第106話 小話⑤:勢い任せ&恐怖、アリーの散髪事件!!

※勢い任せの平常

 

 

 

 

 

 

 

 

 優斗がフォルトレスを倒した、というのが情報としてアリーに伝わってきた頃。

 国外組以外が集まっていた。

 

「そういえば気になっていたのですが」

 

 いつも通りの場所で、マリカを抱っこしながらアリーが修に訊いた。

 

「シュウ様もユウトさんみたいにビリビリするような空気とか出せますか? こう、こっちが息苦しくなって身体が震えるようなやつです」

 

 アリーは修なら出来ると思っていた。

 優斗が出来るなら修も、というのは彼らの共通認識だ。

 けれど修は首を横に振る。

 

「無理言うなよ。あいつの威圧やら殺気って、割とマジで酷いんだぜ。純粋な殺気だけでもあいつの場合は全方位に向けてゾクっとさせるし、正直意味分からんけどよ。今はそれに精霊が感応して空気が震えてる……みたいな感じだ。あいつ以外、出来ねえよ」

 

 少なくとも人間単体で出来る代物じゃない。

 

「あいつがあれ出来るようになったのって、龍神の指輪を得てからだぞ」

 

「……ユウトさんが出来るのだから、シュウ様も出来そうな気がしてましたわ」

 

「まあ、精霊術使えない俺じゃ無理な話だ」

 

 修は笑ってマリカの頭を撫でながら「パパはすげーんだぞ」と言えば、マリカは大きく頷いた。

 その光景を見ていたココがちょっとした疑問。

 

「なんていうか、マリちゃんってアリーに抱っこされてると満足そうな顔してます」

 

 他のメンバーの誰が抱っこするより、アリーの抱っこの時が一番安心しているような気がする。

 

「わたくしの抱っこの仕方が上手なのでしょうか?」

 

「フィオに抱っこの仕方、教えて貰いました?」

 

「わたくしは自己流ですわ」

 

「わたしは教えて貰ったんですけど……どうしてなんです?」

 

 ココの疑問に全員で首を捻っていると、ふと和泉が何かを思いついたような顔をした。

 

「……そうか」

 

「和泉、何か分かったのか?」

 

 修が面白げに訊く。

 すると、だ。

 とんでもない返答がきた。

 

「胸だ」

 

「……あんだって?」

 

 耳がおかしくなったのかと思い、修がもう一度訊く。

 

「だから胸だ。ココでは絶対的に胸が足りない。というわけでマリカも不満というわけだ」

 

 瞬間、和泉の隣に座っていたレイナから音速のげんこつが入った。

 

「……なんつーか、和泉ってよ。時折セクハラ担当にもなるよな」

 

「地味にココだけではなく、わたくしにもセクハラですわ」

 

 修とアリーが大きくため息をつく。

 ココは逆に憤る。

 

「む、胸!? だ、だったらこれからラグに頑張ってもらって、大きくしてもらいます! それでバーンッッ! なアリーとかフィオに勝ってみせます!」

 

 ぐっと握り拳を作るココ。

 

「……ラグってあれじゃなかったっけか? この間、ココにキスされたぐらいで衝撃のあまり気絶したんだろ?」

 

「わたくしもそれは伺いましたわ」

 

 話を聞けば、ココが会いに行ったときに初めてキスをして……結果、起こったことの衝撃と幸福のあまりに気絶したらしい。

 なんとも残念すぎるラグに、修とアリーも残念でならない。

 するとげんこつの痛みから復活した和泉がいつも通りの表情で、

 

「初夜を迎えたら、次の日死んでそうだ」

 

 とりあえず酷いことを言い、レイナが、

 

「むしろ、ココはこの歳であれだ。高望みはしないほうが良いと思うが……」

 

 軽くココに合掌する。

 最後にまた和泉が切り捨てるように言った。

 

「ロリ巨乳も悪くはないが……いかんせん、ツルペタ枠が無くなるな。却下だ、ココ」

 

「うわ~~っ!! 最悪! 最悪です、この人達!」

 

 ぎゃ~ぎゃ~騒がしい、いつものやり取り。

 そこにもう一人、やって来た。

 

「守衛長のバルト殿に伺ったら、中に入っていいと言われたのだが……」

 

 先ほど話題のラグがココ達に近付いてくる。

 すると婚姻相手が騒いでいる姿が見えて、

 

「ココ、どうしたのだ?」

 

 とりあえず訊いてみる。

 

「ラ、ラグ! わたしの胸を大きくしてください!!」

 

「…………」

 

 婚姻相手の第一声に、ラグが固まった。

 

「…………っ」

 

 そして内容を咀嚼し、

 

「――ッ!」

 

 鼻血を吹いて倒れた。

 大慌てでココがラグに駆け寄る。

 まるでコントのようなやり取りに修とアリーは、

 

「王族ってこんなんなのか?」

 

「わたくしだって、一年前はラグさんみたいに純粋でしたわ」

 

「……一年の歳月ってこえーな」

 

「むしろシュウ様達の影響力が怖いですわ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 数分ほどしてラグが復活し、散々いじられた後、

 

「マリカちゃん、ユウトさんみたいなつむじになってますわ」

 

「あう~?」

 

 アリーが抱っこしているマリカの頭を見て、旋毛付近の髪の毛をくるくると弄る。

 くすぐったそうにマリカが喜んだ。

 

「アリシア様はよく知っているな」

 

「アリー、どうして知ってるんです?」

 

 ラグとココが不思議そうな顔をした。

 普通、他人の旋毛がどうなっているかなど知らない。

 けれど修が納得したように、

 

「あれじゃね? 恐怖、アリーの散髪事件!」

 

 大げさな表現をした。

 

「ああ、あれか」

 

「なるほど、あれです」

 

「あれは……実に恐ろしい出来事だった」

 

 和泉、ココ、レイナが瞬時に把握した。

 

「じ、事件みたいに言わないで下さい!」

 

「つっても……なあ」

 

 修が周りに同意を求めた。

 

「修と優斗をあそこまで怖がらせた奴など、そうそういない」

 

 よりにもよってこの二人を、だ。

 誰にとっても印象深い出来事になる。

 

「ハサミが耳掠めるし、『あら?』とか言って髪の毛がどさっと落ちた時は坊主も覚悟したんだぜ」

 

「シュウが不安そうな顔で『か、髪! 髪の毛あるか!?』と訊いてきた時は笑えた」

 

 レイナもあそこまで焦っている修を見たのは初めてだった。

 

「ユウなんて終盤、顔が真っ青でした」

 

「前髪部分でハサミが真横にばっさり入れば、さすがの優斗も焦るだろう」

 

 結果としては散髪屋の人に手直ししてもらい普通の髪型に落ち着いたのだが、当人にしてみれば気が気でなかっただろう。

 

「練習したいのに、タクヤさんもイズミさんも切らせてくれませんし」

 

「あの光景を見てアリーに任せる奴はいない」

 

 レイナが断言する。

 

「けれど最終目標は女子の髪の毛を切ることですわ」

 

「……諦めろよ、アリー」

 

 

       ◇      ◇

 

 

「しかしながら、マリカ様は龍神様なのだが……そちらは平然と接しているな」

 

 回し回しにマリカを抱っこしたりする5人。

 ラグは恐れ多くて未だマリカには触れられない。

 

「龍神つったって、姪っ子だからな」

 

「姪っ子?」

 

 ラグが首を捻る。

 

「わたくしの従兄の娘――従姪ですし」

 

「従姪?」

 

 さらにラグは首を捻った。

 

「マリちゃんはわたしの姪っ子でもあります」

 

「俺にとってもそうだ」

 

「まあ、私もそう言って差し支えはないだろう」

 

 続々と出てくる返答にラグは困惑を隠せない。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。意味が分からない」

 

 いったん、落ち着いて整理しようとする。

 

「ユウト様とシュウは兄弟なのか?」

 

「血は繋がってないけどな。俺ら異世界組は兄弟って言って問題ねーよ。これはちょっと口では説明し辛いんだけど、義兄弟の杯を交わした、みたいに言えば問題ねーか? まあ、やってねーけど」

 

 修の返答にラグはなんとなく、理解はできた。

 ということで、次。

 

「アリシア様とフィオナ様はいとこ同士なのか?」

 

「いえ、わたくしとユウトさんがいとこなのです」

 

「……ユウト様は異世界人では?」

 

 いとこ、というのはおかしい。

 

「前にネタの一つとして従妹になったのですが、特に否定する要素はないですし。なのでこの場では、ユウトさんの従妹ですわ」

 

「……そ、そうなのか」

 

 頷きがたい話ではあるが、そういうことなのだろう。

 

「ではレイナ殿は?」

 

「こいつらに姉きゃら? だの何だの言われてな。私も兄弟はいないし、こいつらの扱いも端から見て私の弟や妹みたいに見えるらしい。まあ、私とユウト、タクヤ、クリスが仲間の中でいわゆる年長組だな」

 

 つまり姉というよりは……姉貴ということなのだろう。

 

「ココは確か、前に全員の妹分と言っていたな」

 

「アイちゃんが来ても、扱い変わらないです」

 

 二人目が現れた、というだけ。

 和泉はココに大きく頷きながら、

 

「残念ながらココは妹でキャラ固定されている。小さくてツルペタ。これで姉など許さん」

 

「ズミさん、性格も考慮してください!」

 

「したところで無駄だ」

 

「無駄じゃないです!」

 

「このやり取りが兄と妹のやり取りにしか思えない。却下だココ」

 

「せ、せめてズミさんぐらいは弟に! シュウはペットでいいですから!」

 

「身長伸ばせ、普乳になれ。まあ、無理だが」

 

「さらっと否定とか悪魔ですかズミさんは!」

 

 和泉の断言にココがぶーすか文句を垂れる。

 さらにはレイナがからかうように、

 

「そうなると、アリーだけ従妹だな」

 

「……えっ? あれ? ちょ、ちょっと待って下さい! あ、姉でいけますわ、わたくし!」

 

「いや、姉は無理じゃね? つーか、んなこと言ったらフィオナなんて『私は優斗さんの妻です』で終わるぞ」

 

 簡潔にスパっと言いのける。

 フィオナだったら間違いない。

 

「時折、あいつらが本当に結婚していると錯覚するな」

 

 和泉も彼らの“夫婦”が他国向けの設定だということを忘れそうになる。

 しかし、和泉の言葉を聞いて心底驚いたのが一人。

 

「ユウト様達は結婚していないのか!?」

 

 ラグがあんぐりとした顔をさせた。

 

「あっ、そういえば説明してませんでした」

 

 というかココは設定だということを忘れていた。

 なので、和泉が説明する。

 

「あくまで優斗とフィオナが夫婦なのは余計なちょっかいを出されないためにある他国向けの設定であり、正確には婚約者であって結婚していない。ただ……」

 

 和泉の後をレイナが継ぎ、

 

「あの二人の場合、なんていうかもう……な」

 

 締めはアリー。

 

「熟年夫婦と新婚バカップルの雰囲気を無意識に持ってる二人ですわ」

 

 そう見せている、ではなくて、そうなっている。

 

「特にフィオは反射で答えるのが恋人でも婚約者でもなく、妻ですから。だからわたしも設定だっていうの忘れてました」

 

 フィオナの気分としては100%奥さんなのだろう。

 

「こう、傍目から見るとユウとフィオは釣り合ってないように思えるんですけど……」

 

「顔のみを見ればな」

 

 レイナがそこだけは納得する。

 優斗が中の上だとすれば、フィオナは特上。

 もちろん笑みを浮かべた表情だったり、優しい表情の優斗だとそこまで意識はしないのだが、互いに普通の表情をしている時だとやっぱり歴然とした格差がある。

 

「ただ、ユウの場合は中身がおかしいです」

 

 常人と比べてはいけない。

 レイナが改めて述べる。

 

「一応は貴族だが、『異世界の客人』の名が出れば必要ない。しかもこれだって『大魔法士』の前には意味がない」

 

「フィオナさんの地位と美貌ですと大国の王妃になっても違和感はなさそうなものですが、実際は大魔法士の妻ですから」

 

「なんというか……全体的だとフィオナの方が下に見られそうなのが、本当にとんでもない」

 

 レイナから見ても、そう思う。

 1000年ぶりの大魔法士に対して、たかが公爵家の娘と言われそうな気がしないでもない。

 

「だけど優斗なんてフィオナじゃねーと無理だしな。しょうがねぇだろ、それは」

 

「しかもさらに酷いのが、フィオの美貌に目を付けて無理矢理に娶ろうとする人がいれば、国ごと即破壊。ユウを狙って女性を差し向けても、フィオに勘違いされようものなら即破壊。ユウの性格から考えたら躊躇い無しです」

 

「国政から考えれば、とんだ爆弾ですわね。まあ、これに関しては先月から冗談抜きで各国に通達を出しているので、王族で大魔法士夫妻に手を出す人はいないと思いますわ」

 

 一人の女性にちょっかい出しただけで滅亡騒ぎだ。

 残念なことに冗談じゃない。

 こんな『バカな!?』と言いたくなるような通達を出すとはリライトも思わなかった。

 

「しかし、いつもながら思うが修と優斗は単位……というか規模がおかしくなる」

 

「小説などで『私を倒したくば、あと100人は連れてこい』というのがありますが、シュウ様達ですと100万人ぐらいになりそうですわ」

 

 アリーの言い草にレイナがもっともだ、と頷く。

 

「一歩間違ったらセリアールごとお陀仏だからな」

 

「人間技じゃありませんわね」

 

「ペットだから人間じゃないのは分かるが」

 

「分かるなよ!」

 

 修がツッコミを入れたところで、全員はふと思い出す。

 

「……あ~、そういえば最初、何の話してたっけか?」

 

 ずいぶんと話がずれたような気がする。

 

「えっと……マリちゃんです」

 

「ああ、そっかそっか」

 

 最初の話題を思い返して、修はラグに向く。

 

「んなわけでよ、マリカは俺らにとって家族にできた娘なんだよ。龍神とか関係ない」

 

「マリカが龍神だから大切、というだけではない。マリカだからこそ、姪っ子だからこそ私達はマリカを大切にしている」

 

 修とレイナが締めの言葉を告げる。

 途中、話題のおいてけぼりを喰らっていたラグだが、彼らの言葉にはしみじみと頷いた。

 

「龍神様ではなくユウト様とフィオナ様の子供か。だからこそマリカ様は愛らしいのだろうな」

 

 龍神だから愛らしいのではなく、優斗とフィオナの娘だから愛らしい。

 

「そう、マリカ様は愛らしい。それはユウト様が素晴らしいからであり、フィオナ様が美しいからだ」

 

 つまるところ、

 

「お二方の子供なのだ! 可愛くないわけがない!」

 

 突然のラグの豹変にぽかん、とする他全員。

 

「ラグに変なスイッチ入りました」

 

「……ラグは私と同じ一般人枠だと思っていたが……違ったか?」

 

「普通な奴がココを嫁にするわけねーだろ。ココ、俺らの仲間なんだぜ」

 

 まともなわけがない。

 

「……ちょっと待て。その理論からすると、私も一般人枠から外れていないか?」

 

「わたくし、レイナさんが何を仰りたいのかちょっと分からないですわ」

 

「戦闘狂が何言ってるんです?」

 

「一般人枠に入れると思ってんのか?」

 

「レイナ、お前は残念美人枠だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、わたしとラグの子供だって、絶対可愛いです」

 

 マリカを見ながら、ココもあらためて将来のことを妄想する。

 

「ココのちんまりさとラグのイケメン合わせた男の子になったらどうすんだよ?」

 

「ショタコンに狙われそうだ」

 

 誰もが想像したことを、和泉がさらっと言いのけた。

 

「和泉、何だそれは? ロリコンみたいなものか?」

 

「当たりだ。ラグみたいな女がココみたいな男を好きな場合、ショタコンと言う」

 

「そうか」

 

「言い回しが秀逸ですわね」

 

 アリーがくすくすと笑った。

 すでにラグとココは諦めている。

 なのでさくっと話題を変えた。

 

「じゃあ、これからは例え話になりますけど、ズミさんとレナさんの子供だったらどんな感じですかね?」

 

 皆の視線が和泉とレイナに集まり……そして、思わず彼ら以外が集合。

 

「……こいつら、どうなんだよ?」

 

「付き合ってるのかどうなのか、誰も切り込めてませんわよね?」

 

「わたし、訊く度胸ないです」

 

「ならば私が訊いてみよう」

 

 ラグが付き合いの浅さを活かし、二人に尋ねる。

 

「お二方は恋人同士なのか?」

 

 直球の質問に対し、和泉とレイナは互いに顔を見合わせる。

 

「どうだ?」

 

「どうだろうか?」

 

 そして首を捻ったあと、二人して修達を見て、

 

「「 どうなんだ? 」」

 

「「「 こっちに訊くな!! 」」」

 

 

       ◇      ◇

 

 

「それじゃあ、アリーとシュウの子供だったらどうです?」

 

 ニヤリと人の悪い笑みを浮かべながら、ココがぶっ込む。

 瞬間的にアリーの顔が赤くなった。

 けれど修は平然と、

 

「俺とアリー? まあ、可愛いんじゃね? アリー美人だし、男でも女でも良い子になるだろうし、問題なさそうだ」

 

 全員の顎が外れそうなことを言ってのけた。

 思わず、和泉達の時と同様に修とアリー以外が集合。

 

「……シュウの天然か?」

 

「いや、修の場合は何も考えていない」

 

「これだからアリーが残念なんです」

 

「しかしながら、アリシア様は満足そうな表情だな」

 

「否定されてないですし、シュウに美人って言われて嬉しいんです、アリーは」

 

「もう一年だからな。些細なことでも喜びに持って行けるアリーは逞しくなったものだ」

 

「……和泉。それは良いことか?」

 

 嘆息する4人を尻目にアリーは顔を赤くしながら、

 

「で、でも、やっぱり王と王妃という立場上、乳母とかが必要になってしまいますし、接する機会は普通の方々より短くなってしまいますわ」

 

「いいじゃん。だったら限られた時間で、目一杯の愛情を注ぎ込めばいいんだ」

 

 そして修は爽やかな笑顔を浮かべた。

 

「俺とアリーなら出来る。そうだろ?」

 

 堂々たる宣言にアリーは言葉が出ないのか口をぱくぱくとさせ、他は絶句する。

 

「……な、何も考えてなさすぎじゃないのか? 私とてココと婚姻していなかったら、ここまで言えないぞ」

 

「考えなし、ここに極まれり……です」

 

「そうなると、私的にユウトとフィオナのやり取りは安心感があった。あの二人、無意識でラブラブだったからな」

 

「脳みそ使って喋ったほうがいいと俺は思う」

 

「……いや、ズミさんも大概です」




















※恐怖、アリーの散髪事件!!

 

 




 とある日。

 

「髪の毛を切ってみたい?」

 

「はい、そうですわ」

 

 アリーがうずうずしながら言ってきた。

 修は少しだけ悩んだ表情をするが、

 

「まあ、いいか。やってみたいんだったら頼むわ」

 

 あまりにも変なことにはならないだろう、と気楽に考えて頷く。

 ……それが阿鼻叫喚の幕開けとなった。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 場所はトラスティ家の庭。

 新聞紙を下に敷き、その上に椅子を置く。

 修はカッティングクロスを首から巻き、椅子に座った。

 アリーも鋏などは優斗がマリカ用に買ったものを使う。

 互いに準備万端。

 観客のココ、レイナ、和泉も近くにあるテーブルにつき鑑賞会。

 ということで、

 

「では、始めますわ」

 

 鼻歌でも歌いそうなぐらいに上機嫌なアリーは、まずなぜか耳付近のところへと鋏を持っていき、

 

「ていっ!」

 

 おおよそ髪の毛を切る速度ではない勢いで鋏を前へと滑らせた。

 修の耳にも僅かに触れる。

 

「……なんか今、掠めなかったか?」

 

「気のせいですわ」

 

 アリーは上機嫌なまま、髪の毛をどんどん切っていく。

 だが何となくおかしい。

 何かと問われると難しいのだが……何というか、どうにもこうにも髪の毛の落ちる速度が速いような気がする。

 それでもいいか、とばかりにアリーに散髪を任せていた。

 しかしそれも数分。

 どこからか笑い声が聞こえた。

 ちらりと修は仲間達を見る。

 すると彼らは吹き出しそうな感じで様子を見ていて、

 

「……お前ら、どうして笑ってんだ?」

 

「き、気にするな」

 

 レイナが口元を抑えながら答える。

 おそらくココと和泉は喋れないぐらいに堪えているのだろう。

 

「ん~、おかしいですわね。もうちょっと、こう……」

 

 アリーが唸りながら前の部分の髪の毛を掴み、

 

「あら?」

 

 ジョギン、と景気の良い音と共に髪の毛の束がばっさりと落ちた。

 

「……はっ?」

 

 修が目を丸くした。

 ちょっとおかしい。

 いや、ちょっとどころではなくこれはおかしい。

 今、ありえない量の髪の毛が一気に落ちた。

 さぁっと修の顔が蒼白になった。

 

「ま、待て待てまて!!」

 

「どうかされました?」

 

 首を傾げながらも鋏を動かそうとするアリーに対して、修は全力で止める。

 

「いいからちょっと待て!! アリー、ストップ!!」

 

 椅子から立ち上がり、心底慌てながら修はレイナに頭を見せる。

 

「レ、レイナ! か、髪、髪の毛あるか!?」

 

「……くっ……くく。い、一応な」

 

 ついにレイナも吹き出した。

 ココと和泉はすでに撃沈。

 崩れ落ちながら笑っている。

 修は頭をペタペタと触り、大体の状況を確認。

 顔が蒼白どころか紫色になった。

 

「ちょっと出てくる!!」

 

 ぺいっとカッティングクロスを捨てながら、優斗の部屋へ突入。

 ちょうどいい帽子を見つけて、被りながら門を飛び出た。

 

「まだ途中ですのに」

 

 アリーがぶー垂れる。

 不完全燃焼だ。

 ちらり、と和泉達に視線が向いた。

 

「……おい、アリーの奴」

 

「も、もしかしてわたし達に狙いを定めてます?」

 

「……かもしれん」

 

 和泉もココもレイナも、大笑いしていた状況から一点して緊張が走った。

 と、その時、

 

「ただいま」

 

 新たな生け贄が現れた。

 アリーの視線が和泉達から帰ってきた生け贄に向く。

 

「あっ、ユウトさん。ちょうどいいところに」

 

 ちょいちょい、とアリーが優斗を手招きする。

 そして先ほどと同様の言葉を彼に対しても告げた。

 ……被害者二号が決定。

 

 

 

 

 

 

 先ほどの修と同じような格好で椅子に座る優斗。

 しかしながら修とは違い、聡い彼は早々に違和感を覚えていた。

 

「どうにも手つきが慣れてないみたいだけど、やったことあるの?」

 

「問題ありません。先ほど、シュウ様の髪の毛を切りましたから」

 

 つまりは初心者だということ。

 

「修は?」

 

「少し前に出て行ってしまいました」

 

「……ふーん」

 

 いぶかしんだ様子の優斗。

 しかしながら、せっかくアリーがやりたいと言っているのだ。

 少し変な髪型になろうが、最後に手直しすればいいだろうと思い、なすがままにされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……という判断を下したのは、少々間違えたのかもしれない。

 髪の毛が切られる感触から考えて、どうしたっておかしい。

 とてつもない髪型になっているはずだ。

 それでもまだまだ、とばかりに我慢する優斗。

 一方の見学組は彼の様子を見て、僅かに同情する。

 

「ユウトさん、よく耐えてます」

 

 ココが感嘆する。

 修とは違い、もう気付いているのだろう。

 なのにも関わらず椅子から立ち上がらないのは、賞賛すべき根性だ。

 

「せっかくアリーがやっているのだからと頑張ってはいるが……」

 

「顔、真っ青だな」

 

 レイナが賞賛の視線を向けて、和泉が端的に優斗の様子を述べる。

 

「ユウトさんが真っ青なんて珍しいを通り越して異常事態です」

 

「さすがは我が国の王女、といったところか」

 

「……会長。それはさすがにどうかと思う」

 

 どんな敵だろうと余裕を持っていた優斗が、今追い詰められている。

 他の誰でもない、リライトの王女の手によって。

 

「では前髪を切りますわ」

 

 アリーが前に回ってきて前髪を触ってきたので、目を閉じる。

 が、次の瞬間、

 

「――っ!?」

 

 たった一回、鋏を閉じた音に対して感じた感触が、優斗の目を開けさせた。

 

「目を開けると髪が入ってしまいますわ」

 

 のほほんと笑みを浮かべるアリーだが、優斗はもうそれどころじゃない。

 限界を突破していた。

 

「……ア、アリー。今、ありえないぐらいに鋏がバッサリと横切ったと思うんだけど」

 

「大丈夫ですわ」

 

 どこから来るのだろうかその自信は。

 

「あ、あのね。鋏って縦に使えることは知ってる?」

 

「えっ? 鋏は横じゃないと切れませんわ」

 

 頑張ってアドバイスをしてみるが無駄だった。

 

「ちょ、ちょっとタイム」

 

 修と同じように優斗も席を立つと、自分の部屋に戻って帽子を取ってくる。

 そして、

 

「……少し出てくる」

 

 門を出ていった。

 

「どうしたのでしょうか? シュウ様もユウトさんも」

 

 首を傾げるアリー。

 もう和泉もレイナもココも同情する以外、できなかった。

 

「実はアリーが一番凄かったわけか」

 

「あの二人にこのような攻略法があったとはな」

 

「一番最初に恐怖を覚えた相手がわたし達の王女ってどうなんです?」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 優斗は散髪屋に入ると、席が空いていた為にすぐ通された。

 椅子に座ってほっとしていると、隣で髪を切っている客から声を掛けられる。

 

「……優斗か」

 

 先客であった修は全てを悟っていた。

 どうして優斗がここにいるのかを。

 

「……修も?」

 

「……ああ」

 

「……僕、人生でこれほど青ざめたこと、死ぬ間際ぐらいしかないんだけど」

 

「……俺だって恐怖を覚えたのは、お前がやったこと以外じゃ始めてだよ」

 

「……そうなんだ」

 

「……ああ」

 

 二人して手で目を覆うように隠した。

 

「……二度とアリーにはさせねぇ」

 

「……同感」

 

 

 

 

 その日のうちにアリーの散髪事件が仲間内に知れ渡った。

  

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