第129話 話袋:副長と補佐官②
フェイルがリライトに来て1ヶ月。
彼は順風満帆に過ごしていた。
近衛騎士団の中でも性格に問題はなく、実力はお墨付き。
いずれは副長を超えるとさえ噂されている驚異の新人――レイナ=ヴァイ=アクライトも尊敬しており、何よりも“優斗が慕っている”というのが大きい。
あの大魔法士が慕っている。
彼のことを知っている近衛騎士達にとっては、それがとても驚きである。
「……フェイル。そろそろ――」
「駄目だ。仕事が終わってからだと言っているだろう」
さらには近衛騎士団副長――エル=サイプ=グルコントの手綱を握ることができる、というのも凄い。
「め、目の前にフィオナ様が作って下さったお菓子があるのですよ!?」
たまたまではあるが、余った分を自分達に持ってきてくれたケーキがある。
エルとしては一分でも一秒でも早く甘受したいものだ。
「だから駄目だと言っているだろう。分かりきったオチをやるんじゃない」
「……フェイル、貴方は敵です」
ブスっとした視線でエルが睨み付ける。
「ということは俺に『仕事が終わってから召し上がってください』と頼んだフィオナ殿も敵ということか」
「……くっ、卑怯です」
少なくともエルにとってはこれ以上ない正論だ。
「おや? 卑怯とは違うだろう。ユウトやフィオナ殿だったら仕事が終わったエル殿に食べてもらうことこそ喜ばしいことだと思うが? お仕事お疲れ様、という意味が込められたお菓子だろう、これは」
せつせつと語りかけるフェイル。
「……確かにそうかもしれません」
思わずエルも納得していしまった。
そして、
「でしたらフェイル! すぐに終わらせますよ!」
「そうだな」
お菓子に辿り着くため、もの凄い勢いで残りの書類を終わらせていく。
◇ ◇
一方で新人の近衛騎士、レイナは困っていた。
「……ビスさん。私にどうしろと言うのですか」
休日、和泉と出かける約束をしていた彼女。
ひらひらとしたスカートを身につけ、多少なりともおめかしをした姿なのだが……。
なぜか食堂でビス・カルトと話していた。
内容は副長を補佐しているフェイル=グリア=アーネストについて。
「補佐官に何か不満でも?」
「何もないから困ってるんだよ!」
ビスは心から叫ぶ。
「実力は副長に匹敵するし、仕事は出来るし、自分が忙しい時だと何かと気を遣ってくれるし、何一つ不満がないんだ!」
「副長に続いて良い上司に恵まれたではないですか」
実力者であり人格者。
先日に離婚はしているが事実を隠しておらず、しかも彼に非はないので女性騎士からの人気は高い。
男性の騎士からも指導をよく頼まれている。
「あの御方が凄い騎士だということは知っていますが、何よりユウトが慕っているのです。素晴らしい御仁でもあるのでしょう?」
「文句がない!」
ビスとしては本当に好ましい人物だ。
「ならば良いではありませんか」
「それとこれとは話が別なんだよ! あの副長がユウト君達関連でも窘められるんだよ!?」
彼らの事に関すると頭のねじが2本も3本も抜け落ちる副長が、だ。
レイナも聞かされると軽く目を見開いた。
「確かにそれは少し驚きです」
「だろう!? なんというか大人の雰囲気が漂っているみたいで凄いんだ!!」
何と言えばいいのか分からないが、ビスとしてはそれが気に入らないのだろう。
気に入らないのだろうが、
「……貶そうとして全力で褒めているところにビスさんの人の良さが滲み出ていますね」
どう聞いても上司が素晴らしい、としか聞こえてこない。
すると、
「少し込み入った事情があるのか?」
レイナの肩を叩きながら和泉が現れた。
「……い、和泉!? も、もう時間だったか!?」
慌てて時計を見る。
が、まだ約束の時間にはなっていない。
「いや、お前が10分前になっても来ないことが驚きでな。少し覗きに来た」
集合場所は近衛騎士の宿舎前。
そしてレイナは出掛ける際、絶対に15分前から待ち構えている。
なのに今日はいなかったので、何かあったのかと思い中まで足を運んだ。
「何か困り事ならこのまま相談に乗ってやったほうがいいと思うが」
和泉はちらりとビスを見る。
何か切羽詰まった雰囲気を……感じてはいないが、叫んでいたので困り事でもあるのだろうと判断できる。
だが、
「いやいや、レイナちゃんに聞いてもらえただけでもスッキリしたよ。それに伝説のカップルの邪魔をするわけにもいかないしね」
さらっとビスが言うと、レイナの顔がポンっと赤くなる。
「で、ででで、で、伝説!? カ、カップル!?」
「どういう意味だ?」
「どうもこうもないじゃないか。学院の卒業式でプロポーズなんて出来事、伝説と呼ばれるに値することだと思うけど。ほら、今だって君達二人が揃ったら若い子達がみんな注目してるよ」
ふと和泉が周りを見れば、確かに周囲の目は自分達に注がれている。
「確かに皆、ニヤニヤしているな」
「…………うぅ……」
男前な告白をしたレイナが彼の前では顔を真っ赤にして沈黙する。
普段の様子も様子なだけに、そのギャップで周囲が微笑ましい笑みを零しているのも仕方ないことだろう。
「このままだとレイナの頭が爆発しそうだからな。悪いがこれで失礼させてもらう」
和泉が彼女の腕を掴んで歩くと、年若い女性騎士がさらにニヤニヤした。
ところどころで「可愛い~」なんて声が上がるのは、確かに和泉も頷くところだ。
宿舎を出て、さらに歩く。
「もう1ヶ月以上経つんだから、そろそろお前も慣れてくれ」
和泉は顔が真っ赤なまま俯くレイナに言ってみる。
しかし予想通りというか何と言うか、
「む、無理だ! だ、だって、伝説で、カップルで、和泉と二人きりなのだぞ!!」
「……ふむ。なら少し離れて歩いたほうがいいか?」
ちょっとはレイナも落ち着くかもしれない。
「それは嫌だ!」
だが服の裾を思いっきり握りしめるレイナ。
絶対に離さないとばかりにぎゅうっと。
「…………はぁ」
思わず和泉は軽く嘆息しながら、
「いい加減、こっちのツボを突かないでほしいものだな」
愚痴を零した。
こんな可愛らしい行動をされては困る。
◇ ◇
エルは満足げに甘いケーキを頬張りながら、
「フェイルの元妻とはどうのような方だったのですか?」
どう考えても重い内容の会話をしていた。
「性格に難はあったが美しい女性であったな」
しかしフェイルも美味しさに顔を綻ばせながら平然と話す。
「正直なところで言えば、上司の娘であったから逃げられない婚姻でもあった。だが愛していこうと思い、愛していくと頑張ったのだが……結果が結果だ。どうにも俺には魅力というものがないらしい」
「いえ、貴方に魅力がないというよりは、貴方の元妻の見る目がないのでしょう」
まだ1ヶ月過ぎたぐらいの付き合いだとしても、それぐらい分かる。
確かに奪った相手のほうが顔が良いとはいえ、彼のことを蔑ろにして浮気するなどエルには考えられない。
「とはいえ不躾な質問にも関わらず貴方も苦しそうな表情一つすらないというのは、少々驚きました」
仮にも元妻のことだ。
話題としては不適切なものだとは思う。
「なに、終わったことを蒸し返しても仕方ない。赤の他人となったあいつに遺恨を残すことはしない。関係を切ると決めたのならば切る。俺やユウトはそういう奴だ」
情も何も沸かない。
心を残すこともしない。
「次は恋から始めて、愛して、結婚したいと思っている。未だ見ぬ誰かなのか、それとも既に見た誰かなのかは分からないがな」
また一口、とフェイルはケーキを頬張る。
気負いなく述べたことにエルも頷く。
「出来るといいですね」
「ああ、やってみせるとも」
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