第158話 first brave:繋がった一つの名

 

 

 

 優斗は目を覚まし、ぐっと伸びをする。

 まだ日は昇ったばかりで、空は若干暗い。

 

「ちょっと早く起きすぎたね」

 

 王城の一室で慣れてないからか、普段は寝ぼけてる頭も冴えていた。

 

「……ん?」

 

 と、外から僅かばかり声のようなものが漏れてくる。

 

「なんだろ?」

 

 窓から外を見て、目を凝らす。

 

「正門に誰かいるけど……」

 

 王城から離れた場所――正門に幾つかの人影が見えた。

 

「あれ?」

 

 しかも見覚えがある。

 

「……ニア?」

 

 見間違えだろうかと、さらに目を凝らす。

 けれど、どうやら見間違えではないらしい。

 

「どうしてニアが……」

 

 フィンドの勇者の仲間。

 王道の王道たる一歩を踏み出させた少女。

 

『……っ……!』

 

 かろうじて届いてくる声から察して、押し問答をしているのだろうか。

 守衛相手に色々と言っているように感じる。

 

「…………」

 

 優斗は服を手に取り、着替えた。

 

 

       ◇       ◇

 

 

 ニア・グランドールは焦っていた。

 

「お願いだから……ミヤガワの居場所を教えてくれ!!」

 

 朝早く、不躾なのは理解している。

 けれどどうしても宮川優斗に会う必要があった。

 

「クリスタニアの都市、レアルードが危ないんだ!!」

 

 ニアは“逃げ出した”。

 正樹に頼み事をされたから。

 

『ここはボクが引き受ける!! ニアは優斗くんに知らせて!!』

 

 きっと、本当に不味い状況なのだと正樹は察したのだろう。

 だから頼んだ。

 優斗に知らせてほしい、と。

 そして本人はその場に残り……おそらくは魔物と相対している。

 

「ユウト・ミヤガワはどこにいる!? お願いだ、教えてくれ!!」

 

 思い切り頭を下げる。

 守衛が困った表情をしているのも分かってる。

 けれど今、ニアが頼れるのは優斗しかいない。

 だから頭を下げてでも、何をしてでも彼の居場所を聞き出すしかなかった。

 

「ユウトの知り合いか?」

 

 と、その時だった。

 赤みがかった髪の女性が近付いてきた。

 ニアは顔を上げ、声の主を見る。

 

「……えっ?」

 

 服装はリライト外の人間でさえ、戦いに携わっていれば誰でも分かるほど有名な制服。

 

「近衛……騎士?」

 

 思わず呟いたニアの言葉に女性は頷く。

 

「そうだ。私は近衛騎士のレイナ=ヴァイ=アクライト。お前は?」

 

「ニ、ニア・グランドール」

 

 名乗ったニアに対して近衛騎士――レイナは僅かに反応を示した。

 

「……ふむ。聞き覚えのある名前だな。確か……フィンドの勇者の従者だったか?」

 

「し、知っているのか!?」

 

「話ぐらいは耳にしている」

 

 レイナは守衛に目を配り下がらせる。

 そして再び、ニアと話す。

 

「このような早朝に何の用だ?」

 

「ミ、ミヤガワに会わないといけないんだ!」

 

「なぜだ? フィンドの勇者に関わることなのか?」

 

「そうなんだっ!」

 

 こくこくと、思い切り頭を縦に振るニア。

 

「どこに行けば会える!? 頼む、教えてくれ!」

 

 今度はレイナに頭を下げるニア。

 しかし彼女は首を横に振った。

 

「いや、教えることはできない」

 

「ど、どうして!?」

 

「本来ならば『どこの誰かを証明できない人物』に対して、リライトの重要人物の居場所を教えられるわけもない。私とて話を聞いているだけで、お前の人相を知っているわけではないからな」

 

「そ、それは確かにそうだけど……っ!」

 

 慌てて飛び出して来たから、身分や立場を証明するものがない。

 ニアが探そうとしている相手は大魔法士。

 容易に居場所を教えられるわけもない。

 だがレイナは王城へと向き直ると、

 

「まあ、安心しろ。私が言ったことはあくまで『教えることが出来ない』ということ。つまり――」

 

 王城に続いていく道を示す。

 

「当人がやってくれば問題など無い」

 

 駆けてくる影が一つ。

 リライトの紋章を背に構え、白を基調とした服装を着ている少年。

 

「ニア、どうしたの?」

 

 宮川優斗がやって来た。

 ニアは彼の姿を認めると、慌てて駆け寄って話す。

 

「ミ、ミヤガワ! マサキが危ないんだ! マサキが、マサキがっ!!」

 

 急に望んでいた人物がやって来てテンパっているのか、何を喋っているのかが分からない。

 

「落ち着いて。慌てたところで現状は何も変わらないよ」

 

 優斗は柔らかい口調で話し掛ける。

 

「何があったのか詳細を教えて」

 

 落ち着かせるような笑み。

 たったそれだけで、ニアの急いた心が僅かばかりだが落ち着きを取り戻す。

 一度、深呼吸をした。

 

「……せ、正確には……分からないんだ」

 

 仕切り直しとばかりに、ニアは起こったことを話し始める。

 

「ジュリアがマサキの持ってる剣を……聖剣に戻すって言って、クリスタニアに行ったんだ」

 

 フォルトレスの一件以来、正樹の剣は聖剣としての要素――精霊の加護が消失した。

 以降、正樹は普通になってしまった剣を振るっていた。

 もちろん問題は無い。

 正樹は聖剣ではなくても強いのだから。

 けれど、やはり戦力的に落ちているのは事実。

 だからジュリアの提案に乗った。

 

「そうしたら……」

 

 クリスタニアの都市、レアルードに着いてしばらくした時だった。

 

「ジュリアが急に言ったんだ。『マサキを無敵にする』って」

 

 艶美な笑みで。

 こちらが寒くなるような様子で。

 彼女は言った。

 

「何か嫌な予感がして、マサキが何かをされる前に私を逃がした。そして私が都市を抜けた瞬間……」

 

 間一髪だった。

 外壁を抜けて、高速馬車を無理矢理に連れて行き、数十秒後の事だった。

 

「都市全体に結界が張られて、それで……結界を覆うように魔物が溢れたんだ」

 

「溢れたってどれくらい?」

 

「……都市が見えないくらい。おそらく一万以上はいる……と思う」

 

 ニアの情報に優斗は眉根を潜める。

 

「なんでいきなり――」

 

 瞬間、ある違和感に気付いた。

 

「ちょっと待って、ニア」

 

 今、明らかに引っかかる単語があった。

 どういうことだろうか。

 この世界は基本的に『最強』が席巻している。

 それは伝説と化した大魔法士の意が『最強』だから。

 なのに、だ。

 

「今、『無敵』って言った?」

 

 おかしい。

 前と言葉が違う。

 フォルトレスの時、ニアは確かに別のものを告げていた。

 

「正樹さんのこと『最強』だって言ってなかった?」

 

「けれど、ジュリアは『無敵』だって……」

 

 ニアの返答に対して、優斗の眉間にさらに皺が寄った。

 

「……ジュリア=ウィグ=ノーレアル」

 

 理由は分からず、何かは分からないが……少なくとも優斗にとっては最大の違和感である存在。

 

「…………やっぱりか」

 

 確かに疑った。

 疑うべき余地があったから。

 

「間違いであって欲しいとは……思ってたんだけどね」

 

 正樹の仲間だから。

 彼が苦しむのが分かりきっているから。

 予想と違っていてほしかった。

 

「けれど……」

 

 優斗は先程の単語を吟味する。

 たった一つ。

 でも、今の状況において一番見逃せないもの。

 

「偶然で片付けたらいけない」

 

 似てるようで違う、最強と無敵。

 似てるからといって、勘違いとして無視していいわけじゃない。

 むしろ僅かな差異こそ必然として受け止めるべきだ。

 

「おそらく、これこそが王道を狂わせた原因のはずだ」

 

 優斗は修達から聞いた天下無双――マルク・フォレスターの言葉を思い出す。

 彼が在りし日に耳にした『無敵』という単語に付随してくるもの。

 勇者達に繋がる一つの存在。

 修に、そして正樹に共通している一つの名。

 

「始まりの勇者」

 

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