第61話 テンプレのような馬鹿者
夢は夢。
あっけなく、儚い。
少しだけ期待したけれど、現実は甘くない。
きっと彼と婚姻してしまえば。
大切な場所にはもう、行くことができない。
仲間と一緒にいれない。
バカみたいに騒げない。
なんとなく、そんな気がする。
初めて出来た友達。
初めて出来た親友。
初めて出来た仲間。
この9ヶ月間は本当に、今までの記憶が色褪せるぐらいに素晴らしかった。
これほど楽しかった日々は知らない。
アリー、フィオナ、クリスと同じくらい輝かしく思っている日々。
それを宝箱に詰めて、頑張ろうって思ったけど。
幸せじゃなくてもやっていこうと思ったけど。
仲間が認めてくれるわけもない。
そうすることが当然のように出てきて。
そうすることが当たり前のように動いて。
わたしを護ろうとしてくれる。
どうして護ってくれるのか、理由なんて分かりきってる。
自分だってそうする。
間違いなく、同じことをする。
だから「やめて」とは。
言えない。
◇ ◇
「ラグだったら……か」
先ほどのココの言葉が繰り返し、ベッドで横になっているラグの頭の中に響く。
「此度の婚姻は絶対に逃せない」
あれほど契約者と縁のある相手なのだ。
逃せるわけもない。
けれどマゴスが相手で、優斗が許すとは思えない。
ならば、と考えてしまう。
「私なら……」
優斗は考えを直してくれるのではないか、と。
「……ははっ」
自嘲する。
何を真に受けているのだと。
あんなものはおべっかに決まっている。
「…………」
けれど。
初めて彼女を見た瞬間――見惚れてしまった。
ああ、まさしく一目惚れだ。
“可憐”という言葉が目の前にあったのだから。
「…………」
彼女のことを僅かな可能性でも貰い受けられる可能性があるのなら。
自分は動くべきではないだろうか。
「…………ユウト様はすごいな」
ココの友人は彼女の幸せのために動いている。
思い悩む様子もなく。
素直に敬意を示すほかない。
「……本当に」
父に頭を下げられて、あれほどオロオロしていた人物。
威張るような人物でもないだろうし、契約者だというのに傲慢にもならない。
むしろ小市民の矜持しか持っていない感じだ。
また、ココを慰める様子からも本当に優しそうに思える。
おおよそ問題を起こすような人物には見えないのに、先ほどは父に真っ正面から言い放っていた。
それは間違いなくココのためで。
純粋に彼女の幸せを願った行動で。
ココから嫌われようとも構わない様子で。
だから彼にとって……いや、彼女の“仲間”にとってココがどれほど大切な人なのかということを教えられた。
「…………っ!」
起き上がる。
無意識に歩き始めていた。
気付けば目的地まで早歩きになる。
「…………」
決めた。
決意をすれば簡単だった。
ドアを二度、ノックする。
「父上、お話があるのですがよろしいでしょうか?」
◇ ◇
翌日、森に行くメンバーが集まっていた。
とりあえずは三人。
優斗とココと、
「お二方。昨日のユウト様の提案を父上はお受けになり、私が一緒に参ることになりました」
ラグがいた。
「……ラグ、どうしてです?」
驚くような表情でココが訊いた。
「私は大精霊、ウンディーネ様を召喚できます。また王族の血族ゆえ、ミラージュの森の制約もありません」
話を聞けばラグは精霊術士らしく四大属性の精霊をある程度扱え、水の大精霊を召喚できるとのこと。
けれど優斗の関心は別にあった。
「へぇ、名前で呼び合うようになったんだ」
「――っ!?」
ビクっとするラグ。
しかしココは何でもないように、
「昨日、ユウがパーティーで囲まれてるときにそうなっちゃいました」
「ふぅん」
優斗が面白そうな表情を浮かべた。
「ユ、ユウト様! ユウト様もぜひ、私のことをラグとお呼びください!」
彼の様子になぜか焦った感じのラグ。
少し後ろめたいとでも思っているのだろうか。
「いえいえ、王族の方を呼び捨てにするなど恐れ多いです」
「なに言ってるんです? リルとかアリーのこと、呼び捨てだったり愛称で呼んでるのに」
「あれは身内だからね」
と、優斗は試すように、
「ラグフォード様はそれでも僕に呼び捨てを望みますか?」
「…………あっ……えっと……」
逡巡する様子を見せるラグ。
だが、頭を一度振ると、
「……はい。大魔法士様に“様”付けされるなど、恐れ多いです」
「そうですか」
今の答えはどのように取ればいいのか、優斗は少し判断が付かない。
けれども今の話を聞いてなお、望んだところは評価できる。
「分かりました。では僕もこれからはラグと呼びます」
「……ありがとうございます」
ほっとしたラグ。
「それで今回の中心人物であるマゴス様はまだでしょうか?」
今は集合時間ちょうど。
しかしマゴスの姿は見えない。
「先ほど会った際には時間に遅れるなと口酸っぱく申したのですが……。申し訳ありません」
「ラグが悪いわけじゃないでしょう」
何かにつけて謝るラグ。
本人が悪いわけではないため、ここまでくると不憫に思える。
だから優斗が切り替えるように、
「まだ来る気配はなさそうですから、時間つぶしがてらラグの実力を把握しましょう」
「どうやってです? まさか手合わせとか?」
「いやいや。手合わせしなくても、訊くのに丁度良い存在がいるから」
ココが首を捻ると、優斗の含んだ言い方をした。
ラグはその存在に見当が付き、
「その……私が実際に呼び出せということでしょうか?」
「いえ、それではラグの魔力も減ってしまうでしょう? ですから僕が呼びます」
優斗は右手を振って否定をし、続いて軽く左手を広げる。
「ウンディーネ」
そして名を呼んだ。
瞬間、優斗の目の前に魔法陣が現れ、水の大精霊が顕現する。
「結婚式ぶりだね。元気だった?」
気軽に優斗が訊くと、ウンディーネは頷く。
ココは大精霊の姿を間近で見るのは初めてのため、ウンディーネの美しさと神々しさにうっとりとしている。
ラグは、
「…………はっ?」
呆けていた。
「……ユウ……ト……様? あの……」
目の前のことが信じられないように驚くラグ。
こういう反応、間近で見るのは久々だなと優斗は思いながら、
「これでも契約者ですから。大精霊を詠唱なしで呼ぶなんて、お手の物です」
苦笑して答えた。
「それで彼のこと、分かる?」
優斗がラグを示すとウンディーネは頷く。
「君のこと、どれくらい使役できる?」
問うとウンディーネの意思が伝わってきて、
「……あら。結構凄いんだ」
またウンディーネがこくん、と頷く。
「分かった、ありがとう。この後、もしかしたら彼が君を呼ぶかもしれないから、その時はよろしくね」
頼むとウンディーネは微笑む。
そして姿をだんだんと薄くしながら消えていった。
「ユウ。どうだったんです?」
「結構な使い手って言ってたよ」
ビックリした。
優斗が予想していた以上の精霊術士だ。
「さすがはマティスの血族ってところかな」
「血の力っていうよりラグの才能が凄いんじゃないです?」
「かもね」
ココの反論に優斗は素直に頷く。
一方で、ようやくラグも驚きから落ち着く。
「さ、さすがはユウト様。お見それしました」
さらっと大精霊を召喚するなど。
と、ここでようやく本日の主役がやってきた。
見た目は重装備だが、意気揚々と歩いているところを見ると軽い素材でできているのだろう。
防御力も高そうだ。
「では出発するぞ!」
婚姻相手や契約者どころか、兄すらも待たせているのに謝りもせず森へと歩いて行くマゴス。
待って貰うのが当然という態度は、一種の清々しさを覚える。
「……マゴ――」
さすがにラグが叱ろうとしたが、優斗が止めた。
「気にしなくて大丈夫です」
「しかしココとユウト様を待たせておいて、あの態度は……」
「けれど、それが『彼』なのでしょう?」
だから取り繕う必要もかばう必要もない。
優斗の判断材料に、これ以上の材料は存在しない。
「…………はい」
「なら気にしなくて大丈夫です」
小さく笑って、優斗も歩き出す。
次いでココとラグも歩き出した。
◇ ◇
「結局のところ、ミラージュの森ってどれくらいの制約が掛かるんですか?」
森の中に入ったが、倦怠感というものはない。
身体に作用することはないらしい。
「魔法ならば軒並み、威力が落ちます。熟練の魔法士ならばそれでも上級魔法は使えるでしょうが……威力は通常時の3分の2といったところでしょうか。精霊術も同様です」
「案外、削られるんですね」
熟練の魔法士で3分の2であれば、普通の魔法士なら半分程度になるだろう。
「ユウト様ほどの方だと、上級魔法までなら多少威力が減るぐらいで問題なく使えるとは思いますが……神話魔法クラスを使うのは駄目です」
「なぜでしょうか?」
「制約は森を包む結界が作用しているのです。ユウト様はパラケルスス様以外にも独自詠唱の神話魔法の使い手。さらには実力から考えて、制約下でも威力は落ちたところで神話魔法を使えるでしょうが……使ったが最後、死んでしまいます」
ラグの言葉に優斗の目が細くなる。
「神話魔法そのものが使えないということでしょうか?」
「いえ、神話魔法を使った余波で結界が壊れてしまったら壊した当人に代償が向かうことになり死んでしまう、ということです」
基本的にぶっ放し系の高い威力を出す神話魔法ではあるが、今回は不利に働く。
「そういうことですか」
優斗は少し思案する。
なんとも面倒なことだ。
というか結界を壊した代償とか、そんなもの存在するなんて初めて知った。
「となると使えるのは…………神殺の剣だけか。大精霊も魔力供給ミスったらヤバイから無理っぽい」
あまり手を出す気は無いが、シャレにならない事態に陥った場合は手詰まりだ。
今度はココが尋ねる。
「ラグ、魔物のランクとしてはどれくらいです?」
「過去は最高ランクでAランクがいた、と聞いているが……基本はE,F,Gランクの魔物が精々だ」
「目的は神木の枝、です?」
「その通り。ただ、神木には守護しているライガーがいるから、退治して神木の枝を得ることになるだろうな」
「ライガーのランクはどれくらいです?」
「Cランクだ」
ラグが言うと、なぜか優斗が少しだけ安堵したような、そして驚いたような表情になる。
するとココが呆れたように、
「ユウ、もしかして今……ランク低いな、とか思ってません?」
「いや、まあ『王族の試練』っていうぐらいだから、ちょっと低いんじゃないかとは思ったけど」
最低でもBランクが出てくるだろうと踏んではいた。
「いいです? ユウとかシュウとかみんなが相手してるのが馬鹿みたいに強いだけで、普通はCランクでも十分すぎるほど強敵なんです」
ギルドの討伐や国での退治などでは、絶対にパーティーを組んで当たらないといけない強さだ。
なのに優斗達……というか優斗と修はCランクどころかSランクでもあっさりと倒すから性質が悪い。
ラグが二人の話を聞いて、恐る恐る尋ねる。
「その、Cランクというのは……低いのか?」
ラグ的には十分すぎるほどの強敵だ。
「訊いたら負けです。みんな、相手してるのがBランクとかAランクとかの魔物ばっかりなんです」
「……どういう人達なのだ?」
「明らかに異常者ばっかりです。だって実力で考えたら、わたし下から数えたほうが早いです。上級魔法二つも使えるのに」
重宝される上級魔法の使い手である自分が、下から数えたほうが早いというは周囲から見れば意味が分からないだろう。
ラグが乾いた笑いを浮かべ、
「本当にどういう人達なのだろうか……」
最早、呆れるほかなかった。
◇ ◇
最初は意気揚々と歩いていたマゴスだが、絶対的に体力がない。
故に普段よりも体力の使う森を15分ほど歩いただけで、いつの間にか優斗達に遅れるようになってきた。
「兄様~! 疲れた、休憩しようよ~!」
「……マゴス。あと2、30分は歩かなければならないのだぞ。あと5分歩いたら休憩にしてやるから、そこまで頑張れ」
「やだ~! いま休憩がいいんだ! 休憩! 休憩!」
駄々をこねるマゴス。
こうなっては絶対に言うことを聞かない。
ラグはため息をついて、
「……ココ、ユウト様。休憩でよろしいですか?」
「僕は構いません」
「いいですよ」
二人が賛同して全員で腰を下ろすと同時、始まるはラグの説教だ。
「マゴス。お前は『王族の試練』を受けているという自覚があるのか?」
「もちろん。だって『王族の試練』の乗り越えたら、可愛い子ちゃんをたくさんお嫁にできるって聞いたんだから」
瞬間、ラグの額にピキッと怒りの筋が浮かぶ。
「……マゴス。リライトは一夫一妻制だ」
「じゃあ、妾がたくさんできるってことだ」
今度は怒りマークがラグに浮かんでいく。
「……お前は妻を大事にしようという考えがないのか?」
「だってちんちくりんが婚姻相手なんだし。それにぼくは王族だからね、相応しいボンキュッボンな美女がいいんだ!」
ラグの顔が真っ赤どころか怒りの余り、青くなってきている。
優斗とココは逆に苦笑した。
「フィオとかアリーとか見られたら、大変だったかもしれないです」
「確かに美人だしスタイル良いしね」
マゴスが喜びそうな気がする。
だから、
「……なんだって?」
彼らの会話をマゴスが聞き逃すわけがない。
「おい、ちんちくりんに嘘つき! 今のアリーとフィオというのは誰だ!?」
がっちり食いついた。
しょうがないので、優斗が返答する。
「アリーもフィオも我々の仲間です。アリーというのはリライトの王女、アリシア=フォン=リライト様です。フィオというのはフィオナ=フィーア=ミヤガワ。公爵の家系であり、私の妻でもあります」
優斗の説明を聞くと、マゴスがあからさまにがっかりした。
「なんだ、ちんちくりんと嘘つきの知り合いか。どうせたいしたことないんだろう?」
彼の中ではそういう理屈が生まれてしまっているので、優斗やココが何か言い返そうとしたところで無駄になる。
なので面倒臭さもあり優斗達は何も言わなかったのだが、マゴスのぞんざいな言葉にラグが怒鳴った。
「馬鹿を言うな、マゴス! アリシア様はリライトの宝石と呼ばれる美姫だぞ! そしてユウト様の奥方であられるフィオナ様は大魔法士様――ユウト様の寵愛を一身に受けておられる、それは美しいお方であると聞いている!」
特にアリシアはかなりの有名人である。
まあ、マゴスは他国とのパーティーに出せるような人物でもないので、他国の状況に疎いのは分かるしミラージュとてリライトとあまり関わりがあるほうではないが、それでもなぜ王子のお前が知らないのかとラグは頭が痛くなる。
けれどマゴスは説教を聞くとなぜか嬉しそうな顔をして、
「だったらぼく、その二人が欲しい!! だからお前の妻をぼくにくれ!」
とんでもないことを言った。
いつもならキレたであろう優斗も、さすがに唖然とした。
「……えっ?」
「だからお前の妻をくれと言っているのだ! ついでにアリシア様もぼくの妾になるよう手配しろ!」
ふふん、と鼻を鳴らすマゴス。
「…………えっと……」
逆に優斗は困る。
相手が馬鹿なだけに、真っ当な説明は無理。
というか仲間を傷つけられたりしてキレた優斗以上に感情で動いているマゴスに、何か言っても意味がない。
どうするべきかと考える。
だが優斗が何か言う前に、ラグが全力で拳をマゴスの頭に落とした。
「何をふざけたことを抜かしているのだお前は!!」
素晴らしい威力のゲンコツが入った。
「――ッ! い、痛いぞ兄様!」
「たわけたことを抜かすな馬鹿者! お前ごときが大魔法士様の奥方であられるフィオナ様をくれだと!? アリシア様を妾にするだと!? 『王族の試練』をやり終えたところで永遠に無理だ、このド戯けが!!」
「だって美人だって言ってるじゃないか!! ぼくは美人でボンキュッボンが欲しいんだ!!」
「大国の王女をお前ごときの妾にできるわけがあるか! フィオナ様に至っては世界で二人目となるパラケルスス様の契約者になられたお方の奥方だぞ!! アリシア様以上に不可能に決まっている!!」
「えぇ~? だってそいつ、嘘つきの契約者じゃん」
「そんなわけがあるか!!」
最後にもう一度、鉄拳をかますとラグは大きく息を吐き、すぐに優斗とココに土下座。
「まことに申し訳ございません! 度重なる愚弟の愚かな言動、兄である私が平に頭を伏せさせますので、是非ともご容赦のほどを!!」
「いえいえ、僕は何も気にしていません」
「わたしもです」
なんかもう、呆れるしかないのだから。
「ただ……」
優斗は視線をラグから外し草むらを見る。
「魔物が来たのでマゴス様は頑張ったほうがよろしいかと」
言った瞬間、かさりと草の擦れる音が鳴った。
「――ッ!?」
慌ててラグが身体を起こして戦闘態勢を取る。
ココはさっと立ち上がり、優斗はゆっくりとした調子で立った。
マゴスは意味が分からないのか立ち上がらない。
草をかき分けて魔物が姿を現すと、マゴスはようやく慌てて立ち上がった。
「……これは……」
「可愛いです」
緊張の面持ちのラグとは逆に、ココは現れた魔物に喜ぶ。
「ユウ、これってクラゲンですよね?」
目の前にいるのはクラゲの形をした魔物。
ランクはFランク。
触手を足にして、器用に立っている。
「そうだね。ペット用、食用に飼育されることもある魔物だね」
「うわ~、みんながギルドで請け負った依頼を手伝ったりしてますけど、クラゲンって見たことなかったから嬉しいです」
にこにこと笑いながらココが触ろうかどうしようか悩む。
「……あの、お二方? 魔物を前にして、緊張感がないのもどうかと……」
平然としている優斗とココを一応窘めてみるラグではあったが、
「だって可愛いです」
「僕は特に何かするわけでもないですから」
クラゲンを面白そうに見る二人。
いくらランクが低くても可愛くても魔物は魔物なので普通は緊張する。
だが彼らの様子はあまりにもいつも通りで、ラグはココも可憐であれども大魔法士の仲間なのだなと実感する。
公爵令嬢であるココが魔物を目の前にして平然としているなど、武に傾倒した者でないと存在しない。
しかし4月から過ごしてきた日々が全くもって貴族として普通じゃないため、彼女は平然としていられるのだろう。
ラグは一人で答えを得るとマゴスに尋ねた。
「マゴス、どうするのだ?」
「ふふん。こんな魔物、ぼくが倒してやる」
無駄に煌びやかなナイフを抜いて、意気揚々と向かっていく。
そして、
「てい!」
軽やか風切り音を微かに生みながらナイフを振るう。
が、振るっている右手をクラゲンの触手でペチっと叩かれた。
「いたっ!」
カラン、とナイフを地面に落としたマゴス。
まるでしっぺみたいな叩き方だったのだが、
「い、痛いぞ! 痛い、痛い!」
慌てて下がって手荷物の中から道具を取り出す。
優斗がマゴスの取り出したものを確認してみると、
「……霊薬?」
死者すらも蘇らせるという霊薬。
それをあろうことか、マゴスはがぶ飲みし始める。
「……なんであれだけで?」
確かに鎧からはみ出た素手の部分を叩かれた。
けれどダメージなんて数字で見れば3くらいしか喰らわないようなしっぺだ。
というか明らかにさっきのラグのゲンコツのほうが痛かったと思うのだが、
「無駄に頭だけ防御力が高いってことかな?」
ゲンコツ喰らってもすぐに言い返したり、土下座した王様にガンガン頭を叩き付けられても普通にしていたし。
「ラグ、どうするんですか?」
「……私がやるしかないでしょう」
優斗の問い掛けに、ラグは諦めたように手をかざす。
そして彼の眼前に魔法陣が生まれ、
「頼むぞ、水の精霊」
そこから大量の水が現れた。
水をクラゲンに向け、質量で遠方へと押し流していく。
別に敵意がありそうなわけでもなかったので、倒しはせずに終わらせた。
「……ふぅ」
「お見事」
「凄いです、ラグ」
優斗とココが拍手する。
「いえ、まだ若輩の身ですから」
ラグが謙遜した。
「とりあえず進みましょう。無駄に騒いでマゴスが魔物を呼び寄せそうな気がしますから」
こういった場合はさっさと逃げるに限る。
ラグの提案に二人も頷いた。
「ですね」
「わかりました」
◇ ◇
マゴスをどうにか引き連れて歩く。
そして最後の休憩を終わらせ、神木間近という場所。
「もう少しでライガーの出番……ですね」
「おそらくは」
「僕とココは下がっていますので、僕らのことは気にしないでください」
「分かりました」
ラグが頷いて戦闘態勢を取る。
「マゴス、準備はいいか?」
「バッチリだぞ、兄様!」
手に袋を持ちながらマゴスが自信満々に頷いた。
「……マゴス。それは何だ?」
ラグが指差す。
袋の中には一体、何が入っているのだろうか。
「ふふん、これは兄様にも教えられないぞ。ぼくを勇者に変えてくれるものだからな」
「どういうことだ?」
「見てのお楽しみだぞ」
自信満々のマゴスだが、逆に優斗は不安を抱く。
この手のパターンはよくある。
大抵、最悪な状況に陥ることになる。
特にマゴスのような馬鹿だけに、やばい。
「あの、マゴス様――」
優斗が声を掛けようとしたが……遅かった。
「――ッ!!」
雄叫びが聞こえると同時、遠目に四つ足の獣の姿が見える。
「来たか」
ラグが戦闘態勢を取り、ココが後ろに下がる。
マゴスは、
「ふっふっふ」
笑いながら手に持っている袋を開ける。
「さあ、僕を勇者にしろ!!」
そして袋の中にある粉を全身に振りかけた。
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