都市がどうなっているかどうかは分からない。

 けれど、もし魔物が入り込んでいるのだとしたら、正樹は確実にそう言うだろう。

 

「だってマサキは勇者なんだ」

 

 優斗が指摘した“狂った王道”。

 でも、根幹は変わらない。

 

「自分が最初に助かる、なんて道はない」

 

 昔からずっと変わらない。

 

「正樹さんらしいね」

 

 優斗とは違う。

 自分ならば、少なくとも他国の場合は効率を考える。

 利益や損だって頭に入れて合理的に動こうとするだろう。

 見知らぬ他者の危機を、素直に『救いたい』という気持ちだけで動くほど、綺麗じゃない。

 

「でも、それでこそ王道だ」

 

 優斗はニアに頷くと、修に向き直った。

 

「だったら決まりだね。分担して動こうかとも思ったけど、やめよう。僕と修を中心に速攻全滅コース」

 

「はいよ」

 

 二人は立ち上がる。

 時間はおおよそ、午前7時前後。

 空は明るくなり、到着すべき場所もうっすらと見えてきた。

 半円状の黒い物体が、段々と優斗達の視界に広がっていく。

 

「都市を囲うような円形状の結界。周囲を包むように集まっている黒いのが、全部魔物だろうね」

 

 一万以上はいそうだと聞いたが、その通りだ。

 最初に動いたのは大魔法士。

 

「シルフ」

 

 左手を前に掲げる。

 風の大精霊で事を片付けようとしているのが誰の目にも見て分かった。

 ただ、そこでふとした疑問。

 

「大精霊でどうにかなるのですか?」

 

 副長が尋ねた。

 今まで、何度か大精霊の攻撃は見たことがある。

 あの量の魔物をどうにか出来るとは思えなかった。

 優斗は視線をずらさず、前を向いたまま答える。

 

「勘違いされやすいんですけどね、大精霊って別に上級魔法レベルの威力しか出せないわけじゃない」

 

 左手の薬指にある龍神の指輪が輝き始める。

 

「忘れてるかどうかは知らないけど、シルフは世界の風精霊を統括します」

 

 つまり統括している規模に比べてしまえば、だ。

 “あの程度をどうにか出来ない”だなんて言うほうがおかしいだろう

 

「使役する人間によって威力は変わるものですよ」

 

 あくまで威力なんてものは使役する側の力量差によって違う。

 そして今、大精霊を使役しているのは精霊王の契約者にして、シルフと一番相性が良い精霊術士。

 

「だから、こんなことだって出来る」

 

 すっと左手を上に掲げる。

 シンクロするようにシルフも左手を挙げた。

 瞬間、

 

『――――――――――ッッ!!』

 

 弾けるような音と共に、結界にへばりついていた魔物全てが上空へと吹き飛ばされた。

 さらに丸め込むように数多の魔物を一ヶ所へと集中させる。

 

「修、あとはお願い」

 

 次いでリライトの勇者が右手を前へと突き出した。

 

『求め滅するは遙かな光』

 

 魔法陣が最初は小さなものが生まれ、

 

『光なる光よ、悪なる悪を滅ぼせ。皆を救う為に』

 

 その外を覆うように新たな陣が描かれていき、

 

『一条、それは輝き。一筋、その後には何も残らない』

 

 幾重にも幾重にも同じように陣が増え、

 

『真白き光は全てを滅する聖なる白光』

 

 直径にして10メートルクラスの巨大な魔法陣が修の前に出来上がった。

 

『走れ、破壊の閃光』

 

 読み終えた瞬間、真白い光が魔法陣から飛び出していき、魔法陣よりも数十倍もの大きさに広がった。

 そして瞬き一つする間に魔物を全て飲み込み、殲滅する。

 

「大体、こんなもんか?」

 

「だね。少なくとも周辺にいた魔物は全部殺したはず。黒いのが結界上部から落ちてくのが僅かに見えたし、おそらく最上部に結界の穴みたいなものがある。残りは穴から内部に入った奴らだけだよ」

 

 修も頷くと、白竜に指示を与える。

 さらにはニア達に振り返り、

 

「そんじゃ、突入の準備はいいか? 降りたら早速、魔物とバトルだ」

 

 ニアは頷き、卓也も頷き、レイナも春香も副長も頷く。

 けれど優斗だけは皆に呼び掛けた。

 

「みんな」

 

 声に対し、それぞれが反応を示す。

 すると優斗は突然、こんなことを言いだした。

 

「格好いい登場シーンってさ、何であると思う?」

 

 あまりのことすぎて、全員が首を傾げる。

 ただ、優斗がここで関係ないことを言うはずがない。

 だから皆が耳を傾けた。

 

「ただ格好つけてるだけ? 確かにそれもあるだろうけどね。陳腐でチープ、それでも“決まってる”からこそ皆は希望を持つんだ」

 

 絶望的な状況に射す、一筋の光。

 

「これで“助かる”って希望を」

 

 だからこそ、わざとらしくてもやったほうがいい。

 

「今、僕らは魔物を吹き飛ばし、都市に住んでいる人達に光を見せた。“何か”が起こったと大半の人は理解してる。だから――」

 

 そこで“助けに来た人達がいる”と叫べばどうなるだろうか。

 

「藁にも縋る。例え……ありえないと思われる二つ名だとしても、信じる」

 

 普段、どれだけ信じていなくても信じてしまう。

 

「最初が肝心だよ。惹き込ませて、魅せる。僕らが救ってくれると誰もが思えるように。死ぬしかないと諦めるのではなく、生きる為の抵抗を叫ばせるために」

 

 諦めさえしなければ、大丈夫だと信じ込ませる。

 生きる意思さえあれば助かると思わせる。

 

「修、春香、副長、それに白竜」

 

 優斗はその為に必要なメンバーに声を掛ける。

 

「格好いい登場シーン、頭に思い描いといて」

 

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