第288話 小話㉖:リクエストその1 キリアとラスター 後編
ガイストに呼ばれ、呼び止められた優斗は同じテーブルにつくとおおよその話を聞く。
「ラスターがキリアのライバルでいるために知らなければならないこと、ですか」
「すまないな。王城からの帰り道だということは、仕事をしていたのだろう?」
「いえ、構いませんよ。家臣に王女様のお手伝いの仕方を教えていただけですから」
どうせ家に帰るだけだったので問題はない。
だから優斗は店員に水の入ったコップを受け取りながら飲み物を注文すると、ラスターと向き合う。
「さて、どこから話すとしようか」
ガイストはキリアが立ち向かっている『才能の壁』について、話して欲しいと言っていた。
ライバルだと思ってるからこそ知らなければならない、と。
そのことを優斗は考えてから、ゆったりとした口調で口を開いた。
「そもそも、なんだけどね。ラスターは今のキリアが本来、至ることのなかった実力だってことは理解してる?」
「すでに才能の限界を超えている……ということか?」
「そうだね」
キリア・フィオーレはすでに自身の才能を越えた場所にいる。
まずはそこから語り始める優斗。
「ラスター。まず知って欲しいのは、才能の限界っていうのは超えられないから『限界』なんだよ」
そう言って手に持っていたコップの水を飲み干してテーブルに置く。
「才能というものを、このコップに見立ててみようか。器が才能で、中に入っている水が実力。修練、訓練、特訓によって君たちは器の中を満たしていって実力を伸ばしていく」
テープルの上に置いてあるピッチャーを使い、コップの中の水を少しずつ満たしていく。
そして一定のラインになったところで、さらに地の精霊術で丸く薄い板を何枚を作り出した。
「だけどコップには巨大な蓋がしてある。どれだけ叩いても壊れないほど頑丈な蓋が幾重にも重なってる」
分かりやすいようにコップの縁に板を乗せる。
「そして今のキリアはこの状態」
精霊術によって蓋をしているコップの中の水を満たしていき、完全に満たされたところで止める。
「これ以上はどれだけやっても水量が増えることはない。何故ならそれが才能の限界だから」
上下左右の四方が囲まれているから増えるわけがないし、増やすことはどうやっても不可能。
「加えて、強引に注いでしまえば……」
結果がどうなるのかは誰であれすぐに分かること。
「当然、器が保たない」
再起不能な肉体的ダメージであったり、精神的なものであったり。
戻ることのない一生涯の傷となる。
「それが普通。だから才能の限界を超えるには『異常』が必要になるんだよ」
真っ当な方法では不可能。
常識では絶対的に無理。
だからこその『異常』。
「決まった才能を打ち崩して、少しずつ実力を注ぎ込めるようにね」
蓋を叩いて、歪めて、欠けさせて、注げる量を増やす以外に実力を伸ばす方法はない。
「そしてやり方はラスターが見てきた通り。死ぬ間際まで追い詰めて、死んだ方がマシだと思えるほどに叩きのめし、起き上がらせる。これを何度も何度も繰り返して、少しずつ強くなる。才能の壁を壊すっていうのは、そういうこと」
数えることが億劫になるほど、同じことをする。
けれどラスターは聞いたことのある言葉を用いて尋ね返した。
「だ、だがミヤガワ。たとえばだが、突然見え方が変わるというのもあるんだろう? よく話には聞くぞ。そうすれば繰り返していくうちに突然、実力が飛躍的に伸びることだって――」
「――あり得ない。見える世界がいきなり変わることはないし、閃いたように極意を習得することは不可能だよ」
確かに昔と比べてしまえばキリアとて見え方は変わっている。
けれど突然、そうなったわけではない。
昔を振り返って、やっと気付くこと。
「ラスターの言い分は己が才能に届いてなかった奴らの戯れ言であって、才能がない人間の言葉じゃないんだ」
そんな甘いことを言える奴らは限界を超えたわけではない。
そして何よりも、戦士として夢見る言葉を使えるような生温い世界に彼女は生きていない。
「考えてもみなよ。ラスターと同じ歳の人間の中で誰よりも強さに固執し、誰よりも努力しているのがキリア。だというにも関わらず最低な事実がそこにはある」
あまりにも呆気ない現実が、目の前には存在している。
「キリア・フィオーレは同い歳の人間と比べて“最も強い〟とは到底、言うことが出来ない。今までとは違って、最速で強くなれるように僕が訓練を組んでる。今のキリアが費やしている時間に無駄は一切ない。それでも駄目なんだよ」
一番大切なものが欠けている。
最も大事にすべきものが存在していない。
「やりたいことがある。望むことがある。けれど自分に才能はない」
役立たずの魔法に、役立たずの精霊術。
敵を倒すに全く値しない能なし。
「だとしたら、だよ。どうしてもやりたいのなら、どうしても望むのなら何をしなければならないと思う?」
そう問うたところで答えは一つしかない。
「努力するしかないんだ。才能がないくせに努力しない、っていうのは存在しない。だから頑張るだけのこと」
そして彼女はしっかりと結果を得た。
確かな実力を持ち始めてきた。
「まあ、僕が関わってからそこそこ優秀にはなったけど……そうなると別の問題も生まれてくる」
「別の問題……?」
「戦う才能があると勘違いされる」
ふざけた話だよね、と優斗は軽く言う。
おそらくは自身の経験も踏まえた上で伝えているのだろう。
「あれだけ努力してあの程度の実力しか持たないキリアのことを、戦う才能があるって勘違いされるんだよ」
「だ、だがキリアの訓練を見れば、少なくとも努力する才能が――」
「――ラスター。努力の才能があるって言われることは、イコールとしてどのような意味になると思う?」
不意に優斗がラスターの言葉を遮った。
彼にだけは、それを言わせてはならないとでも告げるかのように。
「どのような……意味? すまないが分からない」
「自分が頑張っていることに対しての才能はない。そう言われてるも同然なんだよ」
「……っ!」
優斗が告げた瞬間、ラスターは心臓が止まるかと思った。
「うちの馬鹿弟子を例えにすると、求めた才能がないから努力しなければいけなかった。努力するしか望む道に進めなかった」
強くなりたいのに、強くなるための才能がない。
どれだけ努力したところで、到達出来る場所など高が知れている。
「何故なら自身が本当に欲している才能を、キリアは持ってない。誰よりも苦しい思いをして、誰よりも辛い修練を重ねて、誰よりも厳しい日々を過ごしているのにキリアは今の位置にいる」
優斗は真っ直ぐに弟子のライバルを見つめながら、それでも現実を伝える。
「ラスター。キリアは君の何十倍も努力して苦しんでいるのに、すぐ近くにいるんだよ」
彼は今まで何度も見てきたはずだ。
優斗に死ぬほど追い詰められ、幾度となく殺されかけているところを。
だというのに残酷なことを言おうとした自分が、ラスターはとてつもなく恥ずかしいと思った。
「すまない……っ! 俺はキリアの意思を、努力を知っているはずなのに……」
ライバルだと思っている自分が、それを言っていいはずがない。
それを止めてくれたことにラスターは感謝する。
「辛いことに耐えられる。苦しむことに耐えられる。痛むことに耐えられる。それが努力の『才能』だとするなら、その才能を欲しい人はいるのかな?」
本来の才能はなくとも努力の才能はある。
だけどそれを欲したい人はいるのだろうか。
優斗はあり得ないと苦笑いを浮かべる。
「そして僕は耐えられることが才能だとは思ってない」
努力の才能の有無ではなく、もっと他のもの。
天や親から与えられたものではない。
自分だけが決めて、自分だけが誓えるもの。
「大切なのは意思。絶対に折れないと決めて、絶対に折らないと誓った意思こそが最も大切だ」
キリア・フィオーレが強くなるために最も必要なものであり、欠けてはならないもの。
「心の有り様まで才能が必要とか、冗談でも僕は言いたくない」
そんなものは努力したくない奴の言い訳に過ぎない。
最優秀になれないから、優秀になることを放棄した怠け者の戯れ言でしかない。
「だからこそ師匠である僕は歩き方を教えていく」
時には整備して、時には痛みを伴わせて。
「茨の道であろうとも、歩けるように」
優斗のように堕ちてしまわないように。
キリア・フィオーレがキリア・フィオーレのままで強くなれるように。
師匠である優斗は彼女に最高の道を敷く。
「ラスターにはあらかじめ言っておくよ。僕はキリアを学院最強にして、最終的には独自詠唱の神話魔法を使えるようにする。これはもう決定事項だ」
しっかりと、染み渡らせるように伝える。
一言一句、勘違いさせないように優斗はラスターに言葉を向けた。
「これから一月、三ヶ月、半年、一年、二年と月日が経つにつれて、今のままならキリアとラスターの実力差は少しずつ広がっていく。ライバルでいられる期間はあと少しだけだよ」
そこにあるのは絶対の自信。
キリアを学院最強に出来るという自負と、弟子であれば出来るという信頼。
その二つを持った自信を含めて、優斗はラスターに告げる。
「だからショックを受ける前に逃げるか、立ち向かうかを決めたほうがいい」
まるで挑発するかのような物言い。
だからこそラスターは叫んだ。
「それでも俺はキリアの〝ライバル〟だということを、同等であることを絶対に諦めない!」
瞬間、優斗とガイストはニッと笑った。
あまりにも狙い通りで、あまりにも彼らしかったから。
「師匠、今後の訓練に対して予定の変更をお願いします! 俺がキリアの〝ライバル〟でいるための訓練を組んで下さい!」
「いいだろう。厳しくいくぞ」
「望むところです! それでは師匠、今日はこれで失礼します!」
ラスターはばっと席を立つと、勢いよくテーブルから遠ざかっていった。
優斗はその後で到着した飲み物を飲みながら、ラスターの師匠とのんびり話をする。
「さて、と。焚き付けるのは、こんなもんでいいですか?」
「ああ、助かったよ」
「それとこっちもすみません。あえてラスターを挑発したのにも理由があったので」
「ライバルはライバルのままで居て欲しかった。違うかな?」
そもそもキリアですら思っていない。
自分自身が学院最強を名乗るとしても、ライバルにラスターがいないなんて思っていない。
だからこそキリアにとって、リライト魔法学院にはラスターが必要だった。
切磋琢磨出来るライバルがいるというのは、モチベーションを保つ意味でも強くなる意味でも重要な要素の一つだ。
「敵いませんね、ガイストさんには」
「拮抗しているうちはいい。だが今のままだとフィオーレ君は確実に強くなっていき、やがて敵わなくなる。君の指導とフィオーレ君の意思は、その結果に必ずや到達する」
そしてライバルだと思っているからこそ心が折れる。
優斗の凄さを、キリアの意思を知っているからこそ。
「誰であれ逃げる言い訳にできる。最強の大魔法士に指導され、尋常ではない意思があるからこそ」
「けれどガイストさんは大丈夫だと思ったからこそ僕に言わせたんでしょう?」
二人は飲み物を飲みながら顔を見合わせると、くすくすと笑い合う。
「貴方の弟子になった理由があり、望むことがある。だとするなら自覚させるだけで十分です」
ラスターは絶対に逃げない。
師匠として確信を持っているからこそ、優斗に声を掛けた。
同じく弟子を持っている身として、ガイストの行動の意味が優斗にはよく理解出来る。
「それにラスターだったら『異常』を用いなかったとしても、常識範囲ギリギリの努力をすればキリアに離されませんよ。うちの馬鹿弟子と違って、才能があるんですから」
真っ正直な戦い方しか出来ない男の子だ。
だけど彼には間違いなく戦いの才能がある。
「まあ、お互いにちょうどいいタイミングだったということだ」
「というと?」
「あの簡易的な精霊剣は、そういうことだろう?」
問われるように言われたが、優斗は参ったとばかりに両手を挙げた。
まさかそこまで読み切られているとは思ってもいなかったからだ。
「簡易的な精霊剣も今までだと十分と言えるほどに使えました。けれどそろそろ、誤魔化しになってしまいますからね」
「最初から渡そうとは思わなかったのか?」
「順序ってものがありますから。特に馬鹿弟子の場合は」
一歩ずつでなければ間違えてしまう。
すぐにでも強くなりたいと思っているからこそ。
「僕の仲間が言っていました。『決して寄り掛からず、決して寄り掛かられることのない使い手』。それこそが名剣や聖剣の使い手に相応しい、と」
今までは寄り掛かってしまうから。
だから与えなかった。
「縋ってしまえば成長はありません」
けれど、と言いながら優斗は面白そうにガイストを見る。
彼が気付いていたように、こちらとて今の発言で気付いたことがある。
「ガイストさんだって、そろそろラスターの必殺技を考えているんでしょう? うちの馬鹿弟子の必殺技は、Aランクの魔物でも削り取りますしね」
「ははっ、君であれば気付かれてしまうか」
「もちろんですとも」
どちらも何を与えるのか、決めている。
その先にどのような強くなっていくのか、今から楽しみだと師匠二人は目を細める。
「数多の弟子を育ててきたが、ラスターほど厳しい環境に置くのは初めてだ。しかし、それでも不安がないと思えるのは彼が良い弟子だと私が思っているからだろう」
「キリアは僕じゃないと駄目でしたから、良い弟子も悪い弟子もないですけどね」
彼女を鍛えられるのは大魔法士以外に存在しない。
そのことを互いに知っている。
とはいえ、だ。
優斗は仕方なさそうに笑った。
「それでも、まあ、自慢の弟子なのは間違いないですよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます