第211話 all brave:勇者は揃わない
7月の半ば。
王城で優斗はアリーの話を聞くと、とりあえず眉根を揉んだ。
「……一つ質問」
「どうかしましたか、ユウトさん?」
「なんで『勇者会議』なのに僕が出るの?」
そう。
王女より聞いたこととは勇者会議のこと。
勇者が集まる会議のはずなのに、なぜか大魔法士もお呼ばれされていた。
優斗は面倒そうな表情を隠しもしない。
「本来なら出る必要はありませんが、理由の一つは今回主催国の小うるさい勇者が大魔法士を呼べと」
「……他は?」
「フィンド、タングス、クラインドール、リステル、モルガストの勇者が『会いたい』と言っているらしいですわ」
「……この間、大抵の勇者は会ってるじゃん」
まだ一ヶ月も経っていない。
けれどまあ、理由は分からなくもない。
特に異世界の勇者は数少ない日本人同士、集まりたいのだろう。
「マサキさんが特に会いたがっているらしいです」
「……ああ、もう。あの人はいつでもいいから僕の家に来い」
別に気にしないから。
遊びたいなら来ていいから。
正樹の反応だと嫌な疑惑しか生まれない。
まあ、彼の相方が諦めの境地に達しているのも一因と言えるが。
優斗は大きく息を吐くと、改めてアリーと向き合う。
「で、そんなに小うるさい勇者は面倒なの?」
現状、優斗の立場は中途半端ではある。
大魔法士と呼ばれてはいるがリライトの考えが考えなだけあって、基本的には否定的。
さらに判断に難しいことであれば、優斗に委ねる。
つまり自分が心底拒否すれば、それを踏まえてくれる……リライトはそういう国だ。
けれど今回は若干、諦めの境地。
ということは相手がかなり面倒だということ。
いつぞやのミラージュ聖国のように。
アリーもアリーで面倒そうに頷いた。
「本当ですわ。一部では『聖なる勇者』とか『完璧なる者』とか呼ばれていますが、小うるさい姑みたいです」
「……うわぁ、僕やアリーとは相性悪そう」
「実際、相性は悪いと思いますわ」
「知り合い?」
「いえ、為人を聞いただけで関わりたいとは思いませんわ」
「……それは不味いな」
彼女がそう言うということは、だ。
まず間違いなく優斗やアリーとは合わない。
「で、そいつはどこの国の勇者で、どうして僕が行かないといけないのかな?」
「彼が勇者をしているのはトラスト。そしてユウトさんを呼んだ理由は『大魔法士』だから、ですわ」
「……なにそれ?」
「ほんと、理由になってませんわ」
呆れた表情のアリー。
優斗も同じ表情になる。
「じゃあ、あれかな。そいつが変にうるさく言ってきたから、こっちとしても一度だけは……ってこと?」
「おおまかに言えばそうですわ。ただ父様が『好きにやっていい』と許可を出しています。責任は持つ、と」
「……王様も相性が悪いのは理解してるのか」
優斗が項垂れる。
これではまるで喧嘩をしに行くようだ。
「こちらは拒否をしているけれど向こうが強情に連れて来いと言うのだから、そこで起こった結果に関しては考慮しません。なぜなら向こうが無理強いをしなければ起こらなかったことですし」
アリーがあくどい笑みを浮かべる。
「りょーかい。そこまで考慮してくれるなら行こうか」
優斗が頷くと、アリーは打って変わって明るい表情を浮かべる。
「さすがにわたくしだけ疲れるのは嫌ですし、いい道連れができましたわ」
「……おいこら」
というわけで、優斗もご一緒することになった週末の勇者会議。
当日の朝一番、すでに修達が乗り込んでいる馬車が家の前に着けられた。
フィオナと起きていたマリカがお見送りする。
「ぱぱ、おしおと?」
「お仕事なんだよ~」
「ふぁいお~!」
マリカはパパの頭をなでなで。
そしてぎゅっと抱きついた。
優斗のテンションがガタ上がりする。
「アリー! マリカが可愛すぎるから、やっぱり行くのは――」
「却下ですわ」
「……はい」
泣く泣くマリカをフィオナに預ける。
「行ってらっしゃいませ、優斗さん」
「うん」
馬車に乗り込む優斗に嫁と娘が手を振って見送る。
中で優斗達も手を振ってから馬車が動き出した。
「とりあえずわたくし達が戻ってくるまでは、副長とフェイル補佐がトラスティ邸に常駐するのですよね?」
「うん。僕と修が一緒に動いちゃうし昨日から来てもらってる」
優斗は頷くと、親友の姿と自分の姿を見比べて溜息を吐く。
「しっかし……ついに来ちゃったね」
「だな」
「前は正樹の時だったから気にしてなかったけど」
「地味に辛いよな、やっぱ」
お揃いの服。
公式の場では、この格好が基本となるのだがついにやって来てしまった。
しかしアリーは二人の服を見比べると、
「格好いいですわ」
「「 そんなわけあるか!! 」」
◇ ◇
お昼頃、トラストに到着した。
けれど城門の守衛とのやり取りで一悶着起こる。
近衛騎士兼御者の二人が車の中にいる優斗達にやり取りの内容を話す。
「王女は呼んでいない、と?」
「はい。リライトの勇者パーティの一人だと言っても信用されません」
話を聞くと修と優斗は確かに、と吹き出す。
「そりゃそうだ。王女がパーティメンバーだなんて普通、思わねーよな」
「うちはお転婆だからね」
「……はぁ、仕方ありませんわ。ユウトさんもついでに来て下さいな」
アリーと優斗が車から降りて守衛に近付く。
「それで何が問題なのですか?」
「リライトからは勇者及びパーティメンバーが一人。そして大魔法士が来ると聞いている。王女が来るなど伝えられていない」
「だからパーティメンバーの一人として王女が来ているのです。そちらとて“聖女”を参加させるのだから、似たようなものでしょう?」
「聖女様と一国の王女を一緒にしないでいただきたい」
兎にも角にも取りつく島がない。
というか良い根性をしている。
仮にも相手は王族だというのに。
「……ふむ」
優斗的に“聖女”とかいう謎単語が出てきたが、そこは無視して笑みを浮かべる。
アリーも隣にいる人物の気配を感じ取って、同じく笑みを浮かべた。
「帰ろっか」
「そうですわね」
「来たけど入れなかった。これは僕達のミスじゃないよね?」
「ええ。城内に入れないのであれば仕方ありませんわ。こちらには伺いましたし、義理は果たしています」
「じゃあ、観光して帰ろう」
「ちょうどいい息抜きになりますわね」
満面の笑みを浮かべて二人は踵を返す。
そして馬車に乗り込み、颯爽と城門の前から消えていく。
車内では修が呆気に取られていた。
「……あ~、なんだ。俺が言うのも変だけどよ、いいのかこれ?」
てっきり煽っているのかと思ったが、まさか本当に去って行くとは。
優斗とアリーは顔を見合わせると、くつくつと笑いを零す。
「いや、だってしょうがないでしょ。アリーを認めないって言うんだから」
「そうです」
「僕達は王女の護衛も兼ねてるわけだし、彼女を一人置いておけるはずもない。だとしたら、参加できないもんね~」
「本当に残念ですわ」
「……お前ら、内容と表情がぜんっぜん一致してねーぞ」
ニタニタニヤニヤと。
こいつら、本当に酷い。
「向こうが暇をくれるなんて思ってなかったよ」
「かなり親切ですわね」
「……根性据わってるってレベルじゃねーな」
というわけで優斗達は本当に城下の商店街を練り歩く。
「なんか美味しい甘味処とかないかな?」
「歩いていればありそうですけど」
三人は辺りを見回しながらお店を探す。
「おっ、あそことか良さげじゃね?」
修が店舗の一つを指差す。
「えっと……団子か。確かに美味そう」
「あら、風情がありますわ」
「そんじゃ決定」
修の号令で三人はお店に入っていく。
テーブルに着き、各々好みの団子を頼んだ。
「優斗はきな粉か」
「修は……あんことか甘すぎない?」
「なぜお二人共、王道であるみたらしを頼まないのですか?」
分かってない、と言わんばかりのアリー。
しかし修と優斗は鼻で笑う。
「これ、俺らと会うまで団子食ったことない奴が言う台詞なんだぜ?」
「なんか調子乗ってるよね」
「なっ、酷いですわ!」
流れるような会話。
不意に全員が吹き出す。
「そんで、これからどうすんだ?」
「わたくしはマリカちゃんの誕生日プレゼントを見繕いたいですわ」
「……えっ、マジで行かねーの?」
「まあ、守衛の態度から察するに『聖なる勇者』様と『聖女』様は大層な人物らしいからね。“そんな人達がいるのなら僕達はいらない”と思わない?」
アリーが現れて尚、ありえないと言って話に耳を傾けなかった。
優斗はくつくつと嗤う。
「普通に考えて他国の王女に対する態度とは思えないけど、アリーもある程度は予想済みだったんでしょ?」
問い掛けに対してアリーは苦笑。
「ええ。この国は少々特殊でして、“勇者”と“聖女”に格別の信心を置いています。もちろん人それぞれとなっていますが、それでも富裕層でさえ勇者と聖女に対して信仰に近い感情を抱いている者達もいますわ。結果、そういう対象が自国にいるということは、他国の王族であろうと興味がない……というよりは格下だと思われています」
「つまり態度が悪いんじゃなくて、信仰対象じゃないから媚びへつらう必要はない。常識的に考えればおかしな態度であろうとも、この国で考えれば特段に間違ったことじゃないってことだね」
「はい。トラストの勇者は『完璧なる者』故に我々を導いてくれる。つまり高貴とは彼らのことであり、他国の王族であろうと貴族であろうと高貴ではない」
「で、今回はその信奉者っぽい人が守衛だったわけで、要するに僕達は外れを引いた。なのでこうしてここにいる、と」
ある意味で想像の範疇にある出来事だった。
けれど修は首を捻る。
「でもよ、それって常識ってやつが欠如してるから不味いんじゃねーのか? だってアリーは大国の王女だぜ?」
修が語るのもおかしい気はするが、確かに言い分は間違っていない。
一国の代表に近い者に対する態度ではなかった。
けれど、
「修、そうじゃないよ。信仰にも色々あるけど、さっきの人は“他がどうでもいい”んだ。アリーが自分のことを格下だって言ったけど、それは『聖なる勇者』や『聖女』よりも格下……ってだけじゃない。人によっては彼らの庇護下でない以上、他は自分達よりも下と見る輩だっているんだよ」
「何でだよ?」
「一つ例を示すなら『選ばれた者達』とでも言えばいいかな、アリー?」
「間違ってはないと思いますわ」
頷いたアリーに優斗はやっぱり、と納得した。
これだと確かに自分達と相性が悪い。
「修は『聖なる勇者』に『聖女』と聞いて、なんとなく宗教に近しいものを感じなかった?」
「そりゃ、まあ感じたな」
すると優斗は人差し指を立てる。
「じゃあ、ここで考えを飛躍させていこうか。『聖なる勇者』と『聖女』がいるトラストは“選ばれし国”であり、この国に住んでいる者は“聖者の恩恵を享受している”。ということは彼らがいる国に住んでいる自分も“選ばれた者達”であり、他は“選ばれなかった”。だから他国の王女だろうと選ばれなかったからには格下だ……っていう感じで飛躍させれば辻褄は合う」
「……なんだそれ。意味わかんねーよ」
理屈が飛躍して理論的じゃない。
考えがぶっ飛んでいる。
「何かを信心してるっていうのは、時にそういう輩も生まれるってことだよ。で、今回僕達は外れを引いたってだけ。ラッキーだよ」
「わたくしもビックリしましたわ。本当にいるなんて思ってもいませんでしたから」
「つっても御者兼護衛の近衛騎士二人が異様に苛立ってたぞ」
今も男女が少し離れたところで護衛している。
けれど一様に表情は硬かった。
まあ、自国の王女を粗雑に扱われれば仕方ないだろう。
「団子食べれば表情も柔らかくなるかな?」
「それは名案ですわ」
アリーはさらに団子を追加して頼むと騎士二人に持って行く。
修がそういえば、と思い出した。
「今回、どうしてレイナが来てないんだ?」
「僕と修がいるからマリカの護衛補佐に回ってる。副長もフェイルさんもまだマリカとは関わり深いとは言い難いしね」
「ああ、なるほど」
副長もフェイルも子供好きだから問題ないとは思うが、副長がキャラ変わりすぎるので断言はできない。
というわけで、今回はレイナがお留守番になったというわけだ。
「しっかしまあ、ここの団子は当たりだな。美味いわ」
「そうだね」
優斗達が団子を口にしながら世間話をしていると、さっきアリーが近付いていった近衛騎士二人が慌ててこっちにやって来る。
「シュ、シュウ! アリシア様を説得してくれ!」
「ユウト様! アリシア様を止めて下さい!」
二人を盾にするように近衛騎士達が回り込んだ。
「なんだよ、どうしたんだ?」
「アリーが変なことやった?」
背後にいる男性騎士と女性騎士に訊いてみる。
するとアリーが団子持って追いかけてきた。
「馬鹿なことを訊かないで下さいな。お団子を一緒に食べましょうって言っただけですわ」
だからといって団子持って追いかける王女も中々にシュールな光景だ。
「断ってもアリシア様、退いてくれないんだよ!」
仕事だからといっても「まあまあ、眉間に皺を寄せていたら仕事も楽しくできませんわ」とか言って、強引に押してくる。
とはいえアリーを説得できるわけもないので修と優斗に頼んだのだが、
「別によくね?」
「一緒に食べればいいだけだし」
この二人は論外だ。
むしろアリーの行動に合格を出している。
男性騎士も女性騎士も思わずツッコミを入れた。
「無茶を言うな!」
「ユウト様と肩を並べてお団子を食べるなんて緊張して無理です!」
片方は真っ当な否定だが、もう片方は誰かに飛び火した。
アリーが思わず目を瞬かせ、
「あら? もしかして貴女、ファンクラブの方なのですか?」
「あっ、はい。私、ユウト&フィオナファンクラブの会員ナンバー17番です」
同時、優斗ががくりと項垂れた。
ちょっと待て。
これは想定外にも程がある。
「……なんてことだ」
副長とクレアだけではなかったのか。
というか17人って多い。
唸る優斗にアリーはからかいの笑みを浮かべる。
「そういえば会員は何人ほどいるのでしたか?」
「先日、30名を突破しました」
「会員条項もあると伺ったことがありますが」
「はい。当然あります」
駄目押しとばかりに色々と暴露されていく。
アリーはさらに笑みを深くし、女性騎士に近付くと耳打ちする。
ごにょごにょと話したと思ったら、女性騎士が急に目を輝かせた。
「私は一緒にお団子を食べます!」
まさかの翻意。
何をネタにしたのかは分からないが、とりあえず一人は落とした。
残りは男性騎士だけだが、
「アリーが一緒に団子を食べようって言った時点で諦めろ。結局食うことになるんだから」
修が男性騎士の肩を叩く。
「し、しかしだな。王女と肩を並べて食事をするなど普通はありえないんだぞ」
確かに言っていることは分かる。
普通はありえない。
だが、それはあくまで普通の王女の場合だ。
「いやいや、こいつが普通じゃねーから。圧倒的なカリスマを持ってるのはいいとしても、強いわ冷酷だわキャラがバグってるとしか思えねーし」
「少なくとも世間一般の王女とはかけ離れてるよね」
遠慮なしに言いたい放題の修と優斗。
そして今度は二人同時に男性騎士の肩を叩く。
「つーわけで諦めろ。うちの王女は優斗と同じぐらいに性質悪い」
「否定するだけ手間だから、一緒に食べることをお勧めするよ」
というわけで、結局五人揃って団子を食べることとなった。
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