第131話 尾を引くこと

 とりたての野菜を使った夕食をいただく。

 

「どうだ?」

 

「美味しい」

 

 優斗は素直に感想を述べる。

 新鮮な野菜、というのは美味いと言われているのは知っている。

 だが実感としてこれほど歯ごたえも違うとは思わなかった。

 

「だろ? やっぱ採ったばっかりのが一番だ」

 

「ユウト君の口に合った?」

 

「大丈夫だよ。本当に美味しいから」

 

「なら良かったわ」

 

 ケイトがいらぬ心配をしていたのだが優斗の笑みを見てほっとする。

 そのまま優斗は夕食を綺麗にいただくと、彼が断る間もなく食後のお茶が出てきた。

 感謝を述べながら3人でお茶を飲む。

 

「ぱーう」

 

「ん? どうした」

 

 と、コリンが突然ノイアーを呼んだ。

 彼が構おうとするが、今度は母親を呼ぶ。

 

「まーう」

 

「どうしたの?」

 

 ケイトも近付くが、どうにも違うらしい。

 コリンは続いて優斗を見た。

 

「うい」

 

「うい」

 

 彼は同じ言葉を返しただけ。

 ただし、少し大げさのポーズで。

 

「たーっ!」

 

 だがコリンは大きく笑う。

 どうやらこれが正解の反応らしい。

 

「……なんかすげー負けた気がするな」

 

 ノイアーが少し項垂れた。

 優斗も気持ちはよく分かる。

 とはいえ、だ。

 自分も彼と同じ経験を培っている。

 たまたま自分のやったことが当たっただけ。

 

「これでも子持ちだからね。今回は偶然、僕の反応に喜んでくれたみたい」

 

「おおっ、ユウトも子供がいるのか。何歳だ?」

 

「うちは……まだ2歳にはなってないかな」

 

 まあ、正直なところはよく分からない。

 義母や家政婦長に聞けば成長速度は比較的緩いらしいが、最近は喋ることも上手くなってきたので判断に困る。

 いくら人間の姿をしているとしても龍神なのだから。

 とはいえ、何か問題があるのかと言えば何も問題はない。

 

「息子か? それとも娘か?」

 

「娘だよ。最強に可愛いからね」

 

「分かる。コリンは最高に可愛い」

 

 二人の視線がかち合う。

 

「…………」

 

「…………」

 

 そして力強く握手をした。

 親バカと親バカ。

 相反すれば自慢話でのバトルになるが、この二人は違った。

 互いに自分の娘が可愛いことを誇るだけ。

 しかも相手が言っていることに対して感慨深く頷く。

 

「娘がいるってことは嫁さんもいるんだろうけど、嫁さんはどんな人なんだ?」

 

 ノイアーが今度はフィオナについて訊いてきた。

 

「えっと……主観? それとも客観?」

 

 それによって答えが変わる。

 

「客観だとどれくらいだ?」

 

「たぶん国で一、二を争うぐらいの美少女」

 

 素直にそう思う。

 少なくともフィオナとアリーが同年代では群を抜いているように感じる。

 

「主観だと?」

 

「可愛いし綺麗だし優しいしお淑やかだし完璧だね」

 

 優斗の100点。

 それがフィオナだ。

 

 

       ◇      ◇

 

 

「ノイアー、もっと採るの?」

 

 翌日、優斗は苺の収穫を手伝っていた。

 今までやったことのない作業なので新鮮さを感じる。

 

「いいや、これぐらいでいいぞ」

 

「分かった」

 

 収穫したものをノイアーに手渡し、優斗は不意に手の匂いを嗅ぐ。

 

「おおっ、苺の匂いだ」

 

 甘い香りが僅かに鼻をくすぐる。

 ふっと心が落ち着くような感じがした。

 

「食っていいぞ」

 

 ノイアーが収穫した苺を優斗に見せる。

 

「いいの?」

 

「売り物だから100個とか食ったら駄目だけどな」

 

 ほれ、と言ってノイアーは優斗に手渡す。

 まるまると赤い実をつけた苺が本当に美味しそうだ。

 

「ありがと」

 

 優斗は素直に口に入れる。

 そして噛みしめた瞬間、予想以上に感動した。

 

「うわっ、思ってたより甘い」

 

 糖度が高いのだろうか。

 普通のよりも美味しい。

 優斗でも高級なものだということが分かる。

 

「これだけ美味しい苺食べたの初めてだよ」

 

 大きく優斗は息を吸う。

 

「それにこれだけの自然に囲まれた場所で食べるっていうのも、また別格かも」

 

 今立っている場所は田畑だ。

 けれど回りには森林があり、草原がある。

 リライトにだってあるが田舎はさらに別格。

 空気が美味い、とでも言えばいいだろうか。

 雰囲気が良いと言えばいいだろうか。

 とても口では形容できない気持ちになれる。

 

「これがうちの村の自慢だからな」

 

 ノイアーも頷いて、優斗と同じように息を吸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 収穫した苺を持ちながら村の中を歩く。

 田畑にいるのは60歳は超えたような人ばかり。

 ノイアーのような若い人の姿は見えない。

 

「どうした?」

 

「いや、年輩の方が多いと思っただけだよ」

 

 過疎化というのだろうか。

 村の中を見てもノイアー達くらい若いのは数人しか見られない。

 

「これからはどんどん若いの増えてくぞ。帰ってくる奴らもいるかもしれない」

 

「そっか」

 

 彼の返答から、やはり過疎化なのだろうなと思う。

 どこの世界でも同じなのだと実感させられる。

 二人で家に収穫物を持ち運ぶ。

 

「ノイアー、どうだったの?」

 

「こいつすげーぞ。あんま戦力になんないかと思ってたけど大違いだ」

 

 優斗の背中をバンバンと叩いて褒める。

 教えればすぐに上手くなる彼は本当に凄い。

 素直にノイアーも賞賛できる。

 

「お褒めに預かり光栄の至り」

 

 優斗が茶目っ気を出しながら腰を折った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二日目の夜。

 食事をいただいた後は優斗のノイアーの飲み比べになった。

 飲みきってはケイトが注いでいく。

 だが2時間もした頃には、

 

「お前、強いなぁ」

 

「かなりの頻度で義父さんと飲んでるからね」

 

 ぐでんぐでんになったノイアーと、軽く顔を赤らめているだけの優斗。

 ほとんど勝敗は決まったようなものだった。

 テーブルに俯せになるノイアー。

 

「だあ、もう。オレ、これでも村で一番の酒豪だと思ってたんだけどなぁ!」

 

「残念だったね」

 

 優斗はコップの酒を煽る。

 まだまだ余裕がありそうだった。

 

「……なあ、ユウト」

 

「なに?」

 

 注いでくれるケイトに感謝しながら優斗はノイアーに顔を向ける。

 彼は未だに顔を俯せたまま。

 けれど、

 

「村に越してこないか?」

 

 少しだけ真面目な雰囲気の声音だった。

 

「……どういうこと?」

 

 いきなりのことに眉をひそめる優斗。

 けれど彼からの返答はない。

 

「ノイアー?」

 

 今度は名を呼ぶ。

 けれど反応がない。

 

「…………」

 

 耳を傾ければ、寝息らしきものが聞こえている。

 どうやら寝ているらしい。

 

「このタイミングで普通、寝る?」

 

 とんでもなく気になる状況にしてくれたものだ。

 軽く呆れた表情の優斗。

 

「同い年で飲み比べなんてやったことがないから、とっても楽しかったみたい。だから限界まで頑張っちゃったのよ」

 

 ケイトが苦笑しながら毛布を持ってきてノイアーに掛ける。

 

「ケイトさん、今のってなに?」

 

「酔っ払いの戯言……って言えばそうなんだけどね。でも、ちょっとは本気だったはずよ」

 

 ノイアーの本心だろう。

 ケイトは彼の隣に腰を下ろすと、優斗に今の言葉の意味を少しだけ伝える。

 

「うちの村もね、5年前までは若い人もたくさんいたわ」

 

 同年代だって、同世代だって。

 もう少したくさんいた。

 

「首都へ出稼ぎにでも行ってるの?」

 

 優斗の疑問に対してケイトは首を振る。

 

「……事件がね、あったの。しかも同じ事が何回も」

 

 僅かに手を握りしめ、少しだけ唇を噛みしめる。

 優斗には理解できることでもないが、それでも辛いことがあったということだけは分かる。

 

「この件が原因で若い人がどんどんいなくなって、今はもう……ほんの少しだけ」

 

 そう言ってケイトは切り替えるようにパッと顔を明るくした。

 

「でも今はないし、これからどんどん人が戻ってくるわよ。それで戻ってきた奴らに言ってやるの。ノイアーはずっといたんだから、うちの旦那が未来の村長だって」

 

 ざまあみろってものよ。

 ケイトは笑って、そう言った。

 

「二人は村を出ようと思わなかったの?」

 

「ううん。だって村が大好きなんだもの。どれだけ絶望があったとしてもね」

 

 素朴なところも。

 自然が多いところも。

 年輩との距離が近いところも。

 全部が大好きだ。

 

「そっか」

 

 優斗は相づちを打ちながら、彼らのことを尊敬する。

 不安はまだ残っているのだろう。

 強がりでもあるだろう。

 けれど将来に期待を持っている眼差し。

 未来をしっかりと見据えている言葉。

 優斗の目には、とても強い彼らが見える。

 

「それなら僕は今、未来の村長の家に泊まってるってこと?」

 

「そういうことよ」

 

 顔を見合わせ、二人で吹き出す。

 

「じゃあ、僕はいずれ偉くなる人のところにいるってわけだ」

 

 彼らは頑張ると決めたのだろう。

 彼らは頑張っていくと誓ったのだろう。

 優斗は詳しく聞こうと思わない。

 ただ、このような彼らだからこそ自分に親切をしてくれた。

 それだけは誰にだって分かる。

 

 

 

 

 

 

 けれど優斗が過ごして三日目。

 ……再び事件は起こる。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る