第229話 誕生日前①

 

 学院も夏休みに入り、トラスティ家一同は避暑地へとやって来ていた。

 数名の家臣を残し、他も全員連れてきての旅行だ。

 まずはマルスの提案により乗馬で散策をする、ということになったので馬の貸し出し及び乗馬訓練をしてくれる場所に皆が揃っていた。

 

「ぱぱ、おーましゃん!」

 

「そうだね~。おーましゃんだね~」

 

 今、マリカと優斗の前ではマルスと愛奈が一緒に馬に跨がっている。

 しかしマルスの様子がおかしい。

 胸に手を当て、どうにも感動しているように優斗からは見えた。

 

「義父さんは何をしてるんですか? というか家臣がいる前なのにマジ感動して震えないで下さい」

 

「仕方ないことだよ、ユウト君。娘と一緒に乗馬をする日が来るとは思わなかったのだから」

 

 どうやらマルスは愛奈と一緒に乗馬をすることに、込み上げてくるものがあるらしい。

 けれど優斗の隣にはトラスティ家の長女が立っている。

 

「フィオナはどうだったんですか?」

 

「……ただ一言、『興味ありません』と」

 

 過去、マルスも誘ったのだろう。

 けれど結果は袖にされた、というわけだ。

 

「……酷いですね」

 

「表情を一切変えないのだから余計、心に突き刺さったんだよ」

 

 確かに息子が欲しかったマルスは本来、色々とやりたかっただろう。

 だが娘だったとしても乗馬くらいは一緒に出来ると思っていたはずだ。

 けれど昔のフィオナは特殊過ぎて、それすらも出来なかった。

 

「そ、その、当時は本当に興味がなかったので……」

 

 フィオナがとりあえずの言い訳をしていると、優斗は妹が背筋をピンと伸ばしていることに気付いた。

 

「愛奈はどうして背筋を伸ばしてるの?」

 

「しゅくじょになるためには、ゆうがにお馬さんにのるの」

 

 そしてマルスが馬に並足の指示を入れると、ゆっくりと馬が歩き出す。

 優斗は気合いを入れている妹の姿に、誰が仕込んだのかを察した。

 というか愛奈を淑女へ教育する人物など一人しかいない。

 

「……ラナさんの教育、半端ないな」

 

「トラスティの子供はラナが教育しているようなものだからね」

 

 エリスも愛奈の姿勢を見て、ころころと笑う。

 けれどエリスやフィオナを教育してきたラナは実際、笑っていいのかどうか悩む。

 

「最近、私の教育がある意味で悪かったのかと考え始めたところです」

 

 エリスもフィオナも絶対的な淑女とは呼べない。

 貴族の女性として正直不味いのではないか、とラナは思っていたりもしている。

 

「けど義母さんもフィオナも淑女を装ったりは出来ますよね?」

 

「淑女とは装うものではありません。なのでアイナ様には正真正銘の淑女になっていただきたいと思っています」

 

「無理じゃないの? だって私の娘で大魔法士が認めた天才よ、あの子」

 

「僕の発言を判断基準に組み込まないで下さい。義母さんの娘であるということが、最大の問題だと思います」

 

 良く言えば柔軟な考えを持ち、海のように広くて深い愛を持っているエリス。

 だが、言い換えれば貴族としては自由奔放すぎる。

 もちろん優斗や愛奈はそこに救われたのだし、他の貴族よりも取っつきやすいので民衆に慕われやすかったりもするから一様に短所だとは言えない。

 ラナもエリスの性格を長所として理解しているのか、言葉にするとしても小言ぐらいだ。

 

「しかしユウトさん。天才というのは他の人よりも少し優れていたりすると、すぐにそう呼ばれたりしますよね?」

 

 ふと気になったことをラナは優斗に問い掛ける。

 幼い頃に天才と呼ばれたのだとしても、歳を重ねるにつれて平凡だと呼ばれていく。

 天才が天才のまま突き進むのは確率的にほとんどいない。

 例え歳を重ねて天才と呼ばれ続けたとしても、そこには普通以上の努力も重ねられているのが基本だ。

 けれど優斗は首を横に振る。

 

「今まで僕は色々と才能のある人と出会ってきましたけど、僕が本当の意味で天才と呼ぶのは二人だけです。だから残念ですけど愛奈も修と同様に徹頭徹尾、天才の名を貫き通しますよ。あの子は『本物』ですから」

 

 優斗はそう言いながら、マルスと一緒に馬に乗って楽しそうにしている妹の姿を見る。

 

「ラナさんのほうがご存じでしょうが、愛奈は一を聞いて十を知り、十を知っては二十と動く。特に魔法のセンスは内田修という人外の異常者を除いたら、世界でも敵う者はいないんじゃないですかね」

 

 あの歳にして上級魔法を見ただけで使用できる。

 それは異世界に召喚された時に付随するチートだけでは説明できない。

 彼女自身の才能が常軌を逸している証拠に他ならなかった。

 

「けれどそれが淑女になれるかどうか、というのは関係ありません。さっきも言った通り、義母さんの娘であることが最大の問題ですから」

 

「そうですね。エリス様の娘であることが一番の問題でしょう」

 

「貴方達、散々な言いようね」

 

「そりゃそうですよ。真っ当な淑女であるというなら、まず僕を義息子にしません」

 

「生まれた時よりエリス様を見続けてきた私はよく分かっています」

 

 もちろん二人とも良い意味で言っているのだが、エリスは何だか釈然としない。

 と、ここでもう馬がもう一頭、引かれてやって来た。

 ちょうどいい、とばかりに優斗はマリカを抱っこする。

 

「よし。それじゃ、マリカもパパと一緒におーましゃんに乗ろっか」

 

「あいっ!」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 一方、ココはラグに呼ばれてミラージュへと来ていた。

 ミラージュ王が待っている会議室へと歩きながら、ココはラグから話の概要を聞く。

 

「ミラージュ王がわたしを呼ぶなんて珍しいです」

 

「明日の龍神様の誕生日の件で呼ばせて貰ったんだ」

 

「マ……龍神様の?」

 

 他国どころか自国でもほとんどの人間に秘匿されている龍神の名前を呼びそうになり、ココは慌てて呼び方を変える。

 ラグは頷いて婚姻相手を呼び寄せた理由を伝えた。

 

「私がココの伝手で龍神様に会った事実は父上に知らせてある。もちろん秘匿性や重大性があることから名前や場所は伝えていないが、それでもミラージュ聖国の王子である私が龍神様に出会った事実は認めたほうが、『龍神様に会わせろ』と言い続けている国内の人間を要所要所で抑えられる」

 

 本来は参拝やら崇めたり何だったりしたい人間も多々いるのだが、ラグがミラージュを代表して会ってきた、とすればそういう輩を表向きは抑えられる。

 基本、やかましい輩はミラージュ聖国の者として龍神の赤子に挨拶しないのは、国として正しい選択とはいえない、といった理屈で話を持ってくるからだ。

 だからそういった人物に対してミラージュ王はラグが内密に会っていることを伝え、ミラージュとしては他国の要人ですら容易に会えない龍神の赤子に挨拶をしているのだから、他国よりも龍神に対してのアドバンテージがある、として彼らの理由を潰す。

 

「つまりわたしが龍神様と面識があるから呼んだんです?」

 

「ああ。いくら会議をしても龍神様に贈る物が決まらなかったから、それならば龍神様と知り合いであるココを呼ぶことにしたわけだ」

 

 と、ここで二人が城内の会議室に辿り着く。

 中に入り、待ち構えている人物に対してココは膝をつき、頭を下げた。

 

「ミラージュ王。わたしに相談事があるとラグフォード様から伺い、はせ参じさせて頂きました」

 

 義理の父を相手にココは丁寧な言葉で挨拶をする。

 優王と呼ばれているミラージュ王は現れたココに笑みを浮かべた。

 

「久しいな、ココ。マゴスの不手際でラグフォードを手放せず、何度も足を運んで貰っているというのに今まで顔を出せずに申し訳ない」

 

「いえ、わたしがミラージュ王の都合を考えずにこちらへ来ていますから、そう思っていただけるだけで幸いです」

 

 実際、ココはラグに会う為に何度もミラージュ城に足を運んでいるが、タイミング悪く忙しかったのか挨拶する機会はなかった。

 するとミラージュ王が少しだけ不満そうな顔になる。

 

「固いな、ココ。書類上ではすでに義父であるのだから、普段の口調で話したといても私は何一つ問題としない。そして出来れば義父と呼んでくれるとありがたい」

 

「いえ、ですが一国の王を相手に言葉を崩すことは義親子関係であったとしても、さすがに……」

 

 普段の面子が面子なので忘れそうになるが、さすがに不味いだろう。

 けれどラグがフォローを入れた。

 

「父上は義理の娘に気を遣われることを良し、とは思わない性格だ。だから私からもお願いしよう」

 

 そう言ってココを促す婚姻相手と、若干落ち込んでいるような姿のミラージュ王。

 二人の姿を見て、ココも苦笑いを浮かべた。

 

「では普段通りにさせていただきます」

 

 頷き、ラグと一緒に席に着く。

 するとココの前に一枚の紙がミラージュ王より差し出された。

 

「まずは幾つか案を絞っているから、それを見て貰っていいだろうか?」

 

 ココは紙に記されている贈り物の案を見通しいく。

 そして列記されている物の率直な感想をするなら、首を捻る物ばかりだ。

 精霊の加護がある宝石や武具、他にも国宝と呼べる書物から広大な土地など、どうしたってマリカを知っているココとしては理解が及ばない。

 

「ミラ……お義父様、ちょっといいです? どうしてこの案が出たんです?」

 

「龍神様に贈る物に対して、平凡な物では駄目だろう?」

 

 なのでミラージュとしては最高にして糸目を付けない贈り物としようと考えている。

 だが、

 

「龍神様は宝石とか興味ないです。精霊の加護が込められた装飾品や武器にしてもそうです。そもそも龍神様は精霊を従える存在であるからして、加護を与えられた物品はあまりにも贈るのに不適合だと思います」

 

 世界的には貴重な物だったとしても相手は龍神。

 それから考えれば貴重品として無意味な物としかならない。

 ラグもなるほど、と相づちを打つ。

 

「確かにココの言う通りか。龍神様は宝石よりも遊び道具のほうがよほど喜ぶはずだ。土地など話にもならないな」

 

 そしてミラージュ王にラグは問い掛ける。

 

「贈り物に我々が選ぶべきは国としての格か、それとも龍神様に喜ぶ物か。父上、どちらにしますか?」

 

 本来ならば紙に列記された案の中から選ぶのが普通だろう。

 しかしマリカは喜ばない。

 だとすれば、どのような選択をするのかはミラージュ王の決断に委ねられる。

 

「なるほど。龍神様といえど、今は人間の赤子の姿だったか」

 

 そしてミラージュ王の決断は早かった。

 

「だとしたらラグフォード、ココ。二人がミラージュの代表として贈る物を選ぶ、というのはどうだろうか?」

 

「……えっと、いいんです? ミラージュ聖国としても重要な事だと思うんですけど」

 

「龍神様が喜ばない物を贈るのに何の価値もありはしない。それに我々が出した案は他国とあまり差異はないだろう。であれば選択すべきは龍神様が喜ぶ贈り物だ」

 

 断言するミラージュ王にココは隣に座っているラグを見た。

 彼も思わずココを見返すが、すぐに頷いた。

 

「では私とココで龍神様への贈り物を見繕うことにします。そして見事、龍神様に喜んでもらうことを誓います」

 

「頼んだぞ、二人とも」

 

 

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