第159話 first brave:必要なのは理論ではなく感情

 

 

 近くにいる兵士に簡易的な説明と、王様を急いで起こしてもらうようにお願いしながら、優斗はレイナとニアと一緒に謁見の間へと歩みを進める。

 

「悪いけど少しだけ時間をもらうよ。内々で終わらせられるようなことじゃないから」

 

 一都市。

 しかも他国。

 最低限の報告ぐらいはしないと駄目だ。

 

「ニア。魔物は結界の中に入ってたかどうか、分かる?」

 

「わ、分からない。でも結界の上のほうを目指していたと思う」

 

「……一点、入れる場所があると考えるべきか」

 

 優斗は想像を巡らせる。

 でなければ魔物を集める理由がない。

 

「なあ、ユウト。少し気になったのだが、どうして魔物で都市を囲う必要がある? それほどの量の魔物を倒せばいいだけの話ではないのか?」

 

 レイナが至極もっともなことを言う。

 ニアも理由は分からないと、首を横に振った。

 けれど優斗はある程度の予感が生まれている。

 

「……きっと追い詰めたいんだよ、正樹さんを」

 

「なぜだ?」

 

「勇者は守るべき者がいてこそ、強くなるから」

 

 守りたいという気持ちが、実力を底上げする。

 それこそが勇者という存在だ。

 

「けれどね。守りきれなかったとしても強くなれる」

 

 同時、レイナとニアの頭に疑問符が浮かんだ。

 

「……どういう意味だ?」

 

 守るために強くなるというのに、守りきれなくとも強くなれるというのは意味が分からない。

 けれど優斗は僅かに横目でレイナとニアを見て、淡々と言葉を続けた。

 

「上手いことを言うなら、踏破した故の覚醒か絶望した故の覚醒だよ」

 

 一つを選ぶ必要はない。

 

「魔物を全て倒せれば、正樹さんは才能を開花させて世界でも最上位クラスの力を得たと考えていい。倒せず、人が殺されれば……絶望して自身を責めて、それもまた力を得る為の代償になる」

 

 どっちに転んでもいい。

 どうなろうとも正樹は強くなるのだから。

 

「ただ……」

 

 少々、腑に落ちない。

 そう続けようとした優斗の言葉を遮るように、修の声が響いた。

 

「優斗っ!」

 

 駆け寄ってきて一緒に歩き始める。

 

「なんか叩き起こされたんだけど、何があった? クリスタニアって国が云々ってのは聞いたんだけどよ」

 

 どうやらリライトの勇者だけは、話す必要性があると思い伝えてくれたらしい。

 

「今からクリスタニアの一都市、レアルードに行く」

 

 優斗は謁見の間に歩きながら端的に伝える。

 

「フィンドの勇者が危ない」

 

 告げられたことに修は軽く目を細めた。

 そして次の瞬間、

 

「ちょっと待てよ。俺も行く」

 

 自身も一緒に動くことを示した。

 

「修、僕はまだ何も言ってないけど?」

 

「俺の勘だ……って言いたいところだけど、なんとなく感覚で理解できんだよ。お前が評価してたフィンドの勇者が危ないっつーんだから、相当なことだろ? で、そいつが危ないって話ならよ、たぶん絡んでくるはずだ。俺らに――俺に関する何かがな。違うか?」

 

 優斗の正樹に対する評価は高い。

 王道たる存在に、勇者に適う実力。

 けれど、そんな彼が危ない。

 だとしたら、正樹の手に負えない状況など数が限られている。

 

「僕の推測も大体、同じだよ」

 

 優斗の予想も一緒だ。

 

「マリカはいいのか?」

 

 レイナが訊く。

 この二人が今まで一緒に動かなかった理由はマリカの為。

 それが覆されるのだから確認は取ったほうがいい。

 

「今は団長に副長、それにフェイルさんがいる。そのうち、二人で守ってくれれば安心できるよ」

 

 トップクラスの実力の持ち主、団長と副長。

 そして副長に匹敵するフェイル。

 特にフェイルが増えたことで、ある程度の融通が利くようになった。

 

「入ります」

 

 謁見の間を開ける。

 王様の姿は見えなかったが、

 

「クリスタニアの都市、レアルードが……いえ、フィンドの勇者に危険が及んでいると伺いました」

 

 代わりにアリーが――アリシア=フォン=リライト王女がそこにいた。

 彼女の前まで歩き全員が膝を着く。

 

「ニア・グランドール。端的に伺いますわ」

 

 普段の様子など欠片もない、優斗や修とは別種の存在感。

 強さによる威圧ではなくとも、カリスマによる存在感が他を抜きん出ている。

 

「大魔法士の力が必要だと。その言葉に偽りはありませんか?」

 

 まるで全てを見通そうとするかのような視線。

 ニアは真っ直ぐに答える。

 

「はいっ!」

 

 真剣な瞳に一つ、アリーは頷く。

 次いで優斗と……自身を見ていた修に視線を送る。

 

「……っ」

 

 その目を見ただけで分かった。

 彼らが“どう動きたいのか”を。

 

「リライトの勇者。そして大魔法士よ」

 

 だからアリーは二人に問いかける。

 

「その力、此度は何の為に振るいますか?」

 

 王女の問い掛けに対し、優斗と修は嘘偽りなく答える。

 

「我が友を救う為に」

 

「親友が願うことを助ける為に」

 

 アリーは二人の返答に対し、一拍だけ間を置いた。

 そして静まった場に宣言する。

 

「ならばリライトは許可しましょう。貴方達――“リライトの双頭”が助けに向かうことを」

 

 同時、幾数もの足音が謁見の間に響く。

 

「もう少しだけ、時間を貰うぞ」

 

 王様の声が聞こえた。

 さらには付随するかのように近衛騎士が現れた。

 

「シュウ、ユウト。そしてニアよ」

 

 王様は三人の姿を認め、伝える。

 

「我らに示せ。その想いを」

 

 正義だとか悪じゃない。

 今回、彼らが動くのはそんな大層な名前じゃない。

 たった一人の男を救う。

 その為の感情論をここにぶちまけて、皆を共感させろ。

 

「理論ではない。想いを以て、我らに“助けたい”と思わせろ」

 

 告げられたこと。

 優斗と修は立ち上がると、ニアの手を取り王様の前へと促す。

 最初は彼女でなければならない。

 誰よりも助けたいと、救いたいと思っているのだから。

 

「…………っ」

 

 ニアは息を飲む。

 大国リライトの王に精鋭の近衛騎士達。

 このような場所で、このような人達に語れる技量など持っていない。

 

「わ、私は……」

 

 何と言えばいいか分からない。

 どうしたら伝わるか分からない。

 だけど、

 

「……私は……共にいたい人がいる」

 

 出来るのは思いの丈を語ることだけだ。

 だから言う。

 

「その人は……優しくて、強くて…………」

 

 全部、全部。

 伝えられるもの全てを声にする。

 

「でも、今……危ないんだ」

 

 ニアはぐっと拳を握りしめる。

 自分を逃がしてくれた。

 優斗を連れて来いと言われた。

 

「わ、私だけじゃ……駄目なんだ……っ!! 力が足りない! 結界が張られて、魔物があんなにもたくさんいる! どれだけ救いたくても無理なんだ!」

 

 自分一人では無理。

 どうやっても正樹を救えない。

 

「……助けて……欲しい」

 

 一人では救えないから。

 

「フィンドの勇者を……マサキを…………」

 

 私の大切な人を。

 

「救って欲しい……っ!」

 

 声が震えながらも言い切った。

 もしかしたら、涙が零れたかもしれない。

 でも、伝えるべきことは伝えた。

 次いで優斗がニアの隣に歩み立つ。

 

「本来なら、僕が行く理由は薄いのかもしれない。いくら大魔法士といえど、大切に扱ってくれているリライト王の願うべき事とは、違うのかもしれない」

 

 クリスタニアの都市が危ない?

 フィンドの勇者が危ない?

 それがリライトに何の意味があるというのだろう。

 隣接している国でもない。

 危険があるわけでもない。

 なのに、わざわざ優斗が動く必要などない。

 むしろ規模を考えれば、王様達に迷惑を掛けかねない。

 

「けれどフィンドの勇者は王道をねじ曲げられ、敵わない相手と闘い、死ぬかもしれない」

 

 あの馬鹿正直な正樹が死ぬ可能性がある。

 そんなのは嫌だった。

 

「だから僕はフィンドの勇者を――竹内正樹を救いに行く」

 

 所詮、感情論だ。

 大局を見れば、もっと後で動いても問題はない。

 けれど、

 

「今、ここで行かなきゃ僕は……」

 

 目を閉じる。

 必死に自分と仲良くなろうとしていた彼が脳裏に浮かぶ。

 人懐っこく、勇者として頑張っている姿を覚えている。

 優斗と出会って嬉しそうな笑みを、安堵した表情を覚えている。

 

 ――正樹さん。

 

 救う。

 救いに行くと決めた。

 でないと、

 

「彼の友達だなんて言えないから」

 

 友人だと口が裂けても思えなくなる。

 そう言って、優斗は皆がハッとするような笑みを浮かべた。

 

「今こそ、あらためて認めるよ。彼と同じ異世界人にして大魔法士――“宮川優斗”が絶対にフィンドの勇者を救ってみせる」

 

 決めた以上、他の結末などありはしない。

 そして修も同じように並び立つ。

 

「正直、俺はフィンドの勇者と接点がねえよ。優斗の友達ってことを知ってるだけだ」

 

 知り合いですらない。

 名前だけしか聞いたことのない相手。

 

「でもな」

 

 だからといって何もしないでいい、というわけじゃないだろう。

 

「同じ異世界人で、同じ勇者が困ってるんだったらよ。助けてやるのが義理人情だろ?」

 

 たった数人しかいない“異世界人の勇者”。

 ならば、だ。

 互いに助け合ってもいいと思う。

 

「だから――みんな、知っておけよ」

 

 この場にいる全員に示す。

 

「面倒な展開になってるだろうけど、不安は必要ねぇ。俺がいて、優斗がいる。最強無敵“リライトの双頭”だ」

 

 怖がる必要なんて一つもない。

 

「俺と優斗が揃えば何だって救える。なんたって、これから救うんだから分かり易いよな」

 

 一つの都市を救う。

 単純明快だ。

 

「この国の勇者は馬鹿だけど、やる時はちゃんとやるってことを知っておいてくれ」

 

 初めて、周囲に知らせて動く。

『リライトの勇者』として。

 何が出来るのかを、見せて魅せる。

 

「……分かった」

 

 修達の気持ちを、王様が代表して頷いた。

 

「少女が大切な者の為に己が感情を吐露し、大魔法士が己が気持ちを示し、勇者が己が想いを魅せた。ならば国がどうするべきかを……伝えよう」

 

 一つ、息を吸う。

 王と王女以外の全員が膝を着く。

 そして周囲を見回し、誰しもに、誰もが分かるように、明確なものをリライト王は轟かせた。

 

「いいかっ! 助けて、助けて、助け尽くせ! 見返りなど求める必要はない! 大国の大国たる所以を見せろ!!」

 

 何の為の大国だ?

 ただ強さを見せつけるだけか?

 違う。

 困っている小国を助けてこそ大国。

 

「故に我が望むことは一つだ!」

 

 都市一つが危ないとしても。

 フィンドの勇者に危険が迫っているのだとしても。

 

「全てを終わらせてこいッ!!」

 

 リライトから最強無敵の二人が向かうのだから。

 

「お前達を向かわせる我の正しさを証明してみせろ!!」

 

 年若い勇者と大魔法士を危ないところに向かわせる。

 重要人物である二人を他国の為に動かす。

 それが正しいことである、と。

 行って証明してみせろ。

 

「エル=サイプ=グルコント!!」

 

「はっ!!」

 

 数いる近衛騎士達の中から、副長の名が呼ばれた。

 

「勇者と大魔法士がいない以上、近衛騎士団長とフェイルは龍神を護る! 故にお前が部隊を率いろ! いいか、決して彼らだけに重荷を背負わせるな!」

 

 都市一つを救う。

 その重みを若い双肩だけに負わせる必要はない。

 負わせることこそ恥と知れ。

 

「騎士にとって彼らは何だ!?」

 

「護るべき民です!」

 

 修も優斗もリライトの民であるのならば、騎士にとっても護るべき者達だ。

 

「ならば護れ! 勇者だろうと、大魔法士だろうと、何だろうとだ! クリスタニアの民を助けて尚、お前達が護るべき者を護れ!!」

 

 出来ないなどと問うことはない。

 

「お前達には出来る! 我がそれを知っている!」

 

 王たる自分が自信を持って送り出せる。

 

「リライト近衛騎士の凄さを八面六臂に見せつけろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 謁見の間から駆け出る音がする。

 

「こちらはこちらで話をしなければなりませんわね」

 

 アリーが父に確認を取るように言った。

 

「クリスタニアの軍自体に強さはない。都市一つを結界で覆っていて、魔物が外に溢れている……だったか。おそらくはシュウやユウトでなければ、どうにもならないだろう」

 

 正直、あの二人以外が助けることになったら、消耗戦を強いることになる。

 

「幸い、クリスタニア王とは懇意の間柄だ。我らがやることも受け入れてくれるだろう」

 

 王様は考えを纏めると、また声を張り上げた。

 

「周辺諸国にも迅速に通達を送れ!! 大魔法士とリライトの勇者がレアルードを救う為に暴れるとな!!」

 

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