第60話 駄目だけど嬉しい

 

 もうちっぽけな夢は叶えられないかもしれないから、と。

 そう思うから。

 せめて素晴らしい婚姻相手であればいいと思う。

 

 優斗のように優しくて、修のように面白くて、卓也のように頑張り屋で、和泉のようにちょっと変で、クリスのようにかっこいい。

 そして自分の心を見てくれる。

 もちろん、全部を求めるわけじゃないけれど、少しぐらいはあって欲しい。

 そんな人なら、きっと自分は愛していくことができると思うから。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 今はココが婚姻相手と会っている。

 優斗とラグフォードは二人が会っている隣の部屋で待機していた。

 

 ――ベストはこの人が婚姻相手だったんだけど……。

 

 ミラージュ聖国には第4王子までいると聞いているが、第1王子は跡継ぎだから違う。

 第2王子のラグフォードはここにいる。

 残るは第3王子と第4王子だが、マゴスの年齢から考えて第4王子はまだ適齢期ではないはず。

 つまるところ、

 

「ラグフォード様」

 

「何でしょうか?」

 

「ココの相手は……マゴス様でしょうか?」

 

「はい」

 

 ラグフォードに頷かれた。

 何となく予想はついていたとはいえ、外れて欲しかった。

 

「マゴス様は『王族の試練』を受けられるお方と聞いているのですが、いつ受けるのですか?」

 

「明日にでも。貴方たちの前で試練を受ける予定でいます」

 

「僕達の前で?」

 

「はい。証明するには一番だと」

 

 一番って……そんな簡単なものなのだろうか。

 

「ラグフォード様。僕も『王族の試練』については調べました。王家が保管している“ミラージュの森”にて試練の証となるものを取ってくる。そしてミラージュの森には王族以外が力を出せないように制約がされてある、と」

 

「間違いありません」

 

「マゴス様は僕やココを連れて守れるほどの武芸者なのですか?」

 

「……いいえ、違います」

 

 ラグフォードは力なく首を横に振る。

 

「明日は30人編隊で向かいます。指揮能力を発揮し、『王族の試練』を乗り越える算段を整えています」

 

 優斗はラグフォードの様子と今の話を聞いて、きっとミラージュ聖国が用意するのは熟練者なのだろうと予想がつく。

 

「それで僕が納得すると思いますか?」

 

「…………っ……」

 

 ラグフォードが言葉に詰まる。

 その瞬間だった。

 別室の扉が開く。

 いくら何でも早すぎた。

 まだ五分かそこらしか経っていない。

 ココの姿が見える。

 

「……ココ!?」

 

 彼女の様子に優斗が思わず席を立った。

 

「……ユウ…………」

 

 戻ってきたココの瞳には、今にも涙が零れようとしていた。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 ココは婚姻相手の姿を最初に見たとき、思わず落胆した。

 彼の姿はあまりにもだらしなく、ラグフォードを見て予想していたのと全然違っていたから。

 けれど、

 

「なんだ、ちんちくりんじゃないか」

 

 第一声はもっと酷いものだった。

 

「胸が大きくて美人なやつはいなかったのか?」

 

 容赦なく言ってくる。

 ただ、思ったことを彼は口にしているだけだ。

 

「チビで胸無くて色気ない奴がぼくの嫁?」

 

 まるで駄々をこねる子供みたいな態度。

 

「こんな奴のところにぼくが婿に行くなんて冗談じゃない! 美人でボンキュッボンの嫁がよかった~」

 

 ココを貶めているつもりはないのだろう。

 けれど彼女の胸には突き刺さる。

 

「マ、マゴス王子っ! この婚姻はこちらから是非にと仰ったものですので……」

 

 控えているメイドが思わず口を出してしまった。

 しかし彼は止まらない。

 

「そんなのぼくには関係ない! 美人だって聞いてたのに!」

 

 納得がいかないのだろう。

 

「さっきのやつだって、パラケルススを召喚しろって言ってもやらないんだもんな! リライトは嘘つきばっかりだ!」

 

 数々の文句を並べる彼に、ココがようやく口を挟む。

 

「ユ、ユウト様は間違いなく契約者なので……」

 

「なんだお前! これから夫となるぼくに文句を言うのか?」

 

「い、いえ、そういうわけではなく」

 

 マゴスの機嫌を損ねそうになり、思わずココが引き下がる。

 

「あんなのでも妻がいるっていうんだからな! どうせ大したことないやつだろうけど!」

 

「……い、いえ、彼の妻はとても素晴らしい方で……」

 

「そんなわけないだろう? 嘘つきの妻なんて」

 

「で、でもわたしは彼とも彼の妻とも友人でして……」

 

「友人~? ちんちくりんなお前の友達なんて、ちんちくりんしかいないんだろう? だからあいつもどうせ、ちんちくりんなんだ。妻なんて輪をかけてそうだろう?」

 

「――っ!」

 

 思わず言い返しそうになる。

 けれど……駄目だ。

 目の前の彼は自分の夫となる人物。

 無駄に関係を悪化させてはいけないし、そうなってしまってはフィグナ家にも迷惑が掛かる。

 公爵令嬢としてやってはいけない。

 

「…………っ」

 

 悔しさで胸が一杯になるが、マゴスは彼女の心境など知ったことではない。

 

「おい、ちんちくりん。お前、くだらないやつと友達やってるなら、全部切れ。ぼくの妻になるんだから、相応しいやつを友達にしろ」

 

「…………それ……は……」

 

 言い返したい。

 けれど言い返せない。

 ぐっと唇を噛みしめる。

 絶対に、絶対に違う。

 くだらなくなんてない。

 

 ――そう……思ってるのに。

 

 言っては駄目なのだと……自制する。

 

「フィ、フィグナ様! マゴス様! か、顔合わせはこの程度にして、あとはパーティーにてゆっくりと話し合うのがよろしいかと!」

 

 ココの雰囲気を悟ったメイドが、口を挟む。

 本来ならば控えているだけのはずだが、状況が許さなかった。

 

「まあ、いいや。父様にもっと美人でボンキュッボンの嫁とか愛人ができないか聞いてみよっと」

 

 マゴスは知ったことか、とばかりに意気揚々と引き上げる。

 

「……では……失礼します」

 

 ココは彼に頭を下げながら部屋を後にしようとする。

 僅か数分。

 ほんの少ししか会っていないのに。

 

「………………」

 

 辛かった。

 あんなのが自分の夫となるなんて。

 あんなのが自分と夫婦になるなんて。

 信じたくない。

 思わず、目頭から涙が溢れそうになる。

 理想は儚く散って。

 現実はあまりにも酷いもので。

 何より自分自身に腹が立った。

 

「…………バカです、わたし」

 

 ドアを開けて、隣室に入る。

 優斗とラグフォードがそこにいた。

 

「……ココ!?」

 

 思わず優斗が立ち上がって駆け寄る。

 

「……ユウ…………」

 

 友達の姿を見て、自分が酷く情けなく思える。

 思わず彼の胸元に手をやり、服を握りしめてしまった。

 

「どうしたの? 辛いことがあった?」

 

 優しく声を掛ける優斗。

 

「……違うんです」

 

 ココは首を横に振る。

 辛いから涙が出ているわけじゃない。

 それ以上に、

 

「……わたし……言い返せなかった……」

 

 悔しいから涙が溢れてしまう。

 

「わたしのことも少しは言われたけど……」

 

 少しは嫌だった。

 

「けど、ユウのこと……フィオのこと……みんなのことを言われたのに……」

 

 仲間の悪口をたくさん言われたのに。

 

「この人と婚姻するからって……たったそれだけで言い返せなかった……っ!」

 

 声を発することが出来なかった。

 

「……何も……言えなかった……っ! わたしの大切な仲間のことなのにっ!!」

 

 思わず涙が零れる。

 酷く、酷いくらいに自己嫌悪だ。

 

「……バカ。我慢したんだったら誇ればいい」

 

 けれど優斗は優しく言う。

 ココは何も悪くないと、何も間違っていないと言っているようだった。

 

「泣きたくなるほど嫌なことを我慢したんだから、悔やむんじゃなくて誇ればいいよ」

 

「でも……っ!」

 

「僕とか修とか和泉とかなら、仲間に何か言われたら相手が誰だろうと言い返すだろうけど、今回の場合のココは違うよね? これから一生を付き合うかもしれない人に言われたんだ。反論できなくても無理ないよ」

 

 頭を撫でる。

 優しく撫でていると、優斗の胸に軽くココの顔が当たる。

 

「……フィオに……怒られちゃいます」

 

「ココを泣かせたまま放置したほうが怒られる」

 

「……許してくれなかったら?」

 

「ココは仲間だし、僕たちの妹分だよ? これぐらい許してくれるって」

 

「……うん」

 

 しゃくりあげるココは子供のように頷いて、優斗の胸に顔を預ける。

 

「お兄ちゃんに甘えるのは……妹の特権です?」

 

「そういうこと」

 

 ココが落ち着くように、優斗は頭を撫で続ける。

 けれど視線はラグフォードに向き、

 

「ラグフォード様」

 

「……はい」

 

「今は出て行ってもらってもよろしいでしょうか?」

 

「…………はい」

 

 黙ってラグフォードが席を立ち、部屋を後にする。

 若干、優斗の言葉が冷たく感じるのは彼の気のせいではないだろう。

 しかしラグフォードが悪いというわけではない。

 マゴスに対しての感情が漏れてしまっただけのこと。

 けれど彼は何も言わずに立ち去った。

 

「ありがとうございます、ラグフォード様」

 

 きっとココのことを慮って彼は立ち去ってくれた。

 マゴスと違って本当に出来た王子だ。

 

 ――それに、ね。

 

 今、泣いているココを。

 こんな彼女の姿を彼に見せるのは忍びなかった。

 

 

 

 

 頭を撫で続けて、10分ほどだろうか。

 

「落ち着いた?」

 

「……落ち着きました」

 

 ココは涙も止まり、しゃくりあげていた呼吸も普段通りになっている。

 

「というわけで、甘やかし終了」

 

 パッとココの頭から手を離し、少し距離を空ける。

 あまりの早さにココから小さく笑みが零れた。

 

「やっぱりフィオのことが怖いんです?」

 

「もちろん。フィオナの嫉妬なんて、出来れば受けたくない」

 

「だったらやらなければよかったのに」

 

「けど、やらなかったらフィオナに怒られる」

 

 優斗の返答に思わずココが笑った。

 

「大変ですね、ユウも」

 

「そうなんだよ」

 

 お互いに苦笑し、同時にため息一つ。

 

「あの人が夫になるって……正直、嫌です」

 

「やっぱり?」

 

「はい。わたしのことなんて何も考えてくれないと思います」

 

 彼は自分勝手でわがままだ。

 

「わたしのこと、ちんちくりんって言ったんですよ」

 

「……あらまあ」

 

「ユウ? 別に間違ってなくないか、とか思ってます?」

 

「いやいや、さすがにちんちくりんとは思えないって」

 

 小っちゃいとは思っているけれど。

 

「ならいいです」

 

 小さく笑って、そして真面目な表情をココが浮かべる。

 

「……わかってるんです。お父さんとお母さんは今回の婚姻、逃したくないって。触れ書きを見ただけなら、わたしだって頷きます」

 

「しかもラグフォード様と会ったあとだけに、弟も……と予想したけれど実物は予想以上に酷い、か」

 

 どこが傑出した人物なのか分からない。

 

「でもわたしは健気に笑って婚姻を受け入れるべきです。こんな良縁、もうないかもしれないんですから」

 

 これほど誉れとなるべき婚姻は来ないはず。

 

「相手は王族ですし、多少のことなら我慢すればいいです」

 

 自分が我慢しきればいいだけ。

 

「でも……」

 

 “昔の自分”なら出来ても“今の自分”は出来るか分からない。

 

「……やっぱりユウとかみんなと一緒ですね。仲間のこと言われると、すごく嫌です。我慢するのが辛いです」

 

 きっと一緒になってしまえば、今回のように色々と言われてしまうだろう。

 そうなってしまったら自分は、

 

「我慢しきれる自信がないんです」

 

「……フィグナ家の考えとココの立場として、今回の婚姻は成功させたいって思ってるの?」

 

「……はい」

 

 嬉しさを欠片も表さずにココが頷いた。

 

「だから何としてもこのまま、婚姻を結びます。わたしが拒否しなければいいだけだから」

 

「そっか」

 

 優斗はココの考えを聞いて、少し思案する。

 

 ――ココも両親も成功を願ってる。

 

 滞りなく婚姻を結ぶことを。

 

 ――なら、仲間の僕はどう動くべきだろう?

 

 ココが家のために、と考えて婚姻を結ぼうとしている。

 自分の気持ちを無視して。

 

 ――あいつらなら、どうするかな?

 

 彼らの行動を予想して思わず笑みが零れる。

 

 ――決まってるよね。

 

 きっと異世界組は同じだ。

 自分がやろうとしていることを、全肯定してくる。

 元々、こっちにいるメンバーも少しは悩むだろうけど、結局は優斗の考えと同じになる。

 

 ――うん。

 

 だったらやるべきだ。

 

 ――本当は見ているだけにしようかとも思ってたけど。

 

 相手が“あんなの”なら、話は別だ。

 ココは優斗が何もしないと思っているのかもしれない。

 けれど、

 

 ――結婚観が違うんだよ、こっちの世界とはね。

 

 だから決めた。

 動く。

 そして結果として、どうなろうとも受け入れよう。

 故に覚悟する。

 ココに嫌われてもいい、という覚悟を。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 夜になりパーティーが始まる。

 メインはやはり優斗。

 彼の周りにはひっきりなしに人が集まってくる。

 かといってココのところに来ないわけではない。

 上辺だけの美辞麗句を交わしながら、様々な人達がやって来た。

 

「ふぅ……」

 

 一旦、ココのところにやって来る波が止まる。

 ほんの少しだけではあろうが、ゆったりとした時間ができた。

 すると一人の男性がココのところへとやって来る。

 

「フィグナ様。度重なる愚弟の愚行。まことに申し訳ありません」

 

 本当に申し訳なさそうにラグフォードが頭を下げる。

 

「別にラグフォード様が謝ることではありません。わたしの容姿が問題ということもありますから」

 

「そんなことはない! 何度も言うが、私は貴女ほど可憐な女性を見たことがない!」

 

 本当に。

 誠実な言葉をラグフォードが紡ぐ。

 

「……はい。ありがとうございます」

 

 嬉しくて、ココは笑みが零れる。

 

「ユウト様は多数の相手をしておりますし、その間は私が貴女のお相手をさせていただこうと思っています」

 

「い、いえ、恐れ多いです」

 

 手を横に振るココ。

 

「私がお相手させていただきたいのです」

 

 切れ長の瞳を笑みに変えるラグフォード。

 思わずココもドキリとする。


「話し方もユウト様と同じようにしてもらって構いません。先ほどまで接待で疲れたでしょうから」

 

「えっ? でも……」

 

「少しくらい気を抜く必要があると思われます」

 

 お茶目に笑って、リラックスできるようにウインクしてみせた。

 ココは彼の行動に眦が下がり、

 

「だったらラグフォード様もいつも通りに話してもらっていいです?」

 

「私も?」

 

「はい。わたしだけ、というのはおかしい気がしますし」

 

 ココの提案に少し驚いた表情のラグフォードだが、素直に頷く。

 

「分かった。なら私のことは“ラグ”でいい」

 

「ラグ?」

 

「フィグナ様……いや、ココが私もいつも通りでいいというなら、ラグと呼んでくれるのが一番助かる」

 

「わかりました」

 

 ココが首肯する。

 ラグは彼女が納得してくれたことに安堵し、いつも通りの口調で話を続けた。

 

「しかしココは素晴らしい友人をお持ちだ。大魔法士様が友人など、こちらとしても驚いている」

 

「ユウが大魔法士っていうのは確かにビックリすると思いますけど、わたしの周りってユウみたいにとんでもない人ばっかりなんですよ」

 

 何が凄いって、彼は氷山の一角にすぎないこと。

 

「そうなのか?」

 

「よくもまあ、あれほど変なのばっかり集まったと思います」

 

「例えば、どのようなご友人が?」

 

 興味本位でラグが訊いてみる。

 

「男の子で言うならユウはあんなですし、シュウもユウと同じくらい凄いですけど、馬鹿みたいに暴れ回ってるし、タクは案外まともかと思ったらリステルの王女様と婚約して尻に敷かれるし、クリスはクリスで普通かと思えばシュウとズミさんに振り回されながらも遊ぶ度量の広さ持ってますし、ズミさんはただの変人です」

 

「……あ~……女性陣は?」

 

「フィオは純粋培養された絶滅危惧種みたいに可憐な女性で、アリーは最近いたずらを覚えた王女様ですし、リルさんはリステルの王女様ですけど性格的には女王様ですし、レナさんは女性だけどみんなから戦闘狂って言われるぐらい戦うの好きです」

 

 要するに、まともな奴などいない。

 

「愉快な友人……だと言っていいのか?」

 

「はい。とっても愉快です」

 

 毎日が楽しかった。

 

「……そうか。だからユウト様は非常に仲間思いなのだな」

 

「ユウはわたし達の中で一番怒らせちゃいけない人ですけど、巡りが悪いのか一番怒ってる回数が多いです」

 

「ユウト様は怒るのか?」

 

 落ち着いた雰囲気を醸し出しているのに意外だ。

 

「ユウが怒るのって、基本的に仲間の誰かが何かされた場合です。ただ運が悪くて、誰かが傷ついた時にはいっつもユウがいて怒ってます」

 

「……ココ。話を聞いて思ったのだが。ユウト様は今、怒っているのではないか?」

 

 ココは先ほど泣いた。

 つまりは傷ついたということ。

 彼女の言うとおりなら、優斗は怒っているのではないだろうか。

 

「あれぐらいならまだ、大丈夫だとは思いますけど……」

 

 プッツリとはいってないはずだが。

 

「ただ、さっき何か決めたような目をしてました」

 

 決意をしている表情だった。

 それに気付かないココでもない。

 

「何をするのかは分からないけど」

 

 何をどう、決意をしたのかは知らないけれど。

 

「きっとユウは、わたしのために……」

 

 彼は――いや、私達はいつもそうだから。

 いつも仲間のために何かをしでかす。

 自分だって今の立場に他の誰かがいたら、優斗と同じように動くだろう。

 だからこれは、推論ではなく確信。

 

「わたしの所為でユウは何かするんです」

 

 そう言って、ココはミラージュ王と話している優斗を見る。

 きっと彼は今から、何かするのだろう。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 話していると気付く。

 今回の婚姻、仕組んだのはミラージュ王ではないことに。

 彼はひたすらに優斗を崇拝しているが、策謀だのなんだのとするような感じではない。

 誠実さで国を引っ張っているタイプだ。

 ラグフォードはおそらく、彼の血を多分に引いているのだろう。

 

 ――でも。

 

 最終承認をしたのはミラージュ王だろうと思うから。

 だから切り込む。

 

「ずっと気になっていたんです」

 

「何がでしょうか?」

 

「なぜリライトの公爵家に王族を送り込めるのか、ということです」

 

「それは……」

 

「ああ、送り込む理由は何となく分かっているからいいんです。私が問題と思っているのは“なぜ王族であるマゴス様を送り込めるのか”ということです」

 

 一瞬、後ろに控えている重臣たちに緊張が走るのを優斗は見逃さない。

 おそらくは彼らが何かしら動いているのだろう。

 だが、どうでもいい。

 

「そちらはこう考えているのではないですか? 王族ならば向こうも迂闊に断ることなどない。例えどのような相手でも」

 

 腐っても王族。

 王族同士なら大国であるリライトが断ることはあっても、公爵と王族ならどうだろうか。

 

「いくらリライト王だとしても、なし崩しで認めるのではないか、と」

 

 優斗が言っていること。

 これは合っているかどうなのかが重要では無い。

 “婚姻を判断すべき優斗”が現時点でどう思っているのかが重要だ。

 だから間違っていたっていい。

 仮説に何を言われようと結論は変わらない。

 今、優斗が口にしているのは結論に対する適当で傲慢な理由付けなのだから。

 

「王族との婚姻となれば、フィグナ家としては例えどんな相手でも婚姻することでしょう」

 

 優斗はミラージュ王だけでなく、後ろの重臣たちをも見据える。

 

「そちらには利点しかありません。リライトとの関係が深く繋がり、嬉しい誤算として私とココ=カル=フィグナは親しい関係です。尚且つ言い方が悪くなりますが穀潰しを処分できる。ノーリスクハイリターンです」

 

 損が一つもない。

 優斗だって最初の出会いとココを泣かせたことで、マゴスを素晴らしい人物などと思うことは到底ない。

 

「触れ書きにしてもそうです。私は一つだけしか聞いておりませんが『王族の試練』を受けられるほどの傑出した人物……と聞きました。ですが第3王子を見る限りは『王族の試練』を受けられるだけであり、試練を越えられるのか越えられないのかは別問題。要は『王族の試練』を受けたという事実があればいい。それだけで傑出した人物と言うことができる。まあ、そこに私とココ=カル=フィグナを連れて行く理由は分かりかねますが、どうせくだらないことでしょう」

 

 彼の指揮に従って敵を倒す。

 それで優斗やココが勘違いでもすれば儲けものだとでも思っているのだろう、と優斗は勝手に判断する。

 

「さらに付け加えるなら、私とココ=カル=フィグナの二人だけで来させたのはリライト王の判断する情報を格段に減らそうとしたから。彼女のことを想っている臣下が一緒に来ないのはそういういことでしょう? 彼女だけならばリライト王に対して否定はしない」

 

 相手が誰であろうと。

 

「ただ、ミラージュにとって唯一の誤算は判断すべきがリライト王ではなく私であるということ」

 

 二人で来たうちの一人が婚姻を判断するなど。

 契約者とはいえ、リライトでは一介の貴族である優斗がそんな大役を任されるなど。

 これほど馬鹿げた展開は読めなかっただろう。

 

「申し訳ありませんが、相手が王族だろうと論外ならば私はココ=カル=フィグナの立場も彼女の家族の考えも殺して此度の婚姻を潰します」

 

 当然だ。

 自分は日本生まれの日本育ち。

 優斗の両親はそうじゃなかったとしても普通、“結婚”というのは幸せで然るべきだと考えて何が悪い。

 

「フィグナ家を考えたら潰しては駄目です。彼女の立場を考えても潰しては駄目でしょう。けれど私の判断基準は『ココが幸せになれるのかどうか』ということです」

 

 優斗の判断基準はその一点。

 

「例えマゴス様が大人数を指揮して『王族の試練』では傑出した才能を見せたとしても……」

 

 優斗が見た姿と違う姿を見せたのだとしても。

 

「僕の仲間を泣かせておいて、滞りなく婚姻を進ませるなど決して思うなよ」

 

 断言してやる。

 あり得ない、と。

 そのためだったら苦手だろうと何だろうと、いくらでも上から目線で話すし偉ぶって高慢ちきを演じてやろう。

 嘘でも謀りでも何でもやってやる。

 

「もしマゴス様に対する私の評価を覆したいのなら、明日の『王族の試練』……連れていけるのは私達以外で一人だけです」

 

 これが最低限の譲歩だ。

 

「私が定めた以上の人数を連れてくるなら、問答無用で今回の婚姻は潰します。そして僕を怒らせたことによって、今後一切ミラージュ聖国と関わらないことを誓いましょう」

 

 

       ◇      ◇

 

 

「ミラージュ王と後ろの重臣が真っ青になってます」

 

「何を言われたのだろうか?」

 

「おそらく婚姻を潰す、と。そう言ったんです」

 

 ラグの表情が一瞬、驚きと……何かしらの感情を浮ばせる。

 だが、すぐにかき消えた。

 

「ココはそれでよろしいのか?」

 

「わたしの立場としてはやめてほしいです」

 

 今回の婚姻を潰してほしくない。

 

「けれどユウはわたしの立場とかわたしの家のことを考えた上でやったんです」

 

 考慮はしただろう。

 でも結果として行動に移った。

 

「きっとわたし達、誰だって同じなんです。大切なのは『仲間が幸せなのか』ってことだけで」

 

 家のこととか、立場とかは後でどうとでもしてやるから。

 まずは幸せが第一だろう、としか考えない。

 

「わたしの考えとしては、何をバカ言ってるんです!? って怒りたいけど……」

 

 余計なことをするなって怒鳴りたい。

 

「でも、気持ちは『ありがとう』って。これだけしか思えないんです」

 

 あんな男と婚姻を許してくれなくてありがとう。

 感謝の気持ちしか出てこない。

 

「きっとラグならユウも認めてくれたでしょうけど」

 

「えっ!?」

 

 ラグがこれ以上ないほどに驚く。

 

「知りませんでした? ラグってユウからは評価高いんです」

 

「い、いや、さすがに会って数時間だからな。分からなくても無理ないだろう?」

 

「でもユウは認めてます。ラグのこと」

 

 少なくともミラージュ聖国の中で一番の好印象だろう。

 

「わたしもラグだったら……って思いますけど」

 

 彼が自分の白馬の王子様なら、素直に受け入れられるだろうけど。

 

「わたしの婚姻相手はマゴス様だから」

 

 余計なことは考えないでおこう。

 

 

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