第65話 リベンジ・スキー旅行

 馬車に朝一で乗ってスキー場へと向かう。

 二台に分けて向かって片方には優斗、フィオナ、マリカ、卓也、リル。

 御者台には和泉とレイナ。

 もう片方にはクリス、クレア、ココ。

 そこの御者台は修とアリーが乗っている。

 

「これ、去年のリベンジだよな」

 

 馬車の中で卓也がしみじみと言う。

 

「確かに」

 

 唯一、意味の分かる優斗が頷いた。

 初めての泊まりの旅行で、まさかの展開だった。

 

「どういうことよ?」

 

 リルは意味が分からずに問いかける。

 

「オレら、スキー旅行に行こうとしてたら召喚に巻き込まれてこっち来たんだよ」

 

「そうなの?」

 

「そうなんだ」

 

 今でも強烈な印象として残っている。

 

「まあ、修に感謝だな。あいつがいなかったらオレ達って死んでたし」

 

「修様々だよね」

 

 うんうん、と優斗も首を縦に振る。

 

「修も去年のことがあったから、ことさらスキー旅行は拘ってたみたいだ」

 

「やっぱり拘ってたんだね」

 

「じゃないとこんな日程で旅行しようなんて思わないだろ。優斗たちが他国行くはめになって一回はポシャった計画を練り直して、しかも数日前に成立させるなんてさ」

 

「かもしれないね」

 

 修の願いが上手く反映されて、今回の旅行になったと言ってもいいかもしれない。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 スキー場に着いた。

 とりあえずは荷物を預けマリカも託児所……というよりはマリカが来て以来、トラスティ家の専属となった近衛騎士達に預ける。

 そしてウェアを着てスキー道具を持ち、全員が集合した。

 人々を山の上に連れて行く物も、リフトと似たようなものだ。

 おそらくは魔法科学で動かしている一種。

 和泉に訊けば詳しいことは分かりそうなものだが、長くなりそうなので却下。

 というわけで優斗はまず、

 

「この中でスキーの経験者、手を挙げてくれる?」

 

 経験者と初心者を分けることにした。

 手を挙げたのは、

 

「僕とクリスとアリーとレイナさんにココか」

 

 なら、このメンバーを今日は先生にしよう。

 

 ――これならマンツーマンで教えることができるし。

 

 優斗は考えを纏める。

 

「今日のうちは経験者組は初心者組を教えることにしようか。先生――生徒の組み合わせとしては僕とフィオナ、クリスとクレアさん、レイナさんと和泉、ココと卓也、アリーとリル。これでいい?」

 

「あいつはいいの?」

 

 唯一、名前を呼ばれなかった修をリルが指差す。

 

「いいよ。どうせ言うこと聞かないし、勝手に滑らせておけば二,三時間でパラレルターンまで出来るようになってるから」

 

 教えようとすると手間なのだから、いっそ教えなければいい。

 

「相変わらずの信頼関係ですわね」

 

 アリーが苦笑する。

 ある意味、最強の信頼関係を結んでいるのは優斗と修だろう。

 

 

       ◇      ◇

 

 

「そうそう。手を広げて、ストックを地面と水平に持つ。それで曲がりたい方向にストックを持って行く。それだけで曲がってくれるから」

 

 優斗が後ろ向きに滑りながらフィオナに教える。

 

「は、はい」

 

 フィオナがボーゲンをしながらゆったりと右に曲がっていく。

 

「うん、上手いよ」

 

「はいっ!」

 

 優斗に褒められたことで、フィオナの気が少し緩む。

 すると、

 

「あ、あわわっ」

 

 左足が流れて転んでしまった。

 

「う~、油断しました」

 

「だいじょうぶ?」

 

「も、問題ありません」

 

 気を取り直すフィオナ。

 

「じゃあ、頑張って一人で立ってみようか。それも練習だよ」

 

「はいっ」

 

 

 

 

「クレア、落ち着いてくださいね」

 

「は、はい」

 

 頷くものの、クレアはおっかなびっくりリフトに乗る。

 一度も転ばずに降りてこられたものの、緊張しなくなるとは言えない。

 

「す、すみません。クリス様のお手数を掛けてしまって」

 

 自分がスキーをしっかりと出来ていれば、とクレアが言う。

 けれどクリスは軽く笑んで答えた。

 

「気にしなくていいのですよ。ゆったりやりましょう。別に上手くなる必要なんてないんですから」

 

 

 

 

「違う! 何度も言っているだろう! 力配分を間違えるな! 曲がる際には内側の足を少し前に出せ!」

 

 また別の場所では、和泉が大量に雪を被って倒れていた。

 

「……会長。男子メンバーの中で一番に運動神経のない俺に、最初からパラレルターンを教えるとかどういうことなんだ?」

 

 基本を教えろ。

 基本を。

 

「気合いがあれば出来る!」

 

「できるわけがないだろう」

 

 

 

 

「タク、うっかり滑ってしまってスピード出そうになったら素直に転んでください。止まるにはそれがベストです」

 

「分かった」

 

 ココの言うことに卓也が真面目に頷く。

 彼の態度にココがよかった、と安堵した。

 

「今更ながらに思いますけど、タクが相手で楽です」

 

「当然だろ。修や和泉に比べたら」

 

 運動神経は普通だし、真面目に話を聞く気もある。

 

「ただ、習う側としてはレイナは嫌だな」

 

「どうしてです?」

 

「絶対にスパルタだぞ、あいつ。最初からパラレルターンとか教え込むタイプだ」

 

 卓也の言うことがあまりにも簡単に想像できて、ココが吹き出す。

 

 

 

 

「なんでタクヤのやつは滑れないのよ」

 

 王女コンビの片割れがグチグチと文句を垂れながら滑る。

 

「こっちの世界に来るまで旅行をしたことがないって言ってましたわ。ですからスキーだって当然、初めてですわね」

 

「というか、どうしてタクヤとココなのよ」

 

「タクヤさんの家庭教師がココですから」

 

 そのあともぶつくさと言うリルにアリーがニヤニヤと、からかうような笑みを浮かべた。

 

「嫉妬ですか?」

 

「違うわよっ!」

 

 

 

 

 フィオナがボーゲンを出来るようになると、彼女をココに託して優斗は近衛騎士からマリカを引き取る。

 そして皆が帰ってくる残り30分ほどをマリカと遊ぶのに費やした。

 雪を触らせ雪だるまを作って、

 

「じゃあ、行くよ?」

 

「あい」

 

 最後に優斗はソリに乗り、自らの足の間にマリカを挟み込む。

 下り坂を段々とスピードを付けて下っていく。

 

「案外、はやっ!」

 

「た~~~~いっ!」

 

 優斗は下りきると足でブレーキを掛けてソリを止める。

 

「あうっ! あうっ!」

 

 マリカが大はしゃぎする。

 

「もう一回、やる?」

 

「あいっ!」

 

 マリカが頷いたので、優斗はマリカの手を引きながら緩やかな坂を上る。

 

「あっ、マリカ見て。みんな、滑ってるよ」

 

 ふとゲレンデを眺めた優斗が指差す。

 その中でも一人、凄いスピードで降りてくるのがいた。

 

「ゆー?」

 

「そうだね、修だよ」

 

 物の見事にターンしながら修は優斗たちのところへ降りてくる。

 

「さすがだね」

 

「スゲーだろ」

 

 修はゴーグルを上げてスキー板を外す。

 

「マリカはパパと遊んで楽しかったか?」

 

「あいっ!」

 

「そっか。良かったな」

 

 にっ、と修が笑う。

 

「あと少しで全員が戻ってくるし、もう一回ぐらいソリで滑ろうと思ってるんだけど……そうだ。修、ちょっと手伝って」

 

「あん? 別にいいけど」

 

「サンキュ。それじゃ、まずは俯せに寝そべって」

 

 突飛な発言が優斗から出てきた。

 

「はっ?」

 

「俯せに寝そべって、と言ったんだよ」

 

 修の聞き間違えではなかったらしい。

 とりあえず、言われた通りに雪の上で俯せになる。

 

「次は?」

 

「マリカ、修に乗っていいよ。ぎゅ~っと修の首元を掴んでてね」

 

「あい」

 

 念のため風の精霊に、マリカが落ちないように姿勢補助を頼む。

 そして坂の下で優斗は左腕を突き出してスタンバイ。

 

「おい、お前まさか……」

 

 嫌な予感がする修。

 

「そのまさか」

 

 優斗がニヤリと笑って、突き出した左腕を引く。

 瞬間、

 

「お……おおおぉぉっ!?」

 

「あう~~っ!」

 

 修が前触れなくゆったりと坂を下りだした。

 段々と加速していく。

 

「ちょ、予想外に速え!!」

 

「た~~~っ!」

 

 無事、マリカは優斗のところへたどり着く。

 ソリ代わりの修は顔面が雪まみれになった。

 

「お帰り、マリカ」

 

「あいっ」

 

「修もお疲れ」

 

「結構ビビったわ」

 

 優斗と修の視線が合う。

 雪まみれの修の顔に優斗が笑った。

 つられて修も吹き出す。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 夕食も食べ終え、団欒も終わり、男女別れて互いの部屋へと入っていった。

 そして就寝前、前回と同様に修学旅行のようなお話タイム。

 

「とりあえず気になったんだが、クリスはこっち来て良かったのか?」

 

「ここで変に気を遣われるほうが嫌ですよ」

 

 和泉の心配は無用。

 

「でも、前にこうやった時と違う点がたくさんありますね」

 

 クリスがしみじみと思う。

 

「優斗はやっとフィオナとくっついたことか?」

 

「卓也だって婚約者が出来たじゃねーか」

 

「クリスも妻帯者になったのだしな」

 

 後半喋った二人――修と和泉について優斗と卓也、クリスが顔を付き合わせる。

 

「……この二人ってどうなの?」

 

「シュウは論外ではありませんか?」

 

「ああ、ないな」

 

「じゃあ和泉は?」

 

「……レイナさんとの関係性がいまいち分かりません」

 

「オレも。付き合ってるわけじゃないんだろ?」

 

 三人そろってじっくりと修と和泉を観察。

 

「なんだよ?」

 

「どうした?」

 

 いぶかしげに優斗達を見る二人。

 

「……いえ、今年は進めばよいですね、と」

 

「進展あったらあいつも浮かばれるな、と」

 

「見ていて可哀想なのが一人いるから、どうにかしてあげたいな、と」

 

 

       ◇      ◇

 

 

「それでフィオはどうなんです?」

 

 女性陣も男性陣と同様、お話タイム。

 

「どう、とは?」

 

「ユウとのことに決まってます」

 

 ココがはしゃぐように訊いてくる。

 しかしフィオナは、

 

「えっと……。あまり前と変わりませんよ」

 

「そうなんです?」

 

「だって私と優斗さんですし。ただ私が少しだけ積極的になったと思います」

 

 でないと優斗がネガティブになりそうだから。

 ……自分が彼にくっつきたいのも多分にあるが。

 

「まあ、あんたらは前からあんだけラブラブだったんだから、これ以上ラブラブしてもらってもこっちが困るわ」

 

 リルが呆れたように告げる。

 

「そうですか?」

 

「……理解してないのが性質悪いわね」

 

「しかしユウトとフィオナらしいな」

 

 ため息をつくリルと納得するレイナ。

 

「クレアさんはどうなのですか?」

 

 続いてアリーが話題をクレアに振る。

 

「わ、わたくしですか?」

 

「クリスさんは優しくしてくれますか?」

 

 優しくアリーが訊く。

 

「は、はい。クリス様がわたくしの夫だなんて、今でも恐れ多いです。未だに少しばかり緊張してしまいます」

 

「顔は完璧に王子様だもんね」

 

 気持ちはリルとて分からなくもない。

 と、ココが不意に笑い出した。

 

「ふっふっふ。わたしの婚姻相手はまさしく王子です」

 

 勝ち誇ったような表情を浮かべる。

 

「あれほどのイケメンをよくもまあ、婚姻まで持っていったわね」

 

「だってラグはわたしのこと可憐だって言ってくれますし、これほど美しい方は見たことがない、とも言ってくれます」

 

 ココの発言にクレア以外は首を捻る。

 

「……可憐?」

 

「ロリコンなの?」

 

 レイナとリルが酷いことを言う。

 

「えっ、なっ!? ち、違います!」

 

「いや、でも……ねぇ」

 

 リルが皆に同意を求める。

 

「わ、わたくし、ココ様は可愛らしいと思います」

 

「美しいよりは可愛いとは思いますよ」

 

「ココを可憐って言う剛胆な方は初めてですわね」

 

「私としてはココは小さくて可愛い、なのだが……可憐?」

 

 なんだかんだで誰も同意しない。

 ココが自棄になる。

 

「い、いいですいいです。どうせわたしは小さいんです。フィオとかアリーみたいにボンキュッボンじゃないですし、レナさんみたいにモデル体型じゃありません!」

 

 どうせ“可憐”なんていう言葉はフィオナとかアリーが似合っているに決まってる。

 

「っていうか、わたしより問題児が三人いるじゃないですか!」

 

 ココは話を逸らすためにまず、レイナを指差した。

 

「レナさんはズミさんとどうなんです?」

 

「私とイズミか?」

 

 話題を持ってこられたレイナが少し驚く。

 

「……う~ん」

 

 しばし考える。

 だが、どういう関係なのかと問われると言い難い。

 

「何とも言えんな。別に恋仲というわけではないが、あいつに誰か好きな奴がいると考えると妙な気持ちになるのも確かだ」

 

 嫉妬というわけでもないだろうが、なんなのだろう。

 

「ただ、おそらくは“相棒”という言葉が一番しっくり来る」

 

 今の関係を示すには、これが一番だ。

 

「そうやって悠長に構えてるから、いつか誰かに……」

 

「ないと思いますよ」

 

「ないですわ」

 

「ないわね」

 

 フィオナ、アリー、リルに断言される。

 

「……言っておいてどうかと思うけど、ないにわたしも一票です」

 

 あんな人物はレイナ以外、相手にできない。

 

「リルさんはタクヤさんとどうなのですか?」

 

 アリーが今度はリルに振った。

 

「あ、あたしは別に……」

 

 ごにょごにょと言い淀むリル。

 

「ユウとフィオみたいにラブラブしてるわけでもないですし、大丈夫です?」

 

「なんだかんだで三ヶ月くらい一緒にいるのに、何もないのか? 今度、タクヤを婚約者としてパーティーに連れて行くと聞いているが」

 

 レイナとしては心配になる。

 優斗とフィオナの時とは違って最初から本当の婚約者なのだが大丈夫だろうか。

 

「……あのバカ、本当に何もしてこないのよ。キスどころか手を触れることさえしてこないんだから」

 

 だが、女性のことを慮るなど“あの男性陣”に求めるほうが間違っている。

 まともなのはクリス。

 愛した女性に対しては少し間違えた方向なのが優斗。

 卓也は通常よりもちょっと下。

 あとは論外だ。

 

「これ、どっちが重傷なんです?」

 

「どっちもどっちですわね」

 

 ココとアリーが呆れる。

 けれどリルは納得がいかない。

 

「あ、あたしはこれでもアピールしてるのよ! 一緒に帰ってるときは少しずつ距離を縮めてるし、みんなといるときだって基本的にはタクヤの隣にいるようにしてるし、タクヤがおいしそうに食べてるものはいつもチェックしてるし、それに、それに――」

 

 自分がどれほど頑張っているのかを、リルはあれこれ話しだす。

 

「一番最初が一番積極的だったな」

 

 黒竜を倒した後の展開を見ていたレイナが懐かしそうにした。

 頬にキスまでしたというのに、どうして今はこうなのだろうか。

 

「リルさんがもっとガツンといかないと駄目だと思いますわ」

 

「というか最初のインパクトが凄くて知らなかったんですけど、実はリルさんって純情キャラだったんです?」

 

「わ、わたくしは可愛らしいと思います」

 

 とりあえずクレアが取り繕う。

 しかし、何となく打ちのめすようなことを言われたリルは、

 

「じゃ、じゃあ、どうやったら、その……手を繋いだり……じゃなくて、えっと……触れたりできると思う?」

 

 軽い相談めいたことを訊いてきた。

 答えたのはフィオナ。

 

「タクヤさんは料理好きですし、一緒に料理でもすれば触れ合う機会はいくらでもあると思いますよ」

 

「……そうなの?」

 

「ええ。分担作業じゃなくて共同作業をすれば必然です。私が料理作ってるとき、時々優斗さんが手伝ってくれますが、肩が触れたり食材を渡すときに手が触れたり、たくさんありますから」

 

 あれはあれで幸せな一時だ。

 

「特に優斗さん達は私達と感性が違いますから。料理作れる女の子にぐっと来るって言ってましたよ。婚約者のリルさんが手伝ってくれるなら、タクヤさんだって感動してくれます」

 

 距離もどんどん近寄るはず。

 

「が、頑張ってみる!」

 

 リルが気合いを入れた。

 けれどレイナが問いかける。

 

「しかし、料理が下手なのは致命的じゃないか?」

 

「大丈夫ですよ、手伝ってくれるのが嬉しいんですから。それに私だって優斗さんより料理するの下手です」

 

 優斗の手際のほうが断然に良い。

 レイナが額に手を当てた。

 

「……やっぱりか」

 

「物によっては私の家で料理を作る料理長よりも上手いと思いますよ」

 

 おそらく、ではあるが間違いないだろう。

 

「……何かもう無駄な感じがして聞きたくないんですけど、ユウって何が出来ないんです?」

 

 ココがとりあえず、といった感じで話題にした。

 まずはレイナがふむ、と考えると、

 

「あいつは努力家で、しかも初体験のものでも今までの経験を踏まえて上手くこなすからな。そして経験値が異常だからこそ、何でも出来るように思える」

 

 続いてアリーも、

 

「しかもシュウ様たちと出会って変な方向にまで努力するものですから、余計に性質が悪くなったのだと思いますわ」

 

「確かに利き手と逆なのにお箸を器用に使えるのが、聞いた中では変な努力です。訊き出せばもっと変なの出てきそうです」

 

 ココだけではなく全員が頷いた。

 絶対に変な努力は出てくるだろう。

 

「そういうところはシュウ様とは違いますわね」

 

「あいつは努力と経験じゃなく、スペックが違うからな」

 

 レイナが同じ人間なのかと疑うくらいに基本性能が異常だ。

 

「ユウトも元々のスペックは高いのだろうが、能力以上に経験値が凄い。逆にシュウは経験値がなくともスペックが高すぎる。だからこそあの二人は対等なんだろう」

 

 ライバルとして成り立っている。

 

「そんなシュウとはアリー、どうなんです?」

 

「……ココ、聞きます?」

 

「……ご、ごめんなさい」

 

 気軽にココが訊いてみるが、思った以上にテンションの低い返しで申し訳なくなる。

 

「そもそもあいつ、女に興味があるのか?」

 

 レイナがもっともなことを呟いた。

 

「……」

 

 誰しも一度は疑問になっていたので、一瞬押し黙る。

 その沈黙をどう捕らえたのか、クレアがある意味で言ってはいけないことを言った。

 

「シュウ様というのは……男色家なのですか?」

 

 思わず5人は顔を見合わせた。

 

「……みんな、否定できます?」

 

「違うと思いたいですわ」

 

「そう願うだけだ」

 

「ユウトとなんか特にそうよね。なんかもう、心が通じ合ってるっていうか無条件の信頼っていうか……」

 

「軽く腹立ちますよね」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 翌日。

 皆、朝から滑り始めた。

 初級者組は固まって和気藹々と。

 上級者組――優斗、修、クリス、レイナ、アリーも固まって難易度の高いコースを滑る。

 

「そういえば、大丈夫なのか?」

 

「何が?」

 

 頂上から眼下を眺めていると、ふとレイナが言ってきた。

 

「初心者組を守る奴が誰か必要じゃないか? ということだ」

 

「どういうこった?」

 

「こっちにはユウトにシュウに私にクリス。アリーにナンパが現れたところで何一つ問題はない。だが初心者組は大丈夫かと思ってな」

 

「……いや、レイナさんも一応女の子でしょうが」

 

 なぜに守る側に自分を数えているのだろう。

 

「一般人程度なら話にならないから大丈夫じゃね?」

 

「フィオナさんも他人にはキツいので問題ないのでは?」

 

「ただ、下にいるメンバーに手を出したお馬鹿さんたちをここにいるメンバーが見たら、地獄絵図が始まるのは間違いないですわね」

 

 

       ◇      ◇

 

 

「大変申し訳ありませんが、私は人妻なので」

 

「わたくしも人妻ですし」

 

「あたしは婚約者いるから」

 

「わたしも婚姻相手がいます」

 

 そして上級者組が懸念した通り、リフトの近くでスキー板を外して少し休憩していると馬鹿なナンパ二人組がやって来ていた。

 

「悪いことは言わないから帰れ」

 

「後悔するのはお前達だ」

 

 卓也と和泉としては、別に彼らのナンパを咎めることはない。

 手を出すのは構わないのだが、ここにいるメンバーだけは駄目だ。

 相手が悪すぎる。

 

「えっ? 別にいーじゃん! そっち男二人だろ? だったらオレらもいれてくれたってさ。それで四対四だし」

 

 ニタニタと輪の中に入ろうとするナンパ二人組。

 そろそろフィオナが問答無用で精霊術でも使いそうな雰囲気になる。

 と、そこに新たな男性が現れた。

 

「お前ら、私の婚姻相手をナンパするとは良い度胸だ」

 

 ココを庇うように立つ。

 

「大丈夫か?」

 

 振り向き、男性の顔がココの目に映った。

 

「ラグっ!?」

 

 唐突に現れた婚姻相手に驚きを隠せない。

 

「どうしてここにいるんです!?」

 

「ココが手紙でスキーに行くと言っていただろう。急いで来たのだ」

 

 そのままココを護るようにラグがナンパ二人の前に立つ。

 和泉が卓也の耳に顔を寄せた。

 

「誰だ?」

 

「ココの婚姻相手の王子様」

 

「ああ。こいつがそうなのか」

 

 超絶イケメンがやってきて何事かと思った。

 相手もラグの顔面偏差値に少し怯んだが、

 

「オレ、一応男爵の三男なんだぜ?」

 

「オレだって男爵の次男なんだよ」

 

 これならば、というアドバンテージを開け明かした。

 けれど全員が「だから?」みたいな表情をする。

 

「私は公爵令嬢ですが」

 

「わたくしはレグル公爵子息の妻です」

 

「あたしはリステル王国第4王女よ」

 

「わたしも公爵令嬢です」

 

「私はミラージュ聖国第2王子だが」

 

「オレも一応、子爵の家系だけど」

 

「俺もだ」

 

 アドバンテージどころか、圧倒的に立場が悪い。

 

「冗談……」

 

「残念ながら違うんだよ。だから問題になる前に帰っとけ」

 

 ここにいる面子でいざこざ起こしても問題になるが、上にいるメンバーが来る前に終わらせておいたほうがいい。

 もっと面倒になる。

 

「…………はい」

 

 ナンパ二人がスゴスゴと離れていく。

 ココは自分の前に立っているラグの姿に未だ、驚きを隠せない。

 

「ラグ、ビックリしました」

 

「私はココと少しでも共有した思い出が欲しかったからな。頑張って時間を作ったのだ」

 

 まさしく凄まじいほどの勢いで仕事を終わらせてきた。

 ラグの視線は続いてクレアと和泉を捕らえる。

 

「そちらのお二方はお目に掛かるのは初めてだな。私はココの婚姻相手でラグフォードという。ラグと呼んでくれ」

 

「和泉だ」

 

「クリスト=ファー=レグルの妻、クレアと申します」

 

 互いに握手を交換する。

 

「しかしこれがココの相手とはな」

 

「どうです? かっこいいです?」

 

 感心した様子の和泉に自慢するココ。

 

「予想以上のイケメンだ。よく捕まえたな」

 

 和泉はラグを見ると、直球に訊いてきた。

 

「ラグだったか。お前はロリコンなのか?」

 

「…………」

 

 剛速球過ぎて周りが固まった。

 

「ココを望んで婚姻相手にしたということは、ロリコンで間違いないのか?」

 

「……い、いや、私はココが可憐であり、美しいと思っているだけで……」

 

「つまりロリコンなのだろう?」

 

「ち、違っ――」

 

「別に否定することはない。世の中には多種多様の人間がいる。好みも人それぞれだ。故にラグはロリコンであった、と。そしてココに惚れた。こういうことだろう」

 

 和泉はラグとココの肩を叩いた。

 

「いいか、ココ。ラグがロリコンならば、大きいというのは悪になりかねない。つまりちんまりとした姿も貧乳であるということも、それはココの自慢すべきステータスだ。誇るがいい」

 

 ラグと出会った最初からアクセル全開の和泉。

 卓也はとりあえず、フィオナとリルと視線でやり取りする。

 

「と・り・あ・え・ず」

 

 卓也が和泉の前に立ち、フィオナとリルが左右を陣取る。

 そして、

 

「黙れ!」

 

 かけ声一つ、フィオナとリルが和泉の頭をチョップして、卓也が蹴りをかます。

 雪の上を滑るように和泉が遠ざかっていく。

 

「悪いな。事故に遭ったとでも思って忘れてくれ」

 

「あ、ああ」

 

 困惑しながらもラグが頷く。

 けれどココが訊いてきた。

 

「……ラグはやっぱりロリコンだからわたしが好きなんです?」

 

「ち、違う! 私はココだから好きになった。それでロリコンと言われるならば仕方がない」

 

「じゃあ、わたしがフィオみたいにボンキュッボンになっても好きです?」

 

 全員の視線がフィオナに向く。

 そしてまた、ココに戻る。

 

「まず、フィオナみたいなスタイルなんてココには無理じゃないの?」

 

「無理だろ」

 

 リルと卓也がばっさりと言い放つ。

 

「お、お二方とも。ココ様も頑張れば……」

 

 なんとか頑張ってクレアがフォローしたが、完全に意味がない。

 ラグは一瞬、言葉に詰まったがすぐに返事をした。

 

「……も、もちろんだ!」

 

「少し間があったのは気のせいです?」

 

「気のせいだ!」

 

「……なんか疑わしいけど、信じてあげます」

 

 ココが納得してくれたのでラグはほっと胸をなで下ろす。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 このあとラグは修やレイナ、クリスとも遭遇し挨拶をする。

 そしてココと一緒に短い間ではあるが、スキーを楽しんだ。

 充分に楽しんだ後、ラグはミラージュ聖国に向かう馬車へ。

 優斗たちも帰りの馬車に乗る。

 片方は修とレイナ。

 もう片方は優斗とクリスが御者台に乗る。

 他は全員、馬車の中でスキーの疲れでぐっすりだ。

 

「そういえば、何も問題が起こりませんでしたね」

 

 クリスがある意味、ビックリする。

 ナンパなんていうものもあったが、とりわけ大きい出来事はなかった。

 

「珍しくありませんか?」

 

「珍しいよ」

 

「そういうこともある、ということでしょうか?」

 

「ん~、今回は特別だったからじゃないかな」

 

「……特別?」

 

 どういう意味だろうか。

 クリスには分からない。

 

「ほら、僕たち異世界組にとっては前の世界で出来なかったことだから」

 

 唯一、向こうの世界でやり残した出来事だったと思う。

 

「初めての泊まり旅行だった。修も卓也も和泉も初めてのスキーだった。全員が生まれてから一番、楽しみにしてた出来事だった」

 

 自分たち、四人組が本当に望んでいた旅行。

 

「けれど異世界召喚っていうとんでもないことが起こって、行くことができなかった」

 

 そこまで言って、優斗は「違うか……」と否定する。

 

「正確には“もう一度、スキー旅行をするチャンスをもらえた”っていうのが正しいね」

 

 召喚されなくてもスキー旅行には行けなかった。

 なぜなら自分たちは死ぬはずだったから。

 けれど修に巻き込まれて生き延びている。

 

「去年のリベンジ。絶対に楽しみたい旅行。そこに“予定外のトラブル”なんて入り込ませたくない」

 

 優斗は小さく笑う。

 

「普段だって望んでるわけじゃないけどね。けれどトラブルはやって来るんだよ」

 

 きっと、どうしようもないこと。

 そういう“巡り”なんだ。

 

「でも今回だけは何事もなく終わらせたかった」

 

 この大切な旅行を。

 何一つ問題なく終わってほしい、と。

 

「誰よりも強く修が願った」

 

 “今回だけは”

 心から願ったことだろう。

 

「シュウが?」

 

「言ったかな? 僕らが召喚されたスキー旅行、計画を立てたのは修なんだ」

 

「……何となく分かります」

 

 修は計画立てるのが大好きだ。

 

「“問題が起こって無くなってしまったスキー旅行”だから、修は“問題が絶対に起こらないスキー旅行”を願ったんだと思う。もちろん僕も卓也も和泉も同じ気持ちだったけど、想いの強さは修が一番だ」

 

 誰よりも強く願った。

 

「こんなこと言うのは変かもしれないし、ほとんど冗談みたいなことなんだけどさ……」

 

 優斗は空を見上げる。

 

「あいつの心からの願いはきっと、天に届くんだよ」

 

「……シュウの願いは叶うということですか?」

 

「うん。きっと、そういう冗談みたいな力を持ってるよ。僕とココが他国に行ったことでズレた日程。なのに何も問題ないとばかりに旅行を成立させた。普通は貴族、王族、大人数が入り乱れてるのにこんな短期間で旅行を成立させられるわけない」

 

 修がやると違和感はない。

 けれど普通に考えたら異常なことでもある。

 

「もしかしたら、最初の日程は何かトラブルが起こるかもしれないからズレたのかもしれない」

 

 そんな疑いさえ浮かぶ。

 

「なんとなく言いたいことは分かります」

 

 クリスは頷いた。

 修なら出来そうな気がする。

 

「僕らがあいつを主人公キャラだって示す理由はそこだよ。変にトラブルを引き寄せる体質なのもだけど、それ以上にあいつはしっかりとトラブルを解決する。そして何が起こっても最後は丸く収まる。仲間の誰も傷つかない」

 

 まるで物語の主人公としか思えない。

 事件が起こったとしても、最終的には修の望むように世界が動く。

 

「でもユウトも似たような感じだと思いますけど?」

 

 トラブルをしっかりきっちり収める。

 無理矢理にでも大団円にする。

 

「僕の場合は強引にねじ伏せてるだけだから」

 

 結果は似てるようでも、やっぱり違う。

 

「それに僕はあいつほど強く、純粋には願えない」

 

 叶う叶わないの問題ではなく。

 あれほどの純粋な願いを持つことができない。

 

「ああいう魂の持ち主が、やっぱりご都合主義の権化――主人公なんだなって思うよ」

 

 修ほど綺麗になれない自分にとっては。

 少しだけ羨むほどの魂。

 

「なんだかんだ言って、優斗は修のことを高く評価してますよね」

 

「普段は馬鹿なだけに何とも言えないのが本音だけど」

 

「残念ですよね」

 

 互いに笑みを零し、二人して空を見上げる。

 

「今年は誰がくっ付きますかね?」

 

「どうだろう? もし誰かくっ付くなら、僕らが振り回されなければいいけど」

 

「無理でしょう」

 

「だよね」

 

「特にシュウの場合は総出で事に当たらないといけないと思いますよ」

 

「確かに」

 

 もう一度、二人は顔を見合わせて笑う。

 去年は色々としてもらった二人だからこそ。

 今年はきっと……もっと皆のために頑張らないといけない。

 そう思う。

 

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