第213話 all brave:アリーの勇者

 

 

 ノッケから凄まじい発言。

 去年も参加している面子は呆れた様子を見せ、初参加の面々は驚きを表した。

 タングスの勇者は皺が刻まれている頬を掻きながら、

 

「そう言われてもね。私とて責任があるんだよ。次代の為に周りを育てるという大切な責任が」

 

 背後でいきり立っている者達を宥めながらタングスの勇者は言葉を並べていく。

 しかしトラストの勇者は何一つ考慮しない。

 

「力なき者は勇者たり得ない。今の貴様では分不相応だ」

 

「それを決めるのは君ではないと思うよ」

 

「勇者としてどう動くのが一番良いのか、考えることが出来ないほどに耄碌したか」

 

 最初から険呑な雰囲気が広まった。

 タングスの勇者はもう一度、頬を掻く。

 そして周囲を見回して修に視線を止めた。

 

「私の次に来たのが早いのは……確か君だったね、リライトの勇者」

 

「ん? そういやそうだっけか」

 

「君は今のトラストの勇者の言葉をどう思うかな?」

 

 タングスの勇者からの問い掛け。

 修は迷うこともなく答えた。

 

「俺らは勇者になろうと思ってなったわけじゃねぇ。けど勇者として呼ばれた。だったらよ――勇者としてどう動くか、とか意味ねーよ。俺らは俺らのように生きるだけで、それが勇者の生き様だ。違うか?」

 

 もちろん勇者としての自覚は必要だと思う。

 だから修だって隠れて危険な魔物を倒したりしている。

 けれど、だ。

 自身の感情を置いた動きをしたところで何の意味もない。

 タングスの勇者も同様の考えを抱いているようで、ころころと笑った。

 

「いや、違いない。勇者と呼ばれたからには、勇者になろうではない。その身は勇者として呼ばれたのだから、勇者としてどう動くか……というのは無粋だね」

 

 タングスの勇者は何度も頷く。

 

「私も、そう思うよ」

 

 異世界人は勇者としての在り方がセリアールの勇者と違う。

 勇者になった者と、勇者として喚ばれた者。

 そこには明確な差異があって当然だ。

 けれどトラストの勇者は鼻で笑う。

 

「異世界人とは所詮、その程度か。それで勇者と名乗るとは不誠実極まりない。“平和”というものを何だと考えている。勇者として平和を守る義務があることを忘れたか」

 

 平和の象徴。

 それがタングスの勇者であり、その為に生きている彼にとっては修達の言葉など言語道断。

 議論にすら値しない唾棄すべきものだ。

 

「特にリライトの勇者。勇者であることを放棄し、あまつさえ今のような言葉。お前に勇者を名乗る資格は無い」

 

 吐き捨てるような言葉に皆が黙る。

 修は別に何かを感じたわけではなく「なんでこいつは喧嘩腰なんだろう?」と首を捻った。

 その中で正樹だけは優斗に注目する。

 自身はどうでもよくても大切なものを貶されたらキレる大魔法士。

 案の定、彼の目つきが変わった。

 

「……………」

 

 あっ、この勇者終わったな、と正樹は思った。

 優斗の目が細まって、据わろうとした瞬間、

 

「――っ!?」

 

 彼の身体が僅かに跳ねた。

 同時に顔面が蒼白になっていく。

 というか冷や汗すら出ているかもしれない。

 態度が急変した優斗を訝しく思った正樹が視線で「どうしたの?」と尋ねる。

 彼の問い掛けに気付いた大魔法士は僅かに右隣へ意識を向けた。

 

「…………ああ~、なるほど」

 

 正樹が隣を見てみると、すでに目が据わってらっしゃる王女様がいた。

 優斗が心底ビビっている姿からして、もうどうしようもないのだろう。

 気付いた瞬間、正樹も想像以上のプレッシャーに襲われて軽く鳥肌が立った。

 勇者も大魔法士もビビらせる王女というのも中々どころではなくレアだ。

 優斗がキレた時と同じ状況を仮定して身構える。

 どっちにしろ終わったな、とフィンドの勇者は内心で思った。

 

「先程から煩わしい雑音が響いてきますわね」

 

 そして彼の仮定通り、とんでもない言葉から始まる。

 一瞬にして静寂の支配者が塗り替えられた。

 新たな無音の空間を作り出したリライトの王女は冷笑を浮かべ、さらに言葉を重ねる。

 

「そのくだらない口を閉じることは出来ないのですか?」

 

 美麗な少女から出てくる圧倒的な暴言に周囲が戦慄した。

 冷酷としか評することのできない声音に加えて、嘲るような口調。

 今まで知識として知っていたアリシア=フォン=リライトとは一線を画している。

 

「ア、アリー? お、俺なら大丈夫だからよ」

 

 修がおっかなびっくり声を掛ける。

 けれど彼女は一瞥するだけ。

 

「わたくしは別に修様のことを想って言っているわけではありませんわ」

 

 そう、彼のことを心配だの理不尽に言われてるだの考えて喋っているわけではない。

 

「ただ単純に『わたくしの勇者』を貶していることに対して、わたくしがキレているだけです」

 

 だから確実にこいつは潰す、と。

 アリーは言外に告げていた。

 修が瞬時に優斗へ視線で「止めろ!」と訴えるが、優斗は首を振って「無理!」と答える。

 キレたという状況下において、宮川優斗のことを誰も止められないようにアリシア=フォン=リライトを止められる者も存在しない。

 性格が相似している優斗だからこそ、特に分かる。

 カリスマによる存在感を間違った方向に全力で行使している姿。

 アリーは本気でぶちギレていらっしゃる、と。

 

「トラストの勇者」

 

 言葉の向けた先は修に暴言に近しいものを投げかけた勇者。

 アリーは見下すように、

 

「寝言をほざいているのですか? 勇者を学院に通わせ公表を来年にすると決めたのはリライト王であり、修様は関係ありません」

 

 馬鹿馬鹿しい。

 度しがたい。

 お前は何を言っているのか分かっているか、と。

 今一度突きつけてやろう。

 

「それで、何故に貴方は“我々の罪”をあたかも修様のせいにしているのですか?」

 

 勇者であることを放棄した……なんて巫山戯たことを抜かしてくれる。

 

「貴方も我々と同様にやってみてはいかがですか? そこらへんにいる通行人に向かって『今日から貴方が勇者だから、世界の平和に命を捧げよう』と。貴方の考えなら勇者として頑張ってくれるのでしょう?」

 

「……アリシア王女。貴女は何を言っている? 勇者に“選ばれた”のだから当然だ」

 

 まるで意味が分からない、とトラストの勇者は言う。

 だからこそアリーは鼻で笑った。

 

「これだから理解の乏しい馬鹿を相手にしたくはありませんわ」

 

 何も当然じゃない。

 

「ええ、貴方は総じて勘違いしています。異世界人が勇者に“選ばれた”など、我々の傲慢も甚だしい」

 

 そんなものがあるとしたら、セリアールの人々が都合良く解釈しているに過ぎない。

 死に際を救ったから?

 力を与えたから?

 ああ、違う。

 何もかも間違えている。

 

「異世界人の勇者は勇者として“選ばれてしまった”。我々が必要とする存在であり、何より“勇者として必要なもの”を持っているから」

 

 ただの異世界人召喚以上に違う。

 彼らは喚ばれた瞬間から勇者であることを請われている。

 

「どの口が言えるのでしょうか? 勇者として召喚してしまった者に対して『勇者なのだから平和を築け』などと」

 

 どこまで傲慢になれば気が済むのだろうか。

 召喚して、勇者にして、あげく平和を築けなど。

 

「もちろん異世界人の勇者は勇者として相応しい魂を持っている。だからこそ皆様、頑張ってくれています」

 

 修も正樹も春香も小太刀源も。

 相応しいから召喚された。

 そして彼らは違うことなく真実、勇者として動いてくれている。

 

「さて、ここで問い掛けましょうかトラストの勇者」

 

 アリーは冷酷な視線のまま、エルトに言葉をぶつける。

 

「勇者として必要なものを持っているからこそ召喚された者が、相応しくない?」

 

 何て愚かしい発言だろう。

 すでに各国には伝えているはずだ。

 勇者の由来も何もかもを。

 だとするならば、

 

「資格すら持っていない“紛い物”がどうして本物を罵れるのでしょうか?」

 

「俺が紛い物だと?」

 

「ええ、紛い物ですわ。他国の皆様には悪いですが『始まりの勇者』の正統な後継はリライト、フィンド、タングス、クラインドールの四国。他の勇者は総じて後発的なものに過ぎません」

 

 故に本来、勇者と名乗れるべき者達は異世界人のみ。

 他の国の勇者はただ単に勇者に憧れたからこそ、勇者の名を扱っている。

 

「とはいえリステル、モルガストの勇者は勇者として相応しいと思っていますので、別に“紛い物”だとわたくしは考えていません」

 

 勇者に必要なものは純粋な魂。

 それを持っているからには勇者と名乗ってもいいのだろうと思う。

 もちろん、基本的にはそういう輩が選ばれるものだとも感じている。

 けれどやはり自分達で選んでいる以上、例外があり得る。

 

「今、ここにいる勇者の中でわたくしは異物を二つほど感じていました」

 

 アリーはそう言いながら視線は揺るがせない。

 

「特に酷いのは貴方ですわ、トラストの勇者」

 

 平和の為に言葉を紡ぐ勇者。

 平和の為ならば何をしようとも辞さない勇者。

 あまりにも『純粋に歪んでいる』からこそ異物感が凄まじい。

 

「自分だけは正しい、と。自分以外は総じて分かっていない、と。そう断ずる口調は好きな類ではありますが、勇者としてはあまりにも歪。だから紛い物だと言っていますわ」

 

 そしてアリーは隣に視線を向ける。

 

「大魔法士、貴方の考えは?」

 

 優斗は問われて目を瞬かせたが、一度嘆息すると素直に答える。

 

「うちの勇者は身内贔屓になるから除外するとして、僕は今までリステルの勇者、フィンドの勇者、クラインドールの勇者、モルガストの勇者に会ってる。まあ、どいつもこいつも問題ないよ。僕は勇者だと感じたし、その通りだった」

 

 勇者らしいと思った。

 こういう人物だから勇者なんだと感じた。

 

「だから言えることがあるとするなら、平和の為に死ねとか言える勇者なんて存在するのかってことだよ」

 

 九を救う為に一を見捨てる。

 平和の為に弱き者を選別する。

 それを平然と掲げる輩を果たして勇者と呼べるのだろうか。

 

「僕はお前のことを勇者だと思えない」

 

 答えは否だ。

 勇者はそんな合理的主張をしてはいけないし、掲げるべきじゃない。

 

「……ふん。貴様等の言い分とて誤差の範囲内だ。世界を平和にする為に何が必要なのかを分かっていない愚鈍な思想だ」

 

「誤差の範囲内だ、ね」

 

 優斗は面白そうな笑みを浮かべた。

 そして会話の主導権をアリーに返す。

 

「さて、そろそろ本番といきましょうか」

 

 彼女は嘲るような表情でトラストの勇者に言い放つ。

 

「先ほど我が国の勇者は勇者を放棄している。そう貴方は仰いましたね?」

 

「ああ、そうだ」

 

「しかし修様は危険な魔物の討伐、リステル王国の王女救出に“レアルードの奇跡”。クラインドール八騎士の一人、黒の騎士の問題解決の手助けなど勇者を公表していない時点でも多大な貢献をしていますわ。自国、他国を問わずに」

 

 他の勇者もたくさんのことをしている。

 事の大小で差異を付けるつもりはない。

 けれど彼だって、これほどのことをやってのけている。

 

「少なくとも口先だけの勇者よりはよほど成果を挙げている。その点についてどうお考えですか?」

 

「俺はお前達よりもよほど重要なことを考えている。粗末なことに関わっている暇は無い」

 

「世界の平和の為に、ですか?」

 

「その通りだ」

 

 ふてぶてしいほどにトラストの勇者は頷いた。

 だからアリーは一笑する。

 

「勇者だから世界の平和を守る義務がある? ああ、結構結構。お好きなだけやればよろしいですわ。聖なる勇者と呼ばれる貴方が」

 

 崇高な思想だからこそ着いていく者達がいる。

 故に『聖なる勇者』と呼ばれ、崇拝されているのだろう。

 

「ただ、わたくしの勇者を貴方のくだらない考えに巻き込まないでくださいな」

 

 修を巻き込む必要は一切ない。

 やりたいのであれば、自分達だけでやればいい。

 

「ついでにこれも言っておきましょうか」

 

 アリーはもう一つ、糾弾する。

 修は直接関係ないが、それでも彼を責めるには使える話があった。

 

「年老いた勇者は死んで、次代に譲るべきだ。貴方はそう仰りましたわね。力がなく、居るだけでは無意味だと」

 

「力なき勇者に何の価値がある?」

 

「では同様にわたくしの絶対基準による相対評価を以て貴方を批評しましょう」

 

 トラストの勇者が言った力なき勇者。

 それは何を基準にしているのだろうか。

 ことアリーに関して言わせてもらえるのであれば、彼女の絶対基準は内田修。

 勝利の女神に愛された至上の勇者。

 だから言う。

 

「貴方如きが大層、上から目線ですわね。神話魔法も使えない無能の勇者が」

 

 アリーから言わせれば正樹以外、総じて力がない。

 

「リライトの勇者……いえ、『始まりの勇者』はこの世に現存する全ての魔法を使える。唯一例外は大魔法士の独自詠唱による神話魔法のみ」

 

 そして相対評価をしてしまえば、結論などただ一つ。

 

「数多の神話魔法を扱える勇者と、何一つ扱えない勇者。これが力なき勇者と呼ばずして何なのでしょうか?」

 

 足りなさすぎる。

 弱すぎる。

 トラストの勇者は特殊な技能を持っていると聞き及んでいるが、だから何だと言うのだろう。

 

「完璧なる者? 聖なる勇者? 戯れた名称もここまでくれば笑いに転じますわ」

 

 まるで見合っていない。

 

「貴方のことを一般的に『ふざけている』と言うのですわ」

 

 アリーは嘲笑を続ける。

 そしてさらに追加口撃をしようとした時だった。

 

「ま、待って下さい!」

 

 トラストの勇者ではなく、彼の後ろにいる少女が大声を出した。

 

「ゆ、勇者様の言っていることは素晴らしいです! 彼はとても正しいことを言っているのになぜ、アリシア様は彼のことを愚弄するのですか!?」

 

 優斗達と同年代、セシルと呼ばれた聖女は必死にアリーの言葉を否定する。

 

「命は尊いもので、誰であれ平等であるべきです! だから勇者様が掲げる誰もが傷つかない世界を皆で協力して成すべきではないのですか!? 勇者様の世界を実現させれば、全て助けられるんです!!」

 

 世界を平和にする。

 すなわち誰も傷つかない世界を作る、ということ。

 これは誰であれ望んで然るべきものだ。

 特に『勇者』と呼ばれる者であれば、なおさら。

 けれどアリーには届かない。

 

「だから?」

 

 論点はそこじゃない。

 アリーが問題としているのはそうじゃない。

 

「……っ! 大国の王女たるもの、あたくし達の思想に賛同こそしても否定する理由はないはずです!」

 

 必死にトラストの勇者を庇う聖女。

 だからリライトの王女は嘆息した。

 

「ですから否定していませんわ。勝手にやればいいと言っています」

 

 何を頓珍漢なことを言っているのだろうか。

 

「ご立派な思想を持っている。素晴らしい世界を望んでいる。別にこちらの迷惑にならない限りはどうぞ、やってくださいな。ですが――」

 

 どれだけ崇高なものを掲げようとも、

 

「それがわたくしの勇者を愚弄するにあたって、何の免罪符になるのでしょうか?」

 

 自然に生きることが勇者として間違っている。

 勇者を隠して生活していることが間違っている。

 総じて修を『勇者ではない』と言って喧嘩を売ってきたのはトラストの勇者だ。

 

「そちらが喧嘩を売ってきたから、わたくしが買った。であるからして、こちらも言う権利はあるでしょう? 自分達は言っていいのに、言われることは許せないとでも?」

 

 アリーは冷酷な瞳でトラストの勇者と聖女を見据える。

 

「何様でしょうか」

 

 特に彼女は殊更におかしい。

 ふざけているにも程がある。

 

「それに聖女様は順番が間違っていますわ。本来、貴女が糾弾すべきはトラストの勇者であるはずです」

 

 もし本当に理想とする思想を心から掲げているのであれば、見過ごしてはいけない発言がある。

 と、そこで優斗が口を挟んだ。

 

「アリー、相手を間違えないで。君が相手をしたのは馬鹿であってお花畑じゃないよ」

 

「……あっ、そういえばそうでしたわ」

 

 急に割り込んできた聖女に対しても言おうとしていたアリーだったが、あくまで彼女が標的としているのはトラストの勇者。

 聖女ではない。

 とはいえ、

 

「あ、あたくしとて理想論を語っているのは分かっています!! それでも全身全霊、全てを賭しているのです!!」

 

 普通に火に油を注いだだけだった。

 優斗はアリーに対して、謝るポーズを取る。

 

「悪い。ミスった」

 

「……ユウトさん、貴方って人は」

 

 アリーが心底呆れた。

 彼の場合だと、わざとなのか天然なのか判断し辛い。

 

「まあ、いいですわ。ユウトさんがそう言ったということは、思っていることは一緒でしょう?」

 

「そうだね」

 

「世界を平和にする。誰もが傷つかない世界。命は尊い。ここまで聞けば誰でも分かりますわ。聖女様の矛盾くらいは」

 

「勇者の人達はみんな、優しいからね。言わないであげてるだけなんじゃないの?」

 

「かもしれませんわ」

 

 二人は勝手に話して勝手に納得する。

 だから聖女は頑なに語った。

 

「いくらお花畑だと言われようと、理想がなければ実現はできません! いくら壮大であろうと、荒唐無稽であろうと、あたくしは本気です!」

 

 届かないからといって、やる前から諦めるのは違う。

 それでも必死に頑張れば出来るかもしれない。

 だからやっていく。

 彼女はそう言った。

 これこそ聖女と呼ばれる所以だろう。

 皆が諦めてしまうようなことでさえ語れること。

 その語っている姿は必死で、だからこそ思ってしまう。

 彼女は素晴らしい、と。

 

「貴女が告げたことは確かに綺麗で優しく美しい。ええ、まったくもって理想的ですわ。わたくしとて好ましいと思うくらいに」

 

 アリーは頷く。

 別に嫌いじゃない。

 どれほど荒唐無稽だとしても、無理難題だとしても、その願い自体は間違いなく正しいのだから。

 

「ただし、まるで全てを投げ打って身命を賭しているような言い草はやめてほしいですわ。貴女は“赤の他人が亡くなっても悲しんでいる”ように思えてしまいます」

 

「誰かが亡くなるのは悲しいことです!」

 

 何も間違っていない。

 間違っているはずがない。

 全身全霊で事に当たっているのであれば、彼女の掲げたものに対して今の反論こそが正答。

 故に、

 

「……はぁ」

 

 アリーは大きく溜息を吐いた。

 

「だから大魔法士が言ったでしょう。お花畑だと」

 

 それは彼女が向かっている場所のことではない。

 向かっている姿勢の問題。

 言葉だけを必死に吐くことなど誰にだって出来る。

 

「貴女は自分の言葉の意味を全く分かっていない」

 

「そんなことはありません! あたくしは自分の言葉の意味も重さも分かっています!」

 

「現実に沿っていない甘言ですわ」

 

「違います!」

 

「本当でしょうか?」

 

「もちろんです!」

 

「ではなぜ、貴女は今この瞬間を悲しんでいないのですか?」

 

 アリーの問いは唐突だった。

 必死に反論していた聖女が止まる。

 彼女の反応にアリーはさして気にもせず、さらに続けた。

 

「事故死、病死、殺害、その他諸々が毎日ありますわ。それこそ絶え間なく。平等な死など訪れていない。これは現実であり、否定できない事実であるというのに今この瞬間、貴女は悲しんでいない。悲しみよりも怒りを以てわたくしを説き伏せようとしている」

 

 聖女の言い分であれば、悲しんでいて然るべきだ。

 なぜなら彼女は赤の他人であろうと死ねば悲しい。

 だから平和を作りたい。

 その為にトラストの勇者は正しいと声を張り上げたはずだ。

 その為に修が勇者たりえないと糾弾していたはずだ。

 

「視界に入らなければどうでもいい証拠。目に映る世界だけが幸せであれば、貴女は関係ないということ。しかも例外が存在するなど、まさしく机上の空論ですわ」

 

「……な、何が例外だって言うんですか!?」

 

 聖女はアリーの徹底的な物言いに何とか言い返す。

 冷酷な視線を以て射貫くリライトの王女と、必死に抵抗するトラストの聖女。

 虐め以上の悲惨な光景だが、アリーは言葉を止めない。

 

「トラストの勇者が告げたこと、どうして否定しなかったのですか。明らかにおかしいでしょう? 彼は貴女の理想と反することを告げた。タングスの勇者に死ね、と」

 

 だからアリーは言った。

 順番が間違っている、と。

 

「もう一度問いますわ。なぜ貴女はトラストの勇者がタングスの勇者に『死ね』と言った時、否定しなかったのですか?」

 

 アリーがトラストの勇者を糾弾するのがおかしいと叫ぶ前に、言わなければいけないことがある。

 例え自国の勇者だとしても、言葉の意味と重さを分かっていると言い放つのであれば、彼女はトラストの勇者を否定しなければいけなかった。

 

「理想と現実に苦しむわけでもなく、さらには例外すら存在する穴だらけの理想論」

 

 黙り込む聖女にアリーは心から見下しながら告げる。

 

「心底、くだらないと伝えましょう」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 アリーがやらかしたので、一旦休憩となった。

 リライト組と仲良い人達は部屋から出て、談話室のようなところで飲み物をいただく。

 

「皆様、本当に申し訳ありません!!」

 

 まず最初にアリーが他の勇者に頭を全力で下げた。

 優斗がくすくすと笑う。

 

「まあ、被害者続出だったよね。修基準に話しちゃうから」

 

「わたくしは別に皆様のことを無能だとかそんなことは一切思っていません! むしろ修様は皆様に見習うべきところがたくさんあると思っていますから! 先ほどの発言はトラストの勇者にしか向けていません! というか基本的に相手を叩きのめすために言った嘘八百のでたらめですわ!」

 

 もの凄い勢いでフォローしていくアリー。

 他の勇者達は気にすることはない、と次々彼女を許したのだが、

 

「最後の最後に自分の勇者を貶しちゃったよ」

 

「酷くね!?」

 

 地味に修が足りないと言い切っている。

 もちろん冗談のやり取りなのだが、アリーはさらっと言う。

 

「別に酷くありません。わたくしは見習うべきところ以上に素晴らしいところを修様が持っていること、知っていますわ。というより、わたくしにとって『わたくしの勇者』は一番ですわ」

 

 剛速球を修にぶち込む。

 若干顔を赤くしたリライトの勇者は、急に話題を変えた。

 

「な、なあ、イアン。勇者会議って毎年こんなに殺伐としてんのか?」

 

「ん? ああ、ここ数年は彼ら主導で重苦しい雰囲気ではあったが、あれほど殺伐とはしていなかった。モール、去年はこれほどではなかったと思ったがどうだった?」

 

「終始、トラストの勇者がうるさかったのは俺も覚えてる」

 

 というか勇者が集まる会議で殺伐となるほうが異常だ。

 タングスの勇者も頷きながら、

 

「しかしアリシア王女の気迫は凄まじさがあったね。老体ながら驚いてしまったよ」

 

「っていうかアリシア様、怖かったよ」

 

「優斗くんみたいだった」

 

 春香と正樹も源の言ったことに同意する。

 修は二人を示すと、

 

「こいつら、似てっからな。従兄妹とか言ってるけど真実味あんだろ?」

 

「「「「 確かに 」」」」

 

 フィンド、リステル、クラインドール、モルガストの勇者が同意した。

 背後で控えている彼らのパーティメンバーも理解している者達が頷く。

 

「あっ、だから先に謝っとくぞ。ごめん」

 

「修くん、どうしたの?」

 

「修センパイ、先にってどういうこと?」

 

 異世界の若い勇者二人が首を捻った。

 修は笑いながら説明する。

 

「本命その①がやっちまったろ。でもよ」

 

 アリーを指差したあと、優斗を指差す。

 

「本命その②が残ってんじゃん」

 

「「「「 あ~、なるほど 」」」」

 

 大体の人達に頷かれた。

 優斗が思わずツッコミを入れる。

 

「さっきから勇者がハモるな!」

 

「だってぼく、なんとなく想像できちゃったもん」

 

「ボクはやられたことあるし」

 

「俺もだ」

 

「私は何度かご一緒したことがあるからな」

 

 春香、正樹、モール、イアンの順番にしみじみと頷く。

 彼らの後ろにいる人物達も同様だ。

 

「ついでにニアも八騎士連中も何を納得してるの!?」

 

「私がミヤガワと会う時、いつも怖くなるんだ。確率100%なのに頷かない理由がない」

 

「頭を鷲掴みされたことは忘れてない」

 

「いや、その、キリアから色々と聞いてるので」

 

 何だかんだで被害回数が一番多いニアは嘆息し、頭をメキメキされたブルーノは痛みを思い出したのか額に手を当て、弟子が幼なじみのロイスが愛想笑いを浮かべた。

 優斗は参ったようにかぶりをふりながらも、

 

「……まあ、僕も疑ってる人達がいないわけでもないんだよ」

 

「トラストの勇者達はわたくしの言動に堪えていなかったので言わずもがなですが、ヴィクトスの勇者パーティですわね」

 

 あれだけ圧倒したにも関わらず、席を立つ時のトラストの勇者は平然としていた。

 聖女とて心が折れたわけでもない。

 要するに第二ラウンドが始まる可能性がある。

 加えて、

 

「アリーも気付いてたもんね」

 

「ええ、まあ」

 

 彼女が察した違和感は二つ。

 一つはトラストの勇者。

 そしてもう一つは、

 

「あのひょろっこい勇者のことか?」

 

「うん。会議中、あの子……というかあの子達、ちらちらと僕を伺ってた」

 

 何か思うところがあるのか、アリーが爆ギレしていたにも関わらず優斗を意識していた。

 

「何て言うか気弱そうな子だよね」

 

「あいつ、幾つだよ? 14,5歳にもなってないんじゃねぇの?」

 

 とにかく幼いと修は感じた。

 モールは間違っていない、と頷く。

 

「俺が聞いたところによると12歳らしい」

 

「うわ~、若いね~。ぼくより4つ下だよ」

 

「春香が下から二番目だろうから、そう考えると幼さが目立つね」

 

 どのように選ばれたのかは分からないが、ここにいる面子を考えても若い。

 けれど大して興味もないので、春香が思いっきり話題を変える。

 

「そういえばさ、トラストの勇者の眼帯ってなんなの?」

 

 見た瞬間、正直言って春香は笑いそうになった。

 どこの厨二病かと普通に考えた。

 するとイアンが知っているのか説明してくれる。

 

「彼の左目は未来を見通すらしい。“未来視”と呼ばれていて、未来を知っているから彼は間違えない。だから彼は一部から『完璧なる者』とも呼ばれているんだ」

 

 さらっと教えてもらった。

 修と優斗、春香は視線を互いに交わし、

 

「……未来視」

 

「……間違えない……っ……」

 

「……完璧なる……者……っ!!」

 

 だからこそ三人のツボに直撃する。

 

「~~っ! 邪気眼きたー!」

 

 まずは春香が盛大に吹き出した。

 続いて優斗も耐えられずに大声で笑う。

 

「あっははははははっ!! マジでそういうのあるんだ!! うわっ、ホントビックリした!」

 

 さらには修が腰砕けになって地面をバンバン、と叩きながら、

 

「やべぇ! リアルにいんのかよ!」

 

 三人揃って涙目になりながら笑っていた。

 急変した様子に驚いたタングスの勇者が目を丸くした。

 

「アリシア王女。この子達はどうしたんだい?」

 

「彼ら共通のツボに入っただけですわ」

 

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