第228話 小話㉔:嘘でもなく、冗談でもなく、本当だと思えること

 

 とある日。

 優斗はアリーの部屋に入って早々、呼ばれた理由に察しがついた。

 彼の姿を認めて満面の笑みを浮かべたアリーの前には書類の山。

 要するに処理を手伝え、ということだろう。

 

「……アリー。他にも生け贄はいたと思うけど…………」

 

「タクヤさんとクリスさんは用事がありますし、修様とイズミさんは論外です。あとは親友達にお手伝いしてもらうわけにはいきませんわ」

 

 フィオナ達に仕事を手伝ってもらうのは、アリーの感覚的に嫌だ。

 修や和泉は出来るのだろうが、それ以上に真っ当な仕事時間になる気がしない。

 なので選択肢は優斗、卓也、クリスしか存在しなかった。

 そしてたまたま手が空いていた優斗に白羽の矢が立ったというわけだ。

 

「これ、公務関係のやつでしょ。アリーがやるべきものじゃないの?」

 

「重要機密は終わらせたので、あとは手伝ってもらっても構わない書類しか残っていませんわ」

 

「手際が良いことで」

 

 アリーだけしか見てはいけないものは、しっかりと終わらせている。

 というわけで残りをちゃっちゃか処理する為に優斗を呼んだ。

 

「それにわたくしの従兄だったら手伝ってくれますわよね?」

 

「まあ、頼まれたら手伝うけどね。アリーって僕の扱い悪くない?」

 

「何を変なことを。従兄だからこそ使い倒しますわ」

 

 満面の笑みで告げるアリー。

 優斗は大げさに息を吐くと、彼女の頭をポコっと叩いて隣に座った。

 アリーは軽く頭をさすりながら悪戯げな表情を浮かべる。

 

「ユウトさんもわたくしの扱い悪いですわ。これでもわたくし、王女なのに」

 

「従妹相手に気を遣うとか、本気でありえないから」

 

「ですわね」

 

 気軽い応酬をしてから、二人でさっさか書類の山を片付け始める。

 そして手を動かしながらも雑談を始めた。

 

「というか何で書類処理してるの? アリーの今の公務って公の場に出るとか、そういう類いじゃないっけ?」

 

「お手伝い程度には書類の処理もやりますわ。ただ、わたくしの祝日を一分一秒でも稼ぐには応援を呼ぶのが一番ですから」

 

 そういった意味合いではベストチョイスは優斗かクリスになるわけで、どちらか片方が来れば書類の処理は飛躍的に上がるのでアリーは助かるばかりだ。

 

「あっ、そういえばまた大魔法士の嫁に云々言ってきた他国の貴族がいましたわ」

 

「へぇ~、また馬鹿な人達が来たね」

 

「あと半年もすれば全ていなくなるでしょうし、それまで面倒ですが適当に追い払っておきますわ」

 

「ん、お願い」

 

 雑談をしながら猛スピードで書類を処理していき、一時間経った頃には全て片付け終わってティータイムに入ってきた。

 二人がぐっと伸びをしたと同時にティーカップが前に置かれる。

 そして歳重ねた女官が綺麗な所作で紅茶を注いでいった。

 

「アリシア様、ユウト様。本日はお疲れ様です」

 

「ユウトさんがいたので楽できましたわ」

 

「君の性格上、本当に面倒だと思ってただろうからね。僕も助けない選択肢はなかったけど」

 

「あら? 入ってきた時と台詞が違いますわ」

 

「気のせいじゃない?」

 

 気軽いやり取りをする二人。

 そこでふと、歳重ねた女官は気になった。

 アリーの性格はそれこそ、昔と違う。

 仲間達はメッキが剥がれた何だと言っているが、実際はどうなのだろうか、と。

 

「ユウト様から見て、アリシア様はどのような性格だと思われているのでしょうか?」

 

 唐突な質問に優斗とアリーは目をぱちくりとさせる。

 けれど破顔しながら優斗は答えた。

 

「敵になった相手には容赦せず冷酷非道。問答無用で暴論、正論を使用し見下しながら潰す性格」

 

「ユウトさんの自己紹介ですか?」

 

「何一つ間違いなくアリーの性格だから」

 

「それはそれはビックリですわ」

 

「同感としか言えないね。これが王女とか、どこの世界にもいないだろうね」

 

「しかし帝王学などを学んでいると、そうなってしまうのでしょうか? ユウトさんとわたくしがこうなってしまうのですから」

 

「僕が知ってる数少ない王族の中で、アリーみたいな性格の王族は見たことがないけど。というか、そもそも王様が違う」

 

「なるほど。つまりはわたくしが特殊ということですわね」

 

「そうだね」

 

 流れるような掛け合い。

 気安い、という言葉がこれほど似合うやり取りに、歳重ねた女官も表情を和らげる。

 けれどもう一人、アリー付きの年若い女官であるノインが、何かを訊きたそうな顔つきになっていた。

 

「ノインも訊きたいことがあるのであれば、質問しても構いませんわ」

 

 なのでアリーが許可を出す。

 すると彼女は失礼だとは思いながらも、先ほどのやり取りで気になったことを尋ねる。

 

「あの、その、ミヤガワ様に会いに来た方々に会わずして帰すのは、礼儀を欠いているのではないでしょうか?」

 

 彼女的には真っ当だと思っている質問。

 けれどアリーは思わぬ質問にくすくすと笑い声を漏らし、優斗は苦笑いを浮かべ、歳重ねた女官は僅かに驚いた様子を見せた。

 

「どうしてノインはこんなにお馬鹿なのでしょうね」

 

 まさかこんな質問をしてくるとは思わなかった、とアリーは本来とは違う意味で驚愕した。

 

「一応は貴族の令嬢なんだから、お馬鹿呼ばわりは可哀想だと思うけど」

 

「いえいえ。頭が固いのに考え足らずなところがお馬鹿可愛いのですわ」

 

 そしてアリーは一頻り笑ったあと、説明するように言葉をノインへ向けた。

 

「礼儀とは来て下さった方々に贈るもの。少なくとも勝手にやって来た輩に対して必要とするべきものではありませんわ」

 

「しかし、せっかくミヤガワ様に会いに来たのですから……」

 

「違います。彼らは『大魔法士』に会いに来たのですわ」

 

 そして会いに来た理由が理由だからこそ、会わせる必要がない。

 

「二つ名だけを見て、ユウトさんのことを見ていない。わたくしの従兄様をレッテルでしか評価しない輩に渡すなど決してあり得ません。相手が無理矢理にでも押してこようものなら、わたくしと修様で退治しますわ」

 

 そして実際に天下無双は退治された。

 ぐうの音も出ないほど滅多打ちに。

 

「彼に必要なのは『大魔法士』を支える者ではなく、『ミヤガワ・ユウト』を支える者。だからこそ『大魔法士』の二つ名を目当てに彼と結婚しようと画策するなんて言語道断です」

 

 つまるところ、やってくる人達は悉く価値がない。

 だから会う必要すらないわけだ。

 

「そもそも、彼に釣り合う立場で近しい年齢の女性などわたくしぐらいですわ。三大国のうちの一つであるリライトの王女でやっとなのに、他がどれだけ来たところで無意味でしかありません」

 

 立場を狙ってやってくるのであれば、相手にも相応の立場が必要だ。

 まあ、そこを分かっていないからこそ来ているのであろうが。

 するとノインが今までの話を聞いて、明後日の方向に閃いた。

 フィオナが優斗の相手なのは確定であり、しかも超絶愛妻家であることはノインも知っている。

 しかしながら、天文学的可能性というものを考えれば、

 

「も、もしかして、アリシア様とミヤガワ様が――」

 

「――それこそありえませんわ。わたくしとユウトさんは従兄妹ですから」

 

 けれど言い切る前にアリーが言葉を被せた。

 しかしノインは首を捻る。

 

「えっと、でも、その……従兄というのは冗談ですよね?」

 

「冗談といえば冗談です。ですが嘘だと称するにはもう、お互いが馴染んでいますわ」

 

 確かに始まりはアリーの悪戯からで、それを回避する為に吐いた優斗の嘘であることは間違いない。

 でも、今の自分達は嘘が嘘であるとは言い切れないほどに、似通っているところがある。

 

「双子としては違いが大きくて、兄妹と思うには僅かな違和感がある。けれど親戚と呼ぶにはあまりにも遠すぎる」

 

 卓也とココの関係に似ているようで、僅かに違う間柄。

 まるで兄妹のように無意味にじゃれつくことはないけれど、それでも無駄にじゃれつくことが出来る。

 気軽に、気楽に、考えや気持ちが分かる。

 何より決して恋をしないと断言できるほどに近しい存在。

 

「だからわたくしとユウトさんは従兄妹なのだろうな、と。そう思いますわ」

 

 嘘と言えば間違いなくて、冗談と言えばその通り。

 けれど二人のことを知る人達には本当に思える二人の関係。

 優斗もアリーの話に頷きながら「例えば――」と言葉を繋げる。

 

「例えば、どこかで本当に血縁があるのかもしれない」

 

 優斗の血縁が以前、セリアールに来たかもしれない。

 

「例えば、生まれ変わりみたいなものがあるのならば前世で兄妹だったかもしれない」

 

 輪廻転生があれば、そういうことだってあるかもしれない。

 

「例えば、僕がマティスと本当の意味で同類だとしたら――」

 

 優斗が受け継いだのは“力”だ。

 独自詠唱の神話魔法を扱える力と、パラケルススと契約できるだけの力。

 けれど一つ足りない。

 初代大魔法士は“彼女”で、二代目大魔法士は“彼”だからこそ、

 

「――僕が受け取れなかった部分を君が受け取ったのかもしれない」

 

 血ではなく、心でもなく、魂の繋がり。

 あまりにも荒唐無稽で、馬鹿馬鹿しい話ではある。

 間違いなく、ありえないと断言できる話でもある。

 でも、

 

「そんな例え話を考えるのは楽しいよね」

 

 ありえなくて、無駄にしかならないけれど。

 こういうことは考えるだけで楽しいものだろう。

 

「あの、ユウトさん。最後はどのような意味でしょうか?」

 

「自分で考えてみなよ、従妹様」

 

 からかうような調子で返される従兄の声。

 けれどアリーは満面の笑みで、まるで自慢するかのように女官達へ告げた。

 

 

「ほら、こうして平然と意地悪してくるところが、本当に従兄妹みたいではありませんか?」

 

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