第287話 小話㉖:リクエストその1 キリアとラスター 前編
今日、優斗がいないのでキリアはラスターとヒューズと剣技の訓練をしていた。
そして何度かの甲高い打ち合いが響いた後、不格好では穿ち方ではあったがキリアの木刀がラスターの首の近くを通り過ぎる。
その光景を見て、ヒューズは宣言した。
「キリア先輩の勝ちっす」
感嘆するように拍手をするヒューズと、驚きの表情のまま固まったラスター。
キリアは勝ったことに納得したものの、結果としては満足のいく出来とはいえなかった。
「やっぱり正攻法じゃ、まだまだ勝てないわね」
結局は不意打ちを使って勝つことになった。
頭を掻いて、何がいけなかったのかを考え始めるキリア。
けれどラスターが慌てて声を掛けた。
「キ、キリア! 今のは何だ!? 完全にタイミングがおかしかったぞ!?」
左足を軸にした横薙ぎ。
それをラスターが防ごうとした瞬間、急にキリアの木刀が軌道を変えて彼女の右側へと収まり、突きを放たれた。
タイミングが明らかにおかしい攻撃だった。
「そりゃ不意打ちなんだから、タイミングはおかしくないと効果的じゃないわよ」
狙ったのはタイミングのズレ。
だから攻撃としては一応、狙い通りだ。
「ラスター君やヒューズだったら防ぐ前から予想が出来るでしょ? 角度や威力、速度とかもね」
「まあ、そうだな」
「そうっすね」
「それは足の踏み込みとか剣を溜めてる時の角度とか分かる。誰もが持ってる経験則ってやつよね」
さらには腕の位置、肩の動きなど情報を増やしていくうちにつれて、どのような攻撃が来るのかを判断できる。
「だからラスター君が判断したあとにズラしたのよ。踏み込んだ軸足を、ね」
そう言ってキリアは左足の太ももを左手で叩く。
ヒューズも笑いながら凄かったと頷いた。
「キリア先輩、踏み込んだ左の軸足を無理矢理、地面から滑らせて宙に浮かせたんすよ。で、引き寄せた右足で無理矢理踏み込んで、無理矢理に突きを放ってたっす」
コンマ数秒の荒技。
左足を軸にして木刀を左脇に収め、右肩と右肘の動きから横薙ぎが来ると判断したラスターの考えを根こそぎ変える方法。
もちろん横薙ぎが通用するなら問題なかったが、平然と防がれるとキリアも分かったからこそ不意打ちに変えた。
「つまり攻撃を途中からキャンセルして、突きを放つために捻る行動へ変えたってわけよ」
「全部が全部、無理矢理だったっすね。あれほど強引に身体の軸を移動させた人、初めて見たっす。しかもあれ、バランスが崩れるから連続攻撃を捨てた一発限りの不意打ちっすよね?」
「しょうがないじゃない。教わったのはいいけど、まだ慣れてないんだから。先輩だったら連続攻撃してるわよ」
むしろ怒られるような出来映えであることも理解しているので、まだまだ練習を重ねないといけない。
「っていうか、何で不意打ちしたんすか? 普通に戦っても良い感じっすよ」
「今日は勝つって決めてただけよ。普通にやって勝てるなら良かったけど、やっぱりラスター君も甘くないわ」
今のところは実力が拮抗しているだけあって、前衛タイプの彼らに正攻法は通用しない。
「……はぁ。まだまだ最低限にはほど遠いわね」
道のりはまだ長い。
もっと頑張らないといけない。
「最低限ってどれくらいっすか?」
「クリス先輩とか元生徒会長の剣戟を防ぐくらい」
「……それ、最低限っすか?」
ヒューズが目を丸くした。
元生徒会長というのが誰かは判断出来ないが、クリスの剣技はヒューズも闘技大会でしっかりと確認した。
あれは間違いなく別格だと言えるほどの実力者で、あれほど綺麗に細剣を振るう人をヒューズは今まで見たことがなかった。
「防げないと近付かれて終わりなんだから、それが最低限よ。駆け引きの余地すら生まれないわ」
案の定、キリアは闘技大会ではクリスに接近されて終わった。
距離を取ったのに、一瞬で潰されて防御すらまともに出来なかった。
「だけどキリア先輩、クリス先輩とかに剣技で勝つ気はさすがにないんすね」
「勝負に勝てるなら剣技が負けてたってどうでもいいわ」
何でもかんでも上になろうと今は思わないし、それが無理だということは強制的に師匠から教え込まれている。
というより勝ちたいと言ったら鼻で笑われるだろう。
「まあ、来年には『学院最強』になろうとしてるんだから、少しぐらいは当代に追いついておかないとね」
実力的にキリアが卒業するまで、クリスを追い抜くことは出来ないだろう。
けれど近付くことは不可能ではない、と。そう思う。
「えっ? キリア先輩、学院最強になるつもりなんすか?」
何気なく告げたキリアの言葉にヒューズは再び、目を丸くして聞き返す。
「あれ? 言ってなかったかしら?」
キリアは頭を掻きながら、自分の発言を思い返した。
そういえばわざわざ宣言したことはなかったような気がした。
「それじゃ、まあ、ちょうどいいことだし二人に伝えておくわ」
言葉にするのは悪いことではない。
誰かに言うことを憚るような想いも、決意も持った覚えはない。
だから、
「わたしは来年、学院最強になる。ここで立ち止まるつもりはないわよ」
笑顔を浮かべてキリアは堂々、ヒューズとラスターに宣言した。
◇ ◇
今日は十分に訓練できたので、三人は解散する。
その中でラスターは帰宅途中にあるカフェのテラスでコーヒーを飲みながら、先ほどのキリアの言葉を考えていた。
「……学院最強になる、か」
代々、受け継がれている学院の二つ名。
キリアは今日、それになると堂々と宣言した。
そしてラスターが知っている師弟は、違わずして目標を達成するだろう。
それほどの意思と覚悟があの二人にはある。
だが、それを安易に認めていいのだろうかとラスターは思う。
彼女が宣言したことはつまり、自分よりも強くなると言っているのだから。
「どうした、ラスター? 考え事でもしているのか?」
と、その時だった。
ラスターの師匠であるガイストが偶然、道を通りかかった。
おそらく考え込んでいるラスターを見つけて、声を掛けてくれたのだろう。
「悩み事があるのなら聞こう。それが師匠である私の務めだろうからな」
ガイストは柔らかい雰囲気で向かいの椅子に座ると、店員に飲み物を注文してから聞く姿勢を取った。
無理矢理に聞きだそうとするのではなく、師匠なのだから頼れと伝えてくれたことにラスターは心の中で感謝する。
そしてガイストが注文した飲み物が届いたあと、ラスターは今日の出来事を口にした。
三人で剣の練習をしたこと、キリアに負けたこと。
そして――ライバルが学院最強になると決めていることを。
「キリアは勝つと決めていたから、不意打ちを使ったと言いました。でもそれは、言い換えるとキリアは正攻法以外の全てを含めれば剣技で俺に勝てるということです」
不意打ちを使わないと勝てない……ではなく不意打ちを含めれば勝つことは難しくない。
そう言われたようだった。
「つまり今の俺は剣であってもキリアに劣っている。そういうことですよね?」
真剣なラスターの質問にガイストは顎に手を当てながら、言葉を間違えないように言葉を返す。
「剣技だけ述べるのであれば、お前のほうがまだ強い」
キリアが優斗の弟子になり飛躍的に実力が向上したというのなら、ラスターとて同じこと。
ガイストの弟子になって同じように実力は上がっている。
「だったら次にやる時は勝てる……ということでしょうか?」
「それが修練であれば、だがな」
「どういうことですか?」
「本当に一度限りの勝負をするのなら、フィオーレ君は全てを使っているわけではあるまい」
一端は闘技大会の準決勝で見せていた。
簡易的な聖剣に必殺と呼べる魔法。
さらに不意を狙ったのは精霊術。
攻撃手段が普通の戦士に比べてあまりにも多い。
「正直な勝負というものに、あの師弟は拘りがない。『勝つ』という結果に対して、あらゆる手段を使ってくる。それが剣であってもな」
正道と邪道。
二つを混ぜ合わせている。
「お前は数多の引き出しを持つフィオーレ君に勝つイメージが思い浮かぶか?」
不意打ちは弱者がやるもの……だと思っているのなら、それは正しい。
だがあの師弟は弱者上等と考え、勝てるのなら不意だろうと何だろうとやることに躊躇いがない。
実力の上下が勝敗に繋がるとしても、勝敗を決定するものではないと知っている。
「正直に言えば……浮かびません」
「そして剣技とて、いずれ正攻法でお前は負ける。なぜなら彼女が現時点で目指す場所は、レグル君の攻撃すら防げるようになることだから、だ」
何故なら勝つために必要だということを理解している。
ほんの僅かな可能性を、確実に手にするために。
「ラスター。お前はレグル君と戦った時、何を感じた? あの圧倒的な強さを前に、泣くほど悔しい想いをしたか?」
クリスほどの相手と戦い、涙を零す。
あれほど力の差を見せつけられて尚、キリアの立ち向かう気持ちが萎えることはなかった。
「尋常ならざる意思の強さ。目指した目標に対して、上を向き一歩も退かないこと。それが彼女の真髄だ」
ならば彼女の言葉には意味があり、覚悟がある。
「フィオーレ君がなろうとしているのは『学院最強』。つまり来年度のリライト魔法学院で最も強くなること。そして――」
宣言した、とラスターは言っていた。
要するに彼女の性格と師匠の性格を考えれば、未来のことであっても必ずそこに至る。
ガイストは弟子の目を見ながら、いずれ訪れる結果を伝えた。
「結果は揺るがず、彼女は学院最強になる」
同等から一歩抜きん出た存在へ。
どちらが強いか分からない状況から、自分こそが一番強い、と。
それを二つ名として証明してみせるという誓い。
「だ、だとしたら俺がもっと成長すればいいんですよね? そうすれば――」
「それは違う、ラスター」
言葉として明確にされたことに反論しようとするが、ガイストは首を振った。
「ミヤガワ君の頭の中にはお前の予想以上の成長など存在しない。お前に最大限の敬意を払った上でそう言っている」
キリアの師匠は大魔法士。
その事実を軽く見てはいけない。
「どういう……ことですか?」
「お前が限界まで行った努力すら想定して彼女を育てる、ということだ」
そんなに温いわけがない。
もっと頑張ればあの師弟の思惑を打ち崩せるなど、あまりにも粗末な考えだ。
「侮ってくれるのであれば、幾分か楽ではあるのだがな。お前は二年の中で最上級に評価が高い上、侮るつもりもない。予想通りと予想以下の成長はあれど、予想以上はない」
しかし、とガイストは思う。
無理と無茶はしても無謀なことはしない優斗の育成方針を考えると、
「けれど予想通りの成長をするのならば、フィオーレ君の実力はおそらくお前をギリギリ上回る程度だ。学院最強が彼女だとしてもライバルは誰かと問われたら、お前だと言われるはずだ」
強さとしては上回るけれども、圧倒的に上回るわけではない。
むしろ勝負をすればラスターに負ける可能性が十分に存在する程度だ。
「その理由がお前に分かるか?」
大魔法士が育てたところで、尋常ではない意思があったところで、そうなってしまう理由。
これはもう明確にして単純なこと。
「ラスター、お前には戦闘の才能がある。それはフィオーレ君が持っていないものだ」
だからこそ勝負をすれば勝てる可能性が残る。
訓練に費やす時間も、密度も、何もかもがかけ離れていたとしても、だ。
だが、
「……才能があるのだとしたら、どうすればキリアと同等でいることができますか?」
ずっと互いに認め合ってきたからこそ、どうしようもなく『どうにかしたい』と思ってしまう。
ラスター自身の才能を分かった上で、それでも相手は上回ってくる。
甘く見てくれることがないことは、言われてしまえば『なるほど』と思ってしまうほどにラスター自身がよく知っている。
だからあの師弟がそう決めたのなら、その結果は揺るがない。
ラスターに学院最強を譲ってしまうような優しい二人ではない。
でも、そうだとしても、たった一つの単語があるからこそ、ラスターは納得したくない。
「俺はあいつの〝ライバル〟だ!! なのにあいつが上に行くことを、黙って見ているわけにはいかない!!」
揺るぎないものだとしても。
揺るがないと分かっているとしても、
それでも足掻かずにそのままでいたくない。
たとえそれが――最強の師弟の予想範囲であろうと。
「……ラスター。だとしたらお前はもっと深く知っておかなければならないだろうな」
ガイストは周囲に視線を彷徨わせてから、それでもしっかりと伝えた。
強さを求める少女と、最強と呼ばれる少年。
唯一無二だからこその師弟関係。
そして、
「フィオーレ君が立ち向かう『才能の壁』のことをな」
そう言ってガイストは手を挙げた。
まるで誰かを呼ぶように招き寄せると、一つの足音がラスターの背後に響いた。
「少しいいか? ラスターと話をしてもらいたい」
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