第207話 話袋:副長と補佐官③――後編

 

 

 

 フェイルは過去と同じようにデント卿と相対する。

 

「パーティー会場にて剣を持ってきていることがすでに無粋であるのに、抜くなど言語道断。だからこそコーラル騎士団の評価が低いということを、貴方は理解できていない」

 

「フェイル、貴様……っ!! 誰に向かって口を利いている!!」

 

「俺はすでにリライト騎士団所属だ。貴方にどうこう言われる筋合いはない。さらには誰に向かって、とは何ともおかしな物言いだ。貴方は誰に向かって剣を差し向けている。彼が護衛対象である以上、俺が守るのは当然だ」

 

 宮川優斗の護衛がフェイル=グリア=アーネストの仕事。

 ならば相手が誰であろうと、騎士である自分が優斗を守るのは必然。

 

「先に言っておきますが私は退きませんよ。理由なくリライトの騎士を侮辱されているのに退いてしまっては、我が王に合わせる顔がありません」

 

「リライト近衛騎士団の一員であるフェイルを貶すことを、副長である私の前でよくも言えるものです」

 

 二人の言葉がさらに状況を緊迫させる。

 主催側も状況に気付いたのか、警備兵と思わしき人物が集まってきた。

 けれど最中、フェイルの動きを制する為に腕を組んでいるエルの姿を見てデント卿は吠える。

 

「色香に迷ったか、フェイル!! 妻に捨てられ、小娘に拾われるとは落ちぶれたものだ!!」

 

 次いで元妻も言葉を続けた。

 

「そんな粗末な女が好みだなんて、やっぱり貴方は変だわ。私には似合わない」

 

 未だフェイルに罵倒を続ける二人。

 しかも内容があまりに酷すぎる。

 ついにエルが怒鳴った。

 

「――っ! ふざ――」

 

「副長」

 

 けれど言い返そうとして、優斗に止められた。

 

「声は荒げないように。醜態を晒しているのは向こうですから、こちらが同じ程度まで下がる必要はありません」

 

「しかし……っ!」

 

「部下を貶されて苛立つ気持ちは分かりますが、声は張らなくていいですよ」

 

 優斗が窘める。

 けれどその姿をデント卿は目敏く言ってきた。

 

「こんな礼儀知らずの小娘の下につくとは、やはりフェイルはコーラルに不要の存在だったようだな。無駄なゴミをよく引き取ってくれた」

 

「大国だからこそ、彼でも騎士になれたんでしょうね」

 

 同時、エルの空いている手が強く握りしめられる。

 怒鳴り返したりはしない。

 けれど強い怒りを灯した瞳を以て、エルは優斗に嘆願する。

 

「……ユウト様」

 

「何か」

 

「貴方様のお力を借りてもよろしいでしょうか?」

 

 彼女の言葉にフェイルが驚きを表わした。

 

「エ、エル殿。それは……」

 

「私はもう、我慢なりません」

 

 フェイルの制止をもろともせずにエルは優斗にお願いする。

 だが、

 

「リライト王国近衛騎士団副長、エル=サイプ=グルコント。貴女はどの立場としてお願いしているのですか?」

 

 過去、リスタルで行われたやり取りを優斗に持ち出された。

 彼の力を用いて事を終わらせるのは容易だ。

 だからこそ、いつでもどこでも使っていいわけでない。

 つまり、だ。

 今、ここで彼の力を用いることは間違っているはずだ。

 大魔法士の出しゃばる理由は一つたりともない。

 

「……っ。申し訳……ありません」

 

 そのことに気付いた副長が謝罪する。

 心底悔しそうに。

 自分の失態をも悔やむように。

 けれど、

 

「謝る必要はないですよ」

 

 優斗は柔らかな声で笑った。

 

「少し安心しました。貴方が僕の力の使い方を違えたことに」

 

 いくら近衛騎士団の副長とはいえ、年齢はまだ二十二歳。

 間違えたっていい年頃だろう。

 むしろ自分とフィオナ関連以外で、年相応の部分を初めて見たと感慨深い。

 

「ですから多少、お力添えをしましょう」

 

 優斗はフェイルとエルの肩を軽く叩いて前に出る。

 

「この機会が幸いに繋がることを信じて」

 

 周囲が僅かに騒がしくなってきた。

 警備兵がデント卿が抜いている剣を収めてもらうよう、近付いてくる。

 けれど優斗が全てを喰った。

 

「カイアス」

 

 その一声で喧噪は止まり、警備兵も優斗に注目する。

 周囲に集まった一団の中にいたカイアスは、突然名前を呼ばれたことに驚きながらも返事をする。

 

「どうしたんだい? ユウト君」

 

「コーラル王に伝えて欲しい」

 

 会場の中でも群を抜く存在感を持った優斗は、まるで知らしめるように告げる。

 

「デント卿が僕の尊敬する騎士を侮辱したことを許さない、と」

 

 周囲にいる人物達には、まるで理解できないような言葉。

 けれどカイアスだけは理解できる。

 

「……ユウト君、まさか…………」

 

「結果次第では僕が公式にコーラルへ行くことはない。助力も何一つ得られると思わないように。そのことを周辺諸国に知らしめれば、どうなるか分かるな? まあ、友好を望まないのであればそちらに大きな痛手はないが」

 

 とはいえ大魔法士はコーラルを嫌っている、見捨てていると伝えている。

 これは周辺諸国に対して心証的に大層なビハインドとなるだろう。

 

「コーラルにどれほどの事が起ころうと、どれほどの不幸が訪れようと、どれほどの災厄に苛まれようと、僕が出向くことはない。むしろ前例がある分、僕自身が災厄になるかもしれない」

 

 もちろん、優斗は今言ったことを全て撤回する気はない。

 

「理解してるな?」

 

「……心臓が悪くなりそうなことを言わないでほしいね」

 

「悪い、カイアス」

 

 謝るポーズを優斗が取ると、カイアスが苦笑した。

 

「いや、これも親戚ならではと思うことにするよ」

 

「僕が満足する結果が得られることを期待してる」

 

 これで話は終わり、とばかりに優斗は口を閉じようとした。

 だがデント卿が納得するわけがない。

 

「何を馬鹿なことを言っている!」

 

「馬鹿なことを言っているつもりはない」

 

 さらには元妻に優斗は視線を向け、睨み付ける。

 

「そこの女は二度と僕達の前に顔を出すな。吐き気がする」

 

 反論など許されない。

 ただの女性が今の優斗に反論できるわけがない。

 

「お前ら、誰に暴言吐いたと思ってる。ふざけるのも大概にしろ」

 

「フェイルを愚弄することに、なぜ言葉を慎まなければならない!」

 

「彼はコーラルの騎士じゃない。リライトの騎士だ」

 

 優斗は一歩ずつデント卿に近付いていく。

 そして剣を振り抜けば当たる範囲へ当然の如く進入し、言い放つ。

 

「リライトの騎士をここまで侮辱しておいて、ただで済むと思うなよ」

 

「……っ!! 聞いていればズケズケと愚かなことを!!」

 

 デント卿は手にしている剣を振りかぶる。

 けれど振り抜くことは出来なかった。

 

「ここは舞台でもなければ戦場でもない」

 

 優斗は相手の足を払い、傾いている身体からちょうどいい高さになった剣を真上に弾く。

 そして仰向けに倒れ込んだ瞬間に告げた。

 

「デント卿。場に弁えたものを携えろ」

 

 直後、弾いた剣が倒れたデント卿の真横に落ちてきて刺さった。

 恐怖に歪んだ相手の表情を見て、優斗が嘲笑する。

 

「お前の愚鈍な剣は華やかな場に沿ぐわない」

 

「き、貴様……っ!」

 

 見下す優斗と見上げるデント卿。

 一触即発の雰囲気は当に超えていた。

 それに気付いたのか、慌てて護衛兵がやってきて仲裁に入る。

 とてつもなく遅い気がするが、それだけ優斗が何も言わせないぐらいの存在感をかましていたせいだろう。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 しばし休憩室に連れ込まれる。

 主催者側には優斗の中身を知っている人がいたのか、真っ青な顔をして謝ってきた。

 状況を確認すれば、どっちが悪いのかは歴然だったのだから。

 優斗は全てを説明したあと、乾いた笑いをあげる。

 

「いや~、この国の人達には申し訳ないことをしましたね」

 

 一番の被害者は彼らだ。

 

「……ユウト。お前は本当に喧嘩っ早いな」

 

 フェイルは呆れて何も言えない。

 こちら側に非はない。

 誰の目にも明らかなことではあるし、この件が問題になったところで絶対に大丈夫だと言い切れる。

 だがそれでも、彼の立場を考えれば平然と問題事へ立ち向かうのは良いことじゃない。

 優斗は苦笑する。

 

「否定はしませんが、先ほどの対応は喧嘩っ早いわけじゃありませんよ」

 

 いくら何でも優斗だって、何でもかんでも買うわけじゃない。

 

「今回の件、彼らはリライトの騎士を侮辱した。だから引き下がっては駄目です。僕は副長とフェイルさんに護衛をしてもらっている身として、そのことだけは許してはいけない。リライトにいる貴族として、リライトにいる大魔法士として、リライトにいる異世界人としてね。だからリライトの騎士を貶めることを許す選択肢はありません」

 

「……しかしだな。今日のお前は義父上の名代として来ているんだぞ」

 

「むしろ言わなければ僕は義父さんに怒られます」

 

 どうして黙っていたのか、と。

 逆に言われていたことだろう。

 優斗は一度、大きく伸びをしてドアに向かう。

 

「というわけで、ちょっと片を付けてきますね」

 

「何をしに行く?」

 

「誰を侮辱し、誰を敵に回したのかを理解させるだけですよ」

 

 にこやかに告げるもんだが、内容はあまりにも物騒だ。

 フェイルが額に手を当てる。

 

「ユウト……。お前は本当に立場を分かっているのか?」

 

「もちろん分かっていますが、僕は聖人君子になるつもりはない。ある程度の良識を持って動いたりはしますが――」

 

 優斗はノブを回し、ドアを開けながら言ってのける。

 

「――舐めた喧嘩売られて買わないほど、歳喰っちゃいないんですよ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 会場へと戻ると、好奇の視線が幾つも飛んできた。

 けれど中には感謝を述べる者もいて、多数の人々と優斗は笑みを浮かべて応対する。

 そしてしばらくしてからカイアス達と合流した。

 

「まあ、敵意ある視線はあまりないね」

 

「……あ~、区別が付くのかい?」

 

「当然だよ」

 

 和やかに談笑しながら、優斗は叩き潰す舞台へと歩みを進める。

 

「ただ、さっきから話題の中心が副長やフェイルさんっていうのは、どういうこと?」

 

「リライトの副長がついに相手を見つけた、ということで話に花が咲いているんだよ」

 

 パーティーに出るのもレアらしい。

 そういえば各国にファンクラブらしきものもあるらしい、と聞いたこともある。

 

「副長は有名人だもんね」

 

「ついでに言えば彼の元妻ももったいないことをしたな、とね」

 

 カイアスは若干、申し訳なさそうな表情にもなる。

 為人は確かに酷かったが、あの二人が別れた理由は間違いなく彼の弟が原因なのだから。

 

「どういうこと?」

 

「彼はそこそこ有名だったらしいね。以前から近隣諸国のパーティーに出ていたらしいけど、どうして彼のような好漢がコーラルの騎士団にいるのか不思議だったそうだ」

 

「……フェイルさんのキャラを考えれば、普通の人達の間でも評価高いか」

 

「建前の美辞麗句ではなく、本音で褒められる希有な方なようだよ」

 

「ウィルも、よくそんな相手の奥さんに手を出したよね」

 

「あの馬鹿な弟は考えて手を出していたわけではないよ」

 

 優斗とカイアスは元妻を視線に入れる。

 彼女は一人、哀れな注目を浴びていた。

 

「さて、どう動くかな。今の彼女は嘲笑の的だ」

 

「軽く見ていた元夫が実は素晴らしい人物である、というのは周囲の囁きから聞こえただろうからね」

 

 けれどこれ以上、気にすることもない。

 目的の場所に着いた。

 優斗は大きく息を吸って、吐く。

 

「カイアス。僕はこれからデント卿が売ってきた喧嘩を買う。異論はないな?」

 

「異論も何も、そこから先はコーラル王が判断すべきことだよ。私はただ、後日に父と話して王へと取りなすのみだ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 そして優斗が売られた喧嘩を買って、盛大に相手を貶している頃。

 エルとフェイルがいる休憩室に招かれざる客がやって来ていた。

 思わず立ち上がる二人の表情には険が含まれる。

 

「……何をしに来た」

 

「せっかく会いに来たのに、つれないわね貴方は」

 

 まるで誘惑する毒婦のように元妻は彼の前に現れた。

 フェイルは険を含めた表情のまま言い返す。

 

「“赤の他人”がどうしてここにいる」

 

 単純に邪魔だった。

 ただ視界に入るぐらいならば、無視することだってできる。

 しかし先ほどの彼女はわざわざ自分の前に来たばかりか嘲り、罵り、馬鹿にしてきた。

 本当に邪魔にしか思えない。

 

「私、勘違いしていたわ。貴方が本当は凄いんだってこと。いつもそらぞらしい、口先ばかりだと思っていた言葉が真実だなんて知らなかった」

 

 堅苦しい挨拶、聞き流すしかないと思っていた賞賛の言葉。

 パーティーの場で、それが本当などどうして信じられるだろうか。

 あの会場は“そういう場所”ではない。

 一夜の出会いを求める場だからこそ、言葉全ては上滑りするものだと思っていた。

 

「……だから何だ?」

 

「そんな風に言わなくてもいいじゃない。私だって貴方の真実を知っていれば、あんなことはしなかったわよ」

 

 会場で元妻に聞こえてきたものは、フェイルに対する賞賛だった。

 曰く、いずれはコーラル騎士団を正す人物であったろう、と。

 曰く、リライト近衛騎士団においては、すでに重役であろう、と。

 曰く、天下無双に目を掛けられるなど、噂に違わぬ実力であるのだろう、と。

 たくさんのフェイルを賞賛する声が元妻の耳に入ってきた。

 だから彼女はこう思った。

 自分は選択を間違えたのだ、と。

 

 “逢瀬を彼に明かさずにいればよかった”。

 

 そうすれば、いずれ自分はもっと上にいたはず。

 故に間違えた選択は正すべきだ。

 そして正すのは簡単。

 元に戻ればいいだけなのだから。

 

「復縁、という話だって世の中にはたくさんあるわ」

 

「……世の中に、だろう? 俺とお前の間には存在しない」

 

 フェイルは声が段々と大きくなっていくのが自分でも分かった。

 押し留めている感情が抑えきれなくなって怒鳴りたくなる。

 右手はすでに震えんばかりの握り拳を作っていた。

 その時、

 

「フェイル」

 

 凛とした声と共に、右腕に確かな重みを再び感じた。

 隣を見ると、いつも表情を変えないエルが僅かに目尻を下げて笑っていた。

 『私がいます』と。

 怒る必要も何もない、と。

 そう言っているかのような表情だった。

 エルは先ほどよりも彼を引き寄せ、元妻に言い放つ。

 

「貴女はフェイルの妻という立場を捨てた身。これ以上“私のフェイル”に何か用でしょうか?」

 

「……女であることを忘れた騎士が、まさか彼の恋人とでも言うつもりかしら?」

 

「ええ、彼は私の恋人です。これほど騎士として、人間として優れている方なのです。私が恋慕の情を持つのも当然というものです」

 

 エルはフェイルの良いところをたくさん知っている。

 真面目で礼儀正しいところ。

 けれど結構融通が利くところ。

 子供好きなところ。

 面倒見がいいところ。

 もっともっと、たくさんの良いところを僅か数ヶ月の付き合いだったとしても知っている。

 だからこそ許せない。

 目の前にいる女が。

 

「男を喜ばせる術すら知らない生娘がよく言うわ。言ったでしょう? 貴女は女として追求すべきものをしていない。女ですらないと。女にだって男に寄り添う為には相応しい格があるのよ」

 

 あまりにも辛辣。

 けれどエルはある意味で事実だと知っている。

 人生の大半を剣と向き合ってきた。

 流行のファッションにも興味がない。

 化粧も男性の好みというものを考慮したことはない。

 男に見向きしたこともない。

 付き合ったこともない。

 恋をしたこともない。

 甘酸っぱい経験すら身に覚えがない。

 

「私は確かに女として求めるべきことを忘れているでしょう」

 

 格付けをするなら最下位と言っても過言ではない。

 確かに間違っていない。

 反論する気はない。

 

「ですが女であることを忘れた覚えはありません」

 

 最下位だったとしても。

 見合わないのだとしても。

 自身が女であることを忘れることはない。

 

「これ以上、話し合いは不要ですね。フェイル、行きますよ」

 

 彼と連れだって歩き始める。

 そして元妻の隣を通り過ぎようとした時、

 

「待ちなさい! 話は終わってないわ!」

 

 肩を掴まれた。

 伝わった手の平の感触は柔らかく、彼女は本当に女性なのだとエルは思う。

 だからこそ問いかけた。

 

「貴女はフェイルがリライトへ来た理由を知っていますか?」

 

「……なんですって?」

 

「私は知っています」

 

 彼がリライトに来た理由を。

 初めて出会った時に、優しげな笑みで教えてくれた。

 

「フェイルは己が存在を騎士とする為にリライトへ来ました」

 

「……何を言ってるの? この人はずっと騎士だったわ。リライトへ行く必要なんてないじゃない」

 

「違います」

 

 ああ、まったくもって違う。

 彼には彼が求める理想の騎士像がある。

 

「フェイルは『本当の騎士』でいたいからリライトへ来たのです」

 

 そして自分が騎士であるが為に大切なものがある、と。

 リライトならば手に入ると思ったから、と。

 彼はそう言っていた。

 ちらり、とエルはフェイルを見る。

 驚きたいけれど、必死に押し隠しているのが見て取れて表情が少し崩れた。

 

「私は確かに彼に『女が側にいるからこその評価』を与えることは難しいでしょう」

 

 当然だ。

 エル=サイプ=グルコントは女の追及をしていないから。

 

「けれど私は彼が求めているものを与えることができます」

 

 ただ一つ。

 彼が求めているもの。

 

 

 “幸せになりたい”

 

 

 コーラルでは出来なかった。

 無理だった。

 彼一人ではどうしようもないことだったから。

 

「貴女がフェイルに与えなかった……、けれどフェイルが欲しているものを私は彼に与えることができます」

 

 肩に掛かった彼女の柔らかな手をエルは外す。

 

「フェイルに貴女は不要です」

 

 そして今度こそエルはフェイルと共に会場へ去って行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休憩室を出て、二人になったところでフェイルはエルに問い掛ける。

 

「エル殿。どうして、その……」

 

 あのような嘘を言ったのか。

 正直、驚きを隠せない。

 エルはフェイルの顔をちらりと見ると、事も無げに言う。

 

「私の部下に余計なちょっかいを出されてはたまりません。終わった関係であるのならば、手出しをされることが不愉快です。故に物語的ではありますが、ああいった形を取らせていただきました」

 

 まるでユウト様とフィオナ様のようではありませんか? なんて彼女は表情を崩す。

 フェイルも先ほどのやり取りに例えを持ち出されると、驚きから一転してくすりと笑った。

 

「ありがとう、エル殿」

 

「気にすることはありません。私とてユウト様ほどではありませんが怒っていますから」

 

 フェイルの元妻であろうと関係ない。

 だから言ったまで。

 

「しかしあいつはエル殿に対して無礼この上ない台詞だった」

 

「いえ、間違ってはいません。自分でも女性としての魅力があるとは言い難いと思っています」

 

「そうなのか?」

 

「ええ。パーティーでも作法は知っていますが、回りの女性達のようにエスコートされるような華になれるとは思っていません」

 

「そんなことはないと思うが」

 

「いえ、事実です」

 

 エルはきっぱりと言う。

 一応は貴族の身ではあるが、パーティーに興味はない。

 だからエスコートのされ方などは一応、知識として知っているだけ。

 されようと思ったこともなかった。

 

「ですので、先ほどから思っているのですが……」

 

 エルは隣を歩いているフェイルの腕に掛けている、左手を視界に入れて苦笑いした。

 

「殿方と腕を組むというのは、少々照れますね」

 

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