第130話 困った時はお互い様
暦は5月。
学院は5連休が始まり、今日は連休2日目の朝。
「……疲れた」
高速馬車の中でぐったりとする優斗。
「和泉の奴、帰ったら絶対デコピンしてやる」
怨念めいた愚痴を零す。
優斗は今、ミエスタ王国から帰途につく途中。
本来は和泉が向かうはずだった『“試作カメラver5”の取り扱い注意事項の説明』。
ようやくカメラも市販向けに改良されていき、その最新版をミエスタの女王に説明する説明会。
なのに手紙で『カメラの改良が面白い展開になった。俺も技師もそっちを進めるので代わりに優斗を寄越す』と宣った。
そしてミエスタ女王が断るわけもない。
改良が進み、さらに優斗が来るのだから。
別に修でも卓也でもカメラの特徴を普通に知っているので説明出来るのだが、和泉以外で唯一女王と面識があるのが優斗のみ、というのも指名した理由だ。
結果、優斗がカメラの取り扱いを説明する為にミエスタへと向かうこととなる。
「しかも販売戦略とか何で一緒に考えることになるかな」
確かに優斗達の元いた世界でどのようにカメラが使われ、どういう仕事になるのか。
これは彼らが一番良く分かっている。
本来は両国の人達を交えての話し合いになるのだろうが、与太話の一つとして話していたら大層熱中してしまった。
ミエスタ女王には写真館を作ったらどうか、などなど様々な意見を互いに出し合った末、寝ずにまる一日を使った。
「……とりあえず寝よ」
朝食を食べて高速馬車に乗ったら急に眠気が出てきた。
眠っている優斗の耳にガキン、と聞き慣れない音が僅かに響いた。
同時に乗っている車が軽く揺れ始める。
「……ん?」
寝ぼけ眼で横と正面の窓を覗き込む。
道が荒れているのかと思って確認しようと思っただけなのだが、
「…………前の車がない……」
3台連結されている車の最後尾に一人で乗っていた優斗。
当然、正面の窓からは前の車の後部が見えて然るべきなのだが、優斗の視界に映っているのは高速馬車用に整えられた道と……微かに見える前の車が消えていく姿。
「はぁっ!? ちょ、どういうこと!?」
寝ぼけた頭が回転するには丁度良い出来事だった。
◇ ◇
シルフを召喚して無理矢理に車を止める。
優斗は降りると他に通るかもしれない馬車の為に、邪魔にならないような場所へ車を移動させて点検する。
「なるほど。連結部分が壊れたんだ」
車同士を繋げている部分が折れていた。
原因が分かって頷く。
「って、なるほどじゃない!」
一人でツッコミを入れる。
「どうしよ」
視界に広がるのは草原と森……と看板。
「看板?」
近寄って確認してみる。
概略だが近くに村があるのが分かった。
そしてぎりぎり、ミエスタ王国領内だということも。
「高速馬車がどこまで行ってるか分からないし、僕の乗ってた車が無くなったことに気付いて帰ってくるかどうかも分からないし、村を目指すのが一番なのかな?」
看板を凝視しながら今後、どう動くか考える。
すると森からカサリ、と草葉を踏みしめる音が響いた。
同時に一人の男性が出てくる。
「どうした? こんなところで立ち往生してるなんて」
優斗が目的地と決めた村の人だろう。
どうやら遠目から優斗のことに気付いたらしい。
手に鉈を持った年若い男性が声を掛けてくれた。
「村人以外でこんな場所に人がいるなんて……って、そこにあるの馬車の車か?」
この場所にはあまりにも異様なものが取り残されている。
優斗も頷いて苦笑した。
「高速馬車の連結部分が壊れて取り残されてしまったんです。すみませんが、ここからリライトまでどれくらいありますか?」
「600キロ以上あるぞ」
「……今日中に帰るのは無理か」
やりようによっては帰れることには帰れる。
風の精霊を使って帰る、とか。
だがあれは不味い。
誰かに見られて『怪奇、高速で空飛ぶ謎の男!!』とかなるのは勘弁願いたい。
恥ずかしいし仲間に知られたら弄られるし良いことがない。
「貴方の村に宿はありますか?」
「悪いがうちにはないんだ」
「高速馬車って寄ります?」
「明明後日には寄るぞ」
要するに三日後。
さらに話を聞くと村に高速馬車は十日に一度しか来ない。
そこを鑑みるとタイミング的に運が良いのか悪いのか。
「……とりあえず野宿決定だね」
とはいえ悲嘆はない。
三日ぐらいはどうとでもなる。
「ありがとうございました」
親切な男性に頭を下げて優斗は立ち去ろうとする。
が、思いっきり手を取られた。
「おいおい、ちょっと待てって。まさか森で寝泊まりする気か? 魔物が平然と出る場所だぞ?」
「大丈夫ですよ。ぶっ飛ばします」
むしろ魔物も種類によっては食料になる。
たまには豪快に丸焼きでもいいだろう。
頭の中で魔物を食材にすることを決定する優斗。
だが男性は大きく呆れながら、
「……お前、馬鹿だろ」
そして優斗の手を引っ張る。
「家に来い。明明後日の高速馬車が来るまで泊めてやる」
ぐいぐいと問答無用で連れて行く男性。
「ちょ、ちょっと待って下さい。迷惑になりますから」
軽く足を踏ん張る優斗。
たまたま出会った男を泊めるとかありえない。
しかも何がありえないって、この男性は本気の親切心で言っている。
どれだけ人が良いんだと思う。
「なんだ、お前知らないのか?」
だけど男性は引っ張るのをやめずに温和な表情になる。
そして当たり前のように、普通のことのように言った。
「困ったときはお互い様って言葉があるんだ」
◇ ◇
村に向かいながら互いに自己紹介する。
「ノイアー・ウィンストン。今年で18歳になる。農家をやってるんだ」
栗色の髪の毛を短く切り、温和な表情をしているノイアー。
なんとなく田舎にいる素朴な少年のイメージが優斗の頭に思い浮かぶ。
「ユウト・ミヤガワです。同じく今年で18歳になります」
「……同い年? っていうかミヤガワって変な名字だな」
そりゃそうだ、と優斗は内心頷く。
こっちだと自分以外いないと確信できるくらいの名字だ。
しかも言いにくい。
「ユウトでいいですよ」
「……ん? いや、それ以上に同い年に敬語も変だ。うちの村じゃ爺婆にも敬語使う奴なんていないぞ」
さらっとノイアーから述べられたことに優斗が吹き出す。
まさか爺婆と一緒にされると思わなかった。
「分かったよ、普通にする」
「ユウトは何をやってるんだ?」
「学生。リライト魔法学院の3年なんだよ」
優斗が答えるとノイアーがいきなり目を輝かせた。
「魔法学院の学生ってことは、魔法とか凄いの使えるのか!?」
「えっと……それなりに使えるけど」
そう言うとノイアーが凄く見たそうな顔になった。
何で? とも優斗は思ったが、一般人はあまり大がかりな魔法に接する機会がないことを思い出す。
戦士系じゃない人が使う魔法は初級にも満たない簡易的なもの。
特に閉鎖的な場所であれば尚更、中級魔法以上を見る機会は無いのだろう。
「見たい?」
「見たい!」
あまりにも素直に頷いたノイアー。
優斗も軽く吹き出して了承した。
そして森の中でも開けた場所に出ると、大岩があったので目を付ける。
「じゃあ行くよ」
右手を前に突き出し、
「求めるは風切、神の息吹」
詠唱を詠む。
同時に魔法陣が生まれ、豪風が吹き荒れて大岩に直撃した。
亀裂が走り、中央から崩れる。
「今のって中級魔法か!? それとも上級魔法か!?」
大喜びでノイアーが崩れた大岩に駆け寄る。
「風の上級魔法だよ」
「すっげーな。空気が震えたぞ」
ニコニコと。
凄いものを見れて本当に嬉しそうなノイアー。
「オレ、子供の頃は凄い魔法士になりたかったんだ。だからあんだけの魔法見れてすっげー嬉しい」
「そうなの?」
「あったりまえだろ。だって男ならバーンって凄い魔法使いたいって誰でも思うだろ!」
はしゃぐノイアー。
思わず優斗も童心に返ったように頷いた。
「そうだね」
◇ ◇
「お嫁さんいるの?」
「ああ、村一番の美人なんだぞ。頑張ってオレが射止めたんだ」
自慢するように胸を張るノイアーと一緒に木製の簡素な一軒家に到着する。
「ケイト、帰ったぞ!」
鉈を玄関の前に置きながら家へ入っていくノイアーに続く優斗。
すると歩み寄ってくる音が聞こえてきた。
「あれまあ、遅かったわね……って、あら? どなた?」
髪の毛を三つ編みにした女の子が出てくる。
こちらもまた素朴な感じの子だ。
そばかすがチャームポイントになっており、地味な感じではあるがノイアーが自慢するだけはある。
「オレの嫁さん、ケイト。オレとお前の一個下だ」
優斗が会釈する。
釣られてケイトも同じように会釈した。
「こっちがユウト……なんちゃら。高速馬車から車が切り離されるって面白いことになった奴でな、数日泊まらせることにしたんだ」
かなり適当な上に色々と端折った説明。
というか名字、覚えきれてなかったのかと優斗は呆れる。
「ユウト・ミヤガワと申します。突然申し訳ありませんが、ご迷惑でなければ物置にでも泊まらせていただければ嬉しいのですが」
「そんなこと言わずに客間に泊まりなさいよ。ぜんぜん迷惑じゃないし困ったときはお互い様だもの」
素朴な感じとは裏腹にはっきりとした言い草だ。
さらに言えばノイアーと言っていることが一緒。
「夫婦だね」
「だろ?」
三人でリビングへと向かう。
あまり大きくはないが、友人や親などを呼んでも問題ないくらいの大きさ。
中央に木製のテーブルと椅子。そして近くに赤子用のベッドがある。
「……えっ?」
優斗の動きが止まった。
ベッドの上でこっちに視線を送っている赤子の姿が見える。
するとノイアーが自慢げに、
「生まれて1年と2ヶ月の娘だ。可愛いだろ?」
「……う?」
赤子が反応した。
「この子の名前は?」
「コリンだ。可愛いだろ」
未だに自慢げなノイアー。
ふっと優斗が笑みを零した。
「ケイトさん。ノイアーって親バカ?」
「わかる?」
「さすがにね」
自分と似た匂いを感じる。
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