第77話 常識は絶対ではない

 目の前でキリアとダンディが戦っている。

 優斗はそれをベンチに座りながらボケっと見ていた。

 

「副長は一応、情報収集に向かったよ」

 

 そこにビスが合流する。

 手には紙コップを二つ持っていて、片方を優斗に渡す。

 優斗は感謝を述べながら受け取った。

 

「これからどうするんだい?」

 

「あの子については何もしません。実際どういう状況なのか分かりませんし、もしかしたら双方合意の上での関係かもしれませんし」

 

「また凄いことを考えるね」

 

 ビスが苦笑した。

 騎士でもなく、まだ学生の彼がそんなことを考えているとは予想できなかった。

 

「癖みたいなものです。まあ、誰しもが思っている状況だったとしても、今のところ手出しは出来ませんし助けるとなったって問題事は多いです。なので僕は現在進行形で国家交流を全うするだけですよ」

 

 話ながらお茶を口に含む。

 特に動揺した様子のない優斗にビスは感嘆する。

 

「強いね、ユウト君は。数時間前にあの光景を見て平然としていられるなんて、とてもじゃないけど学生には思えないよ」

 

 普通は優斗ぐらいの歳の子なら、時間が経った今でも動揺の尾を引いている。

 現に交流に集まった幾人かは未だにそうだ。

 自分だって僅かに動揺を覚えている。

 けれど彼は平然としていた。

 

「僕は別に強いわけじゃないですよ」

 

 ビスに向かって優斗は苦笑する。

 

「慣れてるだけなんです、ああいった光景を」

 

 優斗が言ったことにビスが軽く目を見開いた。

 

「だからなんというか……麻痺してるんですよね、感覚が」

 

 気には触れるが動揺しない。

 動揺……できない。

 と、戦い終わったダンディとキリアが戻ってきた。

 

「まだまだだのう、キリア」

 

「ダンディさん、どんだけ頑丈なんですか」

 

 満足げなダンディと悔しそうなキリア。

 やはりキリアが負けたようだ。

 

「先輩、この人にどうやって勝つの?」

 

「魔法を当て続けて魔力消費比べ。相手よりも魔力を持ってれば勝ち」

 

「それしかないの?」

 

「僕とレイナさんは一撃必殺で倒した」

 

「一撃必殺って言っても中級魔法まで防がれるんだけど」

 

「キリア、残念だが儂はある程度の上級魔法まで防げるぞ」

 

 ダンディの一言にキリアがげんなりした。

 

「……無理、今のわたしじゃ勝てる気しない」

 

「キリアさんはラスターと違って穴はないんだけど、突出した部分もないからね。マイティーさんみたいな人とは相性が悪い」

 

「……わたしも覚えたほうがいいのかしら、必殺技」

 

「一つくらいは頼りにできる魔法や何かを覚えたほうがいいかも」

 

「キリアちゃんが剣を使うの得意なら、近衛騎士団の剣技でも教えてあげられるんだけどね」

 

 軽く談笑をする。

 すると、もの凄いスピードで迫ってくる影があった。

 

「優斗くん!!」

 

 影――正樹はハーレムを引き連れて優斗のところへ一直線。

 目の前で止まる。

 

「優斗くん! 何をやってるんだ!」

 

「何って……今回集まった主旨のことをやってるんです」

 

「そんなことしてる暇はないよ!」

 

 力説された。

 

「…………えっと……」

 

 どうしたもんかと優斗は考える。

 

「何をするんですか?」

 

「あいつ、リスタルにも住居を構えてるらしいから情報収集をしよう!」

 

 優斗は思わず手を頭を当てる。

 ……頭痛がしてきた。

 

「リライトとしては副長が動いてくれていますので」

 

「でもボク達が動くことでもっと早く助けられるかもしれないじゃないか」

 

 どこからその自信は出てくるのだろう。

 勇者だからか?

 優斗はどうでもいいことも含めてあれこれと考えるが、何をしたところで連れて行かれるのは間違いなさそうだ。

 

「……分かりました。情報収集に行きます」

 

「そうか! そうだよね! やっぱり手伝ってくれるんだ!」

 

 嬉しそうに優斗の手を握る勇者。

 ため息が出そうだ。

 

「けれども、正樹さんの後ろにいる方々も同行するんですよね?」

 

「もちろん」

 

「でしたら僕は別行動を取らせていただきます」

 

「えっ!? ど、どうして!?」

 

 困惑する勇者。

 優斗としては驚くような提案をしたつもりはない。

 

「全員で回っても得られる情報は少ないですし」

 

「で、でも一人っていうのは……」

 

「大丈夫ですよ。助手ならいますから」

 

 優斗はキリアを右手のひらで示した。

 

「……わたし?」

 

「後輩なら先輩の頼み、聞いてくれるよね?」

 

 気軽にそんなことを言ってくる優斗に、キリアも特に不快な様子は見せず、

 

「お世話になってるし構わないわよ」

 

 素直に頷いた。

 

「というわけでこちらは――」

 

「ボ、ボクも優斗くん達と一緒に行く!」

 

 正樹の予想外の発言に時が止まった。

 

「……なぜ?」

 

「人数の比率が二対四っていうのはおかしい。だから優斗くんと仲が良いボクが一緒に動くよ」

 

 数時間前に会ったばかりで、喋ったのだって部屋で喋ったぐらい。

 とてもじゃないけど仲が良いとはいえない。

 しかも勇者の発言に後ろの女性達が大いに優斗を睨んだ。

 

 ――勘弁してよ……。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 結局は正樹がハーレムを説き伏せて優斗、キリア、正樹の三人組で街を回る。

 今は心底嬉しそうな正樹が住人に聞き込みをしていた。

 

「よかったわね、フィンドの勇者に好かれて」

 

「……分かってて言ってる?」

 

「もちろん」

 

 にたにたと意地悪い表情のキリア。

 優斗がげんなりした。

 

「あのハーレムの女の子達、見たでしょ? ものっすごい勢いで睨んできたんだから」

 

「先輩、平然としてたじゃない」

 

「顔だけ。内心は『勘弁してください』って何度も唱えてた」

 

「あははっ。ホントに可哀想」

 

 けらけらとキリアが笑う。

 

「っていうかあの人、なんで先輩と一緒に行きたがるの?」

 

「まあ……理解はできなくもないよ。正樹さんは久々に同郷である僕と会ったんだし、女の子も同郷って話だからね。一緒に動いて解決したいんだよ」

 

「先輩は?」

 

「結構どうでもいい」

 

 一緒に動く必要がなければ、動かなくてもいいと思う。

 

「一刀両断ね」

 

 あそこまで好かれているのに。

 少しだけ正樹が可哀想に思える。

 

「キリアさんは――」

 

 と優斗が言ったところでキリアがストップを掛けた。

 

「前々から思ってたけど先輩、正直気持ち悪いから“さん”はやめて。呼び捨てでいいわよ」

 

「なんで?」

 

「言ったでしょ、気持ち悪い」

 

 仮にも先輩後輩の間柄なのだし。

 けれど優斗は悩む。

 

「……ちょっと待って。少し考えるから」

 

「考えること?」

 

「嫁に怒られるかもしれないから」

 

「怒るの?」

 

「無駄に仲良くなるなって言われてるし嫉妬深いんだよ。そこが可愛いんだけど」

 

「後半は聞いてないわよ」

 

 知るか、といった感じだ。

 

「でも別に安心していいんじゃない? 正直、先輩を好きになる人の気が知れないもの」

 

「それは僕も理解できるけどね」

 

「だったらいいじゃない」

 

 あっけらかんとしたキリアの態度。

 彼女の態度にうん、と優斗も頷いた。

 

「キリア、何かあったらフォローよろしく」

 

「ラスター君でもひっ捕まえて『彼氏です』とか紹介してあげるわ」

 

「助かるよ」

 

 互いに笑みを浮かべる。

 と、そこに勇者が戻ってきた。

 

「どうでした?」

 

「いや、駄目だったよ。次に行こう」

 

 歩き始める。

 今の広場はあまり有益な情報が得られなかったので、場所を変える。

 もう夕暮れ。

 次のポイントが最後の聞き込み場所になる……のだが、

 

「……なんだ?」

 

 優斗の視線が不意に鋭くなる。

 チリ、と刺すような何かが感じられた。

 

「…………」

 

 気配を探る。

 そして気付いた。

 

「……へぇ、二人か」

 

 僅かに、ぽそりと呟いた声。

 

「先輩?」

 

「どうしたの?」

 

 優斗の呟きにキリアと正樹が首を捻る。

 すると優斗は極めて平然とした様子で、

 

「つけられてる」

 

 小声で二人に告げる。

 正樹は優斗にそう言われ、神経を周囲に巡らせる。

 遅ればせながら気付いた。

 

「……確かに。優斗くんの言うとおり、追われてるよ」

 

 背後に二人。

 等間隔の距離を保ちながら歩いている。

 

「正樹さん、どうします?」

 

「何で追ってくるのか確かめてくるよ」

 

 言って早々、正樹は振り返り追ってきた二人に話しかける。

 少し……唖然とした。

 

「凄いわね、フィンドの勇者って」

 

「何ていうかあれだよね。自分が汚れてるなって思わされる」

 

「先輩だったら路地裏に連れ込んで情報をはき出させるとか言いそう」

 

「言いそう、じゃなくて言うんだよ」

 

 正樹は二人組と話している……というか口論になっているが、ある程度のやり取りは終わったのか憤った表情で優斗達のところへと戻ってきた。

 

「なんて言ってました?」

 

「これ以上、ジャルのことを探るなって言われた」

 

「そうですか」

 

 何なのだろうか、あの連中。

 パッと思い浮かんだのはジャルの手下なのだが。

 

「とりあえず、今日は情報収集をやめておいたほうがよさそうですね。無用な危険を生みますから」

 

「で、でも……」

 

 正樹が食い下がる。

 

「急いては事をし損じる、ですよ。大した情報は得られませんでしたし、副長が持ち寄る情報に期待するとしましょう」

 

 説き伏せる。

 渋々ながらも納得する正樹。

 すぐにでも助けられないのが悔しいのだろう。

 

「……そうだね。焦っても仕方ない」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 夜。

 夕食も食べ終わり優斗、副長、ビス、ダンディ、正樹の五人は優斗達の部屋に集まっての話し合い。

 現状、優斗は場違いなので部屋を出ようとしたけれど正樹に引っ張り込まれた。

 

「では私が仕入れてきた情報を皆さんに伝えます」

 

 副長は全員を見回すと、手に持っている紙を見せた。

 

「彼女の名前は『愛奈』。年齢は六歳。6将魔法士であるジャルが『父親』だと言っていた通り、あの二人は義理の親子関係にあります」

 

「養子っていうのは合ってるんですね」

 

「はい。ただ人身売買ではなく、リスタルの貴族から二ヶ月ほど前に養子として譲られたのが彼女です。簡単に調べがついたことから、少なくとも表向きはそうなっています」

 

「表向きを信じるとするなら貴族が召喚を行った、ということかの?」

 

「そこまで詳しいことは分かりませんでした。しかし異世界の方々を召喚する魔法陣を知っている国は数少なく、また特殊な魔法陣ゆえに情報漏洩に対する警備も厳重です。召喚された国からこの国の貴族へ取引された、と考えるべきかと」

 

 副長の説明にダンディが眉根を潜める。

 

「……嘆かわしいのう」

 

「そして彼女とジャルの現状ですが、傍目からでは好ましいものではありませんね。度々、住人が暴力を振るっている姿を目撃しています。さらには見世物のように扱っているようです」

 

「彼女はジャルに対して、嫌がったり抵抗したりはしてないんですか?」

 

 優斗が訊く。

 

「これも住人の証言になりますが、痛みに顔を歪める以外は特に感情を発露しないそうです」

 

 副長の説明に優斗は既視感を覚える。

 なんとなく、昔の自分を思い出した。

 

「……そうですか」

 

 無感情に、無表情に。

 心を停止すれば傷つかない。

 嫌な思いも、辛い思いも、何も感じない。

 

「すぐにでも助けられないんですか!?」

 

 思い溢れるように正樹が問う。

 

「真っ当な方法では難しいでしょう」

 

「裁判沙汰になるからね」

 

 副長とビスが首を横に振る。

 正当な手続きを使うなら、やはり長期戦になるのは間違いない。

 優斗も額に手をやり、

 

「助けたあと、どうするかも問題ですよね」

 

「そうだね。本当に厄介だよ」

 

 ビスが頷く。

 正樹がハテナマークを浮かべた。

 

「あの、優斗くん。問題って?」

 

「正樹さんは助けたいって言ってますけど……助けた後、あの子をどうするんですか?」

 

「え?」

 

「正樹さんが連れていくんですか?」

 

 優斗の質問に正樹はう~ん、と考える。

 

「助けたあとに考えればいいんじゃないの?」

 

 まあ、当然と言えば当然の答え。

 けれど副長がため息をついた。

 

「しっかりなさい、フィンドの勇者。今回の件、貴方は目の前にある不当から女の子を助けると決めたのでしょう? でしたら助けた後のことも考えてあげなさい。それが助ける者の責任というものです」

 

「……はい」

 

 説教めいた言葉に正樹が少しだけヘコむ。

 けれど頑張って気を取り直し、

 

「でも、さっき真っ当な方法じゃ無理って言ってたけど、何か方法はあるってこと?」

 

「現状で出来ることといえば最終日に無理矢理引き離して、そのまま攫う……ぐらいでしょう」

 

「今のところ、それしか自分も思い付きません」

 

「だから面倒そうなんですよ」

 

「そうだのう」

 

 副長、ビス、優斗、ダンディの四人で頭を悩ませる。

 見た感じで暴れるのが大好きそうなジャル。

 彼に暴れることのできる素晴らしい口実を与えることになる。

 

「正樹さん、貴方達はジャルに勝てますか?」

 

「勝ってみせるよ」

 

「いや、勝ってみせるじゃなくて、勝てるか勝てないかを訊いてるんです」

 

 沈着かつ冷静に。

 己の実力と相手の実力を鑑みてどうなのか。

 それを訊いている。

 

「そんなの、やってみないと分からないよ」

 

「では、お知り合いに勝てる方は?」

 

「みんなにも訊いてみないと分からないけど……たぶん、いない」

 

「……分かりました」

 

 ということは、だ。

 

「儂としてはリライトが引き取ったほうがいいと思うぞ」

 

「私も同じ意見です。リライトに連れていったほうがよろしいでしょう」

 

「自分は副長の決定に従うまでです」

 

「僕もです。そこらへんは副長に任せます」

 

「分かりました。今のところ、裁量は私がしましょう」

 

 正樹を除く四人が頷く。

 

「とはいえ、やはり情報不足は否めません。私はギリギリまで助けるべきか否か、判断する材料を増やすとします。ですから助けるとしても最終日、明後日ですね」

 

「自分も明日は副長と一緒に動きます」

 

「助かります」

 

「では、任せるとしようかの。儂は一応、王族なのでな。無闇やたらには動けん」

 

 副長とビス、ダンディが明日の予定を話し始める。

 けれど正樹一人が納得できていなかった。

 

「えっ!? どうして!?」

 

 今の今まで、助ける話し合いをしていたのに。

 なぜひっくり返すように『助けるかどうか』の話をしたのか。

 副長は正樹を諭すように話しかける。

 

「もしかしたら『彼女が今の立場を望んでいる』のかもしれません。だからこそ、間違えを起こさないためにも最後まで情報を得たいのです」

 

「そ、そんなことあるわけないだろ!?」

 

 あんな酷い状況、望む者などいない。

 けれど副長は尋ねる。

 

「誰が知っているのですか?」

 

「えっ?」

 

「だから誰が『彼女は助けてほしがっている』ことを知っているのか、と訊いているのです」

 

「それは……」

 

 勇者は思わず言葉に詰まる。

 

「少々、手厳しく言ってしまいましたね」

 

 副長は苦笑した。

 

「フィンドの勇者。貴方は真っ直ぐ、正しく、そして優しい。でも、だからこそ私やビスのような者がいるのです。誰もが“勇者なのだから間違っているわけがない”と全肯定してしまったら、貴方が間違ってしまった時に止める人がいないでしょう?」

 

「今回の件もそうだよ。君が“正しい”のは分かってる。けど言い切れるわけじゃない。だから証明するために動くんだ」

 

 ビスも笑みを浮かべた。

 

「勇者が正しくいるためには、必要な仲間がいるんだよ。時には諭してくれる仲間や、叱咤してくれる仲間がね」

 

「貴方にはいますか? そのような仲間が」

 

 勇者は少し考え、

 

「……いません」

 

「ならばいずれでいい、作ったほうがいいですよ。フィンドの勇者であろうとも、対等に進言してくれる者を。でなければ間違えたことを間違えたと気付かないまま、過ごしてしまう場合があるのですから」

 

「それで一番後悔するのは君だからね」

 

 優しく告げる副長とビス。

 彼らの言っていることを勇者は胸に刻んだようで、

 

「はいっ!」

 

 一つ、大きな返事をした。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 話し合いは終わり、すでに深夜。

 全員、就寝している。

 その中で優斗は一人、ベッドに入りながらも眠れずにいた。

 

「…………」

 

 似てる、と思ってしまったからだろうか。

 どうにも眠る気分になれなかった。

 

 ――ちょっと出るか。

 

 ベッドから起き上がる。

 上着だけを羽織り、音をさせないように部屋を出る。

 雪が降る国ではないとはいえ、さすがに寒さはあった。

 建物の外に出て、少し歩こうとしたところで……音が聞こえる。

 

「ん?」

 

 少し耳を澄ます。

 また、聞こえた。

 僅かではあったが、金属音のようなものが。

 

「なんだろ?」

 

 建物の外周を曲がった先から聞こえた。

 気になって音の方向へと歩いて行く。

 そして何気無しに覗いてみると、

 

「…………」

 

 先ほどまで話題としてた少女、愛奈がいた。

 体育座りで顔は俯いている。

 髪は背まで伸びているが、ボサボサ。

 服装はワンピースのようなもの、一枚。

 微かに聞こえていた金属音は鎖の音。

 寒さに震えている愛奈の振動が鎖に伝わって発されたものだろう。

 人の気配に気付いたのだろうか。

 愛奈が顔を上げた。

 優斗はとりあえず、上着を愛奈にかける。

 

「だいじょうぶ?」

 

「…………」

 

 なるべく優しい声を出したが、彼女は無反応。

 

「外は寒いけど、ここに居たい?」

 

 もう一度、優斗は声を掛ける。

 すると、だ。

 小さい声ながらも反応があった。

 

「……なれてるの」

 

 彼女の返答。

 けれどそれは優斗の望む答えじゃない。

 優しく「違うよ」と否定してから、真意をもう一度訊く。

 

「慣れてるか慣れてないか、じゃなくて居たいのか居たくないのかを訊いてるんだよ」

 

「……」

 

 首を僅かに横へ振った。

 

「じゃあ、おいで。ここで寝ろって言われてるわけじゃないんだったら、どこにいようと君の自由だよ」

 

 優斗の言葉に愛奈は立ち上がろうとして……よろける。

 寒さで身体が上手く動いていないようだった。

 

「ちょっと動かないでね」

 

 告げて、小さな身体を抱き上げる。

 思った以上に軽かった。

 優斗はそのまま部屋まで連れて行き、とりあえず浴室へ。

 首輪は何かしらの細工がされてあるのか外れない。

 なので首輪と鎖をつけたまま、浴室へと入る。

 汚れた服は水の精霊に頼んで洗ってもらい、火の精霊と風の精霊に超速で乾かすことをお願いした。

 バスタブにお湯を張りながら、ぬるま湯でゆっくりと愛奈の身体を温める。

 そして充分、彼女の身体が温まったところで髪を洗い……気付いた。

 シャンプーが泡立たない。

 少なくとも二,三日以上は風呂に入ってない証拠だ。

 優斗は泡立つまで繰り返し愛奈の髪の毛を洗う。

 身体も汚れが目立った。

 青痣もあり、無数の傷が目立つ。

 できるだけ力を入れずに洗う。

 多少はしみたりもしただろうが、愛奈の表情は何も変わらない。

 優斗は洗い終わると彼女をバスタオルで丁寧に拭き、綺麗になった服を彼女に着せる。

 その上に大きくともセーターを着させて自分のベッドの上に座らせる。

 

「ビスさん、起きてください」

 

 ビスを叩き起こす。

 最初、眠そうな目をゆっくりと開けるビスだったが、愛奈の姿を認めると一気に覚醒したようだ。

 すぐさま起き上がる。

 

「これは一体どういうことだい?」

 

「外にいるところを保護しました」

 

 優斗とビスが僅かばかり話す。

 その間に、愛奈はうつらうつらとし始め……ポスっと倒れた。

 優斗とビスはその姿を見て、

 

「……子供がこんな時間まで起きてたんだ。こうなるのは分かっていたね」

 

「ですね」

 

「副長にも知らせて色々と訊きたいところだけど、このまま寝かせてあげたいと思うのは自分だけかい?」

 

「いえ、僕も同じ気持ちです」

 

 

 

 

 

 

 このまま二人は夜を徹して彼女を見守り、明け方六時過ぎ。

 僅か四時間ばかりの睡眠を取った愛奈が目覚めた。

 

「…………」

 

 ジャラリ、と鎖を鳴らせて起き上がる。

 

「起きた?」

 

「もう少し寝ててもいいんだよ」

 

 優斗とビスが声を掛ける。

 

「…………」

 

 愛奈は二人を一瞥するが、ベッドから降りてドアに向かう。

 

「ちょっと待って」

 

 優斗が愛奈の前に立って止める。

 視線でビスに合図を送った。

 ビスは頷く。

 

「行かないといけないところがあるのかもしれないけど、もしよかったらこれだけ答えてくれるかい?」

 

 人の良い笑みを浮かべるビス。

 

「君はこのまま、あの人と一緒にいたい?」

 

 ビスの質問に愛奈は……何も反応しなかった。

 優斗の横を通り過ぎる。

 ドアを開けて外に出た。

 

「僕からも言っておくことがあるよ」

 

 ドアを閉めようとする愛奈に優斗が声を掛ける。

 

「もし、今日も同じように外で寝るつもりなら、この部屋に来てさっきのベッドで寝ること」

 

 愛奈の動きが一瞬だけ止まる。

 けれど、僅かばかりで次の瞬間にはドアを閉めた。

 優斗とビスは顔を見合わす。

 

「どう思いますか?」

 

「……何というか、考えることも感情も止めているね。自己防衛なのだろうけど……」

 

「僕達は見知らぬ人ですし、余計に防衛が働いたのかもしれません」

 

「ただ、少なくとも自分の質問に頷かなかったということは、今の状況を肯定してるわけじゃなさそうだね」

 

「けれども“今の状況を否定したい”という気持ちもない。……いや、ビスさんの言うとおり感情も思考も止めているだけ……ですね」

 

「とりあえずは僅かな可能性である“肯定的な現状”でないことは確かだよ」

 

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