第9話 闘技大会――始まり

「こりゃ凄い」

 

 思わず修が唸る。

 闘技大会当日、町はお祭りムード一色になっていた。

 出店が並び老若男女が揃って闘技場を目指している。

 

「リライトでも大きなお祭りのうちの一つですわ」

 

 年に数度あるイベントのうちの一つだということをアリーが異世界組に教えてくれた。

 

「スカウト陣営も張っていますから、お祭りの他にも違った一面があるのが闘技大会の特徴ですわね」

 

 兵隊になるには基本的に志願制だが、ギルドに所属してパーティを組んでいるものは闘技大会を観戦して、早めに金の卵を発掘しようとしていることもある。

 学院に通っているものにとっては、自分を見せる場の一つとしてもなっていた。

 

「だとしても、参加人数が少なくね?」

 

「しょうがないですわ。中級魔法をしっかりと使える人はあまりいませんから」

 

 計32名が闘技大会にエントリーすることになっている。

 優斗がラッセルと当たるには準決勝まで行かなければならない。

 

「やっと着きましたわね」

 

 闘技場は円形のコロシアムみたいな形だ。

 優斗たちは観客席中段に陣取る。

 

「それで? あの馬鹿に勝てんの?」

 

 出番が来るまでノンビリしていた優斗に修が声を掛ける。

 内容に優斗は苦笑した。

 

「どうにか頑張るしかないよ」

 

「俺としては、あの馬鹿をぶっ倒してくれればそれでいいや」

 

 面倒なのかうざいだけなのか、未だに修とラッセルは相性が悪い。

 

「あいつを倒すなら僕はこの学園で十番目以内に強い奴じゃないといけないんだけど」

 

「何か問題でもあるのか?」

 

 あっけらかんと修が言った。

 思わず吹き出す。

 

「ないよ」

 

 修は優斗が優勝すると信じている顔だ。

 自分が出ていないのだから、当然だろうと。

 暗にそう言っている。

 

『続いての試合は――』

 

 アナウンスが流れた。

 優斗の出番がそろそろとなる。

 

「あと少しで試合ですから行ってきますね」

 

 席を立ち、控え室へと向かって歩いていく。

 

「……ユウトさん」

 

 その時だった。

 すっ、とフィオナが寄ってきて、服の裾を小さく握った。

 

「無理、しないでくださいね」

 

「……はい」

 

「怪我したら……駄目ですよ」

 

「わかってます」

 

「頑張ってください」

 

「ありがとうございます」

 

 お互いに笑顔を浮かべ、ヒラヒラと手を振って優斗は改めて控え室に向かう。

 

「なんつーか、こう……むずがゆいのは俺だけ?」

 

 修が思わず口にするが、やり取りを見ていた誰も彼もがムズムズしていた。

 

「オレも」

 

「自分もです」

 

 卓也やクリスなど、次々と頷いていく。

 

「かといって、好きなんじゃ? って茶々入れるような場面じゃねーんだよな」

 

「友情とか恋愛を飛ばして夫の出立がとっても心配、みたいな感じです」

 

「そうそう」

 

 修とココの感想に卓也が同意する。

 

『勝負あり!』

 

 またアナウンスが流れた。

 優斗とフィオナのやり取りに気を取られているうちに試合の一つが終わっている。

 三試合後が優斗の出番だ。

 

「ユウトさん、緊張とかしないんです? これだけ観客に囲まれると、わたしなら緊張しちゃいます」

 

 少し疑問に思ったココが修たちに尋ねる。

 

「あいつは緊張しないって」

 

 卓也が答えた。

 

「そうなんです?」

 

「だって優斗、やたら緊張する場面に慣れてるし」

 

 

 

 

     ◇    ◇

 

 

 

 

「ミヤガワさん。出番となりますのでよろしくお願いします」

 

「わかりました」

 

 運営委員に促されて優斗は闘技場内へと入っていく。

 

『──さあ、初出場同士の対戦だ。彼に対するのは2年C組、ユウト・ミヤガワ!!』

 

 優斗がリングに踏み出すと、すでに対戦相手がいた。

 データによれば一つ上の学年。

 さして有名な名前というわけでもなく、この点では優斗と一緒だった。

 観客席を見回す。

 修たちが、幾人かのクラスメートが、見知らぬおじさん達が、頑張れと声をかけてくれていた。

 

『さあ、早速始めてもらおうか。審判、お願いしまーすっ!!』

 

 対戦相手と優斗が闘技場中央に向かう。

 そこには一人のごついおじさんがいた。

 リライト王国でそこそこの実力者である騎士らしい。

 

「制限時間は十分。決着がついたと思ったらその時点でオレが止める。それ以上の攻撃を行った場合は反則だ。最低限、命さえあれば治してやれるから、存分に戦え」

 

 審判の説明がかなり物騒だった。

 自分も対戦相手も頷く。

 

「開始線まで離れて」

 

 優斗と対戦相手が十メートルほどの距離で向かい合った。

 一呼吸置いたあと、審判が宣言する。

 

「始めっ!!」

 

 

 

 

     ◇    ◇

 

 

 

 

「始まりましたね」

 

 アリーが緊張した面持ちで闘技場を見据える。

 

「ユウトさんはどう動くのでしょうか?」

 

 最近、ようやく修以外に“様”付けの抜けたアリーが戦況を先読みしようとする。

 

「とりあえず初戦だからな。まずは体をほぐすためにもゆっくりと始めるんじゃねえかな」

 

 修が自分の予想を告げる。

 

「あっ、ショートソードを抜いて……右回りに動き始めましたわ。魔法は使わないのでしょうか?」

 

「どうだろうな? さすがに内容までは考えつかねーぞ、特にあいつの場合は」

 

「そうなのですか?」

 

「優斗だからな」

 

 説明をしているとリング上に変化が起こった。

 

「おっ、炎の玉がでてきた」

 

 対戦相手が詠唱を唱えて魔法を使った。

 火の初級魔法ではあるが、オーソドックスな魔法ゆえに誰もが最初に牽制で使う。

 

「優斗も構えたな。足も止めたし何かしらやんだろうな」

 

 やる、というよりはやらかすだろう。

 そしてその内容なのだが、

 

「ちょっと待った。あいつもしかして」

 

 卓也が優斗のやりそうなことを考え付く。

 

「何をするか分かったのですか?」

 

 アリーが興味深そうに訊いた。

 卓也は頷き、

 

「あいつ、魔法を斬ると思う」

 

 予想を告げた瞬間、相手から優斗に炎の玉が撃ちだされる。

 優斗は腰を入れて構えると、そのまま横一線にショートソードを振りぬいた。

 同時、炎の玉が真っ二つに割れ、急激に小さくなりながら消える。

 

「……斬りましたね」

 

 クリスが呆然とし、

 

「斬ったな」

 

 和泉が笑いそうになり、

 

「すごーい」

 

 ココが感嘆し、

 

「…………」

 

「…………」

 

 アリーとフィオナが絶句し、

 

「やっぱりな」

 

 卓也が納得し、

 

「当然だろ」

 

 修が当たり前という表情をした。

 

「と、当然じゃないですわ! 魔法を斬るなんて一流の剣士でもないと出来ません!!」

 

「アリー、よく見てみろって。剣技だけじゃなくて、ちゃんと魔法を使ってんぞ」

 

 修が優斗を指差したので、アリーは目を凝らしてみる。

 確かにショートソードの周りに何かが渦巻いているのが見えた。

 けれどもすぐに消える。

 

「魔法具?」

 

「違う。純粋な魔法だ」

 

 ショートソードはそこらへんにあるただの武器。

 

「風の魔法を纏わせて、切り裂く。単純といえば単純だろ。魔法的にも簡単だしな」

 

「で、でも魔法を斬るなんて度胸とタイミングが──」

 

「あるんだろ」

 

 優斗ならば当然だと修が答える。

 

「それにたぶん、これからの勝負に牽制の意味も込めてんだろうよ」

 

「……どういうことですか?」

 

 アリーが首を傾げた。

 

「普通に見たら、だ。アリー達みたいに魔法を斬れる一流の剣士だと勘違いする。何かに気付いたとしても属性付与のついたショートソードを使っているように思える。これからあいつと対戦する相手からしてみれば、初級の魔法程度は使えない。そう思わされる」

 

 つまり、と修は続ける。

 

「使える手の内が一気に減らされる。実際、優斗がどのレベルの魔法までぶった斬れるのか知らねーけどな。今後の戦いを楽にするためにもやったんだろ」

 

 驚きの表情を浮かべるアリーとフィオナを尻目に、優斗が動いた。

 

「ゆっくりやると思ってたけど違ったな。決めに行くぞ」

 

 飛び込むように対戦相手に駆け出す。

 対戦相手は慌てて詠唱し始める。

 炎の中級魔法の一つだ。

 しかし、遅い。

 優斗が袈裟切りで対戦相手に襲い掛かる。

 すんでで相手が詠唱をやめ、かわす。

 

「かわされた!?」

 

「いや、これで終わりだ」

 

 アリーの言ったことを修が否定する。

 事実、優斗は勢いそのままに間を詰めた。

 そして攻撃をかわして体勢を崩した相手に左手を軽く押し当てる。

 瞬間、相手が吹き飛んだ。

 壁に叩きつけられ……崩れ落ちる。

 

「勝負あり!!」

 

 審判が宣言した。

 歓声が沸く。

 

『決着──ッ! 初参加同士の勝者は魔法を斬るという大技を見せた、ユウト・ミヤガワ!!』

 

 

 

 

     ◇    ◇

 

 

 

 

「とりあえず、1回戦突破おめでとう」

 

「卓也、サンキュ」

 

 応援席に戻った優斗をそれぞれが労う。

 フィオナは優斗の隣に座った。

 

「お疲れ様です」

 

「ありがとうございます」

 

「怪我しなくてよかったです」

 

 ほっとした表情をフィオナが浮かべた。

 

「無茶はしなかったでしょう?」

 

「このあとも、です」

 

「相手がだんだんと強くなっていくので難しいと思いますけど……できる限り気をつけます」

 

「はい」

 

 怪我しないのも、無理しないのも不可能だろうけど。

 せめて心配だけは掛けないようにしたい、と。

 そう思う。

 

 

 

 

 

 

 その後の試合は修の予想通りと言うべきか、相手が優斗の実力を懸念して特に問題なく勝ち進んだ。

 そして準決勝。

 トーナメントの戦いぶりから大方の予想通り、優斗とラッセルの勝負となった。

 

「へぇ、ここまで勝ち上がるなんてやるじゃないか」

 

「ありがとうございます」

 

「せいぜい、1分は持たせてくれよ? すぐに決まってしまっては客もしらけるからね」

 

 あくまでも自分が絶対優勢だとラッセルは思っている。

 だからだろうか。

 

「おおっ、そうだ。君が頑張るためにも賭けをしよう」

 

「賭けですか?」

 

「君が負けたらフィオナ様をこっちに譲ってもらう。どうだい?」

 

 ニヤニヤと笑うラッセル。

 優斗の眉間に僅かばかりの皺が寄った。

 

「……なぜでしょうか?」

 

「君たちのところには少々、貴族が集まりすぎているからね。一人ぐらい、いなくなっても問題はないはずだ」

 

「決めるのはフィオナさんですよ」

 

 努めて落ち着いて話す。

 心中では……少々イラっとしていた。

 

「あの美貌。この僕にふさわしいと思うからね。今のうちに未来の夫のそばにいさせてもいいだろう?」

 

 こっちの言葉を聴く気がない。

 話が繋がっていない。

 さらには勝手にフィオナを将来の嫁とか言っている。

 

 ──というか、だ。

 

 フィオナを譲れだとか。

 

 ──物のように扱って。

 

 ケンカを売っているのだろうか。

 まだ僅かな期間ではあるけれども、彼女は優斗にとって“大切”なものに入っていた。

 少しずつ変わっていく彼女の姿を見るのは本当に楽しくて、だからこそ大切。

 何よりも“友達”だから大切。

 

 ――それを譲れ、だって?

 

 ケンカを売ってくるのなら買う性質だ。

 

「君が勝ちあがってくれてよかったよ。おかげでこんな提案を思いついたのだから」

 

「……」

 

 プチ、と来た。

 

 

 

 

     ◇    ◇

 

 

 

 

 クリスがリング上での二人のやり取りに気付いた。

 

「何か話してるんでしょうか?」

 

「みたいだけど……優斗、なんかキレてるっぽい」

 

 遠目なので詳しくは分からないが、おそらくそうだろうと卓也は考える。

 

「ユウトさんがですか?」

 

 クリスが驚きを表した。

 あの冷静沈着な人物が怒ってると言われても信じかねる。

 

「あいつの大事な何かをぶしつけに扱ったんじゃね?」

 

「でなければあいつがキレるってないだろう」

 

 修と和泉が長年の付き合いから判断する。

 

「だとしたら5秒か?」

 

 卓也が突然、変なことを言った。

 

「8秒だろ」

 

 修が別の秒数を口にして、

 

「10秒で」

 

 和泉も予想するかのように発言した。

 

「何の話です?」

 

 ココが気になって尋ねる。

 修たちは笑って、

 

「決まってんだろ。ラッセルが倒される時間だ」

 

 

 

 

     ◇    ◇

 

 

 

 

 開始線までお互いが離れた。

 優斗の中で怒りが渦巻いてはいるが、それは闘争心に変えるだけ。

 あくまでも頭は冷静に落ち着かせる。

 

「始めっ!」

 

 宣言された瞬間だった。

 優斗は炎の玉を瞬時に現すと、ラッセルの手前に叩きつける。

 爆炎と砂煙でラッセルの視界が一瞬にして閉ざされた。

 優斗自身も煙の中に飛び込んでいき、観客からはどちらの姿も見えなくなる。

 

「いけ」

 

 さらに人の大きさ程度の石の塊を魔法で作り上げ、正面に飛ばす。

 優斗はそこまですると、風の魔法を使って大きく跳躍した。

 

「えっ!? なんだ!?」

 

 瞬間芸に驚きを隠せないラッセルを尻目に、空中でさらに二度、魔法を使って空気を蹴り上げ自身の身体を加速させる。

 

 ──さあ、どうなる。

 

 ここでラッセルは先ほどの石の塊をほんの僅かでも自分と勘違いしてくれているなら。

 

「そ、そこか!!」

 

 煙で薄っすら影しか見えないラッセルの姿だが、手を石にかざしているのは見える。

 

 ──掛かった。

 

 さらに風の魔法を使って自分の身体を上空から下へ押し下げてラッセルの真後ろに降り立つ。

 そして反応する間も与えずに優斗はショートソードを首筋に押し付けた。

 

 

 ……煙が晴れる。

 僅か数秒の出来事。

 その結果が。

 優斗がラッセルの首筋に剣を当てている、ということだった。

 審判がすぐさま判断する。

 

「しょ、勝者、ユウト・ミヤガワ!」

 

 歓声がスタジアムに上がる。

 準決勝での圧勝劇。

 誰も彼もが興奮していた。

 

『な、なんと毎年白熱する準決勝がわずか8秒。8秒で決着がついてしまいました!!』

 

 アナウンサーが勢いそのままに喋り倒す。

 優斗はラッセルに一瞥もせず戻っていく。

 ラッセルが何か審判に言っているようだが、それもどうでもいい。

 

 ──とりあえず戻ろう。

 

 何となく、フィオナの顔が見たくなった。

 

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