第62話 大切な……

 案外、面白い人で。

 凄く格好いいのに、そのギャップがさらに笑える。

 最初からこの人だったら、優斗だって自分だって文句はなかった。

 

 ――なんでだろう?

 

 4月から楽しいことばかりだったのに。

 年末の今は嫌なことばかり。

 優斗とフィオナみたいに紆余曲折あっても最後はハッピーエンド、ではなくて。

 自分の場合はエンディングも続いていく人生までもバッドエンド。

 けれど家族と自分の考えとしてはベストエンド。

 人生が上手くいく人と上手くいかない人で分けたら、絶対に自分は後者だ。

 

 ――ほんと。

 

 ラグが婚姻相手であればよかったな、と。

 ハッピーエンドであってほしかったな、と。

 心底、思う。

 

 ――でも。

 

 それは仲間がいなかったらの話。

 彼らは自分が不幸になるのを許してくれない。

 無理矢理にでもハッピーエンドにねじ曲げてくれる人達だ。

 

 ――特にユウなんて。

 

 わたし達の中で一番、ハッピーエンド至上主義なんだから。

 

 

       ◇      ◇

 

 

「……あれ?」

 

 粉を身に振りかけたマゴスが首を捻る。

 

「何も起こらないじゃないか!」

 

 格好良く変身すると思っていたマゴスは憤る。

 けれど優斗は悠長に考えていられない。

 

「……今の粉、何だか分かる人……いる?」

 

「あの、おそらくですが」

 

 ラグが恐る恐る発言した。

 

「魔物を呼び寄せる粉ではないかと……」

 

「効果は?」

 

「周辺の魔物を呼び寄せます」

 

「継続時間は?」

 

「ありません。粉をふるった場所から半径500メートルほどの魔物を呼び寄せるだけです。一度呼び寄せたらお終いになります」

 

 つまり継続的に魔物を呼び寄せるというわけじゃない。

 優斗は右手を顎のところへと持って行き、考える仕草をする。

 

「その点を考えるとゲームよりは楽だけど……」

 

 長期戦にならないだけいい。

 

「ただ、逃げても無駄……か」

 

 ふるった場所、とラグは言っていた。

 ということはマゴスが場所にあたる。

 

「……来た」

 

 優斗はすかさずショートソードを構える。

 姿形は見えるだけで二十体。

 さすがに見たことのない魔物もいるので全部は把握できないが、おそらくランク的にはAランクからEランクまでいる。

 強そうなのは、そのうち八体。

 あくまで優斗の知識と感覚頼りではあるが、

 

 ――これは……かなり不味いかな。

 

 普段なら問題ないと思えるが、今回は制約がある。

 優斗が知っている神話魔法は神殺の剣以外は全部ぶっ放し系なので、基本は上級魔法のみで相手取らないといけない。

 自分の“全て”を全開に持って行くにも時間が掛かってしまう。

 だから優斗は覚悟を決めた。

 

「ココ、二人を守って」

 

「……ユウは?」

 

「倒してくる」

 

 さらっと言ってのける優斗。

 けれどココは何を言っているとばかりに反論した。

 

「む、無理に決まってます! だってユウ、神話魔法を使え――」

 

「――そんなものは関係ないよ」

 

 遮って優斗はココに伝える。

 

「この状況で君を助けるには、僕がやるしかないから」

 

 制約があろうと何だろうと、助けるためにはそれ以外に方法はない。

 同時、一匹の魔物から放たれた岩が直前に迫っていたので優斗はショートソードで斬り捨てる。

 

「わ、私も一緒に!」

 

「わたしも!」

 

 ラグとココが名乗り上げる。

 だが、

 

「悪いけどフォローするほど余裕はない」

 

 二十体もいるから守りきれる自信はない。

 いくらココでも、この状況下では無事でいることなど不可能だ。

 どうやったって無理。

 フォローするにしても、優斗の手が届く範囲を超えている。

 乱戦は不確定要素が多すぎるからだ。

 さらにラグは優斗よりもココよりも戦うことに慣れていない。

 しかも王族だから死なせるわけにもいかないし、応援に来て貰うわけにもいかない。

 

「求めるは聖護、聖光の守り」

 

 優斗が詠唱を紡ぐ。

 すると円形の守護壁が生まれる。

 

「卓也や修じゃないから、これぐらいの魔法しか張れないけど……」

 

 大抵の攻撃は防げるはずだ。

 

「ちょ、ちょっとユウ!」

 

 ココが止めようとして足を踏み出す。

 けれど優斗が止めた。

 

「絶対にそこから出るな」

 

 軽く脅すような声音でココを押し止めた。

 そして優斗はすぐに視線を魔物達へと戻し、ショートソードを振りかぶった。

 

「……さて、と」

 

 正直、死ぬかもしれないけれど。

 頑張れば死なないはず。

 死ぬ気で動けば倒せるはず。

 

 ――どっちにしても。

 

 ココ達に被害は及ばせない。

 優斗は足を一歩踏み出す。

 

「行こうか」

 

 

       ◇      ◇

 

 

「なんだよ! 勇者なんてなれないじゃないか!」

 

 マゴスは優斗の守護壁の中でぶつくさと文句を言っていた。

 

「しかも魔物を呼び寄せるなんて聞いてないぞ!」

 

 などとマゴスは言うものの、本来は呼び寄せた魔物を全て打ち倒したものを勇者と称えることができるだけで、粉自体には人間に対してなんら効力を持たない。

 

「マゴス、お前はっ!!」

 

 あまりにも救いようがない弟にラグが雷を落とそうとする……よりも先に。

 ラグの前を動いた影があった。

 

「――ッ!」

 

 ココは右の手のひらを一閃、マゴスの頬に叩き込む。

 パン、と乾いた音がした。

 驚いた表情をしたマゴスだが、ビンタした相手がココと知った瞬間に憤る。

 

「な、殴ったな! ぼ、ぼくはお前の夫となる男なんだぞ!!」

 

「だから何です!? 誰のせいでユウが戦ってると思ってるんです!?」

 

 ココは怒り心頭だった。

 普段の優斗なら心配だってしない。

 けれど今の彼には厳しいはずだ。

 

「…………っ!」

 

 ココは唇を噛みしめる。

 厳しいはずなのに彼は戦いに赴いている。

 一体、誰のせいだ。

 

「貴方のせいじゃないですか!!」

 

 目の前の馬鹿が馬鹿なことをやって優斗が割を喰っている。

 

「なんで……なんでユウが戦わないといけないんです!?」

 

 一番、関わる必要がない人間が。

 どうして戦っている。

 

「……本当に……馬鹿なことばっかり」

 

 マゴスに関わってから良いことがない。

 仲間は貶されるし、現在進行形で優斗が戦わされている。

 

「わたしの家が望む婚姻? わたしの立場が願う婚姻? そのせいで誰に迷惑が掛かってるんです?」

 

 自分か?

 いや、違う。

 優斗だ。

 

「……わたしがこんな男と、婚姻を望むなんて言ったから……」

 

 せめて最後に、と。

 少しは相手に挽回させるチャンスをあげようと。

 優斗はそう考えてくれたのかもしれない。

 

「馬鹿らしい」

 

 本当に。

 自分自身に腹が立つ。

 

「き、貴様! 無礼だぞ、ぼくは王族なんだぞ!」

 

「無礼なら無礼で構わないです」

 

 もういい。

 どんなことを言われても構わない。

 なぜなら目の前にいる男は、

 

 

 ――わたしの婚姻相手じゃないんだから。

 

 

 仲間を貶すような奴が。

 友人を脅かすような奴が。

 自分の婚姻相手であってたまるか。

 

「今回の婚姻、わたしは絶対に望みません」

 

 突きつけるように言い放って、ココはラグのほうに振り向く。

 

「ラグ、わたしは行きます」

 

 告げながら横を通り過ぎて、優斗の張った防御魔法を抜けようとする。

 しかし手を取られた。

 間違いなくラグだ。

 

「……行かせるわけにはいかない」

 

 ラグだって魔物の強さがどれくらいか、少しぐらい把握できているつもりだ。

 

「むざむざと君を死なせてなるものか!!」

 

 魔物が集まっている場所へココを行かせるわけにはいかない。

 

「じゃあラグはユウだったらいいんです?」

 

「……それは…………」

 

 突然にココから問われた。

 思わず答えるのに詰まる。

 

「気持ちは分かります。ラグにとってユウは凄い人なんだと思います。契約者ですし、独自の神話魔法をたくさん使いますし、正直に言って化け物です。貴方達が大魔法士と呼ぶのも理解できます」

 

 これが同年代なんて常識的じゃなくても考えたくない。

 

「でも、わたしにとっては大切な仲間なんです」

 

 初めて出来た友達の一人。

 

「知ってます? ユウってフィオを抱きしめるだけで顔を真っ赤にするんです。それにユウってフィオと付き合うまでぐだぐだしてて……本当にヘタレなんです」

 

 何が化け物だ。

 何が契約者だ。

 自分が知っている優斗はただのヘタレで臆病な奥手の小心者だ。

 

「わたしにとっては、そんな人なんです」

 

 だから、と防御魔法の外に出ようとした瞬間だった。

 

「……あ……ぐっ……!」

 

 優斗が吹き飛ばされた姿が見えた。

 かろうじて左手で防いでいるように見えたが、無事ではないはずだ。

 

「手をどけてください!」

 

「……できない……っ!」

 

「どけて!!」

 

 ココが怒鳴る。

 

「できないっ!! 一目で心奪われた相手を行かせられるわけがないだろう!?」

 

 ラグから思わず本音が出る。

 だが、ココは“そんなこと”に構っていられない。

 

「……友人が……」

 

 自分のことを妹分と言ってくれる人が。

 

「親友の大切な人が……」

 

 フィオナの大切な恋人が。

 

「わたしの仲間が戦ってるのに……見てるだけなんてできない!」

 

 無理矢理にでもラグの手を外そうとする。

 

「ユウを死なせたくない!」

 

 大切な友達だから。

 

「死なせたくないの!!」

 

 最後は絶叫と紛うほどの声量だった。

 これで言うことを聞いてくれないなら、魔法でもぶち当てる。


「……ココ」


 するとラグはほんの数秒逡巡したあとに手を離した。

 そして、

 

「ならば私も行く。ココだけ行かせるわけにはいかない」

 

 ラグは剣を抜きながら前へと出る。

 

「そんな自分を許せるはずがない」

 

「下手したら死んでしまいますよ?」

 

 どこかにあるような試合ではなく、命のやり取りをする場所だ。

 しかも相手はこちらの立場など考えるわけもない魔物。

 ラグとて、そんなことはもちろん分かっている。

 

「承知の上だ」

 

 一目惚れの相手が戦いへと向かい、自分がここへ残るというのは王族である以上に男としての名折れ。

 

「ココを守るために命を散らすことになるのなら本望だ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 多対一において一番重要なのは、まず数を減らすこと。

 優斗は集まってきた二十体の魔物のうち、すぐさま三体を斬り殺す。

 さらに前後左右から襲いかかってくる魔物を持ち前の運動神経と反射神経でかわしながらさらに二体。

 本当なら、どうにか二対一ぐらいに持ち込むところなのだが、距離を置いたりするとココ達に向かいそうなので迂闊に距離も取れない。

 だからこその近距離乱闘。

 加えて戦っている最中にも優斗の剣戟や動きは際限なく加速しているのだが、それでも瞬間芸で殺せるのにも数は限られている。

 一体に踏み込んで倒しに向かうのも有りだが、一体に取りかかって他の気を抜くなど愚の骨頂。

 かといって今の場合だと浅い傷を与えるだけで致命傷に至らせることはできない。

 

「――ふっ!」

 

 ショートソードを真横から薙ぎ、また一体の魔物を斬り殺す。

 そして魔物の位置を把握しながら、次々と効率より攻撃を加えていった。


 ――残り……七匹っ!


 雑魚から数を減らしていき、残るは上位ランクと呼んでもいい魔物ばかり。

 ここからが正念場だと言えるのだが、背後から一つ目の巨人――サイクロスが豪腕をアッパーのように唸らせた。

 位置関係で考えれば、そこには魔物が一体存在しているが……それはサイクロスにとって関係ないこと。

 魔物ごと殺す勢いで振るわれる腕は、違わずして魔物を殴り殺してなお優斗へと向かっていく。


「……ちっ!」


 魔物を物理的な盾として考えていた優斗は、舌打ちして振り返りショートソードを魔物の拳と相対させる。

 しかしそれが判断ミス。

 多数の魔物と近距離戦闘における経験値が少ないからこその致命的な行為。

 拳はショートソードが食い込みながらも優斗を打倒せんと振り抜こうとしている。

 下から上に向かっている拳。

 だから拳が剣に当たり食い込むと同時、優斗の身体が少し浮いた。

 次の瞬間、真横にはサイクロスの上位存在であるサイクロプスの拳が迫ってきた。

 

「――ッ!」


 回避行動するために蹴り出す地はなく、魔法も精霊術も使う時間はない。

 優斗は半ば反射的に左腕を拳との間に滑り込ませたが、

 

「……あ……ぐっ……!」

 

 嫌な音を耳を響かせながら15メートルは吹き飛ばされる。

 無理に滑り込ませた左腕に激痛が走り、さらに肋骨にも痛みが突き刺さった。

 どうにか体勢を整え着地した優斗は、ダメージを受けた場所を確認する。

 

 ――左腕と左側の肋骨が何本か……折れたな。

 

 下手しなくても左腕は複雑骨折だろう。

 肋骨も何本折れてるか判断できないが、とりあえず痛みが酷い。


 ――あとは……足も駄目か。


 左足の上部も骨が折れたかヒビくらい入っているのか、上手く動かない。

 ただ、内臓関係に違和感がないのは幸いだった。

 残っているのは六体。

 サイクロプスとサイクロス。

 ライガーと木の形をした魔物――ツリースト。

 他にもCランクほどの魔物が二体。

 

 ――どうする?

 

 正直な話、勝ち目がない。

 特にサイクロプスとサイクロスは現時点の魔法も精霊術も効かない。

 神殺の剣なら殺せるだろうが、あれは初動も動きも遅い。

 その間にライガーに攻撃されるだろうし、ツリーストの枝も面倒だ。

 殺気を放って押し留めようとしたが、どうやら魔物を呼び寄せる粉は本能すら狂わせるほどの攻撃性をもたらすらしく、一向に逃げる気配がない。

 しかも今の自分はかなりの手負い。

 痛みは気合いで意識から除外できるが、右足一本の機動力で勝てる可能性は少ない。

 久しぶりに大失態を犯したと言っていいだろう。

 

 ――いくら全開へ持って行くに時間が無かったとはいえ、結構な勢いで詰んでるな。


 最悪、大精霊を呼んで魔力供給をミスらないで頑張るしかない。

 ジリジリとにじり寄ってくる魔物たちに、どう対応するか考える優斗。

 だが、その場にあってほしくない姿が現れた。

 

「ユウ!!」

 

 ココとラグが駆け寄ってくる。

 そして優斗の前に立つ。

 思わず魔物も止まった。

 

「……バカ。なんで来た」

 

「来ないとでも思ってます?」

 

「だから“バカ”って言ったんだよ」

 

 来たいのは分かっていたからこそ脅したのに全て台無しだ。

 けれどココは笑って、

 

「ユウがかなり数を減らしたから出てきたって言ったらどうです?」

 

「……だったら納得してあげるよ」

 

 どうせ今、考えついた言い訳だろうけど。

 優斗は不承不承頷く。

 

 ――でも、まあ……。

 

 確かに今の状況ならココに背中を預けることはできる。

 例え魔物にAランクがいようとも、その絶対の信頼は変わらない。

 優斗が問題にしていたのは乱戦によって起こる、不測な事態。

 優斗でさえも防げない状況。

 しかし今なら数は減っているし、予測不可能な状況は確実に減っている。

 

 ――それなら。

 

 この状況下で優斗は認識を変える。

 ココを“守るだけの存在”から“戦友”へと変える。

 

「ユウ、今から時間を稼ぎます。その間にユウは……」

 

 彼女の視線が優斗の瞳へと向かった。

 あるのは優斗がココに向けるのと同様、絶対の信頼。

 

「ユウは新しい神話魔法を創ってください」

 

「……変なこと言うなって。創ったことなんてないよ」

 

「大丈夫。できるはずです」

 

 否定する優斗だが、ココは軽く受け流した。

 

「だってユウの魔法はセリアールにとって新しく創造された魔法なんだから」

 

 出来ない、なんてことはない。

 

「向こうの世界の“げーむ”や“あにめ”からイメージを持ってきたのだとしても、この世界には関係ありません。まさしくユウがやっているのは、新しく創った神話魔法です」

 

 だとしたら出来るはずだ。

 

「イメージを固めて詠唱を言霊とし、神話魔法とするぐらい……ユウには簡単です。それに詠唱は創ったことあるんですし、あとはイメージを創造するだけで終了です」

 

 アレンジして独自の詠唱を創ったこともある優斗だ。

 無理なはずない。

 と、ココはからかうように、

 

「これぐらいやってくれないと、妹分としてはお兄ちゃんを尊敬できませんよ?」

 

「……普段は尊敬してないの?」

 

「ヘタレ返上したら考えます」

 

 魔物を前だというのに、互いに吹き出した。

 

「分かったよ。やってやる」

 

 優斗の返事にココは嬉しそうに頷いて、魔物を見据える。

 

「ラグ」

 

 代わりに優斗は魔物に視線を据えていたラグの名前を呼ぶ。

 ラグが視線を優斗に向けた。

 

「いいか? 今の状況でココを守ろうなんて思うな。まずは自分の役割に集中しろ」

 

「だが……」

 

 ココは女性だ。

 守らなければならない。

 しかし、

 

「お前の考えは好きだが、ココは僕達の仲間だということを忘れるな」

 

 抱いている想いを捨てろ、と優斗は言う。

 優斗だって基本的にはラグと同様の考えを持っているが、それだって状況次第だ。

 今のココは頼るべき仲間であり大切な戦友。

 

「彼女を守りたいと思うのなら、まず彼女を信じることから始めろ。そして知るんだ」

 

 本当のココ=カル=フィグナを。

 

「ココは守られるだけの弱い奴じゃないことを」

 

 優斗は理解しているが、ラグはまだ知らないこと。

 ラグにとって“今”は知らないことだが、いずれは知ることができること。

 それを優斗は示す。

 

「……分かった」

 

 少し戸惑った様子を浮かべたラグだが、優斗の断言に意を決したように頷いた。

 

「30秒だけ稼いでくれ。それまでは二人のことを信じて考えに没頭する」

 

「はい」

 

「了解した」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 目を閉じて考える。

 放出系は論外。

 爆発系も駄目。

 ならば、大丈夫なのは何だろうか。

 優斗は頭を空にして考えてみる。

 

 ――範囲指定で内側に威力を向けたもの……か。

 

 これだ。

 色々とありそうなものだが、優斗のストックには出てこない。

 というより、あるかもしれないけれど現在の状況下で思い出せるわけもない。

 だからまさしく一から魔法を“創る”しかない。

 

 ――内側に向けたもの。

 

 しかし指定範囲から出られてしまえば意味がない。

 

 ――魔物を出さなければいい。

 

 出さないなら、何だ?

 

 ――檻。

 

 そうだ。

 最初の家が自分に取って牢獄だったように、檻というのは出られることはない。

 そして優斗にとって檻とは最低最悪の場所。

 故に願うのは死、のみ。

 魔法に対するイメージが思い浮かぶ。

 

 ――ああ、まさしく僕らしい。

 

 自分らしい魔法だ。

 

 ――詠唱は?

 

 どういう言葉がいい?

 どんな台詞が一番しっくり来るだろうか。

 少し考え……小さく笑う。

 

 ――なんかもう、厨二まっしぐらな言葉だ。

 

 痛々しいし、自分が考えたとなると恥ずかしい。

 

 ――でも、やっぱりこれが一番だ。

 

 僕らしい、と。

 再び優斗は思う。

 

「ユウ!!」

 

 ココの呼ぶ声が聞こえた。

 一度だけ大きく深呼吸をして、眼を開く。

 

 ――始めよう。

 

 正真正銘、宮川優斗が自分で考えて創り出した神話魔法を。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 時間が過ぎるのが遅いと感じる。

 30秒というのは、これほどまで長いのだろうか。

 ラグは生死を分かつ場で、初めてそれを実感した。

 

「……う……ぬっ……!」

 

 息をつかせる暇も無い。

 真正面からだけではなく、後方や右側にもいる。

 どこにも気を配らないといけないのは精神がどんどん削られていく。

 

 ――ユウト様は制約下で、魔物は二十体もいたのに。

 

 十三体も倒すとか、最早人間業じゃない。

 前後に水の精霊術を撃ち放つ。

 運良く、三体全てに当たり距離が開いた。

 

『清浄なる美澄の住人よ。ラグフォードの名において願う』

 

 すぐさま、詠唱を紡ぐ。

 

『出でよ! ウンディーネ!!』

 

 瞬時に水の大精霊を呼び寄せる。

 

 ――あと……10秒!

 

 約束の30秒まであと10秒。

 全力で使役しても魔力は足りる。

 

「ウンディーネ! 三体の魔物を近付けさせないでくれ!」

 

 水の大精霊が頷いた。

 これで約束の時間までは倒せずとも近付けさせることはない。

 

 ――あと5秒。

 

 ラグの意識は別の場所へと向かう。

 

 ――ココは!?

 

 視線を彼女へと向ける。

 

「…………なっ……あ……」

 

 ラグが驚きの声をあげた。

 そこには軽やかなステップを踏みながら避けるココがいて、

 

「求めるは水の旋律、流水の破断」

 

 制約下なのに水の上級魔法を放ち、三体の魔物を切りつけ、

 

「求めるは岩鬼、質なる圧壊」

 

 地の上級魔法を使って魔物の真上から大岩を落としている姿があった。

 

「ユウ!!」

 

 魔物から視線をずらさずにココが声を張り上げる。

 約束の時間。

 30秒が経った。

 優斗はココの声に反応したかのように閉じていた眼を開ける。

 そしてゆったりとした声音で……紡ぐ。

 

 

『囲え、囲え、囲え』

 

 

 瞬間、優斗の足元には魔法陣が輝き、動いている五体の魔物をそれぞれ囲う光の檻が現れる。

 

『囲いの中、出ること能わず、逃げること能わず、動くこと能わず』

 

 まるで鉄格子のような構造の檻。

 魔物が出ようとするも、格子だけでダメージを与えられるのか、触れた瞬間に弾かれる。

 

『なればこそ永久なる苦痛、永遠なる悪意、全てを身に受けろ』

 

 光の格子の光量が増し、

 

『故に告げよう――』

 

 優斗が右手を軽く、断罪するように振るった。

 

『――メメント・モリ』

 

 瞬間、縦横16本。計32本の格子から光の一閃が格子の内側へと放たれる。

 そして問答無用に全ての魔物を切り裂き、焼き付くし、向かいの格子へと収まった。

 優斗は魔物が全滅したことを確認してから魔法を解く。


「まったく……」


 ぐったりと座り込み、左腕や肋骨の痛みに顔を顰める。

 やたら無闇に歩く気力も生まれなかった。

 

「……疲れたし痛い」

 

「お疲れです、ユウ」

 

 ココが隣に座って治療を始める。

 

「あのバカから霊薬かっぱらってこれない?」

 

「どうでしょう? ラグなら……」

 

 視線をマゴスのほうへと向ける。

 すると、ラグが瓶を持ってやって来た。

 なぜかマゴスはいない。

 

「ユウト様。霊薬だ」

 

「助かるよ」

 

 戦闘最中のタメ口のせいか、終わったあともタメ口が続く優斗とラグ。

 そこに優斗もラグも気付くこともなく、優斗は霊薬を飲み干す。

 

「あ~、生き返る」

 

 湯船につかった壮年の男性みたいな優斗にココが笑う。

 

「おじさんです?」

 

「くたびれ具合は似たようなものだよ」

 

 とりあえず痛みが和らぎ始めた。

 あと10分もすれば完全回復するはずだ。

 

「っていうかバカは?」

 

 マゴスがいないからだろうか。

 それとも身体がボロボロになるぐらいの仕打ちを受けたからだろうか。

 優斗のマゴスに対する扱いが酷くなった。

 

「霊薬を私が奪い取ったら、止める間もなく逃げていった」

 

「……ヤバくない?」

 

「大丈夫だ。私が風の精霊に頼んで守護している。何か問題があったら知らせてくる手はずだ」

 

「そっか」

 

 優斗は寝転がる。

 

「正直、助かったよ。特にサイクロプスは短期戦なら神話魔法じゃないと倒せないから」

 

「いや、ユウト様が魔物を減らしてくれたおかげだ」

 

「本当です」

 

 ラグとココが優斗を賞賛する。

 

「けど、まあ……」

 

 ココは姿形すらない魔物のことを思う。

 

「ずいぶん凄い神話魔法です」

 

 いかつい、というか怖いほどの魔法だった。

 ラグが少し悔やんだ表情になる。

 

「しかしこの場合、ユウト様がライガーを倒してしまったとなると『王族の試練』は失敗か」

 

 若干項垂れたラグ。

 けれど優斗は軽い調子で右手を横に振った。

 

「いや、違う違う」

 

「はっ?」

 

「えっ?」

 

 ラグとココが同時に驚いた。

 

「だって僕が指定した魔物は五体。サイクロス、サイクロプス、木の魔物とCランクっぽい魔物二体。ライガーは指定外」

 

「えっ? どうしてライガーは指定しなかったんです?」

 

「すでに倒されてた」

 

 優斗は離れた場所を示す。

 木や草むらに隠れて見えないが、そこにライガーが倒れている。

 

「つまり、えっと……どういうことです?」

 

「バカに付き添ってきたラグが倒したんだから『王族の試練』は達成。神木の枝を得ることは問題ないってこと」

 

 優斗の説明に少し呆けた様子のココとラグ。

 

「けどわたし、もうマゴス様に婚姻解消を突きつけたんですけど」

 

「そこは僕に判断を委ねられてもね。ラグに任せるよ」

 

「私が?」

 

「いや、だってココの婚姻を認めるか認めないかと『王族の試練』は別物だし」

 

 訊かれたところで困る。

 ラグは少し考えるが、

 

「……よし」

 

 意を決したように神木へと歩いて行き、小枝を折った。

 

「ユウト様が回復次第、戻ろう」

 

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