第231話 誕生日前③

 

 夕空に響く音が止まり、余韻を残すように静寂が包み込む。

 その中で息を吐いた優斗は、少し照れた笑いを浮かべて頭を下げた。

 

「未熟な腕前ですが、ご静聴ありがとうございました」

 

 聴衆である家族や家臣の拍手を耳にしながら、優斗は手に持ったヴァイオリンをケースに入れる。

 そして草むらに腰を下ろすと、背後からエリスがおんぶのように抱きついた。

 

「素晴らしい演奏だったわ」

 

 泊まる別荘の倉庫にヴァイオリンがあった。

 なのでエリスが冗談半分で弾ける人はいるかと質問してみれば、優斗が「異世界と同じであれば弾けますよ」と答えた。

 というわけで優斗の演奏会が始まったというわけだ。

 

「ユウト、本当に何でも出来るのね」

 

「音楽関係はヴァイオリンとピアノだけですよ。それに以前、著名な音楽家に技術はあっても魂が無いから音楽ではなく、音を奏でてもいないと酷評されたことがあります」

 

 芸術関係は特にそうだった。

 技術の他に魂や心、感情を込められる人間こそが一流。

 その点、技術しか習得していない優斗はある意味で二流以下だった。

 けれどエリスはふざけたことを言うな、とばかりに軽く首を絞める。

 

「ユウト。私は『素晴らしい演奏』だと言ったわ。今の貴方は技術が衰えているとしても、しっかりと音を奏でていた。それを理解しない人はいないわ」

 

 そして周囲に同意を求めれば、全員がしっかりと頷いた。

 

「やっぱり私の義息子は格好良いわね」

 

 満面の笑みで優斗を甘やかしながら、エリスはちょうどいいとばかりに家族や家臣に話し掛ける。

 

「いい機会だしユウトに質問したいことがあったら、どんどん言っていいわよ。訊きたいことって結構あるんじゃない?」

 

 大魔法士がいる家に仕えている。

 リライトどころかセリアールに轟く伝説の二つ名を持っている少年が存在している。

 気になったり訊きたいことがあって当然なのだが、普段の生活の中で優斗に質問をする家臣はいない。

 公私は弁えているからだ。

 

「よろしいのですか? 確かに大魔法士の二つ名を継いだユウトさんに質問したい者は多々、いるとは思いますが」

 

 ラナが今一度、確認を取る。

 すると優斗が問題ないと笑みを零した。

 

「皆さんは僕を大魔法士であると知っていますし、別に隠すことはありませんからね。訊きたいことがあれば何でも訊いて下さい」

 

 エリスを背負いながら、優斗が「どうぞ」と言わんばかりに腕を広げて、質問を待ち受ける。

 すると若い家政婦の一人が手を挙げた。

 

「独自詠唱の神話魔法って、どうやって使っているのですか?」

 

 大魔法士で思い付く二大巨頭のうち、一つが独自詠唱の神話魔法。

 それがどういうものかは誰もが知っているところだが、実際のところ大魔法士はどのような手順で使用しているのだろうか。

 期待に満ちた視線で質問をしてきた彼女に、優斗も柔らかい口調で説明を始める。

 

「まずは頭の中で、どういう魔法を放つのかイメージします。フォルトレスとの一件を例にしますが、まず最初に行ったのは星の光を閃光として砲撃する様子を頭の中に浮かべます。そして、それに見合った詠唱を創ります。『輝ける星の数々よ――』といった具合に。あとは詠唱が世界から『言霊』と認識されたものを詠みきる。すると威力上限が無視され、晴れて独自詠唱の神話魔法が完成となります」

 

 単純明快に答えれば、独自詠唱の神話魔法とはこういうものだ。

 家政婦も感心したように何度も頷く。

 

「はぁー。やっぱりユウトさんは異世界人だから、魔法の才能が凄いんですね」

 

 異世界人は総じて魔法の扱いに長けている。

 優斗はその中でも飛び抜けた存在である、と。

 そういうことだろう。

 けれど優斗は苦笑して手を横に振った。

 

「正確にはそういうわけじゃないんですよ」

 

「……? えっと、どういうことでしょうか?」

 

 首を捻るのは家政婦だけではなく、その場にいる優斗以外全員だ。

 正確には違うとは、どういう意味なのか皆が皆目見当付かない。

 なので優斗が補足説明する。

 

「では、魔法の基本からおさらいしましょう」

 

 そう言って、まるで講義でもするように追加で説明を始めた。

 

「魔法は生まれ持った才能、そして努力と研鑽による積み重ねによって上級魔法や神話魔法を使えるようになる。これは皆さんも知っている通りです」

 

 家政婦を始め、納得するように肯定の仕草を全員がする。

 

「けれど通常の異世界人は最初から魔法を扱う才能に長けている。最終的には、そこまで努力していないのに上級魔法を幾つか使えるようになります。僕達はこのように魔法の才能を与えられていることを“チート”と呼んでいます」

 

 実際の意味としては違うとしても、最近はそのような意味合いもチートと呼ばれているので、優斗達も同様にそう言っている。

 

「なので僕はチートっていうのが、どういう理屈で備わるのかを少し考えてみました」

 

 差異がある自分達のチート。

 ということは召喚過程において“何か”があるから、違いが生まれる。

 では、その“何か”とは何なのかを優斗は予想してみた。

 

「まず異世界召喚されている過程において、『魔法を扱う才能が見出される』。これはおそらく当人の基本的な才能が物を言うはずです。そして見出された魔法を扱う才能が『十倍か二十倍』になる。さらに生きてきた中で努力や経験してきたものが、魔法を扱う努力と研鑽に『変換される』。これだったら、例え一しか持っていない才能でも十か二十になるし、最低限の戦う能力は得られる。追加要素としてそこそこの努力をしていれば、さらに能力アップです。最古の召喚陣から召喚される勇者だったら、通常より三十倍か四十倍増しぐらいでしょうかね。これが異世界人が得る『チート』の基本だと思って下さい」

 

 あくまで予想ではあるが、そこまで的外れではないと優斗は思う。

 魔法を扱う才能は生まれるのか、もともと持っているのかは分からないが、どっちにしたところで召喚過程においてブーストが掛かっているのは間違いない。

 でなければ、ほぼ全員が上級魔法を一つでも使えるわけがないからだ。

 と、ここで質問した家政婦はさらに首を捻る。

 

「でしたらユウトさんって独自詠唱の神話魔法を使えるから、魔法を扱う才能と経験や努力によって変換されたものが凄いってことで合ってるんじゃないですか??」

 

「いいえ。実のところを言えば、僕は後者の変換という割り振りが『通常の魔法』に当てられなかったんです」

 

 あまりに異常であったからなのか、そこは優斗にも判断できない。

 けれど考えを詰めていくと“宮川優斗の過去”は通常とは掛け離れた変換をされている。

 

「この世界に現存する『求め――』から始まる通常の魔法と神話魔法。そこに目を向けると、僕は通常の異世界人より少し上の才能を持っているだけ。本当に魔法の才能があるのなら、どんな魔法だろうと使えて然るべきなんですよ」

 

 つまり、と優斗は結論を伝える。

 

「世界に認められている全ての魔法を扱うのが『魔法を扱う才能』として最も正しい。だから修や愛奈はそうなんです」

 

 正しい魔法の才能の持ち主とは、修と愛奈が見本だ。

 

「僕は上級魔法でも使えないものがありますし、詠唱破棄も中級魔法が限界です。ですが独自詠唱の神話魔法を創れる。ということは後者の変換によって、僕はどういうものが与えられたのでしょうか?」

 

 穏やかな口調での問い掛けに家臣達もエリス達も少し考える。

 するとラナが正解に辿り着いたのか手を挙げた。

 

「本来、魔法を扱うためのものに変換されるはず努力や経験が、ユウトさんの場合は独自詠唱の神話魔法を扱うことに当てられた。そういうことですか?」

 

「ラナさん、大当たりです」

 

 優斗は頷く。

 なぜ独自詠唱の魔法を創れて、普通の上級魔法を扱えないのか。

 これは『魔法の才能』や努力の延長線上に『独自詠唱の神話魔法』がないからだ。

 でなければ理屈が合わない。

 

「まあ、メルヘンチックに言い換えることも出来ますけどね」

 

「メルヘンチック、ですか?」

 

 興味津々に若い家政婦が訊いてきた。

 なので優斗も苦笑して答える。

 

「内田修が『求め――』から始まる全ての神話魔法を扱えるなら、同等である僕は似て非なるものである独自詠唱の神話魔法を扱えて然るべきだ、ということです」

 

 やたらめったら小難しい理屈を捏ねなくても、これなら端的かつ分かり易い。

 最後に茶目っ気を出した優斗に全員の表情が緩む。

 さらに若い家政婦は目を輝かせて、

 

「ユウトさんってセリアールに来て一年半ぐらいですよね?」

 

「そうですよ」

 

「だけど私達より魔法に詳しいなんて凄いです!」

 

 元々、優斗達がいた世界に魔法はない。

 なのにも関わらず、この場にいる誰よりも魔法について知識が深い。

 これは本当に驚くべきことだと若い家政婦は思った。

 

「まあ、基本は嫁さんに習ってますしね。それに宮廷魔法士試験を受けますから、そんじょそこらの人達より魔法に詳しくないといけないんですよ」

 

 とはいえ優斗が今度、試験を受けようとしているのは宮廷魔法士。

 自分がいくら真っ当な魔法を使わないとしても、知識としては知っておかなければならないのは当然だ。

 

「だけどいつ勉強なさってるんですか? あまり自宅で勉強されてる姿をお見かけしないんですけど」

 

「授業中、教科書の補助として参考書を机の上に置いておきます。それでガッツリ勉強してるんですよ。基本は授業の延長線上にある内容が主ですけどね」

 

 そうすれば時間が無駄にならない。

 すると今度は若い男性が手を挙げる。

 

「でも、どうしてユウトさんは宮廷魔法士になろうとしてるんですか? もう大魔法士と呼ばれているから、別に宮廷魔法士にならなくてもいいじゃ?」

 

「いやいや、大魔法士はあくまで二つ名であって役職ではありません。勇者のように役職で二つ名というわけじゃないんです。つまり宮廷魔法士にならなかったら、僕は無職そのものです。もちろん異世界人なのでお金は国から貰ってますし、生きるという点では不便しませんけど……さすがに嫌じゃないですか? 無職っていう響きが」

 

 さらにはマルスからも宮廷魔法士になってほしい、と言われた。

 優斗としては義父からの話を無碍にする気もさらさらないので、そのまま宮廷魔法士でいいかと思ったまで。

 と、そこでエリスが思い出したかのように家臣達に“あること”を告げる。

 

「あっ、そうそう。来年になったらユウトもミヤガワ家として邸宅を持つことになるから、三分の一か半分くらいはそっちに移動してもらうからね」

 

 なんだか簡単な引っ越しをするかのように伝えられた言葉。

 しかし内容的にはかなり大事で、優斗は真後ろから聞こえた声に驚きを隠せない。

 

「いきなり何を言ってるんですか? 僕が邸宅を持つことも聞いてませんけど、まず何よりもここにいるのはトラスティ家の家臣です。おいそれと移動させることは駄目ですよ」

 

「大丈夫。問題ないわよ」

 

「いや、問題大ありです」

 

「じゃあ、トラスティ家の人間は手を挙げなさい」

 

 いきなり挙手するように求めたエリス。

 マルス、フィオナ、愛奈、マリカは何のことだがさっぱり分からないが、トラスティ家の人間なので手を挙げる。

 そしてエリスは優斗の手を取って、一緒に挙げた。

 

「ほら、ただの引っ越しよ」

 

 のほほんと言ってのけるエリス。

 さらに駄目押しとばかりに家臣達へ問い掛けた。

 

「貴方達も何か問題ある?」

 

 訊けば、全員が首を横に振る。

 エリスが満足そうに頷いた。

 けれど優斗はそういうわけにはいかない。

 

「義母さん。どこから僕が邸宅を持つという話が出てきたんでしょうかね?」

 

「どこって、国から出てきたに決まってるじゃない。貴方みたいな人間が学院を卒業しても実家暮らしって結構な勢いで変よ」

 

「確かに変かもしれませんけどね。だけど皆さんを別に移動させなくてもいいんじゃないですか?」

 

 なんかもう自分が家を持つことに文句を言えないことは分かった優斗だが、家臣に関しては新しく雇えばいいだけの話だ。

 わざわざトラスティ家から引っこ抜く必要はない。

 けれどエリスは呆れるように、

 

「いいわけないじゃない。もちろん人数的な問題で何人か新しく雇う必要はあるけどね。でも、そもそもうちの家臣ぐらいじゃないとやっていけないわよ、貴方の家なんて」

 

「えっと……どういうことですか?」

 

「だって自国他国問わずに王族がやってきて、シュウ君以外の勇者もいずれはたくさん来るだろうし、異世界人がいつも遊びに来てるのよ。で、家長が大魔法士。うちの家臣みたいに大物に慣れている者じゃないと心臓に悪すぎて倒れるわ。フィグナ家の家臣とか、貴方達がやってくるだけでずっと緊張してるらしいわよ」

 

 要するに慣れの問題だ。

 去年から王女だの異世界人だの公爵家の面々が、いつも遊びに来ている状況。

 普通の神経を持っていたらやっていけない。

 

「しかも貴方、様付けとか面倒だからやめさせるでしょう?」

 

「そりゃそうですよ。家でまで様付けなんて嫌ですし」

 

 現にトラスティ家の人々は皆が優斗のことを『ユウトさん』で呼んでいる。

 

「だけど本当にやってくれるのはうちの家臣だけよ。来年換算だと貴方、異世界人で宮廷魔法士で大魔法士よ。誰が様付けやめろって言って頷く人がいるの?」

 

 公爵より立場が上の異世界人で、リライトでも最高クラスに権威ある宮廷魔法士で、王が土下座するぐらい世界に名だたる大魔法士が家長だ。

 

「まあ、無理にもほどがあるね」

 

 くつくつとマルスが笑い声を漏らす。

 並の心臓どころか屈強の心臓でもかなり辛いだろう。

 

「本来はラナも移動してもらうのが一番なのかもしれないけど、さすがにアイナの教育があるから難しいのよね」

 

 エリスは「どうしようかしら?」と言いながら、優斗の頭に顎を乗せて考える。

 けれどラナが家臣達を見回し、

 

「その点については私が今から育て上げましょう。ミヤガワ家の家政婦長となれば、それは誉れになるでしょうから」

 

 大魔法士が住んでいる家の家政婦長ともなれば、家政婦の中でも憧れのようになるだろう。

 エリスも納得するように頷いた。

 

「だったら守衛長に関してもバルトに言っておこうかしら。誰か育ててもらわないとね」

 

「……義母さん。僕の頭にあご乗せながら頷かないで下さい。地味に視界がブレます」

 

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