第210話 小話㉒:とりあえず納得

 

 

 盛り上がった演劇も終わり、次いでやってきた期末試験も生徒によっては阿鼻叫喚の図を引き起こして終わった。

 というわけで、

 

「もう就職の為に動いてる奴もいんだよなぁ」

 

 3年生は生徒によって王城への就職試験を受けるようになっていた。

 クラス内の話も基本的にはそれで持ちきりだ。

 修の呟きに応じてアリーも周囲を見回し、

 

「成績の良い方々は大抵、面接のみで通りますから」

 

 希望している部署の基準値を超えていれば、面接のみで内定が決まる。

 以前、レイナに聞いたことだ。

 すると二人の話はクラスメートの耳にも届いたようで、

 

「おっ、シュウ。そういやお前にも聞いておこうと思ってたんだ」

 

 幾人かのクラスメートが修達に近付いてくる。

 

「シュウはどうするんだ? やっぱり兵士になるのか?」

 

「俺はやることあるから。それになるよ」

 

「ってことは実家を引き継いだりするの?」

 

「来年の4月になったら教えてやんよ」

 

 にやっと笑う修。

 クラスメート達が苦笑した。

 どうやら面白いことになるのだろう、ということだけは分かった。

 なのでこれ以上突っ込んだことは訊かない。

 

「貴族連中の長男だったら大抵、実家を引き継いだり何だったりするんだろうけどな」

 

「クリスはそうだぞ。あいつは実家引き継ぎ組だな」

 

「じゃあ、タクヤ君は?」

 

「料理人か治療者だな。最近、ようやっと将来が固まってきたんだってよ」

 

「イズミはどうなんだ?」

 

「魔法技師。今、ミエスタから来てる技師の助手になってるから、そのままで決定だろ」

 

 質問に答えていく修。

 そしてある意味でどうなってるのか分からない唯一の生徒のこともクラスメートは尋ねる。

 

「ミヤガワ君は?」

 

「僕は試験受けるよ」

 

 すると背後から声が掛けられた。

 皆が振り向くと、名前を出した当人が書類を持って立っていた。

 

「……ユウトが試験受けるって何するんだ?」

 

 クラスメートが首を捻る。

 この人物、これでも大層な成績優秀者。

 王城への就職なら大抵は面接のみで通りそうなものだが。

 

「これだよ」

 

 優斗はちょうど手に持っていた書類を皆に見せる。

 

「今度受けるんだ。宮廷魔法士試験」

 

「「  宮廷魔法士っ!?  」」

 

 叫び声に応じて、一気にクラス内がざわついた。

 皆がどんどん集まってくる。

 

「ユウト君、宮廷魔法士の試験受けるの!?」

 

「そうだよ」

 

「なに、あれって学生が受けられるの?」

 

「一定ラインを超えてればね。僕は一応、受験できる必要条件満たしてるから」

 

「あたしは前に受けた人がいるって聞いたことあるけど、ユウト君って何年ぶりの受験者だったっけ?」

 

「先生から学生が受けるのは6年ぶりとか聞いたけど」

 

 てんやわんやとなるクラス内。

 アリーと修も苦笑しながら話す。

 

「前年のレイナさんも数年ぶりに学生からの近衛騎士でしたが、ユウトさんはもっと凄いですわね。学生から宮廷魔法士になるとしたら、今の最高齢宮廷魔法士であるゲントウ様以来ですわ」

 

「何十年ぶりだ?」

 

「50年ぶりぐらいかと。というより宮廷魔法士試験は毎年していますが、現在2名しかいないのでユウトさんの存在は大助かりですわ」

 

「厳しすぎね?」

 

「リライトですから。正直なところ、6将魔法士に近しい実力者しかなれませんわ」

 

 まあ、だからこそ優斗は何一つ問題がないということ。

 修はさらに小声で、

 

「ぶっちゃけ、ただの遊びだよな。ほとんど入れるようなもんだろ?」

 

「確かにそうではありますけど、平然と試験も通るでしょうから裏口も何も関係ないと思いますわ。修様だと無理ですけど」

 

「バカだと無理ってことか?」

 

「そういうことですわ」

 

 と、その時だった。

 廊下が妙にざわついていることに気付く。

 何事かと思っていると、クラスのドアが開いて一人の老人が入ってきた。

 

「ゲントウ様!?」

 

 先ほど名前を出した人物が現れ、アリーが驚きの声を挙げる。

 彼女の叫びを切っ掛けにクラスメートがドアに注目した。

 老人は注目を浴びる中、アリーに笑みを浮かべる。

 

「これはこれはアリシア様。学院でお会いするのは初めてでございますね」

 

 老紳士然、としたリライトの宮廷魔法士は柔らかな声音で話し掛けた。

 

「どうして貴方がここへ?」

 

「今度、学院で講演会をするものですから、その打ち合わせで来たのです。そうしたらミヤガワ殿が試験を受けると耳に入れたもので」

 

 そして目当ての人物を発見。

 ゆったりとした歩調で彼は近付いていく。

 

「お久しぶりですね、ミヤガワ殿」

 

「ゲントウ様も元気そうでなによりです」

 

 優斗も言葉を返す。

 クラスメートはこのやり取りで二人が知り合いだということに気付く。

 

「宮廷魔法士の試験をお受けすると聞きましたよ」

 

「未熟な身ではありますが」

 

「謙遜することはありません。貴方ならば受かると思っていますよ」

 

「ありがとうございます、ゲントウ様」

 

 なんてやり取りをするものだが、彼があまりにも試験で悪い結果を出さない限り、受かることはほぼ確定だ。

 そして優斗が悪い結果を出すことはない。

 

「これで私もようやくお役御免が出来るというものです」

 

「……カイン様は?」

 

 二人の宮廷魔法士のうち、もう一人の名前を出す。

 しかしゲントウは苦笑して、

 

「カインは筆頭になるなど面倒だと言っています」

 

「年齢でいけば次はカイン様でしょう?」

 

「だからこそミヤガワ殿が来るのをカインも心待ちにしているのですよ」

 

 もともと、年功序列の薄いリライトだ。

 とはいえ十数年も年齢が離れていたら、歳上として責任を負わなければならない……となるところだが、彼だけは別枠。

 入って早々に筆頭になって問題ない。

 

「とはいっても試験に受かってからの話でしょう、これは」

 

「そうですね。しかし私共々、宮廷魔法士がミヤガワ殿を待望していること、お忘れ無きよう」

 

「分かりました」

 

 ゲントウは去り際、握手を求める生徒達と真摯にやり取りをしながら教室を出て行く。

 まるで台風が去った後のように静寂に包まれたが、それも一瞬。

 

「ミヤガワ君、ゲントウ様と知り合いなの!?」

 

「ユウト! お前、すっげえ期待されてないか!?」

 

 クラスメートが大騒ぎしながら優斗を取り囲む。

 あれやこれやと色々言われているのだが、

 

「あいつ、あんなことになっても『あり得ない』の一言も出てこないんだよな」

 

「色々とやり過ぎですわね。ユウトさんなら、という考えがうちのクラスに蔓延していますから」

 

 

       ◇      ◇

 

 

「フィオナ様はやはり、家を継ぐんですか?」

 

 優斗達のやり取りを尻目に、フィオナもフィオナでクラスの女子と話をしていた。

 彼女は小さく首を横に振って、

 

「いえ、トラスティは妹が継ぐことになります」

 

「でしたらフィオナ様は?」

 

「私は優斗さんの妻になるので、家に入りますよ」

 

 ニコニコと、心底嬉しそうな表情をさせるフィオナ。

 毎度の表情なのでクラスメートも苦笑いだ。

 

「フィオナ様、本当にミヤガワ君ラブですよね」

 

「はい。私は優斗さんラブですよ」

 

 否定できる理由はない。

 というか否定する気は一切ない。

 

「普通はミヤガワ君が頑張る必要がありそうなんですけどね」

 

 フィオナも色々な人に狙われそうなのだから、優斗が必死になって繋ぎ止める必要がありそうなものだが、ことこの二人は真逆。

 

「先ほどの優斗さんを見れば分かるでしょうが、あの人とんでもないんです」

 

「宮廷魔法士様とにこやかに談笑してましたもんね」

 

「厄介なものです。お偉いさんにも好かれてしまいますから」

 

 修の自然体も周囲に好評ではあるのだが、優斗も優斗で普段は知的キャラなので好評だ。

 ただし、頼られ具合は優斗がトップクラスだが。

 というか最近フィオナが思っているのは、猫被って色々やっているから頼られて厄介事に巻き込まれているんじゃないか、ということ。

 要するに自業自得。

 

「しかも男性には異様に好かれてしまいますし」

 

「えっ!?」

 

「最近、女性よりも男性のほうが危ない気がしてきました」

 

 修とか正樹とか修とか正樹とか修とか正樹とか。

 春香が大興奮間違いなしの好かれ具合だ。

 勇者という存在に対して何かしらのフェロモンでも出しているのだろうか、と勘ぐりたくなってくる。



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