第208話 話袋:副長と補佐官③――優斗編&エピローグ

 

 前に立っている兵をどかし、優斗達は休憩室の中に入っていった。

 何人もいる主催側の人間の中に驚きの様相を呈した者達がいたが、優斗は気にしない。

 

「この中で僕のことを本当に知っている者は?」

 

 問いに対して、数人が焦るように傅いた。

 コーラル隣国の中でも上層部も上層部、王に近い立場の者達だ。

 優斗は彼らを一瞥すると立ち呆けている人間達に告げる。

 

「他は下がれ」

 

 有無を言わせない言葉。

 上層部の人間達に促され、優斗の中身を知らない人達は下がる。

 同時、ソファーに座っていたデント卿が険しい表情で噛みついてきた。

 

「若造、貴様!! よくも儂をコケにしてくれたな!!」

 

 立ち上がり、飛びかかろうとするのを警備兵が止める。

 けれど口を塞ぐことは出来ない。

 

「どうなるか分かっているのだろうな!!」

 

「どうなるんだ?」

 

 優斗が平然と聞き返す。

 デント卿がさらに苛立ちを募らせた。

 

「真っ当に生きていけると思うな!!」

 

 目は血走り、絶対に断罪してやるとばかりに凄む。

 けれど優斗は冷静な表情のまま、

 

「デント卿。お前は何様だ?」

 

「……何だと?」

 

「何様だと訊いている」

 

「儂はコーラル騎士団第2師団長だ! 若造が!」

 

 部屋が轟くほどに怒鳴る。

 自慢なのか、自負なのか。

 いや、おそらくは自信の源だろう。

 元より相手を貶めることが大好きな輩だ。

 一定の地位にいるだけなのに、それが全てを許す免罪符になると勘違いしている。

 

「その程度の分際で二人を貶したのか」

 

「な……っ!!」

 

「お前はリライト近衛騎士団副長及び副長補佐に暴言を吐いた。それがどういう意味を持つか、分かっているのか?」

 

 リライト騎士団の中でもナンバー2と、その補佐。

 特にフェイルは鳴り物入りで近衛騎士に加わった。

 副長の補佐になったのも、ほとんど特例に近い。

 つまり、

 

「お前の裁量一つでどうにかなる、なんて思うなよ」

 

 過去、確かにフェイルはコーラルの騎士団に所属していた。

 だからといって暴言を吐ける理由になんて何一つならない。

 

「他国の騎士を貶すだけで度し難いほどに愚かだ。しかも大国リライトにおいて上層部にいる騎士を罵倒するなんて、理解できる範疇を超えている」

 

 見据える視線は絶対零度の如く冷酷だ。

 誰も助けないし、助けられない。

 主催者側の人間達は、自分達に被害が及ばないように祈るのみ。

 

「ついでに言えば、お前が売った喧嘩は僕が買った。生温く終わるなんて考えるな」

 

 先ほどデント卿が言い放った「真っ当に生きていけるな」という言葉。

 そのままそっくり返してやろう。

 この身は千年来の存在。

 天地が逆転しようとデント卿が罵倒する権限などない。

 と、ここで優斗は主催者側の人間達が僅かに震えていることに気付く。

 

「そこまで怯える必要はない。確かにパーティーにデント卿を入れたあげく、帯剣を許可したのはお粗末だとは思うが、こいつの為人を考えれば無理もない。今後こういうことがあるかもしれないと考え、対応を踏まえてくれれば文句もない」

 

 立ち会ってほしい、と思っているだけだ。

 何もあれこれ言うつもりはない。

 ほっとした様子の主催者側。

 けれどデント卿には彼らの様子すら苛立つ原因になる。

 

「……ふん。なぜこのような若造に怯える必要がある。揃いも揃って臆病なことだ。そんなにも大国が恐ろしいか」

 

 再びの暴言に優斗は白い目を向ける。

 本来ならば、なぜ彼らが怯えていたか考えて然るべきだ。

 なのにしない。

 何を考えているのか、それとも何も考えていないのか。

 おそらくは後者だろう。

 優斗は小馬鹿にするように嗤った。

 

「臆病になって当然だろう? 一国の王すらひれ伏せる僕を前にして、失態を恐れて何が悪い」

 

「……何を馬鹿なことを」

 

「お前が知らないのも無理はない。僕のことを知っているのは各国の王と、そこに近い者達だけだ。師団長如きが僕のことを知る権利は存在しない」

 

 優斗があざ笑う。

 知らなくて当然だ。

 所詮はその程度の地位なのだから、と。

 

「けれど彼らは知っている。僕が何者なのかをな」

 

 ついでに言えば、優斗がやってきたことを。

 そんな奴に喧嘩を買ったとなれば、主催した自分達にも被害があるかもしれないと考え、恐れる理由にもなる。

 

「カイアス。コーラル王が僕のことをどう考えているか、分かるか?」

 

「いいや、私には分からない。けれど現状を知らせれば、大層驚くと思うよ。まさか君に喧嘩を売った人間がコーラルに存在するなんてね」

 

 カイアスはデント卿に近付いて、さらに付け加える。

 

「私は貴方の言葉を止めない。なぜならね、もう遅いんだよデント卿。貴方は相手にした人物が悪い」

 

「若造に憚られる言葉などない!」

 

 未だ激高しているデント卿。

 カイアスは振り向き、優斗へ許可を取る視線を送った。

 優斗は頷く。

 

「デント卿。若造と蔑むユウト君のことを甘く見ているけどね、先ほどから言っていただろう。我らの王でさえ、驚きを表わすとね」

 

「あるわけがないだろう、こんな若造に!!」

 

「あるんだよ、そんなことが」

 

 そしてカイアスは一息に伝える。

 

「彼は大魔法士なんだからね」

 

 告げられたお伽噺。

 あまりにも予想外で、想定外で、デント卿は笑いがこみ上げてくる。

 

「儂を馬鹿にしているのか!? 大魔法士!? ありえるわけがない!」

 

 昔々の幻想。

 誰も本当に取ることはないファンタジー。

 ありえるはずがない。

 

「ではなぜ、彼らは恐れたんだい? ではなぜ、私は王に取りなすと言ったんだい? ではなぜ、彼のことを知っている私達は彼の言葉を一笑にしないんだい?」

 

「儂を謀ろうとしているのだろう?」

 

「いいや、全て事実だからだよ、デント卿。だから私は確実に王へと取りなして、事の次第を収めるよ。貴方の更迭、失墜、全ての可能性を求めてね」

 

 次いで優斗が前に出てくる。

 未だ取り押さえられているデント卿に対して、さらに嘲笑した。

 

「嘘だと思うのも、偽りだと思うのもお前の自由だ。けれど後悔しろ。僕は言ったことを撤回しない。お前がいなくなりさえすれば、丸く収まる。だからお前の王がどのような判断を下すのかを楽しみにすることだな」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 数日後。

 カイアスがまず、書状にて結果を報告してきた。

 

「ふーん。更迭になったんだ」

 

 簡潔に記されていた。

 デント卿は騎士団を更迭された、と。

 優斗は結果を知って興味がなくなったのか、書状から目を離した。

 そして顔を上げると、フェイルがぐったりとしている。

 内容というよりは、優斗の態度に呆れ果てたようだ。

 

「……さして問題なさそうに言うな、ユウト。我々が原因で他国の師団長が更迭されたんだぞ」

 

「そんなもの、僕の目の前でフェイルさんを貶すデント卿が悪いですよ。問題は起こしましたけど、非はこちらに一切ありません。こっちはあくまで巻き込まれただけです」

 

 優斗が慕っている騎士を貶したデント卿が、あくまで残念なだけだ。

 

「というか、僕と副長キレさせといて無事に済むわけないでしょう。世界有数の騎士である副長と大魔法士ですよ。まあ、僕は知られてないとはいえ、副長に喧嘩売るなんて頭おかしい」

 

「……貶されたのは俺なんだが」

 

「それが喧嘩売ってるんです。部下が不当に貶されて副長がキレないとでも?」

 

 それこそありえない。

 リライト近衛騎士団の副長ともあろう者が、許すはずがない。

 

「ここはリライトであって、コーラルじゃない。足の引っ張り合いも政治的な綱引きもありません。必要なのは騎士としての矜持であり、大切にすべきことは己が騎士としての魂」

 

 ただ、騎士として在ればいい。

 他に余計なことを考える必要はない。

 

「確かに対応は、副長にしては珍しく正しいと断言はできません。ですが……」

 

 あくまで正しいとは言えない、ということ。

 

「何一つ行動は間違っていない。僕はそう思いますよ」

 

 騎士が不当を見逃すことはない。

 副長は間違いなく、体現したのだから。

 

「だからあの時、思ったんです」

 

 フェイルの為に感情的になって、優斗の力に頼った副長。

 正しい選択とは決して言えない。

 けれどエル=サイプ=グルコントが行動を間違えたことを、ただ単に否定することもしない。

 むしろ間違えかけたことに、優斗は注目した。

 なぜなら、

 

「この機会が幸いに繋がることを信じたい、ってね」

 

 優斗は笑みを浮かべ、あの時の約束を思い返す。

 そして最初の一歩が確かに出来たのであれば、自分にとって本当に嬉しいことなのだ、と。

 優斗は思う。

 

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