第63話 婚姻相手、決定

 優斗たちは王城へと戻り、謁見の間まで直行する。

 

「おお、大魔法士様にフィグナ様、そしてラグフォードよ。戻ったか」

 

「はい、父上」

 

 椅子に座っているミラージュ王の横にはすでにマゴスがいる。

 

「兄様! 小枝は取ってきたのか?」

 

 しかも自分がやったことを忘れているのか何なのか、意気揚々と訊いてくる。

 ラグはマゴスを無視してミラージュ王へと小枝を見せる。

 

「父上、この通りです。ライガーは私一人で倒し、神木の小枝を手に入れることができました」

 

「それは真か?」

 

「はい。ユウト様とフィグナ様が証人となられます」

 

「分かった」

 

 少し不可思議なやり取りがラグとミラージュ王との間で行われた。

 気付いたのは優斗だけで、マゴスとは逆に控えている大臣は喜びを表す。

 

「だ、大魔法士様! これでマゴス様とフィグナ様の婚姻は認めて――」

 

「そんなわけないでしょう」

 

 口早に言った大臣を優斗はぶった切る。

 

「私がなぜボロボロなのか分かりますか?」

 

 制服は所々やぶけている。

 

「マゴス様が魔物を呼び寄せる粉を振りまき、対処に追われたからです」

 

 ちらりとマゴスを見るが、彼は素知らぬ顔だ。

 

「冗談抜きで死にかけました。ラグフォード様がマゴス様より霊薬を取っていただけなければ、私はこの場にいなかったでしょう」

 

 優斗がここまで言うと、マゴスはあることに気付いたのか、

 

「あっ、そうだ! 兄様、勝手にぼくの霊薬を取らないでよ! あんな嘘つきが怪我したって別にいいじゃないか! ぼくのものだぞ!」

 

「馬鹿を言うな。お前がしでかしたことのせいで、森の制約下にあるというのにユウト様は上位ランクもいる魔物二十体と戦うことになったのだぞ。こうして私達が無事な姿でいるのは全てユウト様のおかげなのだ。なればこそ原因であるお前から霊薬を奪い取ったところで問題などない」

 

 ラグの説明にミラージュ王と大臣の顔が青くなっていく。

 前者はとんでもないことをしたマゴスに対して。

 後者はマゴスのしでかしたことによる結果に関して。

 

「ラグフォード様が説明してくださいましたが、そのようなことをする輩とココ=カル=フィグナの婚姻を認めろと? そして大国リライト公爵家の長にするつもりだと?」

 

 優斗は挑発的に言い放つ。

 

「私に……いえ、我々リライトに喧嘩を売るおつもりですか?」

 

「……い、いえ、それは……」

 

 大臣は色々と言い訳を考えているようだが、ミラージュ王は見切りをつけてラグに視線を移した。

 

「……父上」

 

 ラグが一歩前に出て、小枝を渡す。

 

「ああ、確かに神木の小枝は預かった」

 

 そして一拍置いた後、宣言した。

 

「これにてラグフォードを『王族の試練』達成者として認めよう」

 

 ミラージュ王の言葉に大臣、マゴス、ココが驚いた顔をさせた。

 

「なっ!? と、父様!?」

 

「お、王よ! これは!?」

 

 マゴスと大臣が問い詰めるが、ミラージュ王は素知らぬふりをする。

 けれど優斗が、

 

「どういうことでしょうか?」

 

 説明を要求するとすぐに答えた。

 

「昨晩、ラグフォードから提案があったのです」

 

 丁寧に語る。

 

「もしラグフォード一人の力で神木の小枝を取ることが出来たのなら、その際には――」

 

 ミラージュ王はココを見て、僅かばかりに表情を崩した。

 

「フィグナ様の婚姻相手をマゴスではなく自分にしてくれ、と」

 

「えっ?」

 

 ココが再度、驚いた。

 

「大魔法士様。これは無理を承知での提案とさせていただきます」

 

 そしてミラージュ王は昨日と同様、優斗に頭を下げる。

 

「大魔法士様はマゴスを婚姻相手として認めない。間違いありませんか?」

 

「はい」

 

「では、ラグフォードではいかがですか? これでも『王族の試練』を達成した者。フィグナ様の婚姻相手として相応しい人物と思います」

 

「…………」

 

 優斗は少しだけ押し黙る。

 緊張の空気が謁見の間に張り詰めた。

 が、それを破ったのは大臣。

 次いでマゴス。

 

「た、確かに大魔法士様との繋がりは最重要とも言えることですが、ラグフォード様ほどの傑物をリライトの公爵家など――ましてあんな小娘の相手なぞに……!」

 

「なに、ぼくはちんちくりんと結婚しなくていいのか!」

 

 大臣はどうにかやめさせようとする。

 どうやら大臣はラグフォードほどの者ならもっと上流――おそらくは三大国の王族とも婚姻を結べる可能性があると考えているらしい。

 だからこそ否定しているのだが、逆にマゴスは大喜び。

 優斗は二人の態度に嘆息し、

 

「ミラージュ王。私の仲間を軽んじ不幸にするということは、私に喧嘩を売ることと同義だと理解していますか?」

 

「分かっております」

 

「最低の相手で押し通せなかったから別の相手にする。正直、反吐が出ます。どこぞの大臣の考えもココ=カル=フィグナを舐めているとしか思えません」

 

「分かっております」

 

 重々、ミラージュ王も承知している。

 それでもラグが望んだのだから。

 一目惚れをした、と。

 恋をしてしまった、と。

 だから神木を自分一人の力で得た際には、自分をココの婚姻相手にさせてくれ、と。

 そう言ったのだから、父として叶えてあげたいと思うのだ。

 

「全て承知した上でのご提案であります」

 

 再度、ミラージュ王は頭を下げようとして……止められる。

 思わず前を見れば優斗がミラージュ王の肩に触れ、柔らかい表情で笑っていた。

 

「とはいえ、私と致しましては相手がラグフォード様だというのなら、決めるのは当人同士に任せようと思います」

 

 別に優斗がどうこう言う相手ではない。

 もとより、そこまで介入するつもりもない。

 マゴスは最悪だから優斗は認めないだけであって、別の人物でいいですか? と問われたとしても、変更した相手が問題ないのなら決めるのはココ自身だ。

 何か言いたげな大臣については優斗が睨みつける。

 さすがに先ほどの言動から自分が優斗の機嫌を損ねているのには気付いたのだろう。

 すぐに口を噤んだ。

 

 ――さて、と。

 

 これでお膳立ては済んだ。

 優斗はラグを軽く促す。

 ラグはこくり、と頷いて一歩ずつ歩みを進めた。

 

「ココ」

 

 彼女の前に立ち、膝を折る。

 

「私の婚姻相手になってはくれないか?」

 

 そして誠心誠意、想いを言葉に込める。

 

「可憐な君に私は心奪われた」

 

 右手を差し伸べるラグ。

 純粋に求めてくる彼の姿にココは、少しだけ戸惑った表情を浮かべたが、

 

「……わたし、理想って結構高いんです」

 

 ぽつり、とラグに言葉を届ける。

 

「……えっ……?」

 

「タクぐらい一生懸命で、ユウぐらい優しくて、シュウぐらい面白くて、ズミさんくらい愉快な変さを持ってて、クリスぐらい格好いい人で」

 

 何よりも、

 

「わたしの心をちゃんと見てくれる人じゃないと嫌です」

 

 思えばマゴスは最悪だった。

 自分の心なんて何も見てくれない。

 

「努力する」

 

「努力だけです?」

 

「いや、絶対に成し遂げてみせる」

 

「案外どころか、かなりの無茶ぶりだってわかってます?」

 

「……そうなのか?」

 

「そうですよ」

 

 くすくすとココは笑う。

 仲間達を見たら絶対に絶句する。

 

「けれど頑張るから。どうか私の婚姻相手になってくれ」

 

 再度、ラグが右手に力を込めて顔を伏せた。

 絶対に引かない、という決意の現れ。

 ココは彼の態度に小さく微笑み、

 

 ――まだ愛なんて芽生えてないけれど。

 

 どうせ政略的な婚姻なのだけれど。

 これほどまでに手を伸ばしてくれる、というのは本当に嬉しい。

 今までの、どの告白よりも喜びがあった。

 心に響いた。

 

 ――この人となら。

 

 愛を紡いでいけるだろうか。

 優斗とフィオナに負けないぐらいの物語を。

 

 ――できると……いいな。

 

 一心に願う。

 だからココは左手をゆっくりとラグの右手に重ねる。

 

「喜んで」

 

 彼女の返答を以て、新しく一つの婚姻が生まれた。

 

 

 

 

「これにて一件落着、かな?」

 

 優斗が安堵したように息を吐いた。

 

「はい。わたしも家の考えと立場を潰さずに済みました」

 

「こちらとしても、ユウト様と関係の深い相手との婚姻を結ぶことができたのは僥倖だ。もちろんココをないがしろにしてなどいないが」

 

「最後は大団円で良かったね」

 

 ほっとした感じで優斗が伸びをした。

 

「というより、ユウってラグを色々と試してませんでした?」

 

「そりゃね。だってココ見て『可憐』とか『美しい』とか言ってるし、なんかもう見た感じで誠実そうだったから」

 

「つまり、どういうことです?」

 

「ココの立場も家の考えもミラージュ聖国の思惑も、全てまるく収めるならラグが名乗り出るしかなかったから、ちょっと突っついてみた」

 

 平然と言ってのける優斗にラグが僅かばかり肩を落とし、

 

「……バレていたのか」

 

「当たり前でしょ」

 

 気付くなというほうが無理だ。

 

「ラグが名乗りでなかったらどうしたんです?」

 

「潰して終了」

 

 あっさりと宣言する優斗。

 本当に自分が名乗り出てよかったとラグは思う。

 でなければ今回の婚姻は確実に潰れていた。

 

「あっ、そうだ」

 

 優斗はわざとらしく声を発すると、

 

「そこの大臣と第3王子は喋らないでください」

 

 先ほど睨んで黙らせたというのに、まだ何か言おうとしている大臣とココと結婚しなくて済んだあまり、余計なことしか言いそうにないマゴスへ忠告する。

 

「せっかくのハッピーエンドに水を差されたらたまりません」

 

 再び優斗は睨みを利かせる。

 

「で、ですが……っ!」

 

「嘘つきのくせに生意気だ!」

 

 優斗が忠告したのにも関わらず二人は言葉を発する。

 

「……ミラージュ王。二人をご退場させていただいてもよろしいですか?」

 

 どうせ喋らせればココにあれやこれやと文句をつけるだろう。

 

「ココ=カル=フィグナを貶されるのが、私にとって耐えがたいことであることをお二方はご理解していない様子です」

 

 先ほどの言動もイラっと来たのは確かだ。

 

「特に大臣? 昨日に王女が私の所へ来たこと。貴方の仕業であるのならばこれ以上、心証を悪くする言動はよしておいたほうがいいですよ。貴方は大魔法士である私に『ミラージュ聖国は最悪だった』という感想を抱かせたいのですか?」

 

 大臣の顔がさらに青ざめる。

 どうやらビンゴらしく、さすがの大臣も黙った。

 マゴスは優斗に色々と言っているようだが、ミラージュ王は優斗の言うとおり早急に二人を退出させた。

 

「ありがとうございます」

 

「いえ、大魔法士様の命とあらば」

 

 何でも聞く、という意味なのだろうか。

 正直、優斗としてはこうまで言われると気持ち悪い。

 自分の立ち位置がさらに分からなくなる。

 だが明日には帰ることだし、優斗は頭を振って切り換える。

 

「ではラグフォード様とココ=カル=フィグナが婚姻相手と相成ったことを祝して、少しばかりではありますがプレゼントを贈りたいと思います」

 

 優斗は未だに手を取り合っているココとラグに笑みを向ける。

 

「何をするんです?」

 

「見てのお楽しみだよ」

 

 言いながら優斗は軽く左手を横に振るった。

 

「ファーレンハイト、トーラ、四大、二極。そして――」

 

 優斗は詠唱を紡ぎ、

 

「パラケルスス」

 

 左手を広げたまま、名を呼び、

 

「来い」

 

 瞬間、優斗の背後に大精霊九体が控えた。

 その圧倒的な存在感はまさしく、ミラージュ聖国が崇拝している精霊の在り方。

 大精霊は一様にココとラグに笑みを浮かべると、パラケルススを中心に回り始めた。

 そして天井近くまで上昇し、あと少しでぶつかる……となった瞬間に全ての大精霊が各々の属性を基調とした光の粒子へと成り代わった。

 粒子がゆっくりと謁見の間、全体に降り注ぐ。

 

「わぁっ、すごいです!」

 

 幻想的な光景にココが感嘆の声をあげる。

 

「…………すごい」

 

 ラグも驚く以上に目の前の情景にただ、感動する。

 ミラージュ王は感動以上の何かを感じているようだ。

 

「……本物のパラケルスス様」

 

 しかとミラージュ王の目に映った。

 

「マティス様より早1000年。ようやく我が国にパラケルスス様が現れてくださった」

 

 身震いまでし始め、

 

「大魔法士様。各属性の大精霊様にパラケルスス様を我が息子とフィグナ様のために呼び出してくださったこと、大精霊様のお姿を拝見させていただいたこと。感謝の言葉しかありません」

 

 そして始めて会ったときと同じように膝立ちで手を合わせた。

 優斗は心の中で昨日と同様に勘弁してほしい、という気持ちで満載だが、この状況では言い辛かった。

 だから努めて平然としたフリをした。

 

「気にしないでください。これが私なりのお祝いです」

 

 しんしんと降ってくる光の粒子。

 ココやラグが呆けるように見とれた光景も、その最後の一粒が地面に落ちて消える。

 

「さて」

 

 全てが消え、ミラージュ王が立ち上がると優斗は明るい声を出した。

 

「この後は二人でのんびり、話してきなよ。今日も夜にパーティーあるらしいけど、それまではごゆっくり」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 翌日、優斗とココは王城の入り口の前にいた。

 昨夜は昨夜で婚姻相手が変更になったことをパーティーで発表したり、優斗が謁見の間でパラケルススを召喚したことで色々と大変ではあったが、特に大きな問題が起こることもなく終わった。

 今はミラージュ王を始め、たくさんの人たちが見送りに参列している。

 

「ラグは?」

 

「忙しいんじゃないです?」

 

「ああ、そうかもしれないね」

 

 急に婚姻相手になったものだから、何かと大変なのかもしれない。

 と、思っていたのだが、

 

「あれ、あそこにいるのってラグです?」

 

「ラグだね」

 

 なぜか少量の荷物を持ってラグが優斗たちのところへ向かってきた。

 

「ココ、私も一緒に向かっていいか?」

 

「……? えっと、どうしてです?」

 

「婿入りする身なれば、ココのご両親に挨拶に向かわねばなるまい。いや、向かわせてほしいのだ」

 

 せっかく婚姻ということになったのだから、挨拶することこそが当然というもの。

 

「でも、ラグって忙しいですよね?」

 

 王子なのだし、暇な時間はあまりなさそうに思える。

 

「都合上、明日には戻らなければなるまいが……やはり、きっちりとやったほうがいい」

 

 そしてラグはミラージュ王へと身体を向け、

 

「父上。今よりリライトに向かいます」

 

「いいだろう。粗相は働くな」

 

「分かっております」

 

 渋るとか止めるとかなく、あっさりと決まった。

 優斗がココに耳打ちする。

 

「……なんかミラージュ王って物わかり良すぎない?」

 

「だから“優王”なんて言われてるんです。民にも息子にも優しく甘いって」

 

「……なるほど、だからラグみたいな凄いのとマゴスみたいな馬鹿な子供がいるのか」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 そして夕暮れ。

 リライト領内へと入った馬車は、

 

「……ココの実家に向かうのではなかったのか?」

 

 トラスティ邸の前に止まって、優斗……だけでなくココとラグも降りることとなった。

 

「いえ、やっぱり最初はここです。みんな今日帰るの知ってるから、何人かはいると思いますし」

 

「なんかさ、本当に溜まり場になってるよね」

 

「仕方ないですよ」

 

 優斗の苦笑にココが笑う。

 三人して門を通って家に入り、広間へと向かう。

 

「ただいま」

 

「戻りましたよ~!」

 

 優斗とココが広間へ入ると、四人と赤ん坊がソファーに座って談笑していた。

 

「優斗さん、お帰りなさい」

 

「あーいっ!」

 

「おかえりー」

 

「帰ってきたか」

 

「お帰りなさいですわ」

 

 フィオナ、マリカ、リル、卓也、アリーが出迎える。

 

「義母さんと義父さんは?」

 

「テラスで王様とお酒飲んでます」

 

 フィオナが外を指差す。

 また来たのか、と優斗は呆れる。

 

「夕方だよ?」

 

「仕事が早く終わったらしくて」

 

「そうなんだ」

 

「たぶん、最終的には全員が巻き込まれるんじゃないですか?」

 

「だろうね。なんかもう、行く手間が省けたっていうか」

 

 登城する必要がなくなったのは楽だが。

 

「それでココはどうなったの?」

 

 リルが興味津々に尋ねる。

 

「婚姻を結ぶことになりました」

 

「へぇ~」

 

 当然よね、とリルが納得して頷いている間に、アリーが優斗とココの後ろにいる存在に気付く。

 

「後ろのお方は?」

 

 訊くと今まで乗り遅れていたラグが全員に頭を下げた。

 

「わ、私はココの婚姻相手となるラグフォードと申します。ラグとお呼びください。皆様、どうぞよろしくお願いいたします」

 

 緊張しているのか、ずいぶんと律儀な挨拶だった。

 

「左からアリー、リルさん、タク、フィオとマリちゃんです」

 

「どういう人達かというとリライト王族、リステル王族、一般人、公爵令嬢、龍神」

 

 優斗の説明だが一人だけ扱いが酷かった。

 

「おい」

 

「ある意味、事実だよ」

 

 ツッコミを笑ってかわす優斗。

 だが、ラグには最後のところが引っかかる。

 面識があるとはいえ、リライト王族とリステル王族も確か揃って遊びに来ているのはおかしい。

 しかしそれ以上におかしいのがあった。

 

「……龍……神?」

 

 ギギギ、とゼンマイで動いているかのようにラグが首を優斗に向ける。

 

「僕の娘にして龍神の赤子であるマリカです」

 

「あいっ!」

 

 元気よくマリカが返事した。

 瞬間、ラグが平服する。

 

「こ、これは龍神様! 私はミラージュ聖国第2王子ラグフォード=キリル=ミラージュと申します! この度は龍神様を拝見させていただくなど光栄の至りであります!」

 

 長ったらしく色々と言った。

 

「……あう?」

 

 マリカに理解できるはずもないが。

 

「優斗、こいつはどうしたんだ?」

 

「信仰している神様を目の前にしたらこうなるんじゃない?」

 

「なるほどな」

 

 卓也だけでなく全員が納得する。

 すると廊下を歩く音が聞こえた。

 そして広間にもう一人現れる。

 

「ユウト、戻ったらしいな」

 

 上機嫌な様子で王様が姿を見せた。

 けれど一人平服している状況を見て、

 

「……これは何だ?」

 

「ココの婚姻相手です。ただいま、龍神様を絶賛崇拝中です」

 

 優斗が王様に状況を話す。

 と、新しく現れた存在にラグが気付き、それがリライトの王様だということで今度はそっちに平服する。

 

「リ、リライト王! 私は此度、貴国の公爵令嬢と婚姻を結ばせていただくミラージュ聖国第2王子の――」

 

「ああ、よいよい。謁見の間ではないし公式の場でもない。気楽にしろ」

 

 酒を飲んで楽にしている場を重苦しくしたところで何の意味もない。

 

「はっ! ありがたきお言葉、感謝いたします」

 

 ラグフォードはキビキビと立ち上がった。

 

「なんだ。触れ書き通りの男らしいな」

 

 意外だとばかりに王様が頷いた。

 

「いえ、触れ書きの相手は噂通りの駄目王子でしたよ。これはお兄さんのラグフォード第二王子です」

 

「相手が変わったのか?」

 

「ええ。触れ書きの相手のままだったらココの婚姻、潰してました」

 

「そうか」

 

 ただそれだけを言って、王様はまたテラスへと向かっていく。

 どうやら婚姻がどうなったのかだけ聞きに来たらしい。

 詳しい話は後日、ということだろう。

 

「なに? なんか色々とあったみたいね」

 

 興味津々でリルが訊いてきた。

 そのほか、全員が同じように頷いている。

 

「とりあえず大変だったよ」

 

「ユウは軽く死にかけてましたし」

 

「ココは最初の相手に泣かされるし」

 

「ユウはミラージュ聖国の大臣とか王様に喧嘩売るし」

 

「ココは婚姻相手が変わるし」

 

「ユウは完全オリジナルの神話魔法創るし」

 

「ココは創れって無茶ぶりしてくるし」

 

 矢継ぎ早に出てくる出来事だが、時系列がめちゃくちゃなので意味が通らない。

 代表して卓也が、

 

「……優斗、ココ。とりあえず最初から説明してくれ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

「へぇ~、それで相手がラグフォード王子になったのね」

 

「そうです」

 

 ソファーに全員座る。

 最初から話を聞くと、ずいぶんと凄いことになっていたことが分かる。

 

「ユウトさんも大変でしょうが……ミラージュ聖国のような国があることを理解できてよかったですわね」

 

「……いや、本気で勘弁してほしいんだけど」

 

 黄昏れる優斗に対し、アリーは呆れ顔。

 

「無理ですわ。わたくし達どころかマティス出自の国であるミラージュ王にまで大魔法士の再来と認識されてしまったのですから。こうなってしまったら父様もどこまで抑えきれるか分かったものではありません」

 

「……うわぁ」

 

 優斗は今になってもの凄く後悔する。

 さらには隣に座っているフィオナが優斗の怪我をしていた左腕に触れる。

 

「優斗さん、あまり無理はしないでください。すごく心配しますから」

 

「ごめんね。けど予想外だったんだ」

 

 まさか魔物を呼び寄せるなんて誰が予想付くだろうか。

 

「ラグは何をチラチラとフィオを見てるんです?」

 

 さっきから落ち着きなくラグが視線を移ろわせているが、中でも一番視線を向けているのはフィオナだ。

 

「美人過ぎてビックリしました?」

 

「そ、そうではない。確かにフィオナ様はユウト様に相応しいほどの見目麗しい方だが、私はユウト様の奥方にどのような挨拶をすればいいか考えているだけで……」

 

「別に普通でいいんじゃないの?」

 

 気軽にリルが言う。

 けれど、

 

「リル王女、無理な話というものだ。大魔法士様の奥方にして龍神様の母君なのだぞ。セリアールにおいて唯一無二と言っていいほどの女性なのだから、言葉を選ばなければならないのは当然だ」

 

 だからこそ考えているのだが……。

 当の本人であるフィオナは少し困った表情を浮かべる。

 

「私、いつの間にか凄い人になってませんか?」

 

「僕はミラージュ聖国に行って実感したよ」

 

 パラケルススの契約者がどういう立場なのか知らされた。

 フィオナは契約者の奥さんだと触れ回っているので、やはり特別扱いにはなるのだろう。

 と、卓也が疑問を浮かべる。

 

「リルとラグは知り合いなのか?」

 

 何となく、そんな感じがするやり取りだ。

 

「一応ね。何度かパーティーで顔会わせたことがあるくらい。これだけイケメンなら印象に残るわよ」

 

 問いに答えるリルだが、途端にニヤっとした。

 

「なに? もしかして妬いてる?」

 

「いや、別に。修やクリスがいるんだ。新しくイケメンが出てきたからといって妬く必要性はないだろ。彼に妬くならとっくに妬いてる」

 

「……ふ~ん。確かにね」

 

 あまり期待していなかったのか、リルもさっと流す。

 

「ラグもあまり畏まらないほうがいいです。フィオはユウの奥さんだからって威張る人じゃないですよ」

 

「それはユウト様の奥方なのだから分かるが……緊張するものは仕方がなかろう」

 

 せっかく優斗とは良い間柄を築けているのだ。

 奥方に粗相を働いてしまっては、と思うと緊張するのも当然。

 

「あの、優斗さんやまーちゃんはわかりますが、私は夫や娘と違って特別な存在ではないので」

 

 謙遜するフィオナ。

 だが、リルが突っ込む。

 

「旦那も娘もとんでもない時点でフィオナも普通じゃないことに気付きなさいよ」

 

「ちょっと待って。僕が一番の一般人なん――」

 

「歴史上二人目の契約者のくせに一般人とか、どの口がほざくのよ」

 

「すみません」

 

 まるで決まりきったコントのようなやり取り。

 しかしラグだけはハラハラしていた。

 

「リ、リル王女? 少し言い過ぎでは?」

 

「そう?」

 

「いつも通りだろ。ちょっとしたじゃれ合いだ」

 

「だよね」

 

 ズバっと言われた優斗もケロっとしている。

 卓也は心配顔のラグに、

 

「ラグはあれか? すぐにココの家を継ぐのか?」

 

「い、いや、なにぶん急な話になってしまったので私の仕事を末の弟に教え込まなければならないし、私でなければいけない仕事もある。他にも仕事の引き渡しは星の数ほどある。まだまだやるべきことはたくさん残っているから婚姻を結ぶとはいえ、容易にこちらへ来れるわけではない」

 

「時々こっちに来るってことか?」

 

「そうなる」

 

「だったらゆっくりでいいから慣れていけ。このやり取り、今日はまだマシなほうだ」

 

「……マシ?」

 

「馬鹿二人――修と和泉がいたら、さらに混沌と化す」

 

「……なんと」

 

 卓也の爆弾発言にラグは少し、乾いた笑いを浮かべる。

 だが、両の頬を軽く叩くと、

 

「……努力する」

 

「はい。頑張ってください」

 

 ココが嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 そのあと、ココとラグは早々に引き上げて実家に挨拶をしにいった。

 残ったメンバーは王様に巻き込まれて当然のこと、酒を飲むことになる。

 フィオナは飲まなかったので唯一潰されたのは卓也だけだが、リルが責任を持って引き連れて帰った。

 王様とアリーも意気揚々と帰る。

 優斗は一人、テラスにいて酒で火照った身体を冷ましていた。

 そこにマリカを寝かしつけたフィオナがやってくる。

 

「寒くないですか?」

 

「いや、ちょうどいいよ」

 

「他国まで行った帰りなんですから、疲れているだろうし早めに寝たほうがいいですよ」

 

「うん、分かってる」

 

 頷く優斗。

 フィオナが優斗の隣にちょこんと座った。

 

「大変でしたか?」

 

「そうだね。大変じゃなかったとは口が裂けても言えないよ。国賓待遇なんて疲れるだけだし、王様からはココの婚姻を判断しろなんて言われてたし、あげくに戦闘だからね」

 

 苦笑する優斗。

 フィオナはぎゅっと優斗の左腕にしがみついた。

 

「……ん?」

 

 少し違和感が優斗に生まれる。

 なんとなく、腕を組みたいから組んでいるのではなくて“逃がさないように”腕を掴んでいると優斗は感じた。

 

「どうしたの?」

 

「……少し、優斗さんが遠く感じます」

 

「どうして?」

 

「他国の王様にもマティスの再来だって認められて、国賓待遇まで受けて。なんとなく不安になりました」

 

「僕自身は何も変わってないよ」

 

「分かってますし、信じてます。優斗さんはここにいてくれて、私の隣からいなくならないって」

 

 理解はできている。

 

「でも、優斗さんはとても凄い人だから……。いつか手の届かないところに行ってしまうんじゃないか、と思ってしまって」

 

 だからしっかりしがみついておかないといけない、と。

 ……なぜか、そう思ってしまった。

 

「フィオナ、分かってるとは思うけど……」

 

 優斗は安心させるような笑みを浮かべる。

 

「僕はどこに行くにしても、フィオナを置いてけぼりにはしない。僕の居場所は君の隣だよ。だから僕を遠く感じたとしても気のせい。だって僕は君が離さない限り、この手を離すつもりはないから」

 

 優斗はぎゅっとしがみついているフィオナの右手に、自らの右手を重ねる。

 

「私は絶対に離しません」

 

「じゃあ、問題ないね」

 

「はい」

 

 温かな優斗の声音に、フィオナの心にあったモヤモヤが晴れていく。

 だが、それが無くなると今度は別のことが気になる。

 

「あと、やっぱりミラージュ聖国に行ったら女性からも人気あったんですよね?」

 

「どこぞの大臣に王女様を刺客として向かわされたりはしたけどね」

 

「やっぱり……」

 

 浮気云々は考えていないが、心配ではある。

 これからも似たようなことが多々、あるのではないかという心配が。

 

「けど残念なことに皆様、僕の好みから外れてるから」

 

 おどけるような感じで優斗が言う。

 

「好みから外れてる、ですか」

 

 と、フィオナは気になったことを訊いてみる。

 

「優斗さんの好みってどんな感じなんですか?」

 

 今まで知らなかった。

 優斗の女性の好みなんて。

 

「知ってどうするの?」

 

「精進します」

 

 冗談なく真剣な表情のフィオナに、優斗が少し吹き出した。

 

「け、結構本気なんですよ!」

 

「そっかそっか」

 

 優斗は返事しながらも、くつくつと笑い声を漏らす。

 

「まずは名前からかな」

 

「名前?」

 

「僕は名前にもうるさくてね。『フィオナ』って名前が好みなんだ」

 

「えっ?」

 

 ビックリするフィオナ。

 優斗は笑いながら続ける。

 

「あとは黒髪ロングのストレートで、大和撫子な雰囲気を漂わせてるんだけど結構嫉妬深くて、美人過ぎてこっちが心配になるぐらいの女性が好み」

 

 優斗の言葉にフィオナはまだ、呆ける。

 

「つまり」

 

 重ね合わせていた右手をそっと離して、優斗はフィオナの額をツン、と押す。

 

「フィオナは僕にとって100点なので精進する必要はありません」

 

 

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