第209話 小話㉑:鈴木春香の華麗なる睡眠時間&妄想時間――警戒編:解答編
※鈴木春香の華麗なる睡眠時間
ある日。
クラインドール組は別々の部屋が取れず、全員が同室に泊まる……という出来事があった。
夜も更け、全員が寝静まった頃。
たまたま目が覚めたブルーノは、偶然にも机の上に置いてある春香の日記を目にしてしまった。
普段は三枚目だが、紳士を装ってもいる彼は覗く気など毛頭ない。
しかし、それでも開かれていたページが目に止まった瞬間、固まった。
「……ロ、ロイス君×ブルーノ第三話――『魔物の浄化』……だと?」
不味いと思った。
これは見てはいけない。
常識的にではなく、常識外として見てはいけない。
「…………い、いや、しかし子猫ちゃんの趣味を理解するには……」
けれど怖いもの見たさも内心あったのだろうか。
ブルーノは再び、ちらりと日記を覗いた。
文章は小説風になっていて、物語として出来ているらしい。
そのページの文頭はこのように始まっていた。
『俺様の魔物が疼いているんだ』
何かの比喩表現だろう。
若干だがブルーノも興味を持ってしまった。
だが、すぐに後悔することとなる。
『ロイス。お前の聖魔法を俺様の魔物にぶち込んで浄化してくれ』
加えて地の文では、
「……な、なぜ俺様が四つん這いに?」
ばっちこい、といった感じのブルーノの態勢が事細かに記されていた。
というか魔物が何なのか知りたくない。
さらに会話文は続いており、
『……ブルーノ、駄目だ。お、俺にはキリアが……っ』
『分かっている。だけどロイスしか俺様の魔物を鎮められないんだ!』
「……俺様はこれを四つん這いのまま、ロイスに喋っているのか」
理解を超越していた。
ブルーノは頭を大きく振って、どうにか記憶を消すことにした。
だが目を瞑れば、先ほどの状況が思い浮かんで仕方がない。
結局のところ、眠れたには眠れたが悪夢を見た。
誰かが魘されている声が聞こえて、ワインは目を覚ました。
声が発せられている方を見れば、なぜかブルーノが冷や汗を流しながら眠っている。
「……風邪、ひくかも」
部屋の窓が開いている。
もしかしたら夜風で冷えて風邪をひいてしまうかもしれない。
普段は反目し合っているとはいえ、別に風邪になってしまえとかは思わない。
だから窓を閉めようと起き上がり、
「……? ハルカの日記?」
月明かりで見えた彼女の日記。
風がそよぎ、ペラペラを捲れた。
別にガン見しようなどと思ってもいないワインだったが、開かれたページの初っぱなを視界に入れてしまい、驚愕した。
『正樹。僕の“大魔法士”は戦闘態勢に入ってるよ』
『……うん。ボクの“鞘”も臨戦態勢は整ってる』
不味いと思った。
どこをどう不味いかは分からないが、理解してはいけない。
凄い勢いでワインは顔を横に逸らした。
そして窓を閉めずにベッドへと潜り込む。
けれどたった二行しか目にしなかったのに、なぜか全裸の優斗と正樹が頭の中に浮かんでくる。
ある意味で春香の暴走が実を結んだ結果だろう。
そして悪夢に魘される二人目が生まれた。
魘されているような声のデュエットが聞こえて、ロイスが目を覚ます。
彼が周囲を見回すと、なぜか脂汗やら冷や汗をだらだらを流しながら寝ているブルーノとワインがいた。
「このままじゃ風邪をひいちゃうな」
普通に良い奴なので、ワイン同様に窓を閉めようとするロイス。
けれどやっぱり、春香の日記が風にそよいで捲れていることに気付いた。
数ページ捲られて、風がやむ。
悪戯によって開かれたページには、でかでかと書かれている文章があった。
「……っ!」
ロイスが声なき悲鳴をあげて戦慄する。
『 鳴かぬなら 調教一発 ホモモギス 』
なぜか俳句。
すぐ下には似顔絵。
誰かに凄く似ているが、理解したくないロイス。
だが、吹き出しに書かれている台詞で崩れ落ちた。
『 * 鳴かせてあげるよ、ブルーノ * 』
やっぱりか。
やっぱりそうなのかと、認めたくなくても認めざるをえない。
「………これは俺ですか、ハルカ様……っ!」
けれどロイスは頑張った。
かろうじて立ち上がり、窓を閉める。
そしてベッドに入った……のだが、他二人同様に魘されはじめた。
◇ ◇
翌朝。
元気一杯の春香とは逆に、疲れ果てた姿の三人がいた。
「みんな、どうしたの? 睡眠不足?」
「……いや、少し夢見が悪かった」
「……私も」
「……すみません。俺もです」
鈴木春香の華麗なる妄想時間――警戒&解答編
~警戒編~
とある国の武具店に春香達はいた。
各々が色んな武器を見て回っているが、その中で春香は剣と槍が並んで展示してあるコーナーに立っていた。
ワイン、ブルーノ、ロイスは二つの武器をやけに真剣に見ている春香に気付き、隠れてこそこそと彼女の様子を眺める。
「声、掛けないの?」
「……俺様も声を掛けようと思ったんだが、嫌な予感がする」
「疑いすぎるのもよくないと思うけど、ブルーノの気持ちはよく分かるよ」
彼女には前科が色々とあるので、あの表情をしている際には迂闊に声を掛けたくない。
「剣と槍、か」
春香は隣り合っている二つの武器を見ながら呟く。
「攻めるとしたらどっちが良いのかな。やっぱり剣?」
呟いている言葉から察するに、攻防のことでも考えているのだろうか。
「いや、でも槍は槍で侮れないかも」
さらに真剣な表情で呟き続ける。
ワインは彼女の様子を見ながらフォローの言葉を口にする。
「やっぱり、戦いのことを考えてると思う」
「……俺様達が穿ちすぎてるのか?」
「ブルーノ。まだ安心しちゃ駄目だと思う」
あの春香だ。
安心してはいけない。
だが、彼女の口から流れ出てくる言葉は先ほどからまともな単語ばかり。
「長い上に先端に一発を持っていると考えたら、槍のポテンシャルは剣よりも侮れないかも!?」
二つの武器を眺めながら何度も頷く春香。
嬉しそうな顔をしているので、ワインはやっぱり戦いのことを考えているのだと気を抜いた。
そして春香に近付いて声を掛ける。
「ハルカは槍を気に入ったの?」
「うんっ! やっぱり槍が攻めで剣が受けのほうが萌えるよ!」
ワインの考えを吹き飛ばす春香の一撃。
思わず固まってしまったワインを尻目に、春香は満足した様子で他の武器を見に行く。
ブルーノとロイスは石のようになっているワインに近付いて声を掛ける。
「……だから言っただろう、ワイン」
「……ハルカ様なんだから気を抜いたら負けだよ」
「……ごめん。ブルーノ、ロイス」
さすが被害者だけあって二人の感覚を信じるべきだった、とワインは心底後悔した。
~回答編~
「剣と槍、か」
春香はふと無機物カプというものはどうだろうか、と考える。
「攻めるとしたらどっちが良いのかな。やっぱり剣?」
印象として剣は切れ味があり、また重厚なイメージで武器として人気もあるので攻めだ。
そして槍は細身であり剣と比べれば強度的に軟弱な感じがする。
つまり剣槍というのが基本スタイルだろう。
「いや、でも槍は槍で侮れないかも」
しかし槍頭は小さいながらも鋭い一発を持っている。
また、ここにある槍は柄が長い。
そのことに気付いた瞬間、春香の脳内に電撃が奔った。
「先端に一発を持っていると考えたら、槍のポテンシャルは剣よりも上!?」
剣は意外性がなく王道だ。
しかし槍には攻めに転ずるだけの意外性が存在する。
ということは剣槍ではなく、槍剣のほうが萌えるのではないだろうか。
――ひょろ長い槍が柄を剣に傷つけられながらも、槍頭で一発逆転するって展開だとすると……。
春香は頭の中で妄想を爆発させる。
――キターっ!! ヤバ、ヤバ、来たこれ!!
今まで無機物に手は出してなかったが、これはこれで妄想が興奮が進む。
――ああもう、“あの子”がいないのが憎い!! これでごはん何杯いけるか話したい!!
何度も頷きながら春香は妄想を頭一杯に蔓延らせる。
と、ここでワインが近付いてきた。
「ハルカは槍を気に入ったの?」
「うんっ! やっぱり槍が攻めで剣が受けのほうが萌えるよ!」
元気よく答えたところで、弓と杖が目に入る。
――あれもあれで……ありだよねっ!
ワインの横を通り過ぎながら、あの武器ではどっちが受けでどっちが攻めなのかを考え始める。
しばらく興奮は収まりそうになかった。
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