第212話 all brave:勇者+極悪+極悪=極悪は揺るがない

 

 

 会議の時間になっても来ない国が一つだけある。

 どうしていないのかが室内に伝わるとクラインドールの勇者が素直に一刀両断した。

 

「馬鹿なのかな?」

 

「春香ちゃん、そういうことは言っちゃ駄目だよ」

 

 円卓のテーブルで隣に座っているフィンドの勇者が苦笑して取りなす。

 リステルの勇者やモルガストの勇者はなるほど、と相づちを打った。

 

「どうしても来なければならない会議ではないからな、リライトは」

 

「大魔法士がいる以上、こういう結果になるのは必然の気がする」

 

 彼らのことを知っている者達はそれぞれ、納得した。

 もちろん、老齢な勇者や年若い勇者は状況が理解できずにいるが、その中で今回の主催国の勇者は小さく鼻を鳴らした。

 

「フン。誤差の範囲内だ」

 

 そして兵士に命令する。

 

「リライト勢を連れて来い」

 

 兵士はすぐに従い会議室を出て行く。

 だけど、だ。

 特にリライト勢を知っている人間は苦笑しか出てこない。

 

「正樹センパイ。あの人達、素直に来ると思う?」

 

「来ないよ」

 

「だよね」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 団子を食べながら男性騎士は気になったことをアリーに質問する。

 

「しかし会議に参加しないのはよろしいのですか?」

 

 一応は真っ当な会議であり、世界的にも重要度は高いものだ。

 けれどアリーはどうでもいいとばかりに言い放つ。

 

「媚びへつらう必要はありません」

 

 こちらが下手に出る理由は一切ない。

 

「ちょうどいいから修様の練習に使おうかと思いましたが、別に今回である必要はありませんわ」

 

 この会議に拘ることもない。

 

「元々、無理難題を吹っ掛けてきたのはあちらです。こちらは渋々と了承してあげましたが、こんな対応を取るのであれば帰られても仕方ないでしょう」

 

 リライトの勇者はまだ学生だ。

 大魔法士も同様。

 なのに向こうの言い分を一応は聞いて、来てあげたのだ。

 だからこそあんな態度を取るのであれば、行く必要性はない。

 

「しかしわたくし達とて、猶予を与えなかったわけではありません」

 

「もし僕達のことを本当に参加させたいなら、真っ当な謝罪があれば行ってやってもいいんだよ」

 

「……どういうことでしょうか?」

 

「あの場で向かう場所を伝えたのは、最後のチャンスを与えてあげる為ですわ」

 

 そう。

 すぐに離れないのもそういう訳だ。

 優斗達の視線の先には兵士達が近付いてきている。

 近衛騎士二人はすでにアリーの前へ立った。

 

「リライトの者達だな」

 

 先頭にいる兵士が話し掛けてきた。

 

「一緒に来てもらおう」

 

 先ほどのやり取りと同様の態度。

 優斗が嘲るような表情に変わった。

 

「一緒に来て“もらおう”?」

 

 さて、何様だろうか。

 アリーと顔を見合わせ、二人は言葉を並べていく。

 

「態度がでかい」

 

「反省がなってません」

 

「誰が悪いのか分からないのなら帰れ」

 

「行くつもりは毛頭ありませんのであしからず」

 

「失せろ」

 

「邪魔ですわ」

 

 マシンガンのように捲し立てる。

 そして団子を頬張った。

 

「いや、お前達のほうが圧倒的に態度でかいだろ」

 

 修が呆れ顔になる。

 本当に酷い……が、ここで終わらないのが優斗とアリーのクオリティーだ。

 

「というか彼らの言い分って招待ではなく拉致だよね?」

 

「要するに一国の王女であるわたくしを拉致する、と」

 

「これは護衛として王女様を守らないといけない。危ないから」

 

「暴れても正当防衛ですわ」

 

「ついでにリライト王に掛け合って『王女誘拐未遂』があったと糾弾してもらおうか」

 

「話は大きくしたほうが盛り上がりますわよね」

 

 団子を食べながら世間話のように会話に花を咲かせる。

 修は彼らの会話内容に対して、さらなる呆れ顔を見せた。

 

「なんつー暴論の嵐だ」

 

 よくもまあ、そんなに話を大事に仕向けられるものだ。

 

「修、何言ってるの? 彼らは僕達のことを城内に入れなかった。けれどそんな無礼があったのにも関わらず、無理矢理に連れて行こうとしている。何一つ間違いなんてない」

 

「わたくし達が言っていることこそ真実である証拠ですわ」

 

 暢気な二人は軽やかに会話を続けていく。

 と、同時に兵士達の表情が固まっていった。

 

「こちらはリライトの勇者及びパーティメンバーが帯同。加えて僕が行くことは伝えている。なのにも関わらずトラストは拒否した。だから帰るのに何の問題があるんだ?」

 

「命令されたから連れてくる。だとしても相応の態度は必要でしょう? 悪いのはそちらなのだから」

 

「そして謝罪なく無理に道理を通すのなら、こっちは理不尽に蹂躙しよう。別に構いはしないよな? 襲われてるんだから」

 

「正当防衛。ああ、なんと素晴らしい言葉でしょうか」

 

 つまり優斗達は無理矢理連れて行くことがあれば暴れる、と言っている。

 しかもちゃんとした謝罪がなければ帰る、とも。

 先頭にいる兵士は命令されたことを考えて、気持ちの入ってない謝罪を告げる。

 

「こちらに非があった。来て戴きたい」

 

 ただ単純な単語の羅列。

 もちろん優斗達が許すわけがない。

 

「「 頭が高い 」」

 

 未だ座っている彼らにとって、今の謝罪は無礼千万だ。

 

「見下ろす謝罪があると思ってるのか?」

 

「わたくし達はちゃんとした謝罪がなければ動きませんわ」

 

「あと10秒以内にちゃんとした謝罪をしなければ帰る」

 

「さて、どうされますか?」

 

 ただ単純に煽っているわけではない。

 かなりの本音が込められていた。

 そこに気付いた兵士は慌てて謝罪をやり直す。

 深く深く頭を下げ、

 

「大変失礼を致しました。こちらに非があったことを心より謝罪致します。なのでどうか来てはいただけないでしょうか」

 

「……ふむ。どうするアリー?」

 

「まあ、最低限はやったのだから許してあげましょう」

 

 ふっと空気が和らいだ。

 兵士が命令を全うすることが出来たと、頭を下げた状態で安堵の表情を浮かべる。

 しかし、

 

「とはいっても、会議する場所までに無礼があればすぐに帰るけどね」

 

「まあ、彼ら次第ですわ」

 

「武力で僕を抑えられるのなら、別に無礼になってもいいけど」

 

 兵士の表情が固くなったがリライト勢……というより優斗とアリーは全く気にせずに立ち上がると馬車へ向かった。

 途中、修が呆れを通り越した表情で話し掛ける。

 

「お前ら、少しは容赦してやれよ」

 

「嫌だ」

 

「嫌ですわ」

 

「……もうやだ、この極悪従兄妹コンビ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 紆余曲折があったとはいえ、修達が会議室へと入った。

 幾人もの知り合いの顔があって修は表情を柔らかくする。

 アリーはさっさと歩いて席に座り、優斗は一度周囲を見回した。

 年老いた人物はおそらく異世界人の勇者で会ったことのない残り一人、タングスの勇者だろう。

 勇者が座っているであろう席に見知らぬ顔はあと二つ。

 二十歳を過ぎたぐらいの人物が鼻を鳴らした。

 おそらくはこいつがトラストの勇者。

 何となく第一印象で『合わない』と感じたことからも、十中八九間違いない。

 ホスト国の兵士が不手際をしたのに、そのことについて謝罪もないことから悪いことをしたわけではない、と思っているのかもしれない。

 

 ――ただ……。

 

 トラストの勇者の顔に注目する。

 何で左目に眼帯してるのだろう。

 ツッコミ待ちなのだろうか、それとも……。

 思い当たったネタに優斗は思わず笑いそうになったので、視線をずらす。

 そしてずらした先にいたのは最後の一人。

 

「……あら、これはまあ可愛らしい子がいるもんだ」

 

 14歳にもなっていないであろう幼い男の子がいた。

 背後には優斗と同年代くらいの女の子と、二十歳前後の女性。そして全身甲冑の騎士? みたいのがいる。

 

「…………ん?」

 

 その時、ふと視線のようなものを感じた。

 あくまで感覚的なものではあるが、

 

 ――こいつか?

 

 こちらを見ているのか見ていないのか分からない。

 けれどおそらくは全身甲冑の――

 

「ゆ・う・と・く~んっ!!」

 

 と、考え事はフィンドの勇者のダイブでかき消えた。

 優斗よりも身長の高い正樹が飛び込んでくる。

 

「だあ、もう! いきなり飛びついてくるな!」

 

 飛び込んできた人物の首根っこを掴み、相棒のところへ投げ返す。

 

「ニア、ちゃんと調教しろ! 駄犬化が進んでる!」

 

「正樹センパイを調教!?」

 

 ニアに言ったのに一番大きな反応を示したのはクラインドールの勇者。

 

「春香はそこに食いつくな!」

 

 優斗は足早に春香へ近付き思いっきり頭を叩くと、大きく嘆息して席に座った。

 そんな中、修は修で老人の勇者と挨拶をする。

 

「あんたがタングスの勇者か?」

 

 問い掛けると朗らかな表情の老人は頷いた。

 

「ああ、そうだよ」

 

「俺はリライトの勇者、内田修。よろしくな」

 

 手を差し出すと老人も皺が刻まれている手で握り返す。

 

「私は小太刀源。ちまたでは“源ジイ”や“おじいちゃん勇者”で親しまれているよ」

 

 穏やかなまま彼は笑みを零す。

 修も同じく笑った。

 

「なんか源ジイが言いやすいからそれでいいか?」

 

「構わないよ」

 

 互いににこやかな感じで修も席に座る。

 そして全員が着席すると、トラストの勇者が言い放つ。

 

「これは世界平和の為の場だ。貴様等の友好の為の場ではない」

 

 ジロリとトラストの勇者が睨み付ける。

 同時に修と優斗、春香が俯いた。

 

「まあいい。誤差の範囲内だ」

 

 三人の態度が反省しているように見えたのだろう。

 彼は満足して後ろに振り向いた。

 亜麻色の少女がそこにいる。

 

「聖女。遅れたが会議を始める。準備はいいか?」

 

「はい、勇者様」

 

 頷いた少女に対してトラストの勇者も首肯を返す。

 けれどその瞬間、イアンが提案を出した。

 

「ちょっと待ってくれ。会議を始める前にまずは自己紹介といこう。今年は新しい勇者も多いから、互いに誰が誰か分からないこともあるだろう?」

 

 清涼な風を送るように爽やかな声が響いた。

 確かに初見の人物達も多いだろう。

 そこには誰も文句がなかった。

 皆が納得したようなので、言い出しっぺのイアンがまずは名乗る。

 

「私はリステルの勇者――イアン=アイル=リステルだ。私を知らないのは“ヴィクトスの勇者”ぐらいか。皆、よろしく頼む」

 

 イアンが最年少の勇者に笑みを向けると、ペコペコと頭を下げられていた。

 次いで春香と正樹。

 

「クラインドールの勇者――鈴木春香! 何人か知らない人達がいるけど、よろしく!」

 

「フィンドの勇者――竹内正樹だよ。みんな、よろしくね」

 

 さらに異世界陣営が続いた。

 

「リライトの勇者――内田修だ。まあ、とりあえず仲良くしてくれな」

 

「タングスの勇者――小太刀源。顔ぶれが若々しくて喜ばしいことだね」

 

 そしてモルガスト、トラストのご当地勇者が名乗る。

 

「モルガストの勇者のモールだ。新顔が多く驚いているが、皆よろしく頼む」

 

「トラストの勇者――エクト。後ろは聖女のセシルだ」

 

 背後の少女だけがぺこっと頭を下げた。

 そして最後はヴィクトスの国の勇者。

 

「あの、え、えっと、ヴィクトスの勇者のライトと言います。よろしくお願いします」

 

 勇者に続いて背後の少女と甲冑の騎士も頭を下げる。

 これで自己紹介が全て終わった……かと思えば、幾人かの注目が一人に集まっていた。

 

「え、なに? 僕も言うの?」

 

 注目の先にいた優斗は目を点にした。

 視線を向けていた人達が頷くので渋々名乗る。

 

「大魔法士――宮川優斗。会議、頑張って下さい」

 

 名乗ったと同時、優斗はまた視線を感じた。

 そして内心、首を捻る。

 彼にしては珍しく視線に込められた意思の種類がよく分からない。

 敵意のようで、迷いのようで、嘆きのようで、何なのか。

 曖昧すぎて判断できなかった。

 

 ――まあ、いっか。

 

 敵と判断するには心許ない材料だし、少なくとも自分をどうこうしようとしている感じではない。

 なので現状は無視。

 気にするだけ手間だ。

 

「では早速、会議を始めるとしよう」

 

 トラストの勇者が仕切り始める。

 どうやら会議の主導権は彼が握っているらしい。

 エクトと名乗った二十歳の青年はまず、タングスの勇者に視線を送った。

 

「私は去年言ったはずだ。さっさと死んで次代に変われと」

 

 最初から会議が荒れるのだけは、よく分かる発言だった。

 

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