第105話 “夢”の名は

 

 ミントは「どうせだからね」と言って、ショートソードを桜の樹まで持ってきた。

 もちろんのこと、年配には重たいものだから持ち運んでいるのは優斗。

 

「ユウト君は剣を持ってないの?」

 

「この間、大岩を斬った時に折れてしまって」

 

「あら、そうなの」

 

 愉快そうに笑って、ミントはショートソードを桜の樹に立てかけるよう優斗にお願いした。

 頷き、優斗は慎重に樹へと立てかける。

 ミントは感謝を述べて、

 

「ここでね、旦那とよく話し合ったの」

 

 優しく幹を撫でる。

 

「大魔法士様に会えたらどうする? とか、大魔法士様はどういうことをしてきたのか? とか、ショートソードをどうやったら受け取ってもらえるか、とか……。何年も何十年も、この桜の下で語り明かしたわ」

 

 今はもう、葉すらも付けない桜の樹。

 見上げても見えるのは枝のみで、枝の隙間からは空が見える。

 艶やかに、鮮やかに咲き狂った桃色の花びらはどこにもない。

 

「…………」

 

 語り合った過去の残滓は、何も残っていない。

 

「思えば、よく飽きなかったものよね」

 

 何十年も。

 馬鹿みたいに似たような会話を繰り返して。

 どうして当時の自分は飽きなかったのだろうか。

 

「……ふふっ。飽きるはずもないわ」

 

 大好きな大魔法士の話をしていたのだから。

 旦那と共に夢を追いかけていた日々。

 飽きるわけもない。

 

「本当に、死ぬまで……夢を追いかけ続けると思ってた」

 

 ミントの表情が――変わる。

 優斗はその変化を逃さない。

 

「今は……どうなんですか?」

 

 核心を突いた問いかけ。

 ミントは小さく首を横に振る。

 

「もういいの」

 

 桜の樹に目を向けたまま、ミントは答える。

 

「描き続けた夢も、出会う夢も……お終い」

 

 長い間、望み続けていたものを諦める。

 

「夫が亡くなったと同時に、夢を語った桜も枯れた」

 

 “最愛”を失い、夢を語らう場所も失った。

 

「だから」

 

 きっと、契機だったのだ。

 

「この桜の樹の下で願った夢は、全て終わったものよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミントの視線は未だ桜の樹にある。

 優斗も同じように、枯れた大樹に目を向けた。

 

「…………」

 

 さぁ、と。

 風がそよいだ。

 ゆっくりと目を瞑る。

 なぜか、そうしたほうがいいような気がした。

 

「…………っ」

 

 言葉にすることは出来ない。

 けれど感じた。

 沸き上がった。

 

「何か分かりましたか?」

 

 フィオナが問うてくる。

 優斗は素直に頷いた。

 

「……どうしてだろうね」

 

 目を瞑れば、溢れてきた。

 

「今、使うべき魔法がある……と。教えてもらったような気がする」

 

 それがどんな魔法で、詠んだ結果、どうなるのか分かった。

 どうして得られたのかは分からないけれど、きっと、この『言霊』は……馬鹿な男が馬鹿な女に送る想い。

 ここ以外では使えない魔法。

 

「…………」

 

 けれど迷った。

 俯き、詠むべきなのか少しだけ躊躇う。

 

「…………」

 

 先ほど、他人の評価などどうでもいい、と。

 そう思ったはずだ。

 依頼を遂行するのであれば、ここで詠めばいい。

 自分が大魔法士であると教えればいい。

 一人二人ぐらいなら、知られたところで問題じゃない。

 

 ――だけど。

 

 自分が継いだ二つ名を、何十年も追いかけ続けた人がここにいる。

 けれど追った夢を見ることをやめ、諦め、燃え尽きた。

 夢を語った桜が枯れてしまったから、と。

 

「…………」

 

 話を聞いて、感情が動いてしまった。

 依頼をこなすのではなく、彼女の夢を叶えてあげたいと思ってしまった。

 

 ――でも……大丈夫なのか?

 

 優斗は決して英雄じゃないし、ヒーローでもない。

 たくさんの人を救うことはしないし、仲間だけ助けられればいいと思っている。

 他人なぞくそ喰らえ、だ。

 だから優斗は必要があれば国を破壊することを躊躇わないし、殺意を抱き人を殺したところで何も揺れない。

 

 ――僕は絵本のような大魔法士じゃない。

 

『尊敬』されると思っていないし、『憧れ』を持ってもらえるとも思えない。

 自分はそんな大魔法士だ。

 

 ――ミントさんの『夢』に適うような存在じゃない。

 

 だからこそ躊躇いが生まれた。

 イメージと違うからこそ、落胆してしまうのではないか。

 彼女の夢を叶えることは、本当に良いことなのだろうか、と。

 優斗は迷いながら、顔を上げる。

 すると、彼の視界に映る最愛の女性が微笑んだ。

 

「大丈夫ですよ」

 

 それはまるで迷いを断ち切るようであって、払拭するような……柔らかな声音。

 フィオナは優斗の迷いを理解しているからこそ、抜け出せるように背を押す。

 

「貴方の二つ名の意味は『最強』だけじゃありません。『夢』も見せてくれるもの。それは先代が築き、残したものです」

 

 どういう存在なのかをミントが教えてくれた。

 

「けれど貴方は貴方です」

 

 同じ二つ名でも、同じ強さでも、明確に違う。

 

「だから良いと思いますよ」

 

 躊躇う必要なんてない。

 

「貴方は先代じゃない。貴方そのままを見せてあげればいいと思います」

 

 ミントが描いてきたものと違ったとしても、絶対に後悔なんてしないだろう。

 

「“大魔法士”。それがミントさん達の追いかけた夢なのですから」

 

 故に、

 

「優斗さんの思うように、なさってください」

 

 フィオナは軽く優斗の手を握る。

 

「貴方がミントさんの夢と違わないことを私は知っています」

 

 彼が大魔法士であることは絶対に間違いではなく、確実に落胆などさせない。

 

「優斗さんが魅せる“尊敬”と“憧れ”を以て、『夢』を叶えてあげてください」

 

 フィオナは優斗をミントの前へと立たせる。

 恋人が押してくれた背に頼もしさを覚えながら優斗は、

 

「ありがとう」

 

 一つ頷き、頭を振ってミントと向かい合う。

 吹っ切れた。

 ミントの想像と違ったとしても、自分は確かに大魔法士で、彼女の『夢』だ。

 幻滅されても『だからどうした』と笑い飛ばせばいい。

 こんな自分が大魔法士で『ごめんなさい』と謝ればいい。

 

 ――だったら、迷う必要なんてなかった。

 

 叶えてあげたい。

 追いかけた夢がここにあるということを。

 語り合った日々とは違う存在だったとしても、彼女達の日々があったからこそ、自分がいる。

 新たな大魔法士がいる。

 だから教えてあげたい。

 自分が貴女と話して何を得たのか、ということを。

 

「ミントさん」

 

 優斗は真正面から、真正直に訊く。

 

「お孫さんを遠ざけたのは、今の話を聞かさないようにするためですか?」

 

 問われたことに対しミントは首肯する。

 

「ええ、そうよ。あの子が私のことを心配してくれてるのは分かるから、これ以上の心配を掛けるわけにはいかないもの」

 

 自分のために、と一生懸命頑張って偽物を用意してくれるような孫に対して余計な心配をさせたくない。

 

「お孫さんに心配を掛けたくないというのなら、夢の続きを見ようとは思わないんですか?」

 

「……続き?」

 

 彼のさらなる問いかけに対して、ミントはくしゃりと皺を寄せながら泣きそうな笑みを浮かべる。

 

「私にはもう、見るべきものがないの」

 

 小さく、本当に小さく首を横に振った。

 

「たくさん探して、たくさん描いて……満足よ」

 

 もう、お伽噺はどこにもない。

 

「夢は――全て見たわ」

 

 燃え尽きたかのようなミントの表情。

 けれど優斗にはまだ、言うべきことがある。

 

「見ただけで満足なんですか? 二人で何十年も夢を追いかけて、追いかけて、追いかけたんでしょう? 出会う日々を夢見たんでしょう?」

 

 優斗が想像できないほどに、純粋に。

 

「だったら夢が叶うところまで、しっかりと見ましょうよ」

 

「……ユウト君? 貴方、何を言って――」

 

「ミントさん」

 

 優斗は彼女の言葉を遮り、

 

「できれば、この一時を忘れないで下さい。夢を追いかけて、夢を描いてきた貴女だからこそ覚えていて下さい」

 

 これから目の前で起こることを。

 

「探し尽くしたと思うのなら、もう過去を探す必要も見つける必要もありません」

 

「……どうして?」

 

「決まってるじゃないですか」

 

 どこかにある童話じゃない。

 探さなければ見つからないような物語じゃない。

 

「1000年の時を経て、この『名』は再び紡がれました」

 

 見せるべきは力の象徴。

 伝えるべきは最強の代名詞。

 叶えるべきはミント達の――夢。

 

 

「大魔法士は“ここ”にいる」

 

 

 優斗は清かに笑い、大きく左手を広げた。

 

「……えっ?」

 

 思わずミントから声が漏れた。

 瞬間、優斗の背後に幾数もの魔法陣が生まれ、そこから大精霊の姿が現れた。

 

「……シルフ?」

 

 ミントが名を呼べば、風の大精霊は小さく会釈をした。

 

「イフリート、ノーム、ウンディーネ」

 

 他も彼女が名を呼ぶたびに、彼らは小さく反応を示す。

 

「トーラ、ファーレンハイト、アグリア、エレス」

 

 何体かは見たことはない。

 でも、分かってしまう。

 何度も何度も想像して、描いてきたのだから。

 

「それに……」

 

 最後。

 少し遅れて現れた魔法陣。

 

「貴方は……」

 

 8体の中央に座す精霊。

 知らずとも、間違えるはずなどない。

 紛うことなき精霊王。

 

「パラケルスス」

 

 名を呼ばれ、賢者の様相を呈した精霊の主は微笑む。

 ミントは優斗を見た。

 大精霊を呼び出した少年がそこにいる。

 まるで当然のように彼らを従えている姿は……まさしく、彼女が夢見た『大魔法士』だった。

 優斗は大精霊達に語りかける。

 

「誰よりも長い時間、大魔法士を想ってくれていた女性がいる。だから――見せて、魅せて、紡ごう」

 

 伝えるべきは、一言。

 

「現世の御伽噺を創ろう」

 

 優斗は樹に寄り添うように置かれてあるショートソードを抜き放ち、宙へと投げる。

 本来ならば放物線を描いて落ちる“それ”は空中で止まり、大精霊達が囲んだ。

 

「各々、最大限の加護を」

 

 優斗の声に大精霊が反応して赤が、緑が、青が、茶が。

 手を翳し、前足を翳し、各々の元素に応じた色味が一つの剣に混じり合う。

 

「…………」

 

 壮大な光景に、ミントは目が奪われた。

 大精霊9体がたった一つのショートソードに加護を与える。

 それがどれほど凄いことか、ミントにはよく分かる。

 だからこそ、瞬き一つ許したくない。

 

『仕上げといこうかの』

 

 パラケルススが手を翳し、淡く桜色に輝いたショートソード。

 それが輝きを保ったまま優斗の手元に戻ってくる。

 大魔法士が精霊の主に訊いた。

 

「銘は?」

 

『聖剣――九曜』

 

「良い響きの銘だね」

 

 優斗は頷き、ミントを見据える。

 彼女の表情は心底の驚きが表現されていた。

 けれども口の端が僅かに緩んでいる。

 無意識だったとしても『夢』がここにあることを、頭の片隅で理解している。

 

「ミントさん」

 

 だから優斗は告げる。

 

「新たな大魔法士がいるかぎりお伽噺の続きも、新しいお伽噺も――間違いなく紡がれます」

 

 まだまだ、たくさんの物語が生まれていく。

 

「僕が紡いでいきます」

 

 これから、ずっと。

 

「貴女達の描いた大魔法士とは違うかもしれません。貴女達の望んだ大魔法士とは違うかもしれません」

 

 それでも、と優斗は心からの言葉を届ける。

 

「貴女達が夢見てくれたからこそ、今の僕がいるんです」

 

 偶像を探して、お伽噺にしてくれたから。

 過去の物語をずっと繋げてくれたから。

 恐れではなく尊敬を。

 畏怖ではなく憧れを。

 こんな化け物に対して皆が抱いてくれる。

 今でも大魔法士は皆の夢になっている。

 

「ありがとう。大魔法士として感謝することしかできません」

 

 風化させず、絵本として残してくれた。

 だから大魔法士は優しい物語に包まれて、ここに在ることができる。

 

「そして、どうか感謝を紡がせて下さい」

 

 優斗はショートソードをミントに渡すと、枯れた桜の樹の前に立った。

 

「……感謝を……紡ぐ?」

 

「ええ。貴女達の物語を詠ませて下さい」

 

 幹に近付き、少し目を閉じる。

 変わらず、浮かび上がるイメージ。

 届いてくる詠唱。

 それは大魔法士にとって『言霊』となった物語。

 

「純粋な夢に満ち溢れた――そんな『神話』を」

 

 優斗の足下に魔法陣が広がった。

 ゆったりとした調子で樹に手を当てながら、彼は紡ぐ。

 

『私の日々は夢に彩られている』

 

 人生の全てを大魔法士に捧げた、ある夫婦の物語を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いつまでも君と願う夢がある』

 

 夢を追いかけて、追い続けて。

 

『それだけで全てが晴れやかな桜色になる』

 

 いつか大魔法士と出会うことを夢見た夫が、同じ夢を持つ妻に送る想い。

 

『悔いることも、嘆くこともさせない』

 

 後悔は存在しない。

 

『共にいるよ、何があろうとも』

 

 傍らにはいつも、大切な人がいた。

 

『共に在るよ、何があっても』

 

 笑顔の彼女がいてくれた。

 

『私達の夢は確かに、同じなのだから』

 

 ただ、それだけで幸いだったと断言できる。

 

『だから忘れないでほしい』

 

 何一つ、辛いものなどなかった。

 あるはずもない。

 なぜなら大切なものは、いつも一緒だった。

 

『私の心は桜と絵本と共に――』

 

 桜の樹の下で語り明かした日々と。

 大魔法士を描き続けた絵本。

 そして、

 

『――永遠に君を想う』

 

 共に夢を追いかけた“最愛”が。

 死ぬまで一緒だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、頼むよ」

 

 優斗は語るように桜に話しかける。

 

「咲いてくれ」

 

 優斗が告げた瞬間だった。

 視界一面が桜色に染まる。

 蕾が生まれ、花開く。

 無数の花びらが……ミントの頬を、手を、身体を撫でた。

 

「…………桜が……」

 

 ミントの瞳に映るのは、すでに枯れた桜……だったはずだ。

 けれど咲き乱れている。

 懐かしい風景が視界いっぱいに広がった。

 花びらが風に煽られ、吹雪き、まるで幻想の世界にいると錯覚してしまう。

 

「……これは……夢なのかしら?」

 

 艶やかに咲き誇る桜。

 もう二度と見ることはできないと思っていたのに。

 

「いいえ、夢が叶った瞬間です」

 

 優斗は優しく首を振った。

 

「今のは神話魔法……なの?」

 

「そうですよ」

 

 大魔法士は頷く。

 

「けれど実は初めてなんです。攻撃以外の神話魔法を詠むのは」

 

 敵以外に神話魔法を使う機会はなかった。

 だからイメージも詠唱も、何一つ攻撃以外のものなんて浮かばなかった。

 

「それを出来るようにしてくれたのは……」

 

 誰かを幸せにするような神話魔法を詠めるようになったのは。

 

「ミントさん、貴女達のおかげです」

 

 彼女と出会わなければ、永遠に出来なかったかもしれない。

 

「描いた童話も、夢見た日々もそうです。貴女達の歩いてきた道は、新しい大魔法士にとっての道標なんですよ」

 

 この『力』には何が出来るのか、ということを。

 ただ敵を殺すだけではないということを教えてくれる、たった一人のためにある道標。

 

「……ユウト君」

 

 ミントは何とも言えない表情をして……小さく顔を伏せ、自分が為してきたことを思い返す。

 夢を語り、夢を描き、夢を求め続けた日々のことを。

 

「私は……」

 

 思わず、涙が零れた。

 

「私はこの人生を誇りに思っているわ」

 

 後悔はない。

 これで良かったとも思っている。

 

「けれどね」

 

 誇り以外にも得られるのならば。

 

「私達の夢追う日々が、新しい大魔法士様の導となっているのなら」

 

 それは間違いなく、自分達にとって最高のプレゼント。

 

「これほど誉れであることはないわ」

 

 追いかけていた『夢』を導けているのだから。

 ミントは笑みを浮かべる。

 

「ユウト君。貴方は確かに大魔法士様よ。違ってなんかいないし、おかしくなんてない。己を卑下する必要なんてないわ。世界が認めた大魔法士様こそが、私達の望む大魔法士様なんだもの」

 

 そうだ。

 世界が優斗を認めた。

 人は彼が神話魔法の使い手だと認め、精霊は彼が『契約者』たり得る存在だと認めた。

 だからこそ優斗が得た『二つ名』に対して、間違えなんてない。

 

「私達の夢は――目の前にいるわ」

 

 落胆はなく、心は震える。

 悲嘆はなく、魂は歓喜する。

 妄想通りだった。

 想像以上だった。

 これが『大魔法士』なのだと感情が全肯定する。

 

「だから」

 

 手元を見てから、ミントは真っ直ぐな視線を優斗に送った。

 

「もう一つ、残っている夢を叶えても……いいかしら?」

 

 問いかけに優斗も笑みを零す。

 ミントは彼の笑みに安堵し、暦年の全てを込めて――夢を叶える言の葉を紡ぐ。

 

「貴方の手により紛い物ではなく、『聖剣』となったものがここにあります」

 

 ミントは手にある九曜を大切に撫でる。

 

「けれど紛い物であった日々でも、これには私達の想いが込められています」

 

 そう。

 何十年もの想いがあって、

 

「貴方と出会う日々を夢見た私達の願いが込められています」

 

 何十年もの願いがある。

 誰よりも純粋に想い続けた日々を聖剣に込め、誰よりも果てなく願い続けた日々を聖剣に乗せる。

 それは全て、この瞬間のため。

 

「よろしければ、受け取ってはいただけないでしょうか?」

 

 追いかけて、追いかけて、やっと追いついた――私達の夢。

 

 

「新たな大魔法士様」

 

 

 ミントは手にある夢を差し出す。

 桜色に輝くショートソードを。

 それを優斗は膝をつき、まるで宝物を受け取るかのように、

 

「よろこんで」

 

 手に取った。

 

 

 

 

       ◇      ◇

 

 

 

 

 それから数時間、ミントは優斗達とたくさんの話をした。

 優斗がセリアールにやって来てから、どのような物語を歩んできたのか、を。

 たくさん語り合い、日が暮れるころ、優斗とフィオナはミント邸を後にした。

 ミントは満足しながら家へと戻る。

 そこにライネが待ち構えていた。

 

「あら、どうしたの?」

 

「おつかい、終わったよ」

 

 台所にはミントがメモした材料が全て、揃っている。

 数は多く、数時間は掛かるようなおつかいだ。

 

「ありがとう、ライネ」

 

 孫の頭を撫でて、ミントは家の中に入る。

 

「あの、ユウトさん達は?」

 

「宿屋に泊まるって言ってたわ。明日にはまた、別の国に向かうみたい」

 

「えっと……おばあちゃん、元気になった?」

 

 心配そうな孫の表情に、ミントは力強く頷く。

 

「大魔法士様と会ったのだから当然よ」

 

 祖母の様子にライネは少しだけ、安堵の表情を浮かべる。

 

「あとね、広間にあった剣がなくなってたんだけど……持って行ったの?」

 

 ケースだけが残っているだけで、中身がなくなっていた。

 

「ユウト君にあげたのよ」

 

 平然と事の次第を話すミント。

 爆弾発言にライネは大きく慌てた。

 

「で、でも、それ大魔法士様にあげるって――っ!」

 

「だからユウト君にあげるの」

 

 続くミントの言葉にライネの表情が曇った。

 自分が『偽物』を用意したのに、大切なものを渡した祖母に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 けれどミントはおかしそうに笑い、

 

「ライネ、貴女は素晴らしい出会いをしてくれたわ。私を元気付けるためにユウト君にお願いしたんでしょう? 『大魔法士様になって下さい』って」

 

「……うん」

 

「でも、本物の大魔法士様が大魔法士様役をやってくれるなんて思わなかったようね」

 

「……ほんもの?」

 

 ぽかん、とライネの表情が呆けた。

 

「歴史上二人目の大魔法士様。それがユウト君だったの」

 

 平然と告げるミントに対して、ライネは本気で驚く。

 

「…………えぇっ!? だって大魔法士様ってパラケルススと契約してて、えっと、独自詠唱の神話魔法も使えて、それに凄く強くて最強で……っ!」

 

 大慌てのライネに対して、ミントは可笑しさが増す。

 

「だからそうなのよ。パラケルススも見ちゃったし、ほら、あの桜の樹……。枯れてた桜を咲かせる独自詠唱の神話魔法まで使ってもらっちゃったの」

 

 ミントが指し示すところには、壮大に咲き誇る桜がある。

 

「しかも神話魔法の言霊なんて私達の人生なのよ」

 

「……それ、本当?」

 

「嘘をついても仕方ないわ」

 

 満面の笑みを浮かべるミント。

 

「まさか『夢』を語った場所で『夢』と話せるなんて思わなかったわ」

 

 心から満足した一時だ。

 

「ふふっ、闘技大会でパラケルススを召喚して、6将魔法士をぶっ飛ばして、最近だとフォルトレスとまで闘ったんですって」

 

 話題の規模にミントでさえ呆れかえるほどだった。

 

「えっと……6将魔法士って、強いんだよね?」

 

「でも大魔法士様ほどじゃないわ」

 

 話を聞けば、圧倒的だった。

 

「さすが大魔法士様よね」

 

 とはいえ優しげな風貌の優斗が、それほどのことをしているとは。

 まさしく意外だ。

 すると、

 

「……あっ! 依頼料!」

 

 思い出したかのようにライネが叫んだ。

 

「ど、どど、どうしよう、おばあちゃん! 私、大魔法士様に依頼料渡してない!」

 

 しかも相手は本物だ。

 いくらライネでも依頼料が足りないぐらい、分かる。

 

「ライネ、大丈夫よ。ユウト君が『本物が大魔法士役をやるとか、ある意味で反則ですよ』とか言ってたし。どっちにしても聖剣を持って行ったのだから、これ以上貰うことはできないって言ってたわ」

 

 こちらとしては使ってほしいから渡したものなのだが。

 まあ、ライネの依頼料を体良く断る理由だろう。

 

「というより1000yenと貴女の宝物が依頼料って……正直、呆れるわよね」

 

 大魔法士が、たったこれっぽっちの報酬で依頼を受けるとは。

 大半の人が露にも思わないだろう。

 

「お、怒ってなかった?」

 

「むしろ感心されたわ。『素晴らしいお孫さんをお持ちですね』って」

 

 ライネの真剣さがあったからこそ、優斗は動いた。

 その純粋さに対して、怒るはずもない。

 

「ちなみにユウト君が大魔法士様だってことは箝口令が敷かれてるから、他の人に話しちゃ駄目よ」

 

 ライネには特別に教えていい、と言ってもらった。

 

「さて、と」

 

 夕飯の時間にさしかかっている。

 そろそろ娘――ライネの母親が仕事から帰ってきて、食事の準備をするだろう。

 けれどその前に、

 

「絵本を描く準備をしないとね」

 

 ウキウキとした気分でミントは自室に戻ろうとする。

 

「おばあちゃん、楽しいの?」

 

 全身から溢れる喜びにライネが気付いたのだろう。

 問いかけてきた。

 ミントは大きく頷く。

 

「だって私は、これからユウト君に“夢の続き”を見させてもらうのよ」

 

 これが喜ばずにいられるか。

 一度は諦めた夢を繋げてくれたのだから。

 

「私達の『夢』が何をしていくのか楽しみで仕方ないし、今までユウト君がやってきたことも絵本にしたいの」

 

 今日、自分とのやり取りでさえきっと――絵本になる。

 お伽噺になっていく。

 だから、

 

「ボヤボヤしてる暇なんてないのよ」

 

 ミント・ブロームは、再び夢を見る。

 “叶った夢”を――見続けるために。

 

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