第64話 年の瀬

 大晦日、日付が変わるまであと三時間といったところ。

 ココの婚姻騒動も一段落し、優斗は年の瀬を家でゆっくりとくつろいでいた。

 

「ユウト。明日から一泊二日でスキーに行くらしいけど、大丈夫なの?」

 

 広間のソファーでくつろいでいる優斗の向かいで紅茶を飲んでいるエリスが訊いてくる。

 

「準備は終わってますよ」

 

 すでに荷物は詰め終わっている。

 

「シュウくんも凄いわよね。スキーに行くって決めたの三日前でしょう?」

 

「元々はもっと前に計画してたらしいんですが僕とココのせいで日程ずれたらしくて。気合いで決めたって言ってましたけど、みんなの日程調整とか泊まる場所とか僅か数日でどうやったのか謎です。一応、貴族とか王族とかいるのに」

 

「都合よくシュウくんの思う通りに進んでるんじゃないの? けどまあ、あのバイタリティは素直に尊敬するわ」

 

 どこから出てくるのだろうか。

 

「ただ新年早々大変そうね」

 

「慣れてますよ」

 

「今年一年は似たようなことばかりだったものね。大変だったでしょ?」

 

 エリスが苦笑する。

 優斗もつられて苦笑いになった。

  

「まあ、二度とできない経験をした一年、といったところでしょうか。義父も義母も娘もできましたから。フィオナなんて恋人兼婚約者兼他国向けには妻ですし」

 

 これ以上の経験は絶対にないだろう。

 

「義母さんは?」

 

「ユウトと同じよ。無口だった娘の性格がすごく変わったし、義息子できるし、孫なんて龍神だもの」

 

 変化がありすぎた一年だ。

 

「しかも義息子は最近、大魔法士の再来なんて言われるし」

 

 マルスの周囲もにわかに騒がしくなっていると聞いている。

 

「まあ、正直そこらへんはどうでもいいけど」

 

 だから何だという話だ。

 

「ただ、ユウトが義息子になったことは私にとって今年一番の幸せね」

 

 そう言いながらエリスは隣に座って優斗を抱きしめる。

 

「あの、義母さん?」

 

「どうしたの?」

 

「なぜに抱きしめてくるのでしょうか?」

 

「ユウトがここにいてくれる幸せを表現しようと思って」

 

「……いや、まあ、いいんですけどね」

 

 別に嫌じゃないのでいいが。

 と、マルスも帰宅してきた。

 そして優斗とエリスの状況を見て一言。

 

「何をやっているんだい?」

 

 どういう状況になったら妻が母性爆発させながら義息子を抱きしめているのかが分からなくて訊いてみる。

 

「ユウトが義息子であることの幸せを表現中なのよ」

 

「そうか」

 

 マルスは一つ頷く。

 年の瀬だから、この一年で「優斗が義息子になって幸せだ」とでも話していたのだろう。

 

「しかし私のほうがユウト君を義息子にできて幸せに感じていたと思うが」

 

「……なんですって?」

 

 マルスの一言にエリスが食いついた。

 軽く目尻がつり上がる。

 

「当たり前じゃないか。私は長年の夢が叶ったんだ。ユウト君と飲み交わすのがどれほどの幸福であるか君は知らないだろう?」

 

「何言ってるのよ。私だって男の子、欲しかったんだから。それにユウトは私にすごく優しくしてくれるし、母としてこれほど嬉しいことはないのよ」

 

「馬鹿を言うな。私のほうが幸せだ」

 

「私よ」

 

 なぜか変なにらみ合いに発展した。

 

 ――これ、どうしたらいいんだろう?

 

 優斗としても言ってくれていることはとても嬉しい。

 けれど争っている内容がアホらしすぎる。

 

「何をしてるんですか?」

 

 するとマリカを寝かし終わったフィオナがやってくる。

 

「ユウトがいてくれて、どっちが幸せになったか議論してるのよ」

 

 エリスが何とも馬鹿らしい説明。

 だが、そこはマルスとエリスの血を引いているフィオナ。

 

「何を言ってるんですか。優斗さんがいてくれて一番幸せなのは私です」

 

 ばっちりと参戦してきた。

 

「私なんて優斗さんがいるから恋人で婚約者で妻になれたんですから。しかも優斗さんのおかげでまーちゃんのママにもなれましたし、これほど幸せを与えてもらった私が一番です」

 

 そして母を睨む。

 

「というより、いつまで優斗さんを抱きしめてるつもりなんですか?」

 

 軽い嫉妬の様相を呈する。

 エリスはフィオナに対して勝ち誇ったように、

 

「義母の特権よ」

 

「だったら私は妻の特権で優斗さんに抱きしめられたいので離れてください」

 

「それならば私は義父の特権でユウト君の頭を撫でようと思う」

 

 フィオナをマルスも優斗たちのところへと近寄ってくる。

 優斗はもう、なすがまま。

 このまま年明けになる……なんて嫌な予感も過ぎったが、運良く来客がやってきた。

 

「ちわっす!」

 

「年越し蕎麦、食いたいと思うだろうから持ってきてやった。おばさん、厨房借りるよ」

 

「やはり日本人といえばこれだろう」

 

 修、卓也、和泉が大荷物を持って広間へと入ってくる。

 けれど、広間ではなぜか優斗の争奪戦とも言えるべき状況。

 

「「「 どういう状況なんだ? 」」」

 

「……僕が一番訊きたい」

 

 

       ◇      ◇

 

 

「ユウトたちの世界じゃ年を越す前にお蕎麦を食べるのね」

 

 蕎麦を啜りながらエリスが物珍しそうな顔をした。

 修が少しばかり首を捻る。

 

「あれ? フィオナの家って日本の血も入ってんじゃないっけ?」

 

「ばっちり入ってるわよ。まあ、その人もこっちの世界に来た頃は食べてたかもしれないけど、私が生まれた頃は高齢だったしね。年の瀬を一緒に過ごすこともなかったから知らないわ」

 

「へぇ~」

 

 頷きながら修はがつがつと蕎麦を食べる。

 

「そういえばお前ら……というか修と和泉は明日の準備は大丈夫なの?」

 

 優斗が不安だ、とばかりに言ってきた。

 

「問題ねーよ。馬車乗るまでここにいる予定だから準備は完璧にしてあんだ」

 

 修が大荷物を指差す。

 

「ちゃんとオレが修と和泉の分を確認したから大丈夫だ」

 

 厨房から顔を出して卓也が安心させるように言ってくれた。

 

「なら安心だね」

 

 なんだかんだで修は計画立てても、準備に関してはギリギリまでやらない。

 けれど卓也が確認したとなればバタバタすることはないだろう。

 と、さらに来客が増える。

 

「こんばんは!」

 

「来たわよ!」

 

 ココとリルがやって来た。

 彼女たちも大荷物を持っている。

 

「あれ? あんた達、何を食べてるの?」

 

「年越し蕎麦。俺らの世界じゃ年の瀬にこれ食べるのが普通なんだよ」

 

「ふ~ん。外が寒かったから温かいもの欲しかったのよね。あたしの分もある?」

 

「あっ、わたしも欲しいです」

 

 ココも手を挙げる。

 

「厨房に卓也がいるからもらってこいよ」

 

「分かったわ」

 

「は~い」

 

 いそいそと二人は厨房に向かう。

 その間に来客が増えた。

 

「どうせ集まっているだろうと思っていましたが、やっぱりですね」

 

「夜分に失礼します」

 

 クリスとクレアもやって来た。

 

「なんだ、やはりお前達も来たのか?」

 

「イズミ達と同じ考えですよ。家にいたところで暇ですから。明日からスキーに行くので、どこぞのパーティーに出る気も起きません」

 

「だろうな」

 

「それで皆さんは何を食べているのですか?」

 

「年越し蕎麦だ。二人はどうする?」

 

「いただきましょう。クレアはどうします?」

 

「わ、わたくしもよろしければ」

 

「分かった。少し待っていろ、卓也に言ってくる」

 

 和泉が立ち上がろうとするが厨房から卓也の声がする。

 

「聞こえてるよ! つーか誰か手伝え! いや、誰かっていうか優斗かフィオナかクリスかココのうち、一人でいいから手伝ってくれ」

 

 今いるメンバーでは、あとは総じて役に立たない。

 

「私が手伝ってきますね」

 

「うん、お願い」

 

 苦笑しながら優斗が頷き、フィオナが厨房へと向かう。

 少ししてココとリルが器を持って広間に戻ってきた。

 そして蕎麦をすする。

 

「おいしいです」

 

「そうね」

 

 寒い中、ここまで来たので温かいものが身に染みる。

 彼女たちの姿を見て和泉が優斗に耳打ちした。

 

「婚約者に頼めない状況が悲しみを誘うな」

 

「まあ、王女様だし尻に敷かれてるし。というか王女様に料理を手伝わせるのを求めたら駄目じゃない? 料理できるフィオナとかが貴族としても変なんだから」

 

「それもそうか」

 

 話しながら、優斗と和泉の視線がリルに向かう。

 

「……なによ?」

 

「いや、なんでもない」

 

「なんでもないよ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 日付が変わるまであと3分。

 マルスとエリスは若いのは若いの同士で、と言ってテラスでお酒を飲んでいる。

 優斗とフィオナが火の精霊に頼んでテラスの空気を暖かくしているので、防寒は完璧らしい。

 若いのは広間でまったり。

 

「あと3分で日付が変わるのな」

 

 修が楽しそうに言い、

 

「僕達にとってはこの世界で初めての年越しだね」

 

 優斗が笑みを浮かべ、

 

「なんとなく感慨深いものがあるよな」

 

 卓也が感傷に浸り、

 

「俺達も集まって年越しは初めてだからだろう」

 

 和泉が納得し、四人で頷く……と同時に騒がしい音が玄関から聞こえてくる。

 そして勢いよく二人が入ってきた。

 

「ま、間に合いました!?」

 

「おそらくな」

 

 アリーが息を切らし、レイナが軽く息を弾ませながら広間に登場。

 二人は大きく深呼吸をしながら息を整える。

 

「ふぅ~……よかったですわ。どうせ皆、ここにいると思っていましたから」

 

「予想が当たって良かった」

 

 まさかの日付が変わるギリギリでの登場に他のメンバーは少し驚く。

 

「公務あるって言ってなかったか?」

 

「シュウ様、そんなもの速攻で終わらせましたわ」

 

「会長はどうした?」

 

「アリーの護衛を買って出た」

 

 だから一緒だったということだ。

 

「時間がない。お前達もこれを持て」

 

 和泉がアリーとレイナにも“ある物”を渡す。

 

「……クラッカーか?」

 

「日付が変わったと同時に引け」

 

「了解だ」

 

 レイナが頷く。

 アリーも続いて頷いた。

 修が呆れたように笑う。

 

「一応、集合は明日の朝ってことなんだけど、なんだかんだで全員集まっちまったな」

 

「しょうがなくない? 僕らは初めての異世界年越しだし、アリー達は友人が出来てから初めての年越しだから」

 

 集合してしまったのも当然だろう。

 

「そんじゃまあ、せっかく集まったんだから俺ら『チーム』の来年の抱負としては、だ」

 

 修が全員の顔を見回す。

 

「今年以上に大暴れするぞ」

 

「却下」

 

「なぜだ!?」

 

 決め台詞を優斗に瞬殺された。

 

「お前、今年以上って……」

 

「……自分、胃に穴が空きますね」

 

 卓也とクリスが勘弁してほしい、といった感じで修を睨め付ける。

 

「しゃーないな。そんじゃ、今年以上に楽しく遊ぶってことでいいか?」

 

「最初からそれにしろよ」

 

 文句をつける卓也に修以外が全員、苦笑する。

 

「つーわけで、あと何秒だ?」

 

「30秒だよ」

 

「ちょうどいいな。みんな、クラッカーを持ってくれ」

 

 修の合図で全員、クラッカーを引っ張る体勢になる。

 

「……思ったんだが、この音でマリカが起きるんじゃないか?」

 

 クラッカーを持ってきた張本人、和泉がふと気になった。

 

「大丈夫ですよ。まーちゃんは寝ちゃったら、騒いでもほとんど起きませんから。それに念のため、風の精霊にもお願いして音は通さないようにしておきますし」

 

「……ほう。精霊とは本当に利便性があるんだな」

 

 あらためて和泉もクラッカーを構える。

 

「うし、5秒前からカウントダウン行くぞ」

 

 全員で秒針を見つめる。

 あと少しというところで修が右手を広げて前に出した。

 

「せーのっ!」

 

 全員が時計から修の指折り時計に注目する。

 

「ごおっ!」

 

「よんっ!」

 

「さんっ!」」

 

「にっ!」

 

「いちっ!」

 

 クラッカーの紐を引っ張る。

 パン、パパン、と不揃いなタイミングではあるが、クラッカーが鳴り響く。

 微妙に合わなかった音に全員から笑みが零れた。

 けれど、だ。

 続く新年最初の言葉。

 これだけは全員が同じ言葉を、同じタイミングで言うことができた。

 

 

 

 

『あけましておめでとう!!』

 

 

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