第2話 出会い
異世界に来てから二日後。昨日も服の採寸だったり何だったりと忙しかった優斗達は今日、家庭教師と対面するためアリーに連れられて城の一室へと集まっていた。
長テーブルに修、優斗、卓也、和泉の順に座る。
「どんな人が来るんだろうね? 正直、ちょっと楽しみにしてるんだけど」
「ざます、とかいう家庭教師が来なければ誰でもいい」
絵に描いたような人物だけは勘弁だと和泉が言う。卓也も自らの願望を口にした。
「オレは優しそうな人がいい」
「和泉も卓也もいいよな。俺だけその楽しみが全くねーし」
修が口を尖らせるが対面にいるアリーが僅かに悲しそうな顔になったので、修が慌てて否定した。
「べ、別にアリーが嫌とか言ったわけじゃねーからな」
「それならいいのですが……」
あまり納得いっていない様子ながらも、アリーは表情を切り替える。
「家庭教師は同じ学院、同年代で信頼できる貴族の学生ですわ。学院生活では何かしら不便なことが多いと思いますから、そのサポートも兼ねています。何か分からないことがあれば、遠慮なく申してください」
そして扉に向かって合図を送る。側に控えていた侍女が扉を開けると、しっかりとした足取りで優斗達と同年代の少年少女が制服姿で入ってきた。
各々が担当する異世界人の対面で立ち止まると、アリーが一人ずつ紹介を始める。
「まずはフィオナ=アイン=トラスティ。彼女はユウト様の家庭教師となりますわ」
艶やかな黒髪が背中まであるストレートヘアー。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるモデルのようなスタイル。あまり日本人のような体型ではないが、大和撫子を連想させる和風の美少女だった。
「よろしくお願いいたします、ユウト様」
ただ、表情があまり動かない。あまり感情を表に出さないタイプなのかもしれない、とも優斗は感じた。
「続いてココ=カル=フィグナ。彼女はタクヤ様の家庭教師となります」
「あ、あの、よろしくお願いします」
同年代の少年少女と比べると、かなりちんまりとしている。が、栗色のショートカットと愛らしい瞳が身長と相まって可愛らしさを引き立てていた。卓也も同年代では少し小さいほうだが、それでも彼女と並べば実際の身長より大きく見えるだろう。
「最後にクリスト=ファー=レグル。彼はイズミ様の家庭教師となります」
「よろしくお願いします」
キラリ、と白い歯を見せて微笑む。
何というか、さわやかな金髪の王子様が絵本から飛び出てきたようだった。
「……なぜだ」
すると突然、和泉が声を震わせる。いきなりのことに面を喰らう家庭教師陣だが、和泉はもう一度、同じことを口にした。
「なぜなんだ?」
「あ、あの、イズミ様? その、わたくし達が選んだ方々に何か不都合があったのでしょうか?」
アリーが狼狽えてオロオロし始めた。
家庭教師三人もどうしたのか、何か自分達に粗相があったのかと不安が生まれる。
だが優斗達は和泉が何を言いたいのか分かったので、とりあえず代表して隣にいる卓也が頭を叩いた。そして優斗が小さく頭を下げる。
「気にしないで下さい。自分だけが男の家庭教師だったので、なぜ『女の子』じゃないんだと思っているだけですから」
異世界情報の媒体など二次元しか存在しないが、それでも情報は情報だ。
しかも修しかり、優斗しかり、卓也しかり、ちゃんと美少女が家庭教師になっているというのに、なぜか和泉だけが王子様系イケメン。
和泉も別に家庭教師は美少女がいい、というわけではない。ただ単にテンプレと違うので納得いかなかっただけだ。
「特にそちらが何かをしたわけではありませんから、問題ありませんよ」
優斗が和泉の態度など気にするな、といった体でフォローした。
アリーはほっとした感じで、
「それならばよろしいのですが……」
「よろしくない! なぜ、なぜ俺だけがこんなイケメン家庭教師なんだ!?」
頭を叩かれた和泉が勢いよくテーブルに手を打ち付ける。クリストも褒められているのか貶されているのか分からないので、曖昧な表情を浮かべるしかない。
アリーも同様に曖昧な表情を浮かべながら返答する。
「なぜ、と申されましても……信用足りうる方を選別したあと、一番良い相性のペアを作っただけなのですわ」
だから正直、変更させるにしても難しいものがある。
「なるほど。ちょっとした興味なんですが、どのように作られたのですか?」
優斗が問い掛ける。
「我が国の宮廷占い師によって相性診断をしてもらいましたわ」
リライト王国の一番偉い占い師が行ったことなので間違いはないと思いますわ、とアリーは付け加えた。優斗は説明に対して感謝の意を述べてから、和泉に向き直る。
「そういうわけらしいから、和泉も諦めたほうがいいよ。別に男が嫌ってわけじゃないんだから、これ以上の面倒な発言は許可しないからね」
優斗が窘め、隣に座っている卓也が落ち着ける為に和泉の肩を優しく叩こうとする。
しかし和泉は明後日の方向へ発想を転換させた。
「いや、待て! イケメンなのだから女装をすれば──ッ!!」
トンチンカンな発言をしようとした和泉を、卓也が椅子ごと蹴り飛ばした。
座っていた和泉が椅子から投げ出され、地面へ這いつくばるように崩れ落ちる。
「…………」
あまりにとんでもない光景を目にして、どう対処すればいいのか理解の範疇を超えたアリー以下家庭教師三人。
優斗は和泉が復活しないのを見届けてから、何もなかったかのように言葉を続けた。
「相性のことについては理解しました。こちらとしても色々と教えていただく立場です。何かと問題は多いかとは思いますが、よろしくお願いいたします」
慇懃に優斗が頭を下げる。それに習って修と卓也も頭を下げた。
「え、えっと、その……いえいえ、わたくし達こそ勇者様御一行に粗相がないように気を付けますので……」
言いながらもアリーはちらっと和泉を見た。あれは大丈夫なのだろうか、と。
フィオナもココもクリストも、視線だけは崩れ落ちた和泉の姿に向けられている。
けれど優斗は爽やかな笑みを浮かべて、
「皆様も和泉については気にしないで下さい。クリスト様もあんなのが生徒では苦労すると思いますが、是非とも見捨てないでいただけると助かります」
「いえ、見捨てることは絶対にしないのですが……。それに、そもそもリライトにおいて皆さんは自分達、貴族よりも上の立場です。ですから丁重に扱わせていただくことが重要だと自分は思っています」
クリストが恐れ多いとばかりに優斗の発言を否定する。
しかし、それだと本当に疲れるだろうと優斗は思っているので首を振った。
「そんなそんな。和泉を含めて僕達をそんな風に扱っては駄目です。ぞんざいに、テキトーにあしらう術を持ってください。でないとストレスになってしまいます」
「だな。テキトーにやってくれねーと、お互いに疲れちまうだろ」
「その通り。慇懃に接せられると困るよな」
修、卓也と異世界組は異論ないと頷く。
「僕達が生徒なのですから、貴族である皆様から丁重に扱われても困ります」
こちとら日本で言えば一端の平民だ。クリストから自分達の方が立場として上、と言われたところで実際の学院生活では矛盾が生じる。
「僕達としましても、異世界から来たことを基本的には隠して過ごすことになっています。皆様に丁重に扱われると訝しむ人がいると思いますよ」
優斗に反論されて、困ったような表情をアリー達は浮かべた。先ほどクリスト言った通り、異世界人は最高級の客人であり、貴族よりも位が高い方々だ。
だからこそアリーは彼らの反論を容易に認めることは出来ない。
「ですが──」
「あ~、もう、やめやめ!! 丁寧すぎる言葉は駄目! 面倒なの禁止!」
すると修が停滞しそうになった空気をぶった切る。これ以上は同じことの繰り返しだ。
どうせ解決なんかしないし、時間が消費するだけで無駄にしかならない。
「同年代で同じ学院の生徒、それ以上でもそれ以下でもなし! だから面倒なことは置いといて気楽に行こうぜ!」
そして問答無用とばかりにパパッと自己紹介をする。
「俺は内田修。勇者の刻印とかあって、この国の勇者をやることになった。こいつらからは残念リーダー扱いされてる。修って呼んでくれ、よろしく!」
大きな声で胸を張って言い切る修。
突然のことにポカン、とした表情を浮かべたのは家庭教師達。彼女達の呆けた反応はあまりにも場面相応で、優斗と卓也は大きな声で笑った。
そう、これが修だ。シンプルな考えが彼の真骨頂であり美徳。
だから二人とも修が強引に作った流れに乗っかった。
「続いて佐々木卓也。料理が得意なので、この世界の料理を作れるように頑張ろうと思う。卓也って呼んでくれると助かるな」
「さらに続けて宮川優斗。本とかに興味があるので、早く読めるようになりたいと思います。優斗と呼んでください。皆さん、よろしくお願いします」
ついでに優斗は右手で和泉を示す。
「倒れてるのが豊田和泉。バカ。以上です」
簡潔に和泉のことを説明する。そして異世界人三人の注目は家庭教師陣へと向いた。
「では、そちらも改めて自己紹介をお願いします」
優斗がアリーから促す。流れるようなやり取りに困惑し固まる隙さえなく、アリーも慌てながら自己紹介を始めた。
「ア、アリシア=フォン=リライトです。この国の王女ですわ。アリーと呼んでください。あとは、お、お友達募集中ですわ! 次、フィオナさんお願いしますわ」
フィオナも表情を微かに動かして驚いたが、素直に続ける。
「私はフィオナ=アイン=トラスティです。趣味は……しいて言えば読書でしょうか。ココさん、お願いします」
次いで振られたのはココ。前の二人と同じように驚きながら彼女も答える。
「わ、わたしはココ=カル=フィグナです。ココと呼んでください。目標は身長をあと一○センチ伸ばすことです。よ、よろしくです! 最後はクリストさんです!」
「クリスト=ファー=レグルと申します。皆様からはクリス、と呼んでいただけると自分は助かります。どうぞよろしくお願いします」
爽やかな笑顔を浮かべるクリス。一応ではあるが、全員の自己紹介が終わった。
無茶苦茶にも程がある自己紹介の流れではあったが、変に固い空気が無くなったので修は満足したのか大きく頷く。
「そんじゃ、せっかくだしよ。この世界の簡単な授業を頼むな」
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