第214話 all brave:大魔法士が相手にするべきは

 

 

 全員が席に着席する。

 またトラストの勇者が何か言い出すのも面倒なので、優斗が口を開いた。

 

「とりあえず僕も仕事はちゃちゃっと終わらせたい。というわけで、僕に相談事がある人はいる?」

 

 勇者全員を見回して優斗は尋ねる。

 正樹と目が合った。

 なので彼から話を聞こうとした……瞬間だ。

 

「大魔法士。貴様には各国から女性を娶ってもらう」

 

 全くどうでもいいところから言葉が飛んできた。

 優斗が呆れすぎて半目になるが、声の主――トラストの勇者は一切気にせず話し続ける。

 

「我が国からも幾人か見繕う。そして子を産み世界の平和の為に役立たせろ」

 

 超絶上から目線での言い分。

 優斗はアリーと同時に嘆息する。

 

「システマチックに論理を展開と思いきや、やっぱり穴だらけだし」

 

「こちらを物として見ているのに、自分達は感情優先」

 

「しかもバレる」

 

「通せるなら構わないのですが、通せないのに意気揚々と言ってのけることが理解できませんわね」

 

「さらに言うなら僕に、だよ。世界を平和にしたいんじゃなくて、破壊したいんじゃないの?」

 

「可能性は無きにしも非ず、ですわ」

 

「どうする?」

 

「もう面倒なのでいいと思いますわ。ユウトさんも疲れるのは嫌でしょう?」

 

「そうだね。というわけで、彼らはいないことにしよう」

 

 軽快な会話で結論をまとめる。

 そして優斗は爽やかな笑顔で正樹に向き直った。

 

「何かある?」

 

 不意を打たれたフィンドの勇者だが、とりあえずもう関わりたくないんだろうなと察して会話する。

 

「ボクは……そうだね。フィンド王が一度挨拶したいって言ってた。フィンド周辺の王様達もそうらしいから、どこかのタイミングで会うことって出来る?」

 

「ん~、こっちに来てくれるなら顔出しぐらいはするけど、行くのは面倒」

 

「分かったよ。フィンド王にはそう伝えておくね」

 

 次いで間髪入れず、正樹の隣に座っている少女へ話し掛けた。

 

「春香は?」

 

「クラインドールに戻ると貴族からの結婚話がすっごい嫌」

 

「何か個人的すぎるけど……まあ、だとしたら僕の名前を使っていいよ。クラインドールの勇者が不幸になったら、友人である大魔法士が黙ってないってね」

 

 けれど、と注意するのも忘れない。

 

「ただし春香も問答無用で蹴散らすのは駄目だから。もしかしたら良い人だっているかもしれないし。まずはそこを把握するところから始めるんだよ?」

 

「……う~、わかったよ」

 

 不承不承、ハルカが頷く。

 すると後ろにいる八騎士二名が騒いだ。

 

「だ、大魔法士! 子猫ちゃんは俺様の子猫ちゃんだ!」

 

「ハルカの親友である私こそ相応しい」

 

 ガタガタと前に出てくる二人。

 春香がジト目になり、優斗ももちろん言いくるめる。

 

「ブルーノ。だったらまずは二枚目気取るのやめようか。今のままだと春香のネタにしかならないから。ワインは春香の幸せも考えてあげないと。君が本当に春香のことを知っているなら、彼女がどうすれば幸せになれるか親友の君なら分かるんじゃないかな? 今の発言は個人的過ぎて春香のことを考えてない。前にも言われたでしょ?」

 

 大仰に頷く春香。

 ここで二人が慌てて釈明を始める。

 

「こ、子猫ちゃ……いや、ハ、ハルカ。そうじゃない、そうじゃないんだ」

 

「ハルカ。さ、さっきのは違う。私はハルカの幸せをちゃんと考えてる」

 

 あれやこれやと話しまくるブルーノとワイン。

 彼女のジト目は終わらないが、それでも怒ってはいないらしい。

 数分して落ち着きを取り戻す。

 なので優斗は次の相手に視線を向けた。

 

「源さんはどうですか?」

 

「私の下に付いている者達の指導を一日ばかりお願いしたいね。出来ることなら周辺諸国の者達も呼びたい」

 

「……今のところ、僕は存在自体が秘匿されてるので難しいですが、ある一定の立場の者達でしたら大丈夫でしょう。源さんの下に付いている方々にも、僕を知っている人物のみ許可はできるはずです。ただ来年には公表しますので、その時まで待ったほうが得策だとは思いますよ。やるやらないは別として」

 

「……ふむ、そうだね。急を要することでもないから、来年以降の日程を考えたほうが安心だね」

 

 互いに笑みを浮かべて落としどころを見つける。

 その中で異様に優斗を見ているのが若干二名ほどいるが、優斗は一切そちらを見ない。

 

「イアンは?」

 

「今のところユウトの手を煩わせる事案はない。ただ、我が最愛の義弟と妹の展示を見に来るついでに王城へ立ち寄ってくれると助かる。父も少々、話したいらしい」

 

「何を?」

 

「次回作についてだ」

 

 イアンが誇らしげに胸を張る。

 

「なるほど。僕も気になってるし、面白いからリステルに行ったら立ち寄るよ」

 

 逆に優斗はニヤっと笑う。

 

「モール、君は?」

 

「大魔法士どうこうはないが、タクヤ様とリル様を連れてきてほしい。レンドと姫様の関係が公になってからというもの、その二人が絶賛している『瑠璃色の君へ』が我が国でもブームになった。連れてきてくれたならモルガストとリライト、リステルとの関係は良好だと周囲にも示せる」

 

「そこは卓也達次第だけど……とりあえず頼んでおくよ。アリー、大丈夫かな?」

 

「リライトとしては歓迎するべきことですわ。それにあの二人も何だかんだでリライト、リステルの評価に繋がるなら動いてしまうと思います。イアン様、リステルも問題はありませんわね?」

 

「ああ、構わない」

 

 彼らならば恥ずかしそうにしながらも行ってくれるだろう。

 

「あとはヴィク――」

 

「大魔法士」

 

 最後の一人に話し掛けようとした瞬間、トラストの勇者の声が遮った。

 が、優斗は当然無視する。

 

「ヴィクトスの勇者は何かある?」

 

 本当にいないように扱う大魔法士に、イアンが少々不安になる。

 

「ユウト、いいのか?」

 

「僕は意思疎通が出来る人間としか喋るつもりないから」

 

 会話をしても意味がないのであれば、話すだけ無駄だ。

 

「大魔法士、貴様は俺の発言を何だと思っている」

 

 トラストの勇者が険を含めた視線を優斗に向けた。

 けれど意味がない。

 優斗はいないものとして扱っているからこそ、優斗は何一つ反応しない。

 

「…………」

 

「世界の平和の為には能力に秀でた者達が必要だ。異世界人は総じて能力が高く、子にも高い能力が引き継がれていく可能性は高い」

 

「…………」

 

「故に貴様のような者は多くの子を産み、優秀な遺伝子を残す必要がある」

 

「…………」

 

「聞いているのか、大魔法士」

 

 当然聞いてない。

 優斗はアリーと世間話を始める。

 

「この部屋は雑音が突然聞こえてくるから困るね。幽霊とかいるのかな?」

 

「別にいても構わないと思ってますわ。被害がなければ」

 

「同感。被害がなければ存在しても構わないんだけどね」

 

 くすくすと笑いを零す二人。

 呆気にとられるのは周囲。

 言葉通りにトラストの勇者を無視して平然としている姿は、正直怖くなってくる。

 そして、だからこそ再び聖女が食って掛かった。

 席を立ち、ずかずかと歩いては優斗の前で立ち止まった。

 

「ぶ、無礼ではないですか! 勇者様の話を聞かないなど、ふざけているにも程があります!」

 

「…………へっ?」

 

 無視しようとしていた優斗の口がぽっかりと空いた。

 聖女はさらにまくし立てる。

 

「貴方の態度は非常に無礼です!」

 

「……あ~、うん。ちょっと待って」

 

 優斗は左手を前に出して待ったをかけると、目元をほぐし眉根をほぐす。

 無視しようと思ったが、迂闊にも彼女の言動に興味が沸いてしまった。

 

「僕達を入城させなかったことも、馬鹿な部下を迎えに寄越したことも、修を貶したことも君達にとっては無礼じゃないの?」

 

「それとこれとは話が別です!」

 

「…………………………マジか」

 

 あの宮川優斗が絶句した。

 彼の想像を絶した、と言ってもいい。

 今までどんな馬鹿だろうとアホだろうと屑だろうと、話は通じなくても“流れ”は誰もが理解していた。

 だけど、だ。

 まさかすぎるだろう。

 さっきあれだけアリーがキレたのにも関わらず、流れをリセットしてくるなんて。

 

「えっと……その…………僕も勘違いしてるかもしれないんだけど、聖女様はお幾つ? もしかして5歳ぐらいだったりしない?」

 

 半ば本気で優斗が尋ねると、聖女は顔を真っ赤にしながら憤って反論する。

 

「ば、馬鹿にしているのですか! あたくしはこれでも16歳になる淑女です!」

 

「大魔法士。聖女のことを貶すなど真に無礼なことだ」

 

 しかもトラストの勇者が乗ってきた。

 優斗は思わずアリーを見る。

 

「どうしよう。お子ちゃま相手にしてたなんて気付かなかった」

 

 ガキじゃなくてお子ちゃま。

 それだけで優斗の想定している年齢が分かるというものだろう。

 アリーも僅かに困った様相を見せる。

 

「その……どうされます?」

 

「僕は何も分かってなかった。お子ちゃまが相手なら、無視すると余計に注目を浴びようとする。こちらは大らかな気持ちで支離滅裂でも話が繋がってなくても意味が不明でも、笑顔を浮かべて彼らの言葉を聞いてあげることが重要だよ」

 

「……ユウトさん、ヤケクソになってますわ」

 

「だってさ、僕だって大概無礼だけど彼らなんて僕を蹴散らすほどだよ。これをどの年齢に当てはめるかって言ったら3歳から5歳ぐらいでしょ?」

 

 優斗も確かに無礼だが、これほどじゃない。

 少なくとも年相応の礼儀は弁えている。

 けれどこの二人は違う。

 まるで幼い子供だ。

 

「まあ、そうですわね」

 

「だから僕はお子ちゃま相手だと思って相手をする」

 

 優斗はにっこりと笑って二人に話し掛けた。

 

「ごめんね、勇者くんに聖女ちゃん。僕が悪かったよ」

 

「――っ!」

 

 同時、聖女の右手が動いた。

 平手が優斗の頬に飛び……叩く。

 

「あたくしも勇者様を国を代表する者として、ここにいるのです! ふざけないでください!」

 

 乾いた音のあと、怒鳴り声が室内に轟いた。

 これだけ馬鹿にされれば、とも思うが先にふざけたことを言ったのはトラストだ。

 優斗を叩く理由はない。

 

「国を代表する、か」

 

 だから彼には大義名分が生まれる。

 先に手を出したのは向こうなのだから、やられても仕方ない、と。

 

「前提条件から間違えてるし不可能な話なんだけど……仕方ない。無意味であることを放り出して少し相手をしてあげよう」

 

 優斗は呆れるように息を吐く。

 どうせ理解できないのは分かりきっているけれど、一応は言ってあげよう。

 

「君はもしかして、彼の発言に自分が関係ないとでも思っているのかな?」

 

「なにがですか!」

 

「一度だけお話してあげるから、お馬鹿な頭だろうけど理解してね」

 

 憤ってる彼女に笑みを浮かべながら、優斗はまずリステルの勇者に声を掛ける。

 

「イアン。僕の相手として相応しいのは、どれくらいの女性かな?」

 

「基本的には王族だろう。ユウトは千年来の伝説を蘇らせた男だ。本来なら公爵令嬢とて難しいと判断したほうがいい」

 

 なので事実、フィオナは相手として立場的に厳しい。

 それがまかり通っているのは、偏に彼が証明したからだ。

 彼女以外は論外だ、と。

 

「次にモール。だとしたら、トラストで僕に相応しい相手は誰?」

 

 問いに対してモルガストの勇者はさして考えるまでもなく答える。

 

「聖女だろう。彼女は王族ではなく貴族という話らしいが、立場としては王族の女性を凌駕しているはずだ」

 

 うんうん、と優斗は頷いた。

 そして一気に問いと答えを繋いでいく。

 

「で、春香。向こうが差しだそうとしたのは?」

 

「女性を幾人か見繕う……とか言ってたよね」

 

「ということは正樹。考えれば誰にだって分かる相手を言わなかった理由は?」

 

「渡したくない、ということだね」

 

「最後に源さん。そこから導き出される答えとして、向こうが感情で世界平和の為のベストを差し出さないのに、こっちが応対する必要性は?」

 

「ないと断言できるよ」

 

「以上、トラストの勇者達のふざけた物言いでした」

 

 まさしく話にならない。

 彼らの発言を考慮する必要は微塵も存在しない。

 なのに聖女は迂闊にも反論した。

 

「あ、あたくしと勇者様は婚約しています!」

 

「だから?」

 

 一蹴する。

 それに何の意味があるのだろうか。

 

「君達の言葉を借りよう。『世界の平和の為だ』ってね」

 

 結婚しているわけではない。

 ただ婚約しているだけ。

 なのにそれが何の言い訳になる。

 

「しかも僕にこんなことを抜かしておいて、自分達は婚約してるから無理だなんて馬鹿にしているにも程がある」

 

 妻がいると国外に情報を出している大魔法士。

 しかも彼はリライトの法に殉じ、一人しか娶らないとしている。

 加えて手を出したら国ごと潰すと断言した。

 けれど彼らの言い分は大魔法士の在り方を崩すもの。

 ということは、

 

「どうする? 僕にそういうことを言うのなら模範を示すのは君達だよ」

 

 あざ笑うように問い掛ける。

 するとトラストの勇者が口を開いた。

 

「「 フン。誤差の範囲内だ 」」

 

 先ほどから何度か使っている言葉。

 それが同時に、トラストの勇者と大魔法士の口から漏れた。

 目を見張ったエクトに対して優斗は指摘する。

 

「口癖なの、それ?」

 

 からかうような言い方。

 いや、実際にからかっている。

 

「一つだけ教えてあげるよ、トラストの勇者。君に未来視が実際あるかどうかは分からない。あってもなくてもどうでもいい。だけどね……」

 

 優斗は優しく教えるように柔らかく述べる。

 

「少なくとも君は『完璧なる者』じゃない」

 

 未来が見えるから間違えない。

 故に『完璧なる者』だと言われている。

 だけど、それだとどうしてもおかしい。

 

「完璧に誤差は存在しない」

 

 一分の隙もないほどに整っているから完璧だ。

 なのに彼の口癖はどうしたって揺らぎがあることを示している。

 

「そして今の言葉の意味をどう捉えればいいのかな? つまり君は聖女様を僕に嫁がせることも仕方ない、と。そういう発言だと捉えればいいのかな?」

 

「違う」

 

「だったら聖女様、貴女はどのように考えてる? 世界の平和を考えて僕に幾人もの女性を娶らせるのなら、貴女は僕に嫁ぐ必要がある」

 

「あ、ありません!」

 

「なぜ? 理由を答えてもらいたいね」

 

 優斗が問い掛ける。

 明確な理由があるのなら、是非ともご教授願いたい。

 するとトラストの勇者が言い放つ。

 

「彼女は俺の婚約者だ。誰かに譲る気はない。それが問題というのなら、今ここで彼女を妻として迎えよう」

 

 エクトの発言に聖女の表情が明るくなる。

 だが、

 

「……ふ~ん。つまり君は世界を平和にする気がないんだね?」

 

 あまりにもその場限りの苦しい言い訳だ。

 

「大魔法士、理屈が通っていない。彼女が俺の妻になれば――」

 

「理屈が通ってないのは君達だよ。僕達には『世界の平和の為』にふざけたことを抜かすのに、いざ自分達に返ってくると『俺が妻として迎えればいい』だって? 話にならないにも程がある」

 

 何を解決した気になっているのだろうか。

 

「問題を履き違えないようにね、トラストの勇者。君達の言い分だと、世界を平和にする為には『聖女を僕に嫁がせる必要がある』んだよ。けれど君が『奪った』。だから君達は『世界を平和にする気がない』って言ってるんだ」

 

 そこまで話して優斗は気付く。

 今の言い方は難しかったのではないか、と。

 

「もっと簡単に言ってあげよう。ここで聖女を僕の妻にと送るなら、君達は世界を平和にする気がある。違うのであれば世界を平和にする気がない。君達の言い分に従うなら選択肢は二つしかないけど、どっち?」

 

 あくまで彼らの言い分に則った問いだ。

 ただの仮定の話。

 実際は論外なのだから議論する意味もない。

 

「………………」

 

「………………」

 

 優斗はどんな馬鹿にも分かるように伝えた。

 なのに二人は答えなかった。

 彼らの言い分を聞いた上での問いなのに、だ。

 大きく優斗が嘆息する。

 

「……トラストの勇者に聖女様。君達は何をしに来たの? 少なくとも君達は僕達と会話をしてない。人間が会話のキャッチボールを出来ない時は幼い時だけだよ。だから僕は君達を子供として扱ってる」

 

 彼らの態度は幼い子供そのものだ。

 理屈なく、理由なく、理路整然としていない感情だけのもの。

 

「俺達が子供などとふざけたことを」

 

「あたくし達は国の代表だと言っています」

 

 そう、だからこういう答えが返ってくる。

 優斗は半ば予想していたから間髪入れずに返した。

 

「聖女だの聖なる勇者だの、周りにちやほやされて増長した赤子が調子に乗るな」

 

 淑女だ何だと言ったところで、話が通じないのであれば子供そのものだ。

 自分が示したものを押しつけて、返されれば馬鹿な答えを告げる。

 これが幼くして何だと言うのだろう。

 

「己が国を代表して来ていると言うのなら答えろ。黙っていれば相手が引き下がると思うのは、ガキ以下の考えそのものだ」

 

 少しキツ目に言うが、やっぱり二人は言葉を発しない。

 なのに優斗は表情を崩した。

 

「いいか? だから僕は引き下がるんだ。君達を幼い子供と扱ったのだから」

 

 ついでにあやすような感じで柔らかい笑みを浮かべる。

 

「勇者くんに聖女ちゃん。僕は会話の出来ない赤子の相手をしに来たわけじゃないんだよ」

 

「だ、だからあたくしは――っ!」

 

「――勘違いしないでね、聖女ちゃん。君がもし淑女として扱われたいのであれば、僕の質問に答えるところから始めよっか」

 

 そして、それが出来ない以上は淑女など呼べるわけもない。

 聖女に席へ戻れと促す。

 大層睨み付けてきた聖女の視線を飄々とした様子で優斗は無視して、先ほどの流れへと戻す。

 

「ちょっと時間食ったけど、ごめんね。ヴィクトスの勇者は何かある?」

 

 小さな勇者に質問する。

 

「……あ、あの…………」

 

「なに?」

 

 彼はなぜか、おどおどして視線をあちこちに彷徨わせていた。

 けれど背後にいる三人のうち、優斗と同年代ぐらいの少女がヴィクトスの勇者の背を叩く。

 気合いが入ったのか発破を掛けられただけなのか分からないが、少年は小さな声で手の平を見ながら伝えてきた。

 

「あ、貴方は……その……だ、大魔法士にふさわしくありません。な、なな、なので……えっと……だ、大魔法士をやめて……ください」

 

 言い切った瞬間、全身甲冑の人間から金属音が響いた。

 もう一人、二十歳前後の女性も少し驚きを滲ませている。

 

「……ふむ」

 

 優斗は少し、考える。

 彼から悪意は感じない。

 トラストの勇者のような馬鹿丸出しのふざけた発言とも全く以て違う。

 ただ単純に後ろの少女に言わされている……というわけでもなさそうだ。

 

「ヴィクトスの勇者」

 

「は、はい!」

 

 声を掛けられてヴィクトスの勇者の身体が跳ねた。

 まあ、先ほどのやり取りを見ていれば致し方ないことではあるが。

 優斗は少しだけ間を空けてから、あらためて問い掛ける。

 

「僕を大魔法士から落とす。それが意味することを君は分かっているかな?」

 

「……えっ?」

 

 首を捻るヴィクトスの勇者。

 けれどすぐさま、後ろの少女が答えた。

 

「貴方は大魔法士じゃなくなる! そういうことですのよ!」

 

 堂々とした言い方。

 けれどやっぱり悪意は感じない。

 敵意も感じるが、他に大切にしているようなものがある印象を受ける。

 

「そっか」

 

 だから優斗も敵対はしない。

 一つ頷くと、笑みを彼らに贈る。

 

「頑張ってね」

 

 そして話は終わったとばかりにリステルの勇者に進行を託す。

 

「他には無さそうだからイアン、あとはお願い」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 イアンに話を振ったことで、わりと落ち着いて話が進んだ。

 危険区域や、どういった騒動があった等々。

 勇者らしい話し合いが続き、再び休憩になる。

 もちろん休憩中、話題の中心は優斗。

 

「……大魔法士。お前は未来視を持つトラストの勇者に対して、ずいぶんと強気に出られるな」

 

 モールが信じられない、とばかりに言葉を吐いた。

 未来が分かるトラストの勇者に対して、よくもまあ言えるものだ。

 アリーもだが。

 優斗は苦笑するとモールに一つ訊いてみる。

 

「ねえ、モール。未来視ってどういうものだと思ってる?」

 

「未来が分かるんだろう」

 

「じゃあ、どういう風に?」

 

「……どういう風に?」

 

 モールが首を捻った。

 ついでに一緒にいる勇者達も首を捻る。

 源だけは唯一、なるほどと頷いていた。

 なので彼がヒントを皆に伝える。

 

「さて、若き勇者達と連なる従者の方々。いいかな? 未来を“知る”のではなく、未来を“視る”というのなら視覚情報だということだよ。だとしたらトラストの勇者の未来視は、どのような視点で未来を視ているのだろうね?」

 

「どのような? って……どのような?」

 

 春香がさらに首を捻る。

 なので源は優しく説明した。

 

「彼の瞳が映す未来は果たして、自分が見ている範囲の未来なのか、自身の将来見る光景なのか、第三者の視界を借りたものなのか、それとも誰でもない空中から見下ろしたようなものなのか……ということだよ」

 

 彼の説明に全員がなるほど、と頷いた。

 

「加えるなら視覚情報があったとしても、音は聞こえない。故に“未来予知”ではなく“未来視”なのだと思うよ」

 

「おおっ、さすが源ジイ。伊達に歳食ってねぇな!」

 

 修が盛大に拍手する。

 

「これが年の功というものだね」

 

 混じり気無しの賞賛に源が皺を深くして笑った。

 けれどモールは疑問をさらに追加することとなる。

 

「つまり……どういうことなんだ?」

 

「所詮は“未来予知”じゃない不完全なもの。恐るるに足らずってね」

 

「……意味がわからない」

 

 未来を視るだけでも十分に驚異になるはずだが。

 と、ここでイアンも疑問に思った。

 

「しかし未来視があるなら、どうしてアリシア様にもユウトにも言い負けたのだろうか?」

 

「それは確定できないけど、予想としては三つ。一つは音の情報がないから言い合ってる姿は視ても決着が予想できなかった。僕もアリーも退いちゃったからね。二つ目はさっき源さんが出した案にあった“彼の視界範囲内のことしか未来視できない”から、あの会議室で未来視を使わなかった」

 

「最後は?」

 

「調子乗って使ってない」

 

「……どうにも二つ目と三つ目の気がするな」

 

「同感だよ」

 

 優斗とイアンが互いに苦笑する。

 とりあえず、これで問題の一つは納得いった。

 しかしもう一つ、大きなものがある。

 

「だけど、さっきの男の子も凄かったね。優斗くんに『大魔法士をやめろ』なんて言うんだから」

 

「ぼくも驚いたよ~」

 

 正樹と春香がしみじみと言う。

 

「で、優斗センパイは何をやったの?」

 

「会ったこともないんだから何もやってない」

 

「会ったことないの!?」

 

 春香がさらに驚いた。

 けれどアリーがさらっと、

 

「いえいえ、ユウトさんのことですから気付かずに恨みを買っている可能性はありますわ」

 

「……少なくともこの世界だと、あんまり恨まれる要素ないんですけど」

 

 敵とみなした奴らは全員フルボッコにしている。

 しかも大体が嫌われ者。

 優斗が誰かに恨まれるようなことはないはずだ。

 

「まあ、なんか全身甲冑の子からは特に、じろじろと見られてるんだけどね」

 

「優斗センパイ、何やったの?」

 

「だから僕がやった前提で話すな」

 

 春香の頭をぽこっと叩く。

 

「っていうかあのミニマムサイズはココぐらいしか知り合いがいない」

 

 そう、全身甲冑は身長が低い。

 ココとどっこいどっこいか、それよりも下。

 さすがに優斗も知り合いを思い浮かべることは難しい。

 と、その時だった。

 

「ミヤガワ様」

 

 一人の女性が優斗達の前に現れて話し掛けてきた。

 優斗は声を掛けられた方向を向く。

 

「えっと、貴女はヴィクトスの勇者パーティの……」

 

「監督者のアガサと申します」

 

 丁寧に腰を折った。

 そして顔を上げると、

 

「少しよろしいでしょうか」

 

 至極真面目な表情でお願いしてきた。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 リライト組以外が解散となった。

 優斗は紅茶で口の中を潤す。

 そして来訪者に向き合った。

 

「監督者ということはパーティメンバーではないということですか?」

 

 優斗が問い掛けるとアガサと名乗った女性は頷く。

 

「はい。私はまだ年若いヴィクトスの勇者パーティに問題を起こさせない為にいます」

 

「それにしては先ほどの件、驚いていたようですけど」

 

 優斗に対して『大魔法士をやめてください』とヴィクトスの勇者が伝えた時。

 彼女の目が僅かに見張っていた。

 

「私の監督不足です。申し訳ありません」

 

「いえ、気にしないでいいですよ」

 

 優斗は社交的な態度で話を伺う。

 

「さて、何か質問でしょうか?」

 

「先ほどのこと、出来ないと考えておられるが故の対応でしょうか?」

 

 直球でアガサが訊いてきた。

 確かに優斗は『頑張れ』と応援したが、それは無理だと知っているからこその反応だったのだろうか。

 気になったが故の質問だ。

 けれど優斗は首を横に振る。

 

「いえ、やりたいのならやればいいと思っていますよ」

 

 もし本当に自分のことを大魔法士と呼ばせたくないのであれば、頑張ってみてもいいんじゃないかとは思う。

 

「僕はマティスから引き継いで、その二つ名の大切さを知って、その名に込められた意味を理解して、今は自分で認めていますが……それでも別に僕を大魔法士と呼ばせないとするなら、一向に構いません」

 

 自分が誰より先に認めていくような二つ名じゃない。

 誰かに認められてこそ初めて名乗れるものだ。

 故に彼らが努力して優斗のことを『大魔法士』と呼ばせないのであれば、それは確かに大魔法士ではない。

 

「けれどその先、どうなっていくのかを考えましたか?」

 

「それだけでは終わらない、ということぐらいは」

 

 何かしらの問題が生まれてくるだろう。

 それぐらいは分かる。

 けれど優斗は苦笑した。

 

「頑張ってください監督者。貴女の予想外であったとしても、ちゃんと把握していないと困るのはあの子達ですよ」

 

 先ほどとは全く違う窘め方に、アガサがもう一度頭を下げた。

 

「ご教授、お願いしてもよろしいでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お願いされた通り、優斗は順序よく説明していく。

 

「僕が大魔法士じゃなくなったとしても、僕の存在が消えるわけじゃありません。少なくとも各国の王は知っています」

 

「はい」

 

「けれど『大魔法士』じゃないから、過去に『大魔法士』と呼ばれた男を扱えるのはリライトだけになります」

 

「……リライトに頼めばいいだけのことでは? 大魔法士ではなくミヤガワ様に頼みたいことがある、と」

 

 アガサの問いに対して優斗は否定する。

 

「僕を他国へ送る理由がリライトには存在しなくなります。僕が『大魔法士』という二つ名を持っているからこそ、リライトだって断り切れないことは僕にお願いしました。今回の件だって然り、です。だけど僕が大魔法士じゃなくなったら、リライトにいるただの異世界人を他国へ向かわせる理由はリライトに存在しない」

 

 現に大魔法士ではない卓也や和泉は他国へ向かうことがほとんど、ない。

 あったとしても個人的事情が大きい。

 

「僕も大魔法士でなくなったのであれば、そう簡単に他国へ行こうとは思いません」

 

 あくまでリライトの利益や王様の顔を立てる為に行っている。

 その理由は自分が『大魔法士』であるから、だ。

 だから二つ名が無くなったのならば優斗だって他国へ行く理由は存在しない。

 

「では、その大魔法士が貴女達の手によって消滅したとしましょう。だとしたら矛先はどこに向くでしょうか?」

 

 問いのようでありながらも、半ば答えは言っているようなものだ。

 

「簡単ですね。僕を大魔法士から落とした貴女達です」

 

 居たからには代わりを求める。

 大魔法士であった存在は亡くなったわけでも、失踪したわけでもないのだから。

 

「ただの記号を消したわけじゃない。千年来の伝説を貴女達は消し去った。大魔法士を否定したからには、僕に頼みたいことを引き受ける義務が君達には発生します。それが例え、僕ですら解決できないような無理難題だとしても」

 

「……理屈が通っていないのでは? 貴方ですら解決できないようなものを解決する義務はないかと」

 

「いいえ、通ってますよ。大魔法士が出来ない分にはいいんです。『大魔法士ですら出来なかった』で終わりますから」

 

 お伽噺の存在が出来なければ仕方ない、と。

 見せることができる。

 

「けれど貴女達は違う。僕がやらない以上は仮定が生まれます。『宮川優斗なら出来たかもしれなかったのに』という仮定が」

 

 そして仮定は希望的観測を生み出す。

 対象がお伽噺であったからこそ、余計に。

 

「結果、あの子には計り知れない責任が発生する。しかも国の名を冠する勇者であるからには、ヴィクトスも責を負うことになる。下手すれば国自体が大きなダメージを負いますよ」

 

 なぜ宮川優斗を『大魔法士』という存在から落としたのか。

 ヴィクトスにはそのような権利があるのか。

 資格があるのか。

 ありとあらゆる罵詈雑言を使われるかもしれない。

 

「僕が持ってる二つ名は千年来の伝説でお伽噺です。生半可なものではありませんし、それを葬るのなら相応の覚悟を持たないと駄目です」

 

 自身が代わりとなる覚悟を。

 その重さを知って然るべきだ。

 

「ご忠告、痛み入ります」

 

「とは言っても、カンペ見ながら発言したヴィクトスの勇者。あれが彼だけの意思とは思いません」

 

 優斗はさっきの様子を思い返して苦笑した。

 おそらく手の平には自分に言うべき言葉を書いていたのだろう。

 だから俯きがちだった。

 

「自身でも否定しきれないから、押し切られて言わされたんでしょうか? あの強気な女の子に」

 

 どうにも気が強そうだった。

 そしてライトという少年は気が弱そうだ。

 けれど言ったことに後悔はなさそうだったことから、完全に言わされたわけではない。

 

「だからヴィクトスの勇者は違和感がありますね。あまり勇者らしくない」

 

 まだ幼いということもあるだろう。

 だから仕方ないと優斗も思う。

 意思が弱いことも、流されることも。

 

「貴女から伝えてもらえますか? 危ないからやめたほうがいい、と」

 

「分かりました」

 

「あとは……ああ、そうだ。全身甲冑の子も、顔が見えないからってガン見してると気付かれますよって言っておいて下さい」

 

 どうにもこうにも意識が自分に向いているのは落ち着かない。

 相手が誰なのか分からないからこそ、特に。

 

「ヴィクトスの勇者が僕にあんなことを言った理由。おそらく全身甲冑の子の為にってところでしょうね」

 

 大方、そんなところだろう。

 何気なく伝えた一言。

 けれどアガサが目を見張った。

 

「“あの子”の……正体に気付かれたのですか?」

 

「いいえ、正体は掴みかねてますよ。今まで感じたことがない視線でしたから。何も判断材料はありません」

 

 敵意のようで、敵意ではない。

 好意ではないようで、興味でもないようで。

 けれど全てが含まれていそうな視線。

 正直言って訳が分からない。

 

「知りたいですか?」

 

「いえ、別に興味ありません」

 

 どうでもいい。

 敵にならないのであれば、知る必要もない。

 全身甲冑の子が正体を晒すつもりがないのであれば、知る理由もない。

 

「行こう」

 

 優斗は立ち上がって修とアリーを促す。

 

「はいよ」

 

「分かりましたわ」

 

 二人もすぐに席を立ち、揃って歩き出す。

 けれど、

 

「……ミヤガワ様」

 

 声を掛けられた。

 優斗は立ち止まって振り向く。

 

「どうかしましたか?」

 

 問い掛けに対して、アガサは微かに逡巡の様相を見せた。

 ほんの少し、沈黙が生まれる。

 優斗が怪訝な表情をしたと同時、彼女は迷いを捨てて決意した。

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

「アマミ・ユキ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある名前をアガサは口にする。

 

 

「その少女のことをご存じですか?」

 

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