第230話 誕生日前②

 

 そしてトラスティ邸では着々と準備が進んでいた。

 数名残っている家臣とマリカの事情を知っている女官や近衛騎士などが、王城より応援に来て色々と動いているのだが、

 

「ア、アリシア様! 我々が準備致しますから、ゆっくりとして下さい!」

 

 無駄にアクティブな王女や異世界人に彼らは手を焼いていた。

 この度、優斗とフィオナの娘にして龍神であるマリカが誕生日を迎える。

 だからこそ真心を込めて準備をしているわけだが、当然のように普段の面々が手伝っていた。

 もちろん騒いでいるのは若い女官や近衛騎士で、トラスティ邸の家臣達は慣れているだけあって半ば諦めムードだ。

 

「わたくしも一緒に準備したいので、問題ありませんわ」

 

 鼻歌を交えながらアリーが段ボールを運ぶ。

 しかし王女に段ボールを運ばせるなど、普通の精神では耐えられない。

 特に王城勤めの皆々様は、言ったところでどうせ聞かないのに騒いでしまう。

 

「私が運びますので貸して下さい!」

 

「別にあと数メートルなので大丈夫ですわ」

 

 アリーは軽やかに歩き、テーブルの上に段ボールを置く。

 そして中から食器やら何やら取り出し始めた。

 

「か、代わりますアリシア様!」

 

 ほとんど無理矢理にアリーを止めて、代わりに食器を並べる若い女官。

 アリーは少し不満げになりながら、しょうがないので次にやる作業を見定めようとする。

 すると守衛長のバルトが広間にやってきて、手伝いを探していそうなので声を掛けた。

 

「バルトさん、お手伝いが必要ですか?」

 

「ええ。明日、花瓶に活ける為の花を一緒に見繕ってもらう方を探していまして」

 

「ではわたくしが手伝いますわ」

 

「分かりました。お願い致します」

 

 流れるように手伝いを申し出るアリーと、お願いするバルト。

 食器を並べていた若い女官の手が止まった。

 

「しょ、少々お待ち下さいアリシア様! 他の者をすぐに呼びますので!」

 

「……まったく。ノイン、他の女官を見なさい。すでに諦めた表情をしているでしょう? 貴女も諦めなさいな」

 

 アリーが周囲を見るように促せば、確かに歳を重ねた女官はすでに諦めているように別の作業をしていた。

 というかアリーと若い女官のやり取りを苦笑しながら見ていた。

 

「し、しかしリライトの王女であるアリシア様の手を煩わせるなど女官の名折れで……」

 

「龍神の誕生日なのに王女もへったくれもありませんわ」

 

 祝う相手が神様だというのに、王族も貴族も何もあったものじゃない。

 すると歳を重ねた女官が若い女官のフォローをした。

 

「ノイン、アリシア様とて貴女を困らせようとしているわではありませんよ」

 

「わ、分かってはいますが……」

 

「貴女はアリシア様付きの女官になって日が浅いから分からないとは思いますが、アリシア様はギルドの依頼を平然と手伝い、天下無双を真っ向から言い伏せ、トラストの勇者を堂々と脅すような王女様です。どこにでもいるような王族であると考えるわけにはいきませんよ」

 

 むしろ『こんな王女がいてたまるか』というのを揃い集めたのがアリーだ。

 しかも本来であれば、問題となるのは彼女だけではない。

 

「加えてアリシア様だけではなく、リライトの勇者であるシュウ様やリステル王族であるリル様、その婚約者であるタクヤ様などはアリシア様と同等の扱いをしなければなりません。しかしシュウ様はクリスト様と先ほどから横断幕を準備していますし、タクヤ様とリル様は料理を作っています。であれば、アリシア様だけに準備をさせないというのはおかしな話でしょう?」

 

 なので諦めるしかない。

 揃いも揃って重要人物が進んで作業をしているのだから、アリーだけを除け者にするわけにはいかない。

 

「それは……そうかもしれませんが」

 

「特にシュウ様と出会ったことが運の尽きです」

 

「えっ、俺?」

 

 同じく広間で横断幕の高さの調整をしていた修が、いきなり話を振られて反応する。

 歳を重ねた女官は当たり前だ、と言わんばかりに頷いた。

 

「アリシア様は一年前より一層輝いていますが、それ以上にお転婆になったのはシュウ様の責任かと」

 

「ちょっと待ってくれよ。半分は優斗だって」

 

 確かにお転婆になった要因の一つとして自分はあるかもしれないが、もう半分は優斗の影響だろうと修は考えている。

 なので頑張って否定してみたのだが、

 

「クリスもそう思うだろ?」

 

「いえ、ぜんぜん思いません」

 

「クリスト様の仰るとおり、それは違います。確実に影響を及ぼしているのはシュウ様です」

 

 けれどさくっとクリスに否定され、念を押すように歳を重ねた女官がクリスの意見に肯定した。

 するとアリーがにやりと笑みを浮かべ、

 

「ということは、修様に責任を取って貰わないといけませんわね」

 

「なんでだよ!?」

 

「純真可憐であったわたくしを修様は染めてしまったのですから」

 

「嘘つけ! 俺はお前を極悪な性格にした覚えは一切ねえよ! しかも自分で純真可憐とか信じられるか!」

 

 修が必死にツッコミを入れてる姿を見ながら、アリーはくすくす笑ってバルトと一緒に庭に出て行く。

 

「……なんつーか、勝てる気がしねぇ」

 

 ぐったりとした様子で修が項垂れた。

 歳を重ねた女官は二人の微笑ましいやり取りに小さく笑みを零す。

 

「それは『始まりの勇者』であられるシュウ様らしからぬ発言ですね」

 

「……俺はどんなに勝ちたいと思っても、あいつとの口論で勝つことは一生ないと断言できる」

 

 

 

 

 一方でキッチンは卓也とリル、ロスカが占領しており、

 

「ロスカ、これはどうすればいいの?」

 

「泡立てをお願いします、リル様」

 

「分かったわ」

 

「とりあえずスポンジは出来たからな」

 

「了解です、タクヤさん」

 

 こっちは慣れたもので、何の問題もなく作業を進めていく。

 その中でもロスカはリルの手捌きに感心した。

 

「しかしリル様もお上手になりましたね」

 

「そう? ロスカに言われたら嬉しいわね」

 

 ボウルの中にあるものをかき混ぜながら、リルは嬉しそうに笑う。

 と、ここで厨房に一組の夫婦がやってきた。

 

「タクヤ、リル様、ロスカさん。お疲れ様だ」

 

「どーも。マリカちゃんの誕生日プレゼント、届けに来たわよ」

 

 ノイアーとケイトがたくさんの野菜を持って厨房の中に入ってくる。

 卓也は二人の姿を認めると挨拶を交わした。

 

「久々だな、二人とも」

 

「おう、久しぶりだ。元気にしてたか?」

 

「オレもリルも元気にしてたよ」

 

「リル様もお久しぶりです」

 

「そうね。会うのは演劇以来かしら」

 

 話しながらノイアーとケイトは、袋詰めして台車に乗せてある大量の野菜を厨房に置く。

 卓也はあまりの多さに目を丸くし、

 

「また、たくさん持ってきたな」

 

「あと五往復ぐらいするぞ。余るぐらいに持ってきてあるからな。明日のマリカの誕生日の食事、野菜とか基本的に全部がうちの村の野菜だ」

 

「それはロスカさんも奮発したな」

 

 マリカの誕生日だから金に糸目を付けていないのかもしれない……と考えたところで、卓也はさっきのケイトの発言を思い出した。

 

「ん? でも誕生日プレゼントってことは……」

 

 ロスカの方を見てみると、トラスティ家のコックは苦笑いしながら頬を掻く。

 

「お金は払うと言ったのですが、ノイアーさんが固辞しまして」

 

「当たり前だ。村を救ってくれたユウトの娘の誕生日だから村のみんなが大はしゃぎして渡してくれたし、何よりユウトはオレの大事な友人なんだ。友人から金を取るバカはいない」

 

 村の恩人である優斗の愛娘が誕生日を迎えるのだから、こういう時ぐらいはノイアーも良い格好をしたい。

 

「それにロスカさん、いつもたくさん買ってくれてるからな。別に貧乏じゃないんだ」

 

 直接売買をしているから通常より安く買えるのだが、それでもロスカは最初に取引した量より倍以上の野菜を買ってくれている。

 

「ノイアーさんの村の野菜は女性の方々から好評なんですよ。美味しいですし、肌が若返ったらしくて」

 

 結果、取引量が段々と増えていった。

 卓也はなるほど、といった様子で相づちを打つ。

 

「女性にとって肌年齢は死活問題か」

 

「しかもたくさん食べたところで野菜だから太る可能性は低く、痩せる可能性のほうが高いですから」

 

 基本的に良いこと尽くめだ。

 するとリルも卓也と同じようになるほど、と頷いた。

 

「だからケイトも子供を一人産んでるのに、スタイル良いのね」

 

 リルはまじまじとケイトの全身を見る。

 とても子供一人を産んだとは思えないほどに整っていた。

 

「食事以外に気を付けたことはないの?」

 

「いや、なんていうか普通に食事して農作業してたら勝手に元の体型に戻っちゃって」

 

「なるほどね。農作業って場合によっては重労働って聞くから、良い運動になってるのかもしれないわね」

 

 リルは興味深そうにケイトの話を聞くが、卓也はどうして彼女が興味深そうなのか分からない。

 

「体重か? 別に気にすることないだろ」

 

 全く太っていないのに何を真剣に聞いているのだろうか。

 リルは王女様だけあって、世間一般の女性よりもむしろ細い。

 けれど彼女にとっては違うらしい。

 

「大いに気にするわ。確かに今は何を食べたところで学院やレイナに連れられて訓練させられてるし大丈夫だけど、気を付けるに越したことはないのよ。あたしはアリーやフィオナみたいな特殊能力持ってないんだから」

 

 何を食べたところで太りません、という女性からすれば羨ましい能力をリルは持っていない。

 歳を重ねていけば代謝も落ちていくので、いくら今は大丈夫だとしても太る条件は増えてしまう。

 

「あんただって、あたしが将来太ったら嫌じゃないの?」

 

 リルの言ったことを卓也は想像してみる。

 目の前の女の子がでっぷりと太ったら自分はどう思うだろうか。

 

「まあ、限度を超えたらさすがに嫌かもしれないな」

 

「でしょ。だから知っておくに越したことはないのよ」

 

 

        ◇      ◇

 

 

 和泉とレイナは紙袋を持って、王城から出てくる。

 

「初めて近衛騎士で良かったと私は実感した」

 

 レイナは持っている紙袋を見て、しみじみと実感する。

 その視線の意味に和泉も納得した。

 

「確かに思ってた以上に高かった。というか高すぎて俺も若干引いた」

 

「これ自体が魔法具だ。だから相応に高いのだろうが……近衛騎士でなければ金欠になっていたぞ」

 

「アリーの伝手で買ったはいいが、誕生日プレゼントとしては破格になったな」

 

 おそらく仲間内では最高値になっただろう。

 まあ、だからといって気にすることもないが。

 と、ここで和泉は前方に後輩コンビがいることに気付いた。

 向こうも二人の姿に気付き、近付いてくる。

 

「お久しぶりです、レイナ先輩」

 

「久しぶりね、元生徒会長」

 

 ラスターとキリアが挨拶する。

 キリアは二人が手に持っている紙袋に気付き、

 

「イズミ先輩と元生徒会長もプレゼント買ってたの?」

 

「ああ、そうだ」

 

 和泉が紙袋を掲げ、肯定する。

 

「二人も今、選んでるのか?」

 

「そうよ。ラスター君もそろそろ、マリと仲直りしたいみたいだし」

 

 最初の一件でマリカから嫌われているラスター。

 それで未だに嫌われ続けているので、そろそろ仲直りしたらしい。

 なので切っ掛けとして選んだのが誕生日プレゼント、というわけだ。

 

「それで、何にするか決めたのか?」

 

 レイナが尋ねると、キリアは幾つか候補を口にした。

 その中には絵本も選択肢にあったのだが、レイナが止める。

 

「絵本はやめておけ。大魔法士シリーズを描いている作家が最新作をプレゼントする予定だ」

 

「それって先輩に九曜を渡した作家よね?」

 

「ああ。しかもマリカは大魔法士シリーズが大好きで、大体は持っている。父親が父親だからな」

 

「まあ、そうよね」

 

 “現代のお伽噺”が父親なのだから、マリカも好んでいるのも当然だろう。

 

「しかしお前達は明日、あまり長々とはいることは出来ないことを把握しているな?」

 

「分かってるわよ。早めに誕生日プレゼント渡して帰るから。というか居たくないわよ、大物ばっかりいるだろうし」

 

 大魔法士の娘であり、龍神だ。

 どうせいつもの面子以上の人達もやってくるだろうから、キリアとて長居したくない。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る