第107話 考えの相違

 今回寄った国――コーラルにはフィオナの父方の親戚がいるということなので、

 

「叔父様、叔母様、お久しぶりです」

 

 出迎えてくれたフィオナの叔父と叔母、ウィガンとキッカに頭を下げるフィオナと優斗。

 

「フィオナか?」

 

「フィオちゃん、久しぶりじゃない」

 

 夕暮れ、1年半ぶりに会う姪に顔を綻ばせる叔父夫婦。

 

「今日はどうしたんだ?」

 

 叔父――ウィガンが訊いてくる。

 

「婚約者との旅行で寄ったんです」

 

 フィオナが笑みを浮かべて答えた瞬間、二人の表情が固まった。

 けれどフィオナは構わず隣に立っている優斗に手を向け、

 

「私の婚約者であるユウト=フィーア=ミヤガワです」

 

 最愛の男性を紹介した。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 一番最初の衝撃からどうにか抜け出した叔父夫婦は、優斗とフィオナを招き入れて歓談を始める。

 

「……本当にフィオナなのか?」

 

「ちょっと信じられないわ」

 

 目をまじまじと開いてフィオナを見る叔父夫婦。

 笑みを浮かべるなど、本当に驚いた。

 婚約者がいることなど二の次だ。

 

「最後に叔父様と叔母様に会ったのは1年半前の結婚式の時でしたし、一年前までは無口でしたから確かに違和感がありますよね」

 

 フィオナ自身も一年前の自分の姿と、今の自分があまりにも違っていることは分かる。

 

「生まれてから無口で無表情だった姪が1年半ぶりに会ったら、はきはきと喋って笑みを浮かべていれば誰だって驚く」

 

 赤子の頃から知っている彼女の姿とまるで違くて、演技でもしているのではないかと疑いそうになる。

 

「大切な仲間と出会いまして、それから私は変わったんです」

 

 フィオナが苦笑しながら変わった経緯を教える。

 

「とはいえ、こんなに変わるなんて驚いたわ」

 

「優斗さん達のおかげです」

 

 フィオナが出した名前に、叔父夫婦の視線が優斗に向く。

 今のところ優斗は微笑みながら三人のやり取りを聞いているだけだ。

 

「婚約者ということは、ミヤガワ君がトラスティ家に婿養子として入るのよね?」

 

「いえ、今のところは私がミヤガワになろうかと思っています」

 

 フィオナが首を振って否定する。

 

「しかしフィオナがミヤガワ君の家に入るとなると、トラスティ家はどうなるんだ?」

 

「今は妹がいますから、あの子の将来の夫にトラスティ家を継いで貰おうかと」

 

 新たな衝撃発言が来た。

 叔父はどうにか驚きが顔に出すのを抑えて、フィオナに訊く。

 

「……兄上と義姉上に新しく子供が出来たのか?」

 

「いえいえ、養子です。名はアイナと言いまして可愛らしい女の子ですよ」

 

「あの二人の様子は?」

 

「二人揃っている時はアイナ――あーちゃんの笑顔をどっちが多く見るか、競ってますね」

 

 時折、家政婦長やら優斗達やらを交えての一大バトルが勃発する。

 叔父は呆れながら、やはり兄達は変わっていないと苦笑した。

 そして今度は彼ら自身の話題を振る。

 

「しかし、公爵の娘が嫁入りするとは……ミヤガワ君は周りに色々と言われていないか? 何かあったら微力ながら協力する」

 

 リライトの公爵家にミヤガワはない。

 ということは、他国の人間でないかぎりは優斗のほうが下だ。

 マルスとエリスはフィオナが気に入った人間ならば、誰であろうと結婚させるのは兄弟である叔父もよく理解できている。

 しかし、

 

「叔父様、安心して下さい。事実は婚約者なのですが国外向けにはすでに夫婦ですし、立場的には優斗さんの方が上です。むしろ周りから言われそうなのは私ですよ」

 

 フィオナがとんでもないことを言った。

 

「トラスティ公爵家の長女より……上?」

 

「ミヤガワ君は他国のお偉いさんの子供なの?」

 

 叔父と叔母が冷や汗を流した。

 

「えっと……どう説明したらいいでしょうか。優斗さんはリライトの人間なのですが、親友達曰く“世界重要人物ランキングのトップランカー”で“歩く国際問題”なんです。別に叔父様と叔母様には優斗さんがどういう人なのか話しても問題はないのでしょうが……普通の人は信じられないと思います」

 

 そう、信じるか信じないかは別問題。

 というかお伽噺のような人間がいてたまるか、といった感じだ。

 すると、優斗が呆れたように頬をかきながら、

 

「最初のやつはレイナさんが言ったのは知ってる。ただ、誰が“歩く国際問題”って言った?」

 

 二つ目は優斗も聞いたことがない。

 

「アリーさんですよ」

 

「……言ってくれるな、うちの王女様は」

 

「しょうがないと思います。ここ最近の優斗さん、主に国際問題ばっかり遭遇してるじゃないですか。一番最近のものだと国が滅亡するかしないかの瀬戸際でしたから」

 

 優斗とフィオナが気軽に会話をしているが……内容が突飛すぎる。

 思わず叔父が尋ねた。

 

「……フィオナ。何かの冗談か?」

 

「残念ながら事実なんです」

 

 冗談抜きで。

 

「フィオちゃん、国外向けには夫婦っていうのは?」

 

「一つは優斗さんを欲する諸外国への牽制。まあ、学院を卒業すれば結婚するので一年早く伝えただけです。もう一つは私と優斗さんの間にも養子ではありますが娘がいまして、娘のためにも今から夫婦をやっているんです」

 

 優斗の二つ名とは違い、マリカに関しては本当に濁すしかない。

 どこからか伝わればまた問題になる。

 叔父と叔母も、さすがにフィオナがあまり説明しないのは何かしら理由があるのは分かった。

 なので一言、

 

「……娘は可愛いか?」

 

「私の娘は世界一です」

 

 間髪入れず、フィオナが即答した。

 

「パパもまーちゃんは世界一可愛いと思いますよね?」

 

「当然だよ」

 

 優斗が頷く。

 が、叔父がまたしてもうろたえた。

 フィオナが変わったのは分かる。

 今、目の前で見せつけられている。

 しかし、さらっと婚約者を『パパ』と呼ぶなど想定外だ。

 

「ほ、本当に結婚してないのか? 今、自然にミヤガワ君のことを『パパ』と呼んでたぞ」

 

「9割方、夫婦で過ごしてますから」

 

 基本的にマリカと話しながらの会話では、互いに『パパ』『ママ』と呼ぶことになってしまう。

 

「……変われば変わるものね、あのフィオちゃんが……」

 

 未来の旦那様を『パパ』と呼んだりするなんて。

 叔母は先ほどから驚きっぱなしだ。

 

「カイアスが見たら見物だろうな」

 

 叔父がくつくつと笑った。

 

「カイアス従兄様は確か、家を出られてるんでしたね。ウィルはまだ、こちらに?」

 

「その通りだ」

 

 頷く叔父。

 優斗は隣のフィオナにとりあえず、尋ねる。

 

「フィオナの従兄弟?」

 

「はい。私より三つ歳上のカイアス従兄様と、一つ歳下のウィル。この二人は私の従兄弟です」

 

 正直、フィオナとしては興味がない。

 

「カイアスは今日、こっちに来るぞ」

 

「そうですか」

 

 フィオナが事実を知って、頷くだけ頷く。

 すると、廊下から足音が聞こえた。

 

「ちょうどいいタイミングで帰ってきたようだな」

 

 叔父が笑うと、ドアがすさまじい勢いで開いた。

 入ってきた青年はくるりと華麗なターンをして、右手を華麗に差し出し、

 

「ああっ、フィオナ! 元気だったかい? 君のその凍った表情、今日こそ私が溶かしてあげよう!」

 

 第一声で、全てを持っていった。

 フィオナが来ていることを知っているのは……まあ、家政婦から聞いたのだと把握できる。

 しかし凄い。

 今までとは違うベクトルの変人だ。

 

「また濃い人が現れたね」

 

 思わず優斗が声に出した。

 

「カイアス従兄様はいつもこんな感じなんですよ」

 

 フィオナが苦笑する。

 その姿を見たカイアスは衝撃を受けるかのように、大げさに両手を広げた。

 

「フィ、フィオナ!? 君、苦笑したかい!?」

 

 目をまじまじと開くカイアス。

 

「お久しぶりですね、カイアス従兄様」

 

 叔父夫婦と同じような反応で、フィオナは笑った。

 

「今度は笑ったね!?」

 

 再び衝撃を受けるカイアス。

 そしてフィオナの隣に座っている優斗を見て、

 

「き、君の名前は?」

 

「ユウト=フィーア=ミヤガワと言います」

 

 立ち上がり、優斗は丁寧に頭を下げる。

 そして小さく微笑んだ。

 フィオナも優斗に並ぶように立ち上がり、頭を下げ、彼の腕に小さく手をかける。

 

「……なるほど」

 

 カイアスはそんな二人の姿と態度を見て驚きから一転、なぜか納得したようだった。

 

「……そうか。君が“そう”だったんだね」

 

 従兄の唐突な理解と納得。

 少なくとも優斗は意味が分からなかった。

 

「“そう”だった……?」

 

 優斗が首を捻る。

 けれどカイアスは胸をなで下ろしたかのように、ほっとした表情をさせた。

 彼の口調はまるで「安心した」と。

 言外に言っているようだった。

 思わず優斗が問いかけようとして、

 

「……それは――」

 

「父さん、フィオナが来てるんだって?」

 

 開きっぱなしの扉から、新たな声が届いた。

 

「へぇ、また美人になったじゃないか、フィオナは」

 

 優斗達が扉に目を向けると、女性を二人侍らせた少年が立っていた。

 思わず叔父が怒鳴る。

 

「ウィル! 今日は客人が来ている、女性には帰ってもらえ!」

 

「……はぁ。相変わらず父さんは固い。女性からぼくを求めてくるんだから、受け止めてあげないといけないさ」

 

 彼の言葉にうっとりとする女性二人。

 さらに肩を強く抱かれて、嬉しい悲鳴をあげていた。

 叔父が反論している最中、優斗は隣のフィオナの肩を叩いてひそひそ話。

 

「なんかフィオナの親戚にしては、えらい軟派な子だね」

 

 マルスとエリスから始まり叔父、叔母と来てカイアス。

 どれも軟派な印象は受けなかった。

 

「前回会ったときは普通だったと思うんですが」

 

 優斗とフィオナがこそこそ話していると、カイアスも参加してきた。

 

「父はリライトから来ているから、考えとしては一夫一妻だ。私も父の考えに影響されている。しかしコーラルは一夫多妻でね。弟はこっちの国に影響されている。しかも弟は国でも有数の美男子で女性がどんどん寄ってくる。ここ最近はかなり顕著に女性が集まってきているんだよ」

 

 優斗がちらりとウィルを見る。

 身長としては優斗よりも小さいが、確かに格好良かった。

 

 ――義父さんも渋くて格好良いもんな。

 

 叔父もマルスと似ており、ウィルはその多大な恩恵を得ているのだろう。

 

「だとしたら年頃の子なんて、ああいうものですね」

 

 しみじみと優斗が頷く。

 すると叔父とウィルも決着がついたようで、女性が残念がりながら帰っていく。

 しかしウィルは女性が帰ったことへの寂しさは微塵も見せずにフィオナに向き、

 

「フィオナ、今日はぼくと甘い夜を過ごそう」

 

 ……思わず誰もが絶句したが、フィオナの眉はつり上がる。

 

「私は婚約者のいる身ですが、何をふざけたことを言っているのですか?」

 

「だって君の婚約者って……ふふっ、隣の人なんだろ」

 

 どうも優斗の顔を見て、自分が上だと判断したらいい。

 それだけでフィオナの表情が氷点下まで下がる。

 

「別にぼくは一夜限りのことでも構わないさ」

 

 甘い笑みを浮かべるウィル。

 従弟としての馴れ馴れしさがあるが、フィオナにとっては馴れ馴れしい仕草も苛立たせる所行の一つだ。

 

「リライトでは貴族であろうと、婚約者を奪うなど重罪。ウィル、それを知っての発言ですか?」

 

「火遊びくらい、誰も咎めないと思うしさ」

 

 手を伸ばしてフィオナに触れようとするウィル。

 だが、

 

「……本気で私を怒らせたいのですか?」

 

 フィオナから発せられた冷たい言葉に、思わずウィルの手が止まった。

 彼女の表情を見れば、明らかに分かるほどの冷たさ。

 昔のフィオナ=アイン=トラスティを思い出させるほどの、無表情。

 叔父夫妻もカイアスも口を挟めないほどの迫力があった。

 

「貴方程度が私に触れるなど、怖気が走ります」

 

 しかし無表情とは裏腹に、言葉は激烈。

 節々に滲み出る怒気をウィルに突き刺すよう告げる。

 

「色恋という観点に置いて、ウィル――貴方が優斗さんに太刀打ちできるとでも思っているのですか? 自分が『優斗さんと比較される立ち位置』にいると、どうやったら勘違いできるのでしょうね」

 

 勇者でも貴族でも王族でも立つことなど能わない。

 世界全ての男が優斗と同じ土俵に上がることは不可能。

 

「下がりなさい、ウィル=ナイル=ロスタ」

 

 一つ年下の従弟に言い放つ。

 

「親族といえど、私は婚約者を侮辱されれば事を構える次第だということを知りなさい」

 

 冷たく突き刺さるフィオナの言葉。

 ウィルの手は思わず下がり、

 

「……そこまで言うことないじゃないか」

 

 ふてくされたように顔を膨らませて、ウィルは自室へと戻っていく。

 ほっ、と叔父夫妻が胸をなで下ろしたのも束の間、

 

「フィオナ」

 

 優斗が今し方、怒っていた女性の名を呼んだ。

 

「親戚の子だよ?」

 

「……分かってます」

 

「どうにか怒らずに収めることはできなかった?」

 

「……無理です」

 

 駄目だった。

 耐えられるわけもない。

 優斗以外の男性に下心を持って触れられるなど。

 親族であろうとも関係ない。

 

「そっか」

 

 ユウトはそれだけ言うと、叔父夫妻とカイアスに向き、

 

「皆様、すみません」

 

 頭を下げる。

 すると、叔父が慌てて否定した。

 

「い、いや、フィオナがあんなことを言うとは私も驚いた。だが息子には良い薬になったと思う」

 

「いえ、どうもフィオナは最近、僕にこういった点で似始めていて。極力、今のような状況にはならないよう、注意はしているつもりなのですが……」

 

 やるな、とは言わない。

 むしろ優斗だって平然と同じ事をやる。

 当然のように彼女よりとんでもないことをやってのける。

 けれど、これで親戚内にフィオナの悪評が立ったら優斗が嫌だ。

 自分の悪評が立つ分には構わないが。

 

「安心したまえ、ミヤガワ君。あれは弟がいけないのだから」

 

 けれどカイアスは愉快そうに目を細めて言った。

 

「フィオナが悪いところは一つもない。こんなことで咎めても仕方ないことだよ」

 

 カイアスの言葉に優斗は小さく、息を吐いた。

 

「そう言っていただけると、ありがたいです」

 

 

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