第189話 作文不可能な出来事

 

 ダンディの腕から降りた愛奈は、可愛らしく両手を広げて通せんぼしていた。

 

「とおっちゃだめなの」

 

「し、しかしアイナ様……」

 

 ほとほと困った表情をしているのはレンド。

 勇者の仲間ということは、彼にとっても仲間だ。

 だからこそ行きたいのだが愛奈が……というよりは後ろにいるハゲが凄まじい威圧をしている。

 

「おにーちゃんがいってたの。だからだめなの」

 

 兄のお願いを全力で頑張ろうとする愛奈。

 こんな姿を見せられたら、地味に通りにくい。

 クラインも同様に困った様子を見せていた。

 

「だ、大丈夫なのでしょうか? いくらユウトとはいえ……」

 

 確かに勇者達ではどうにも出来なさそうだからこそ、表向きの相談がそれで通った。

 故に危なさがある。

 しかしダンディは何一つ問題なさそうな表情をしていた。

 

「何を心配する必要があるのだ?」

 

「危険なんです。あの場所は……」

 

「……ふむ。どうやらユウト殿に対する認識の誤差があるようだのう」

 

 確かに彼がここで見せているのは兄バカだ。

 というか兄バカで、兄バカで、兄バカしか見せてないように思える。

 だがあくまで一面であって、本来は違う。

 

「クライン殿にレンド。あの者は今の世に蘇った最強の意を持つお伽噺だぞ」

 

 国すら容易に破壊できる圧倒的な存在。

 

「我々が“危険だと思う程度”であれば、問題などない」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 森の中を突っ切り、仲間がいる場所へと辿り着く。

 五人の少女はSクラスからBクラスまで、多々の魔物に囲まれていた。

 襲う機会を見計らっているのか、それとも余裕を持っているのか、魔物は円状になって少女達の様子を伺っていた。

 モールは魔物の注意が少女達に向かっている僅かな隙を見て、彼女達の前に立つ。

 

「みんな、無事か!?」

 

 問い掛ければ、全員が頷いた。

 そして勇者は剣を抜き、皆を守るように警戒する。

 

「すまない。元はといえばオレの責任だ。だからみんなのことはオレの命に代えても――」

 

「勇者が雑魚に命をあげるな、バカ」

 

 お決まりのような格好良い台詞をキャンセルする罵倒。

 次の瞬間、声の主が魔物を飛び越えてモールの前へと立った。

 

「大魔法士!?」

 

「やっほ。ランニングがてら、ついてきたよ」

 

 ひらひらと手を振って優斗はにこやかに笑みを浮かべる。

 そして周囲にいる魔物を見据えた。

 

「これは確かに相談したくもなるね。ラスボス前のダンジョンか何かにしか思えない」

 

 強力な魔物が十数体、囲んでいる。

 明らかに通常の場所とはレベルが違う。

 

「手助けしてあげるよ。バッドエンドにデッドエンドって笑えないから」

 

 強張った表情の彼らを尻目に優斗は飄々と話す。

 魔物達は得物が増えて嬉しいのか、僅かににじり寄ってきた。

 

「まさか……倒せるのか?」

 

「まあ、倒せるかと問われたら余裕って答える。とはいえ僕としても、勝手に倒したら今後が余計なことになりそうだから倒さない」

 

「どういうことだ?」

 

「君の沽券には関わるし、僕も魔物退治なんかで他国に呼ばれるのはめんどい。というわけで」

 

 優斗は笑みを崩さずにモールへとんでもないことを告げる。

 

「こいつら、退けさせるよ」

 

「ま、魔物が話を聞くと思ってるのか!?」

 

 聞いた瞬間、モールの顎が外れそうになった。

 何を言っているのだろうかと意味が理解できない。

 もちろん優斗も彼の反応のほどは想像の範疇だ。

 

「いいや、思わない。だから本能で勝てないと知らしめる」

 

「……本能?」

 

「お伽噺クラスのSランクなら無理だろうけど、こいつらならね」

 

 あくまで通常範囲の魔物ならばやれる。

 

「君達、ちょっと我慢だよ」

 

 優斗はモール達に告げると、一度、二度、三度と深呼吸。

 

「感謝してほしいものだね。僕は殺さないんだから」

 

 戦闘前の準備のように映る。

 しかし違う。

 優斗は呼吸をする度に己へ強いている枷を幾つも幾つも外していく。

 今までよりずっと多く。

 フォルトレスを倒した時よりも、もっと多く。

 

「おい、大魔……法……士……?」

 

 最初に気付いたのは勇者であるモール。

 ずっと感じていた雰囲気に変化が起こり、僅かに……そして段々と恐ろしい気配へと変わっていく。

 次いで魔物達が気付いた。

 飛び入ってきた得物の一人の様子が恐ろしくなっていくことに。

 膨れあがる威圧感に気付いた魔物が数匹、動こうとした。

 だが遅い。

 

 

「失せろ」

 

 

 優斗が意識を魔物に向けた。

 同時、地が揺れる。

 そして身体が震えて立てなくなるほど圧迫感。

 魔物どころか人間にも差別なく襲った。

 

『殺される』

 

 その場で起きている生物全てが感じたこと。

 人間でありながら“人外”と称された力。

 人の身でありながら、お伽噺の魔物を倒し続けた人物と同じだと語られる存在。

 壁を越えた先に辿り着いた者の殺気が、戦うまでもなく未来を悟らせた。

 “死”という不可避の事実を。

 動きだそうとしていた魔物も足が、全く逆の方向へと動く。

 我先にとばかりに消えていく。

 しかもモールの耳に届く音は周囲にいる魔物が逃げる足音だけではなかった。

 視界に映らない範囲にいる生き物全てがこの場から逃げるように足音を立てて消えていく。

 優斗は魔物が全て逃げ終えたのを見届けると、大きく深呼吸。

 

「はい、終わり」

 

 剣も魔法も一切使わず、戦闘は終了した。

 

 

       ◇      ◇

 

 

「情けないね、モルガストの勇者。まさか腰が抜けるなんて」

 

 数十分後、優斗達は王城へと歩いていた。

 モールはあり得ないとばかりの視線を優斗に送る。

 

「何者なんだよ、お前は」

 

「だから大魔法士だって」

 

 意識は魔物へと向けていたとはいえ、あの威圧感はほぼ無差別に全員を襲った。

 少女達は無論のこと気絶し、勇者のモールでさえ気絶寸前で地面にへたり込んで立てなかった。

 

「本当に人間か?」

 

「よく言われる」

 

 気軽なやり取りをしている優斗とモール。

 背後にいる少女達が訝しげな視線を送った。

 モールは視線に気付くと、僅かに笑みを浮かべる。

 

「みんな、こいつは姫様を狙っているわけじゃない。相談を受けていただけだ」

 

 ほっとした様子を見せる女性陣。

 モールは肩をすくませ、なるべく三枚目に見えるように平然を装い、

 

「とはいえ、姫様にはもう決まった相手がいる。オレが手を出したら馬に蹴られるよ」

 

 決して傷ついていないわけではない。

 けれども、それを表には出さない。

 女の子達も各々、色々な反応を見せた。

 喜びも悲しみも驚きも。

 しかしモールは気にせずに歩いて行く。

 そしてレンド達のところへと再び戻ってきた。

 

「勇者様。お怪我は?」

 

「モール、大丈夫だった?」

 

「大魔法士が終わらせてくれました。問題ありません」

 

 クラインとレンドがほっとした表情を優斗に向けると、彼は大精霊を還していた。

 そして愛奈が優斗に飛び込む。

 

「おかえりなの」

 

「ただいま。愛奈はちゃんと見張れたみたいだね」

 

「うんなの」

 

「よしよし、良い子だ」

 

 わしゃわしゃと愛奈の頭を撫でる。

 と、そこで初めて勇者が妹に話しかけるため、近付いてきた。

 

「お前の妹か?」

 

「そうだけど……愛奈にラッキースケベかましたら殺すよ?」

 

 にこやかな談笑を装っているが、言葉の節に籠もっている殺気は先ほどのものと相違なく、

 

「冗談抜きで言うのはやめてくれ」

 

 いくらモールとて、愛奈は対象外だ。

 というか僅かでもその気を見せたらマジで半殺しくらいにはなってる。

 

「…………あっ、そうなの」

 

 すると二人のやり取りを見ていた愛奈が、ポケットからメモ帳みたいなものを取り出して、何か書き始めた。

 

「愛奈、それなに?」

 

「アリーおねえちゃんからもらったの」

 

 少し自信満々な愛奈。

 ちょっと借りて、パラパラと捲ってみる。

 

「えっと……なになに。『アリーお姉ちゃん監修、お兄ちゃんになる為の道』……だって?」

 

 あまり良い予感がしない。

 優斗は幾つかアリーが書いている項目を読み進める。

 最初に書いてあったのは、

 

 ・とりあえず脅す

 ・とりあえず見下す

 ・とりあえず蔑む

 

「削除っ!」

 

 手に取っていたページを思い切り破る。

 唐突な兄と行動に妹が首を傾げたが、優斗はもの凄く爽やかな笑みを浮かべた。

 

「アリーお姉ちゃんじゃなくて、お兄ちゃんが作ってあげるから」

 

 ぽんぽん、と愛奈の頭を撫でながら優斗は誰にも聞こえないぐらいに小さく毒づく。

 

「アリーの奴、戻ったら覚えてろ」

 

 こめかみが軽くひくついた。

 ダンディとモールが目敏く見つけて、頬を掻く。

 

「ユウト殿? 一瞬、凶悪な顔になっていたが……」

 

「おおよそ、大魔法士が浮かべる表情じゃなかったな」

 

「……ああ、気にしないで。うちの王女様の悪戯を見つけただけだから」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 やることはやったので、優斗と愛奈は高速馬車で帰る準備を始める。

 ついでにクラインへ最終確認を行う。

 

「僕が言質としたのは二つ。レンド君を貰うと言ったこと。そして――」

 

 真っ直ぐに彼女を指差し、

 

「――君が“場所を問わず王族でなくなってもいい”ということ」

 

 たった二つの言質が選択肢を一つへと導く。

 

「後は僕がレンド君に評価したことを組み合わせれば、どうにでも出来るね?」

 

「はい。お任せ下さい」

 

 クラインは次いで、愛奈のところへ歩くとしゃがみ込む。

 

「アイナちゃんもまた、いらしてくださいね」

 

「うんっ!」

 

 嬉しそうに頷く愛奈。

 

「あいなのおもったとおりなの。クラインさま、おにーちゃんとおねーちゃんみたいになれたの」

 

「……あら、そういえばそうですね」

 

 クラインは柔らかい表情を浮かべる。

 

「アイナちゃんはすごいです」

 

 和やかに話し合う二人。

 優斗はレンドとも話す。

 

「頑張れ」

 

「はい」

 

「クラインを幸せにしてあげて」

 

「……はい。ありがとうございます」

 

 それだけで通じるものがあったのだろう。

 握手をする。

 

「もし『瑠璃色の君へ』のチケットが取れたら見に来なよ。本物にも会わせてあげるから」

 

「頑張って取りたいですね」

 

 ポンポンと優斗はレンドの肩を叩いた。

 そして最後に全員でダンディへと向く。

 今回の切っ掛けの人物に感謝をするために。

 

「ありがとう、ダンディ。貴方こそ最良の友です」

 

 クラインが頭を下げ、

 

「ダンディ様。お手数をおかけしたこと申し訳なく思い、また感謝します」

 

 レンドも頭を下げ、

 

「愛奈の情操教育に役立ったよ。ありがとね」

 

 優斗は軽く手を挙げ、

 

「ピカおじちゃん、たのしかったの」

 

 愛奈は笑顔。

 一方のダンディはいきなりのことで面を喰らったようだが、

 

「なに、気にすることはない。友の窮地とあらば、助けるのが当然というもの。それに偶然とはいえ元気な娘っ子にも会えて儂も嬉しかったしのう」

 

 豪快に笑う。

 縁の下の力持ちという役割だった今回だが、これはこれでダンディも楽しかった。

 

「また皆とは会うこともあろう。次代の世界の一端を担う我々がこうして好ましい間柄になれたことを、儂は嬉しく思う」

 

「そうだね」

 

「ですね」

 

 特に筆頭の三人は互いに笑い合う。

 

「名残惜しくはあるが、今日はこれにて解散としようかの」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 優斗達はリライトへと戻り、いつものように我が家へと帰ってきた。

 そして優斗にはちょうどいい標的もそこにいる。

 

「ユ、ユウトさん!? 痛い痛い痛たたたたた!! 痛いですわ!!」

 

「ほーう、それはよかった。痛いようにやってるんだからね」

 

 アリーの頭を両の拳で挟んでグリグリと締め付ける。

 おおよそ王女にやることではないが、やられても仕方がない。

 修がタイミングよくやってきたが、今一意味が分からないのでフィオナに訊いてみる。

 

「アリー、なにやった?」

 

「どうにもあーちゃんへ渡したメモ帳に、あることあること書いたみたいです」

 

「あることしか書いてねーのにやられてんのか」

 

「あーちゃんの将来には不適切な内容だったらしくて」

 

 くすくすと笑うフィオナ。

 修はフィオナの膝に座っている愛奈に目を向け、

 

「旅行楽しかったか?」

 

「楽しかったの!」

 

 そして拙いながらも昨日今日とあった出来事を説明する愛奈。

 フィオナも修も微笑ましく聞く。

 するとマルスとエリスもパーティーから帰ってきた。

 

「おかえりなの」

 

「ただいま、アイナ」

 

 フィオナの膝の上から降りた愛奈はエリス達のところへとパタパタ歩いて行く。

 

「どう? 作文は書けそう?」

 

「うんっ、おにーちゃんすごかったの!」

 

 そしてエリスとマルスにも話を始める。

 すると出るわ出るわ。

 主に優斗がやったことが。

 

「……まあ、あの子がいたらイベント満載よね」

 

「確かにユウト君は様々なことに巻き込まれるね」

 

 というか一国の王女の恋愛を二日で終わらせるとかやり過ぎだ。

 

「むしろあり得なさすぎて事実かどうか疑われるレベルだろう」

 

「……大丈夫かしら?」

 

「問題はないと思うよ。ユウト君の登場シーンを除けば、だが」

 

 両親は未だアリーに攻撃してる優斗へ視線を向ける。

 

「我が義息子ながら、本当に呆れ果てるほど常識外よね」

 

「でなければ大魔法士などと呼ばれないのだろう」

 

 愛奈からの話で特に嘘くさいものになると、魔物を気合い一発で逃げ帰らせたらしい。

 娘自身は見ていないらしいのだが、優斗から聞いたと。

 とりあえず事実なのだろうが、こんなもの書いたところで嘘としか思えない。

 

「……アイナが書いたら、私達が確認しないと駄目だわ。お兄ちゃんが非常識すぎて」

 

「そのまま書いてしまったら、頭がおかしい兄がいるとしか思えないからね」

 

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