第176話 小話⑰:昔の日々、今の日々

 試合が終わり、優斗は後輩に駄目だった点を指導する。

 

「洋一、コースを見極めるタイミングが遅いよ。打たれた球に反応するんじゃなくて、自分の打球から返ってくるコースをある程度予測しないと駄目」

 

「はいっ」

 

「でも前回指摘したところは直ってた。あとは全体的にスキルアップさせて、そこからまた問題を探していこうか」

 

「分かりました!」

 

 後輩が頭を下げて離れていく。

 優斗はちらりと時計を見る。

 そして体育館を見回すと、試合途中の部長と目が合って頷かれた。

 なので声を張る。

 

「今やってる試合が終わった人から片付け! 居残りがしたい人は僕に言うこと。台数調整して残すから!」

 

「「「「  はいっ!!  」」」」

 

 全員が優斗の言うことに返事をした。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 優斗は部活が終わると和泉の家へと突入する。

 

「お疲れ優斗」

 

 修がコントローラーを握ったまま、振り返らずに迎え入れた。

 

「卓也と和泉は?」

 

「買い出し」

 

「そっか」

 

 二人で画面を見る。

 今、映っているのは二次元の美少女達。

 そして可愛くデフォルメされたアイコンが映っており、選んだアイコンによってルートが選択される……のだが。

 

「やっぱり黒髪ロングでしょ」

 

「はぁ!? 馬鹿言ってんじゃねーよ。金髪一択だろ!」

 

「まだ外国人ならストライクだけどね。染めてもないのに、こんな髪の色をした純日本製の日本人がいてたまるか」

 

「お前、全世界の金髪ファンを敵にしたぞ。金髪ツインテールのツンデレとかどうすんだよ。もうデフォでいるじゃねーか」

 

「いらん」

 

「うわっ、こいつ様式美まで否定しやがった」

 

 と、ここで卓也と和泉も戻ってくる。

 そしてテレビを見て、優斗達が言い争っている内容を把握する。

 

「ちょっと待てって。ここは後輩の大人しいキャラだろ」

 

「眼鏡の委員長の良さが分からないとは、お前らもまだまだだ」

 

 画面に映っているキャラを見て二人も乗ってくる。

 全員の視線がかち合い、火花が散った。

 すべきは最初に攻略するキャラの選択権の奪取。

 

「最初はグー!」

 

「じゃんけん――」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 卓也の作った夕飯を四人でテーブルを囲みながら食べる。

 

「で、優斗は部活どーよ?」

 

「そこそこ楽しくやってるよ。次の大会で最後だしね」

 

「ああ、そういやそっか」

 

 今は五月。

 三年である彼らは最後の大会も近い。

 

「卓也はどうなの?」

 

「うちは万年一回戦負けだからな。楽しくやれればいいんだよ」

 

 食卓に並んでいる唐揚げをパクつきながら卓也も話す。

 

「お前ら二人はどちらも球をド突き合うスポーツ。通じるものがあるのか?」

 

 和泉があえて部活名を出さないように言った。

 すると何か近しいものに感じる。

 

「大まかに言えばそうだね。ちょっとばっかしは通じるものもあるよ」

 

「優斗、それは大まかすぎるだろ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

「いくぜ、王子サーブだ!」

 

「……修。これゲームだから。普通のサーブになっちゃうから」

 

 夕食を摂り終わったあと。

 コントローラーを振りながら修と優斗が家庭用ゲーム機で対戦型の卓球をしていて、

 

「ちょ、ちょっと待てお前! なんでそんなにメッタ打ちできるんだよ!」

 

「この場所からストライクになる変化球は二種類しかない。曲がる量も把握した。つまり俺が負けることはない」

 

 卓也と和泉も携帯ゲームを使い、野球ゲームをしていた。

 その他、狩りをしたりなんだったり、いつものように多種多様なゲームをして、

 

「じゃあ、そろそろ帰る?」

 

 夜10時。

 いつも彼らが帰宅する時間になっていた。

 

「あっ、オレ明日バイト無くなったから夜更かししても問題ない」

 

「あれ? そうなの?」

 

「まあ、金が入んないのはちょっとキツいけどな」

 

 とはいえ、元々はバイトできる年齢でもないのにバイトさせてもらっている。

 何一つ文句は言えない。

 

「修は?」

 

「問題ねーよ。帰ったら寝るだけだしな」

 

「だったら今日は泊まろっか」

 

 三人は頷くと居間に布団を敷き始める。

 

「和泉~、なんか面白いDVDとかあんのか?」

 

「可笑し過ぎるお笑い芸人集、というのがある」

 

 修に言われて和泉がぽいっとDVDケースを修達に投げる。

 

「……なんか最近増えたよね。『○○過ぎる』っていうの」

 

「ぶっちゃけ、過ぎてねーよな」

 

「訴えたら勝てそうな気がするのはオレだけかな?」

 

 

       ◇      ◇

 

 

「……思ってた以上につまんねーな、おい」

 

「誰だっけ? 選ぶ際にこのDVDを選択肢に入れた発言したの」

 

「修だろ。『面白いDVD』って言ってたから」

 

「そうだ。俺も修の要望に応えた結果、それを出した」

 

 三人の視線が修を向く。

 

「罰ゲーム、どれにしよっか?」

 

「オレらに背中を向けた倒立させて『わたし、修。ちょっとシャイな中学3年生なの』とか言わせるか?」

 

「ヘリウムガスがあるから、それも使うことにしよう」

 

「なんで罰ゲーム決定ルートなんだよ!?」

 

 

 

 

 で、あれこれと交渉した結果。

 

「わたし、修。ちょっとシャイな中学三年生なの」

 

 罰ゲームは覆らなかった。

 変声用のヘリウムガスを使ったので声が変で、妙。

 しかもなぜか優斗達に背中を向けながら倒立しているし。

 三人とも、あまりにも奇妙な光景に笑いを堪えられなかった。

 

「あっははははははっ! 倒立してやるとか、馬鹿じゃないの!? 修、本当にキモいって!」

 

「あ、ありえないってそれ! マジで!」

 

「…………っ!!」

 

 さっき笑えなかった分、三人が卒倒する勢いで床に崩れ落ちた。

 

「鬼かテメーらは!」

 

 バンバンと地面を叩きながら悶絶する三人に、修の嘆きが轟く。

 

「ああ、くそ! よし、寝るぞ! さあ、寝るぞ! つーか今度は絶対お前らに罰ゲームさせっからな」

 

 修は笑い死にしそうな奴らを布団に叩き込んで電気を消す。

 そして寝た状態のまま五分もすれば、口数も少なくなってきて、

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………わたし、修。ピチピチの中学三年生」

 

 和泉が裏声でぼそりと言った。

 優斗と卓也が吹き出す。

 

「和泉! 微妙に変化つけてんじゃねーよ!」

 

 

       ◇      ◇

 

 

「っていう馬鹿なやり取りを毎日してたのが、だいたい三年前くらいかな」

 

 優斗がソファーに座りながら、フィオナに昔のことを話していた。

 

「昔から変わってないんですよね、そのやり取りは」

 

 今でも見られる光景だ。

 

「優斗さん自身も今とあまり変わっていませんね」

 

「まあ、細かい調整も終わって性格が固まってきてた頃だからね。それでも今と比べたら違いがあると思うよ」

 

 優斗が自身で願った『強く、優しく在る』という性格。

 その理想とした性格になるために、優斗は色々と試行錯誤していた過去もある。

 

「そうですか? 昔から後輩も指導していたんですよね?」

 

「部活の先輩だったから、だよ。キリアみたいには教えてないし。まあ、さっきも名前は出したけど“洋一”って後輩ともう一人ぐらいには少し多めに指導してたくらい。それだってキリアには遠く及ばないね」

 

 後輩は“後輩”という枠で、誰一人特別扱いはしなかった。

 平等に公平に扱う。

 それが素晴らしい性格なのだと思っていた。

 

「今はキリアだけ。ラスターに指導しろとか言われても僕はやらないよ」

 

「キリアさんは優斗さん好みの性格ですからね」

 

「ああいう猪突猛進馬鹿で向上心の塊なのは好ましいよ」

 

 さらっと話す。

 前々ならフィオナの嫉妬が炸裂していたのだろうが、今はない。

 理由としては二人の距離がさらに近付いた、というのもある。

 けれどそれ以上に、フィオナ以外の女性は恋愛という観点において塵芥だと宣言している優斗の『塵芥』にすら入らない、完全なる無がキリア。

 というわけで、キリアはフィオナの嫉妬の対象外になっている。

 

「これで弟子もどきっていうのも変な話ですよね。優斗さんのオリジナルの魔法も教えたのですから」

 

「対外的な言い訳がなければ、弟子といって差し支えないかもね」

 

 くすくすと笑う優斗。

 フィオナも微笑んだ。

 

「セリアールに来る前は楽しい日々でしたか?」

 

「あいつらといる時はね」

 

 四人で遊んでいた時は確かに楽しい日々だった。

 

「色々やって、どれもある程度は楽しいって思ったよ。けれど修に卓也、和泉といる日々しか生きてる実感は無かったかな」

 

 学業が良かったところで部活の成績が良かったところで、優斗にとっては何一つ『生きた実感』にはならない。

 当たり前のことだったから。

 

「結局のところ、四人で完結してた日々なんだよね」

 

 他に何もいらない。

 それは優斗だけではなく、修も卓也も和泉も同じだった。

 

「今はどうですか?」

 

「分かってて訊いてるでしょ、それ」

 

 苦笑して問い返せば、フィオナは悪戯が見つかったかのように頷いた。

 

「美人な婚約者に可愛い娘。家族もいるし仲間も増えたし後輩だって育ててる。さすがに四人で完結した日々、というわけにはいかないよ」

 

 けれど望んだことだ。

 優斗だって、修だって、卓也だって、和泉だって。

 各々がセリアールに来てから望んで得た日々だ。

 

「だから僕らは召喚されて良かった、と。本心から言えるんだ」

 

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